第三研究所棟内、R棟。危険を報せる警報が、ビービーとけたたましく鳴り続けている。
巨大トロッコには、私達麦藁の1味以外は全員乗っている。その状態でローちゃんは怒りを隠そうともせずに、トロッコの上から怒鳴っていた。
「〝麦藁屋の1味〟!!何してる、全員急いで乗れ!!」
「何言ってんだ!!まだ仲間が来てねェ!!」
「お前の吹き飛ばしたシーザーに逃げられたら、作戦はここで失敗だぞ!!……ナミ!早くそいつを縛り上げろ!!」
騒がしい2人を無視して気になってる事を問いかければ、サンジ君が笑って答えてくれる。そう言えば、再会してからはサンジ君の敬語が時々消えるようになったわね。
まぁ、私としてもノリでの会話だから別に敬語使ってくれなきゃヤダとか無いけど。ちょっと驚くというか、新鮮な気分。
「フランキーが見当たらないけど、外にいるの?」
「サニー号を海へ移動すると言ってたらしい。無事だろ」
「ナミ!!」
無視したからか、怒るローちゃんに軽く手を振る。外にフランキーが居るなら、大丈夫だと思うのよね。
アレでフランキーって結構賢い。……変態だけど。
そもそも気になるのは、どうしてこの猛毒の中でフランキーは問題なく生きてるのかって所よ。え?
死んでる可能性?……そんなもの絶対無いわ。
「ローちゃん、大丈夫よ。……もし失敗したら、私が責任取ってあげるわ」
「は?」
「ドフィから、奪い返してあげるわよ、問題のシーザーサラダ」
「え!?あいつ食えんのか!?」
「食おうとすんな!!」
「そうよ、辞めときなさい。お腹壊すわ」
「そのツッコミ方もおかしいだろ!!」
私の冗談にルフィが反応すればローちゃんが突っ込む。……うん、良い関係性ね。
うちにはボケが多過ぎるから、ツッコミ属性は貴重なのよ。私1人だとツッコミ間に合わないもの。
そう思って1人納得してるけど、何故かどこかからお前もボケ属性だよって聞こえた気がした。……無論気の所為だろうけど。
その頃B棟とR棟間の通路では、閉まりかけた扉を目指してチョッパーの乗ったモチャを海軍のG-5が必死で運んでいた。そしてR棟2階秘密の部屋ではチョッパーへの案内をしていたウソップもまた、研究所に残っていたモルモット達を引連れて降りている所である。
ビー、ビーと音が聞こえる中、チョッパーの声が聞こえて来る。その背後に見えるガスに少しギョッとするけど、大した問題じゃないわ。
全員が揃うのはほぼ同時で、扉の隙間を皆が抜けるのと同時に閉まった扉の向こうには、仲間の姿は無い。こうして私達は1時的に、ガスの充満してるだろう場所からは隔離された。
そうなれば後は、脱出するだけ。そうしなければガスにやられなくても、この施設が持たない筈だもの。
「よし揃ったな!兎に角乗れー!!」
ルフィの言葉に皆が動き出す。ここに居るメンバーを考えたら、このまま事故死なんて未来は考えられない。
錚々たるメンバーと言えるだろう所に、私達はいつの間にか到達していた。ただの夢見る海賊少年である時代は、終わったのだ。
「ここ、ぶっ壊れるぞ~!!」
明るい調子で何を言うのか。そう思うのに、何故か盛り上がる面々に溜息1つ。
全員が乗り込むと同時に動き出すトロッコ。その中でルフィに絡み付いていた小さな桃色の龍が、錦えもんの姿に騒ぐのを見てこれが息子かと気付く。
……私の仮説が正しければ、後でローちゃんかチョッパーが治せるとは思うけど……確証がないから黙っていようと思う。期待だけさせて違った時、流石に責任持てないもの。
そんな事を考えていたからなのか、罰でも当たったかのように爆発が起きる。トンネル内に瓦礫が飛び散り、崩れる岩により子供達が危険になるから、咄嗟に対応しようとしたら腕をローちゃんに掴まれた。
「そのまま、抑えててくれ」
私がローちゃんに、邪魔しないでと言うよりも早く聞こえて来たルフィの声に、驚いて視線を向ける。するとルフィは子供達に向かう瓦礫を蹴り飛ばしたりし始めた。
確かにその方が確実ではあったと思う。でも、どうして私に動く事を禁止するのよ!?
