いつもの優しい眼差しでは無い。鋭い瞳が私を貫く。
いつもより低い声が、鼓膜を震わせる。サンジ君に、こんな暗い瞳を向けさせているのは……私だ。
「俺の想いを、本気を、軽んじていたナミさんが悪いと……わかってますか?」
「分かった、から!もう、辞めて……。お願い」
「今の状態は映されて居ます。そこで意識を無くしてる奴等だけが見てると言う保証はどこにもないのに、こんなに恥ずかしい姿晒して……こんなに濡らして……。身体は悦んで俺を求めてますよ。……ナミさんは見られて悦ぶ、天性の淫乱ですね」
意地悪な言葉に泣きたくなった。分かってるのに、これがサンジ君の本音じゃない事は、わかってるのに……!!
でも、簡単に素肌を晒した私に罪があるのは、理解してるわ。サンジ君なら何もしないと高を括ってた私に、サンジ君は抑えきれない怒りを見せている。
それ故に、こんな言葉を紡いでるんだと分かるの。怒りが、苦しい程に伝わると同時に、哀しみが痛い程に伝わるの。
こうやってきっと、人はすれ違う。嫌ってる訳でも、貶めたい訳でも無い。
恨んでないし、憎んでない。互いに求める形が違うだけで、互いを大切に想ってる事実があるのに……どうしてこうなってしまうのか。
私にとってはサンジ君と出逢う以前から、自覚のないままにルフィが1番だった。ルフィもまた、昔からずっと……私を想ってくれていたわ。
でも、時が必ずしも優先されたりはしない。出逢った順番だけで、想いが募るわけじゃないし、実を結ぶ訳でもないと知ってる。
なのに、私はサンジ君が優しいから……もう、二年前の事は時効で、諦めてくれてると……心のどこかで思ってた。サンジ君はルフィについて行くと決めたから、ルフィの女である私に手は出さないと甘く見てたのは間違いない。
本気なんだと、求めているのだとこうまでして示されなければ、私はいつも気付けない。どうしていつも、私はこの人を傷付けてしまうのかな。
こんな言葉を言わせてしまったのは、私の罪だろう。そして、言葉を放った事でサンジ君は己を傷付けている。
その心が血を流してるのがわかってしまう。だから、どうしていいのか分からなくなるの。
「ごめんなさい……サンジ君、ごめんなさい……」
顔を腕で隠すようにすれば、サンジ君が息を飲んだのが伝わる。顔なんて見なくても、その感情が伝わって来るの。
それくらいには、長く仲間としてやって来た。そして、それくらいには互いに互いを知り尽くしてるのよね。
「ナミさんは、甘くて、優しくて……誰よりも、残酷ですよ」
「うん、そう……だね……」
今は何も、否定する事が出来ない。例え見ないフリをしていても、心のどこかに罪悪感は巣くっていた。
何度もサンジ君には警告されていたのに、過去の事として無視したのは私の過失。他の女の人にも同じように接するから、本気じゃないと決め付けていたのは間違いない。
それにより、もしも本気だったのならば、どれ程傷つけてしまったのだろう。このまま、収拾不可能な関係に陥るしかないのだろうか。
声を震わせるサンジ君に、私は正直な思いをぶつける事にした。きっとそうしなければ、私達は何処へも進めない。
「……サンジ君は誰にでも優しいし、誰にでもメロリンしてるし……つい最近も、人魚達に鼻血出してたから、私に対して本気じゃないと思ってたわ」
「え?」
「数多の女達と同じで、ただ、身近にいる分大切にしてあげようって感覚なんだって思ってたの。本気の訳無いから、大丈夫って思い込んでたのよ」
「……俺は、確かにレディの全てを愛してますし、大切にします。それが……」
そこまで言ってサンジ君は言葉を止めた。苦しそうに顔を歪めて、そして……。
泣きそうな雰囲気のまま、私を見詰める。そんな状態で動かされる唇が紡いだのは、よく分からない言葉。
「それが……〝恐竜時代の流儀〟だと、教えられてますから。……だから俺は、女は傷付けねェ」
「なら何故?」
「え?」
女を傷つけないと決めているサンジ君が、どうして私が抵抗しても襲って来るのか分からない。サンジ君にとって、私は女では無いのかな。
でも、それならどうして、私を抱こうとするの。女として見てるから求めてるんじゃないの?
それとも、仲間だから……?
