翌朝目覚めた私はシャワーを浴びて、いつものように身支度を整える。それは最低限、人として必要な事だから。
仕上げに黒のコートを着て甲板に出ると、海軍の人達が交代で敵である三人を見張ってる姿が確認出来た。それを見て、そう言えばルフィはどこかしらと思う。
その時突然絡まった腕に振り向けば肩に顔を埋めた可愛い人が居て、ふふふと笑ってしまった。でも、その人は少し不機嫌そう。
「……何が、おかしいんだよ。って……ナミ髪の毛、まだ雫落ちてる!!」
「会いたいなって思ったら、来てくれたのが嬉しくて笑っちゃったの。髪の毛は気にしないで良いわよ」
「風邪ひくだろ。こんだけ寒いのに、髪の毛濡れてたら……じっとしてろよ」
そう言ってルフィは私の髪の毛を拭き始める。その手が優しくて、温かい。
タオルは、文字通り手を伸ばして脱衣場から持ってきたらしい。そう考えると便利な能力よね。
それにしても、お風呂上がりの私よりも、ルフィの方が温かいのはどう言う理屈なのか。素直に、おかしいと思う。
「これで良いぞ」
「ルフィ……ありがとう。……うーん」
ルフィが使っていたタオルはいつの間にか片付けられて、代わりに私を抱き締めるルフィがいる。逃がさないぞって言われてるような気持ちになるのは、逃がさないで欲しいと私が願ってるからかな?
どちらにしても、私……ルフィに顔向け出来ない事したのに。なのに、私の方がルフィから離れたくないわ。
でもそんな事を言えなくて唸ったら、ルフィが首を傾げた。それに結局甘えたような言葉を紡いでしまう。
「ん?」
「……ルフィに拭いて欲しいから、私髪の毛上手く拭けるようにならないのかしら?」
「本当に……ナミって、狡いよな」
そんな事を言って、ルフィは私を抱き締める腕に力を増した。それからどれくらいそうしていたのか、ルフィはゆっくりと私を抱く腕から力を抜く。
それにより開放されるのかと思ったら、少し寂しくて、ついルフィを振り返って見てしまう。すると正面になるように私をくるりと回転させて、再び強く抱き締められた。
「ナミって……本当に、狡ィ……」
「狡いって繰り返すけど……私、何かした?」
「ナミはそのままでいい。そんな所も含めて可愛いから」
「……よくわかんないけど、ありがとう」
ルフィに可愛いと言われるのは気恥しいけど、嬉しい。そう思って私もルフィの背に腕を回す。
そんな私にルフィは離れたくないと言うから、私はそれに頷く事で応えた。それでもサンジ君の飯だぞー!!って声が聞こえればルフィはソワソワし始めるから、行きましょと声をかけるしかなくなる。
そもそも、本来はこんな風に甘える権利が無いのはわかってるから余計に。でも、そんな事を考える私にルフィは男の顔で言う。
「……飯が終わったら、ナミを食いたい」
「駄目よ。昼間からなんて……そんなのヤダ」
恥ずかしさも強いけど、身体に残る跡を理由に断ればルフィが少し唇を尖らせる。それに首を傾げたら、妙な事を言われた。
「ナミが意地悪だ」
「意地悪!?そうじゃないでしょ!?」
そんな事を言いながら食堂へ向かえば、ロビンが穏やかに微笑んで迎えてくれて……ゾロの姿が見えない。どうしたのかな。
キョロキョロとゾロを探してたら、不機嫌そうなルフィに絡みつかれた。結構重いぞと思っていたら、サンジ君が苦笑しながら教えてくれる。
「ん?……あァ、マリモなら……まだ寝てます。気にしなくて良いですよ」
「え?いつも食事の時は起きてくるでしょ。どうしたのかな?体調悪いのかな……」
「ゾロの奴、昨夜は不寝番だったから、1眠りしてから飯にするらしい。気にしなくて良いだろ」
フランキーの言葉にそうなんだ?と思って頷くと、チョッパーが少し怒った顔で頷いた。それにブルックがヨホホと笑って、ウソップは呆れたような顔で天を仰いだ。
その時朝食として出されたのは、魚の竜田揚げとキャベツをこれでもかと使われたスープ。そしてミックスベジタブルとは少し違うけど、刻まれた野菜が入った卵焼きに、多分採れたてだろうトマトが添えられている。
ホカホカのご飯と、各自の喜びそうな飲み物。その他私達女性陣には、マッシュポテトを中央に置いてある野菜サラダ。
「竜田揚げを食べる時はトマトかキュウリを取ることが条件だ。野菜だけ残ったら……今夜の宴はなしとする!!」
サンジ君の言葉に悲鳴を上げた男達に、別に嫌いな訳じゃないんだから我儘言うなと心から思ってしまう。それに、野菜をこれだけさりげなく取れるようにしてくれるなんて、本当に母親の鏡だと思うのよ。