「D棟だ。SAD製造室が爆発源だろう」
「それより、手を離して!!」
「トラ男!悪いな、ナミが迷惑かけた」
「だから!なんで抑えられなきゃ何ないのよ!?」
「「ナミが動くと危険だからだ」」
「どこが!?私も戦えるわよ!?」
声を揃える二人にうがぁ!!って勢いで騒ぐけど聞き入れて貰えない。それどころか私が悪いみたいに、皆が頷くのが本当に納得いかないわ。
子供達へと降り注ぐ岩についてはルフィが対応してくれてるから、問題は無いと思う。けど、トンネル自体が危険な状態にあって……大騒ぎになるのも理解は出来る。
ただ、この状況が、何だか少し懐かしい。そう、エニエス・ロビーでフランキー1家と行動してた時に近い気がするわ。
「この通路は山腹のトンネル。崩れりゃ生き埋めだ」
「なら何で、のんびり語ってんだ!?」
説明してくれるローちゃんにウソップは怒るけど、説明が無ければ何でこんな状態なのか理解出来そうにないのが多いじゃない。でも、流石に壁の崩落を防ぎながら進むとか難しいわよね。
それに、線路が瓦礫に埋まれば進めなくなってしまうわ。風で何処まで対応できるかと問われたら、正直難しい。
確かに突風は生み出せるけど……でも、この量では対応しきれな……!!
思考が止まる。目の前に瓦礫が立ち塞がり、ぶつかるのがほぼ確定してしまったから。
咄嗟にロビンに視線を向けるけど、移動しながらでは難しいと視線で答えられてしまえば、それ以上何かを言う事もできない。その時、ゾロが刀に手を掛けて瓦礫を粉砕するのを見てしまう。
それに感嘆の声が出そうになった直後、トロッコの中は役割分担が自動的に出来上がる。私以外、全員が役割を持って動いていた。
巨大化した子供達は、モチャを守るように抱き締めたり、可能な限り降ってくる岩を自らの手で弾き飛ばす。足りない所をルフィが蹴り飛ばし、ロビンが手で作った網で防ぎ、背後に落とした。
天井が崩れそうになればウソップが狙撃して、蔦で1時的に補強してトンネルその物の崩落を抑え込む。前方に降り注いだ瓦礫をゾロが1掃して、身体の小さな子供達を宥める為にブルックが演奏して気を紛らわせる。
チョッパーはモチャを含む怪我人や病人の手当をしていて、サンジ君はその護衛をしている。そんな中で、私だけがローちゃんに腕を掴まれたまま何も出来ずに過ごしていた。
「おいロー、シーザーは何故俺の心臓を持ってるつもりでいたんだ」
「今、ここで聞く事か!?」
スモーカーとローちゃんの会話で、私の肩が揺れた。二人の会話により、失われていた原作知識の欠片が見えた気がしたのだ。
「……奴の、勝手な勘違いさ。俺は秘書モネの心臓を、親切に返してやっただけだ」
その言葉は、つまり……ローちゃんは決して、相手に偽りを告げてはいないという事。そして、先程から脳裏にチラついている映像と、流れ込む感情は……現実に
「〝ジョーカー、聞こえ……ますか。こちら……モネ……!!〟」
それで始まった会話に終止符を打ったのは、死を指示する言葉。何があっても仲間を助けようとするルフィとは対極にいる、けれども統治者としては正しいその判断を下した男の言葉が脳内を埋め尽くす。
それに彼女は〝若様〟と応えた。彼女は、洗脳された訳ではなく、ただ、そう教育されただけ。
どうして、そんな選択をしてしまうの。生きていれば、役立てる事だってまだまだ沢山あるかも知れないのに……!!