……違うわ。ビビにもロビンにも、サンジ君は何もしてない。
何かしていれば、私は確実に気付くもの。なら……やっぱり納得出来ないわ。
「どうして、私には……?」
「……ナミさんに本気だから、傷付けてでも、苦しめてでも、俺のものにしたいと望んでるんです。何よりも憎くて疎ましい奴等と、こんな時ばかりは近いのかも知れねェと……思わされる」
奪われた原作知識。けれども、私はそれについては知ってるの。
本にした所の知識は、私の知識として残されているから。元々ちゃんと自分で読んだ所じゃなくて、巫女様達から聞いただけの知識だけど……それでも、知ってる事に間違いは無い。
サンジ君は……ヴィンスモークの血を憎んでる。そんなサンジ君が、唯一他の女の人達とは違う形で求めてるのが私だと言うの?
私だけが、サンジ君の中で抗えない産まれの血筋に属してしまう程に、サンジ君の心を揺さぶると言うの?
ならば……私はサンジ君とは居られない。誰しも〝特別〟と言う響きには弱いかも知れない。
でもね、私はその〝特別〟が大切な人を傷つけるものだと言うなら、それを是とする事は出来ない。サンジ君程に優しい人が私を傷付けたくなる位だと言うなら、本気なんだと分かる。
だからこそ、それをさせてしまえばサンジ君が苦しむ事になるわ。だから、これ以上はさせられない。
決意を込めてサンジ君を見詰めれば、サンジ君は僅かにたじろいだ。でも、物理的には逃げられないとわかっていて、私は視線で追い詰める。
「なら、キッパリここで断るわ。私はサンジ君を愛せないから、諦めて」
「嫌です。俺は……ナミさんだけは何があっても諦めない……!!」
「サンジ君……!?」
「愛しています。お願いですから、拒まないでください。……貴女を、殺してしまいそうです」
震える手が、その狂気が本気のものなのだと伝えて来る。殺しそうな程の激情を、私に向けているのだと……そう……伝わってしまう。
殺したくない。傷付けたくない。
けれどもそんな想いもまた、同時に伝わる。だからこそ、私は言い切るしかない。
大切な仲間なのだ。共にこの海を進みたいと思える、愛しい人なの。
「サンジ君、私は
私の言葉にサンジ君は泣きそうな顔をする。幼い少年のような……迷子になってるかのような顔で。
苦しそうに眉を寄せる。そうして……けれどもサンジ君は首を横に振ると私を睨み付けて、言葉を発した。
「そんなのは、わかってます!」
「なら、辞めなさい。苦しむのも、傷付くもの、私じゃないわ。サンジ君自身と、サンジ君が誰よりも愛してやまない……ルフィが、苦しみ傷付く事になるの」
「っ……!」
弾かれたようにサンジ君は私から手を離す。そして、震え出すから……困ってしまう。
私は、子供に弱いのだ。そんな態度取られたら、慰めたくなってしまう。
……これ、計算なら見捨てるのになぁ。そんな事を思いながら身支度を整えてしまえば、サンジ君は捨て犬のような様子で私を見る。
「……私は、サンジ君の事も愛してるのよ」
「さっきは……俺を愛してないって、言いましたよね」
「言ったわ。恋愛感情では、愛してないもの」
そう言って笑うと、サンジ君が顔を赤く染めた。どうやら意味は通じたみたいね。
「……ナミさんが、俺の心を弄ぶ!!」
「私はサンジ君を、仲間として……弟のように、愛してるわ」
そう言ってサンジ君に手を伸ばせば、サンジ君は抵抗しなかった。そっと胸に抱き締めて、その頭を撫でれば小さく呻くサンジ君に、この子は本当に芯の部分で幼さが残ってるのだなと思わされる。
物語に出て来る王子様を思わせる容姿で、科学の発達した国の王子様であるこの子は……愛情にただひたすらに飢えている。私は、そんなサンジ君の気持ちが……わかってしまう。
……ただ、家族から愛して欲しかった。ここに存在する〝自分〟と言う生き物を、認めて欲しかったのよね。
変な所似てるんだから、困っちゃうわ。存在を否定されて、拒絶されて、それなのに能力だけは求められる。
「大丈夫よ。私は、サンジ君を突き放したり見放したりしないから」
「……っ……貴女は、残酷だ。嫌いになる事も、諦める事さえ、させてくれない……!!」
震えるサンジ君に、でも嘘は言いたくない。それに本当に、東の海から共に来たメンバーは、皆弟のように思えて仕方ないのよ。