朝食のデザートは蜜柑ゼリーだと言われて、食料の残りとかの関係もあると気付く。それ等は安定の美味しさで、私はそれ等に舌鼓を打ちながら状況確認を行った。
まず、この場に居ないゾロは見張りしてたから仮眠中。起きたら食事して、タンカーの修理を手伝う予定。
サンジ君は今夜の宴の為に準備を進めて、フランキーはタンカー修理の陣頭指揮をとる。同じくこの場に居ないローちゃんは、子供達の対処をして、その間にチョッパーは別な人達の治療を予定してるとの話。
ウソップには特に予定が無いとの事なので、少し悪いなとは思うけど私のクリマタクトを改良して貰う予定。天候の卵をクリマタクトに組み込んで貰って、組み立て式ではなくて、如意棒のように伸縮する様にして貰えると随分違う筈なのよね。
残るメンバーは宴の準備やタンカー修理の手伝い、又は他の雑用何かをする予定となっている。それを確認出来たので、私も今後の為に備品チェックでもと思って表に出た。
その時船の下から声が聞こえて視線を向ければ、妙に真剣な顔をしたたしぎちゃんがいて……。何かしら、嫌な予感しかしないわ。
「〝麦藁の1味〟!!話を、させて下さい!!」
「……ルフィ、呼んでるわよ」
その視線が私を捉えているのはわかってるけど、その呼び方ならば、代表は私では無くてルフィだからと話を振る。けど、ルフィはそんな私に首を傾げるばかり。
真実しか見ないルフィは、私を真っ直ぐに見て言う。当然のように。
「何で、俺?ナミも解ってんだろ。あのメガネの奴、ナミを呼んでんだろ」
「……彼女が麦藁の1味を呼んでる以上、その代表は私じゃないわ」
往生際悪く言う私に、ルフィはふーん?なんて言ってから私の腰を強く抱いて耳元に言葉を囁くように言う。逃がしてやらないと言われてるのが、それだけで分かる。
ルフィはこういう時、逃げるのを許さない。その上腰を無駄に撫でて来るんだから、少しくらい睨んでしまっても許されると思う。
「難しい話は、代表ナミだろ。今更逃げんな」
睨む為に見たルフィの顔が真剣で、その表情に胸がときめく。全身が心臓になったみたいに熱くなって……顔が近過ぎるから、その声が耳元でダイレクトで……!!
ず……狡いのはルフィじゃないの!!そんな、顔と声で言われて、私に抵抗力がある筈ないじゃない!
恨みがましくルフィを見たら、ルフィが困ったみたいに笑って、頭を撫でて来る。それから啄むようにキスして、にししっと笑った。
「ナミに任せる」
その言葉に、私達が逆らえる筈はない。酷い人だわ。
これでルフィは、本気で私に1任してるのだから恐ろしい。ルフィのこの発言は、私が恋人だからとかでは無く、クルーとしての役割の1つとして信頼してくれてるのが分かるから、余計に。
「了解
「お願いします!!話を、させて下さい!」
繰り返される言葉に、私は覚悟を決めて頷く。それにより深く頭を下げたたしぎちゃんが、お邪魔しても宜しいですか?と聞くのでそれには流石に皆へと視線を向けた。
それに対して、ウソップとブルックが構わないと返事をしてくれて、その様子にルフィは二人に向けて言う。迷い無く、いつもの太陽のようなその顔で笑って。
「ウソップ、ブルック、ナミを頼むな!」
「おう」
「はい」
意味が分からなくて首を傾げたら、二人は同時に傍にいるからと言ってくれる。その言葉にホッとしてありがとうと微笑んだのは、限りない程の安心感が産まれたからだろう。
そんな私のすぐ傍で二人は待機しながら、皆が動き出すのを見送る。皆が降りるのと交代するようにサニーに乗り込んで来たたしぎちゃんは、刀を鞘ごと手にしてブルックへと差し出した。
「お話をしたいだけです。戦闘の意思はありません」
「分かりました。受け取りましょう」
そのやり取りを受けて、私はウソップにクリマタクトを託した。改造して貰うのにも必要だし。
ここに来て、相手にだけ武器無しなんてさせられない。この場所自体が、彼女にとっては敵陣なのだから。
「……これで、条件は同じね。それで……甲板で良いのかしら?」
「はい!ありがとうございます」
深く頭を下げるたしぎちゃんを見て、なんとも言えない気持ちになるのは、ゾロの大切な幼なじみと同じ顔をしているからだろうか。それとも、ケムリンの想いに欠片も気付かない鈍さに、少し切ないものを感じたからかな。
……正直、ケムリンはどうでもいいけど、結構分かりやすく守ってるように思えるのに。不思議ね、どうして伝わらないのかしら?