「……今、モネと呼ばれていた秘書が、起爆装置の前に居るわ」
掠れる声は誰に向けたものなのか。続く情報により、彼女がそれを押す事も無く死を迎えるとわかってしまっている。
助ける道は、本当にないのかな。だけど、これを変えれば、私達が死んでしまう。
敵に情けをかけるなと言われるかもしれない。ロビンを傷付けたし、子供達を苦しめた悪人に違いは無いのに……なのにどうして……私は、こんなにも胸が痛いと感じているんだろう。
「〝さよなら、若様。貴方こそが“海賊王”になる男……!!〟」
声に出される事の無かったであろう声が、想いが伝わる。何も出来ない状態で、未来ではなく現在を見ても……助ける事は不可能なのに。
そうして彼女は、起爆装置を押すより少し先に、吐血した。意味が分からないと言う顔をして、その場に倒れた彼女に……もう、生体反応はない。
「今、モネが……死んだわ」
悲しむ権利なんて私には無い。こうならなければ、私達が死んでいたのだから。
なのに、震えが止まらない。そんな時に私へとルフィがそっと近付いて、サンジ君に少し頼むなんて言ってから抱き締めてくれる。
「ナミ、大丈夫だ。ナミは何も悪くない。そんなに1人で、傷付かなくていい。……ナミ、お前は泣いていいんだ」
「る、ふぃ……」
声が、掠れて情けなく名を呼ぶしか出来ない。ルフィの方が歳下なのに、私、甘えてばかりだわ。
しっかりしなきゃと思うのに、縋り付きたくなる。沢山他に人がいるのもわかってるのに、今は、ルフィしか見えない。
「戦った相手でも、知り合っちまったら、悲しむのは分かってる。ナミは、優しいからな」
「ルフィ!私、誰にも……!!でも、そうしたら……!!」
何を言いたいのかさえ、もう分からない。時が過ぎてから見えても、何も変えられないし、変えたら皆が死んでしまっていた。
頭では分かってる。目に見えた人全てを救えるなんて、そんな事有り得ないんだって事は。
それでも……私は、誰にも死んで欲しくなんて無い。生きてさえいれば、いくらでもやり直して、幸せになれるかも知れないのに……!!
「今更、見えても……!!私には、何も、出来ない……!」
「ナミ……」
「私……この島で、何も、出来なかっ「ナミが、子供達を助けたんじゃねェか」」
何を言われたのか分からない。私、何もしてないよ。
そう思ってルフィを見れば、真摯な眼差しが私を見詰めていた。嘘を付けないルフィだから、この言葉は本音なのだとわかる。
「フランキーから聞いた。サンジもフランキーも、子供達を見捨てようとしたって。チョッパーも、逃げる事を優先したって言ってた。でもよ、ナミだけが……子供達の傍で
声が、出ない。唇は開くのに、何も音に出来ない。
ただ、抱き締めてくれてるルフィに震える腕で縋り付くしか、私には出来ないの。小刻みに震える身体を止める事さえ、私には出来ないでいる。
「ナミが1人で突っ走った訳でも無い。皆を説得して、子供達を助けると俺達に決めさせたんだ。ここに
太陽のように、明るく、暖かく、ルフィは笑う。
涙が、溢れて止まらなくなる。声を出して泣くなんて出来ないけど、ルフィに隠されて、私は泣き続けるしか今は出来なかった。
バサリと上から降らされたのは、妙に臭いコートで。ルフィがそれに対して、にししっと笑った。
「ありがとな、ケムリン!!」
「……そいつには、色々世話になった事もあるからな」
その言葉で涙が引っ込む。……私、たしぎちゃんを叱った時の他に何か関わった?