チョッパーなんて時に息子に思えるもの。これを言えば、なんかそれこそ怒りを買いそうで言えないけど。
「ごめんね。これが、私だから。……きっと私は、変われない」
頭を撫で続けていたら、突然顔を上げたサンジ君に唇を奪われる。重なった唇を引き剥がそうとその髪を掴んでも、サンジ君の舌は私の口内を自分の場所とでも言わんばかりに動き回り、舌を絡めて、吸い上げる。
「んんぅ……!!」
苦しくて、呻くような声が出ればサンジ君は漸く唇を離してくれた。それを恨めしく思いつつ睨めば、どうやら安定したらしいサンジ君が、少しだけ意地悪く笑う。
こんな顔してるなら、もう大丈夫ね。そう思って、でも本当にやめて欲しいと願う。
「拒絶出来ない優しい聖母様に、たまに甘えてみただけですよ。……今回は、これで我慢しておきます。次のチャンスがあれば……泣かれても食べ尽くしますから、覚悟していてくださいね」
「なっに、言ってんのよ!!私がルフィのものなのは、ルフィが手放す迄ずっと変わらないんだから!!」
「……俺は、ナミさんに関してだけは、
「……ずっと下僕でいなさい。可愛がってあげるわ」
ふんっ!と鼻息荒く言えば、サンジ君は嬉しそうに笑い、通常運転に戻る。メロリンと言い始めたサンジ君を無視して、床の穴に手を伸ばしたら、サンジ君が1足早くそれを蹴り破り私をマットレスで包む。
その素早さに驚いてる間に、私はサンジ君に抱かれた状態でその穴へと吸い込まれていった。私に傷ひとつつかないように、優しく抱き締めたままにチョッパーとフランキーが眠っているその部屋へと着地する。
先程の部屋では暴れるだけ無駄とドアを開ける挑戦をしなかったけど、ここではそうもいかない。私は髪を束ねた時にゴムに混ぜていたピンを取り出してそのドアに近付いたけど……鍵穴が無いのだ。
外からしかこれでは開けられない。いや……もしかしてとドアに耳を当ててみれば、ドアを揺らした時にする音でともすれば機械仕掛けかもと気付く。
それだとするなら、操作パネルみたいなのが無ければ外からだって開けられない可能性が高いわね。どうしたものかしら。
「ナミさんでも無理そうですか?」
「流石に鍵穴が無ければ開けられないわ。サンジ君、どうにか出来そう?」
「試して見ますので、離れてて下さい」
その言葉に頷いて、私はチョッパーの元へと移動する。そっとチョッパーを抱き締めたその瞬間、サンジ君はドアに何度か蹴りを入れ始めた。
その音で目覚めたチョッパーが、何事かと不安そうにするので頭を撫でるけど、サンジ君は小さく舌打ちして、その後即座に助走を付けての蹴りに切り替える。どうやら普通に蹴ったのでは、ビクともしなかったらしい。
サンジ君の蹴りが効かないって余っ程よね。そう思って動きを見ていると、衝撃をドアが吸収してると気付く。
だとしたならば、壁の方がまだ可能性あるのかしら?
そうして何度目とも分からない勢いで蹴りを入れるサンジ君に、私は困ったわねと思う。鍵穴が無くて、サンジ君の蹴りでも開かないドアって……あ、まさか、吸収してるってのもあるけど、そもそもが内側に開くのかな?
どう見ても、スライドって感じはしない。本当に厄介なドアである。
その振動と音で目覚めたらしいフランキーが何事かと聞いて来るので、私はチョッパーへの説明も兼ねて簡単にわかってる事を伝える。勿論私がサンジ君に襲われかけた所と、捕まえた奴らをどうやって眠らせたのかはあえて話していない。
話せばとりあえず大騒ぎになるのは間違いないから。となれば、言わない事も重要である。
「と言う訳で、眠らせてから床にあるって聞いた穴を使って降りてきて合流したんだけど……ドアが開かないのよ」
「面目ねェ。折角ナミさんが報せてくれたのに、それを活かせなかった。船にはガスが充満してた上に、犯人も複数いたから計画的な事だ」
「俺達、売られちまうのかなー!!人攫いかなーっ」
泣きながら言うチョッパーを抱き締めて、大丈夫よと言えばチョッパーが腕の中で小さく頷いた。チョッパーの不安が少しでも減ればと頭を撫でながら、でも今の所解決策は見えて来ない。
チョッパーの事は必ず守るからと呟いた事で、俺が守るって言ってんだろ!?と怒られたのはご愛嬌だろう。チョッパーは相変わらず、今日も安定して可愛い。