「……用件は?」
気持ちを切り替えて、本当は用件をわかってるのに問い掛ける。それは、私の性格が歪んでるのかな。
私の問い掛けを受けてたしぎちゃんが顔を上げると、ウソップとブルックが距離を取った。そもそも彼女は、どうして私にその話をしようと思ったんだろう。
普通に考えれば、私では無くてルフィに話すべきなのは当然の事。だってこの船の船長……つまり責任者はルフィなのだから。
「子供達の事です」
「……どうして、私に?私はこの船において、権限なんて持ち合わせてないわ」
「……貴女が、子供達を助けたと聞いています。トロッコでもその話が出ていましたし、子供達も〝オレンジのお姉ちゃん〟が助けてくれた……と、声を揃えます」
その言葉を聞けば、成程と思わなくもない。でも、真っ直ぐ過ぎる彼女を見ているのがつらくて、視線を逸らしてしまう。
それにより視界に飛び込んで来たのは、タンカー。あの中に、子供達は今居るのだ。
あの子達は私が守らなきゃ、このままでは子供達は居場所を失ってしまう。両親を求める、幼くも素直な子供達を心配してくれる家族の元へ……早く、連れて帰ってあげなきゃ。
たしぎちゃんの用件が子供達の事だと言うなら、親の居場所を教えてくれるのかしら?それとも、薬の対処方法判明してくれるつもりなのかな。
「……お願いします!子供達の事を、私達海軍に任せてください!」
「え?子供達を……海軍に?」
何を言われたのか、脳が理解する事を拒む。それでも私を真っ直ぐに見つめるたしぎちゃんは、視線を反らす事なく私を見詰めてそうだと言う。
迷いの無さが、恥知らずにしか思えない。この場で、短剣を抜いて叩き斬ってやりたくなる。
それ位の怒りが湧いてこないと言ったら……嘘になるわ。だから必然的に声が低くなるけど、本当は理解してるのよ……それを海軍側から言い出して貰えた今が、子供達の事を第一に考えた時、最良なんだって事は。
「……貴方達の無責任で、子供達がどれだけつらい目にあったか……!子供達がどんな思いで過ごして来たかっ……!」
「それについてはっ!謝るしかありません!治療の件も、ベガパンクに相談して完全に治療が終わるまで面倒を見ます!そして……必ず無事に、親元まで送り届けます!」
言葉を詰まらせた私に〝
その姿を見て、脳裏にベルメールさんが浮かぶ。そして、まだ会っていない大切な人を思う……。
彼……ベガパンクが間に入るならば、悪いようにはならないと分かる。それに、彼女はベルメールさんの後輩で……抵抗出来る要素が無いわ。
確かに海軍がちゃんと捜索を行っていたら、こんな奴と癒着してなければ……この子達はこんな目に合わなかった。それは、私の故郷の時とよく似てる。
私の故郷でも、せめて癒着さえ無ければもう少しどうにかなった筈と言う思いが……今更怒りを煽る。あの時のネズミがどうなったのかは不明だけど、やっぱり海軍の腐敗が悲劇の根底にあると思ってしまう。
だけど……!たしぎちゃんのこの姿を見て、これ以上責める事も、私には出来ない。
「だからっ!お願いします!子供達の事、私に預けてください!」
「……ベガパンクに、相談すると……言ったわね」
「はい!」
「なら、後で手紙を書くから、渡して」
「え?」
「……〝宝玉〟からと言えば、多分受け取るわ。そして、当然だけど、中身を見たりしないと約束して」
私は今、他に彼への連絡手段を持たない。でも、巫女様達の事や、私の事を……現状だけでも伝えておきたいのよね。
勿論、全て納得した訳じゃない。子供達の事を、ベガパンクに繋がる為の足に使うつもりもないわ。