てか、あれは叱ったというか、ストレスで怒りをぶつけただけと言うか。つまり、お世話なんてしてないから、それは何かの嫌味なのかな。
「え?何の話?」
「あ!?自覚ねェのかよ。……東の海で〝泥棒猫〟が捕えられなかったのは、逃げ足が早かったのもあるが、金を奪われて活動資金を失ってやけくそになったり統率が取れなくなった海賊は簡単に捕えられるようになった」
「結果論で助かったって言いたいの?」
「その事で、お前が追われてるってなったもんで、助けに入るようにって決められてた」
「へ?」
どうして?賞金稼ぎが海賊捕まえるのも、その結果海軍が残党狩りしやすくなるのも、それは特に変わった事ではないから助けるなんておかしい。女だからって理由なら、世の中に女の賞金稼ぎが溢れてるべきだわ。
「海軍としては面目もある」
「私に……助けなんか、いらなかったのに」
「それは……否定しねェ。助けに入った筈が乱闘に巻き込まれるだけの馬鹿も多かったみたいだし、お前……姿が忽然と消える事も多かったらしいからな」
それは、クリマタクトがあったもの。それに、見聞色の覇気で動き察知して逃げ回ってたから。
でも、そんな事実があったのは知らなかった。私、知らない所で沢山守られて……。
「まァ、いい女だとの噂で手篭めにしようとしてた奴らも1定数いたから、俺があの地域に配属されたんだがな」
……感動を返せ。てか、何でケムリンがそこで配属される話になるのよ。
そう思ってじとっと睨めば、葉巻の煙を吐き出しながら面倒そうに言った。それが本当に嫌そうであるのが、少し気になるけど。
「俺は意中の女にしか、手を出そうとしないし、そういう事を嫌うから取り締まりやすいだろうって事で「スモーカーさんに、意中の方がいらっしゃるんですか!?」五月蝿ェ!黙ってろたしぎ!!」
その瞬間、海軍の兵士達が生暖かい眼差しで二人を見たから、何か色々と察してしまった。うん……上手くいくように、祈ってるわ。
私は気を取り直して、ルフィの頬にそっとキスをしてからスモーカーに正義のコートを投げ返す。それを見たルフィは子供達を守る為に戻って行くから、私も前へと意識を向け直した。
「人に親切にしときゃあ……てめェにいい事があるって言うだろ。……これがさっきの答えだ。白猟屋」
「チッ……」
「……所で、誰か風を起こせる能力者はいねェか?出口にもガスが待ち受けてる筈だ」
ローちゃんの言葉に海軍が特殊能力者が簡単に居る訳ないと騒ぐけど、私能力者じゃないのよね。でも、出来る事には違いないし、必要な事なら隠すのも良くないかな。
チラリと子供達を見て、困った顔を見れば決意は固まる。それに、調べれば簡単にわかる事だもの、今更隠しても無駄よね。
「あ……私、できるけど」
「「「「「「いんのかよ!!」」」」」」
皆、仲良しねー。まぁ、今は味方みたいなものだから別にいいけど。
そんな事を考えていたら出口が見えてきたので、私はクリマタクトを使って風を巻き起こした。皆が安全に、無事に、この場を生き抜けるようにと願って。
その同時刻、ドフィがドレスローザを1人飛び出した。その事を私達はまだ、知らない。
それを知っていたら、もう少し慌てたりしたのかも知れないけれど、この時の私達にそれを知る事は困難だった。泣き崩れた私が、もう少し冷静ならそれに気付けたかもしれないけど、この時はまだ、気付けていなかった。
そう、
トロッコが表へと飛び出せば、フランキーが交戦中であるのが確認できた。それに伴い、ルフィを含む少年達と、少年の心を忘れないおっさん達がフランキーの姿に大喜びしている。
それを少女達と、私、ロビン、たしぎちゃんが無反応で眺めたのは不可抗力だと思われる。何せ、見た目ではなく今必要なのは結果だけだから。
でもそっか、将軍の中に居たからフランキーは毒で死ななかったのね。つまりミリ単位程度の隙間なら、この毒は防ぐ事が可能と言う事になるわ。
納得して視線を動かす。必要な情報は、辺りに溢れている。
……敵は二人。その他、シーザーは倒れてる。
奪われてないなら、問題ないわ。フランキーは1人であの二人に対応してたのね。
そう思ったら、少しだけ肩の力が抜ける。気が抜けるのとは違うから、ちゃんと戦えるけどね。
ウソップへと視線を向けて、私は敵を見る。私が敵ならとりあえずこうなれば逃げるもの、ここでそれを押さえられればこちらの勝利よ!
逃げる隠れるの他に、何か得意な事はと言われたら……同じタイプの人間を取り押さえる事だと、私は断言出来る。勝利の時は、目前に迫っていた。