だけど今ここで、私が言いたい事をすべてぶつけたとしても、子供達は救われないし、過去も変えられない。お父さんとお母さんに会いたいと泣いたあの子達の心の傷も、いつかは癒されたとしても今すぐに治せる訳じゃない。
何より、私がそれを癒せる筈もない。そんなのは、嫌という程理解出来てるの。
だから、言葉も怒りも……悲しみも、飲み込むしかなかった。彼女を責めたところで、何も解決しないし、言葉は発した筈の私をも恐らくは切り裂くから……。
ルフィは私に〝任せる〟と言った。だからここでの私の決定は、麦藁の1味としての決定となる。
「……たしぎさん、貴女に託します。必ず、約束と……子供達の事を、守ってください」
どんなに子供達を守りたいと私が言っても、それをルフィが許してくれても、子供達が結局は迷惑を被る事になるわ。私達は海賊で、彼女は海兵で……これは変えられない現実。
それに……海軍に所属してた頃のベルメールさんも、こんなだったのかなと思ったら、拒絶なんか出来なかった。たしぎちゃんからの返事は、聞かなかった。
恐らくたしぎちゃんは、是との意味合いの言葉を口にしたんだろうと思う。必ずとか何か、そんな感じの事を言っただろう事はわかってるわ。
でも、それを今冷静に聞く事は出来ないと判断した。私では結局、子供達を守り切れない。
私が踵を返してルフィ達の方へ歩き出したら、ウソップとブルックが待ち構えていて優しく気遣うように笑う。だから、恐らく会話は聞こえていたんだろうと分かる。
なのに、何も知らないフリして笑ってくれた。それに私の心は随分癒され、守られる。
「話は、終わったのか?」
「解決、しましたか?」
「うん。海軍に任せちゃった!〝助ける〟なんて出しゃばっても、私達は海賊だもの。あの子達も、親も……迷惑だもんね……」
泣きそうになる自分を自覚して、でも、どうしても泣きたくなかった。子供達はもう大丈夫なんだとわかってるから、喜んだとしても悲しむ権利も資格も無い。
私はただ、無事に帰れるその瞬間を見届けたかっただけなのだ。子供達が親元に帰って、笑う姿を確認したかったの。
そんな私にウソップは妙に優しく笑うから、何となく見透かされてる気がして困惑する。ウソップは1体、どれだけ成長しているんだろう。
私の心は成長を止めて随分と久しいのに。私は何1つちゃんとは成長出来ていないような気がして、胸が苦しくなる。
「まァ、いつものように誘拐の罪でも擦り付けられるのが関の山だな。この先は〝正義の味方〟に任せる方が良い」
「……そうね。……っ!それに……」
涙を流せばきっと凍り付く。心と1緒に。
だから私は、涙は流さない。こんな時だからこそ、笑ってみせるわ。
「私、女海兵さんの眼差しに弱いんだ」
「そうか、そういやお前の母ちゃん、海兵だったな」
「あァ……だからナミさん、お優しいんですね」
「え?」
ウソップの言葉は特に感想もなく頷く事で対応出来たのに、続いたブルックの言葉に動きが止まる。何、言ってんのかしら?
「ナミさんをお育てした方が優しいから、ナミさんもこんなにお優しい。……良い、お母様なのでしょう」
その瞬間、ベルメールさんとノジコ、ゲンさんとドクターが笑ってる姿が見えた気がした。甘いとか色々言われてきたけど、お人好しだと言われて来たけど、それさえも今度から誇れるような……そんな気がする。
「……そうよ。私、最高の家族に〝愛されて〟育ったの!!」
自信を持って笑う私に、ブルックが頷く。そしてギターを構えようと動きを見せた時、下で騒ぎが起きてそれ所では無くなってしまった。