意識がいつ戻ったのかさえ、少しばかり曖昧なのはどうしたらいいのか。幾度もルフィに揺さぶり起こされ、戻った意識の果てで……自らの言葉と態度でそれを続けていいと伝えていたのは、恐らく間違いない。
その後ロビンだと思われる甲高い悲鳴と、チョッパーと思われる涙を含んだ怒号が微かに聞こえた気がしたけど……曖昧過ぎてよく分からない。私の自我が覚醒したのは、どうやら宴の会場から連れ出されて丸一日後の事だったと分かり、ホッと胸を撫で下ろした。
「……なんだ、数日抱かれてたのかと思ったわ」
「ルフィの能力使った状態でそんな事をされたら、巨人族でも死ぬからなっ!?」
怒るチョッパーだけど、心から思う。そんなに怒らないで欲しいと。
血圧上がりすぎると良くないし、ルフィも怪我してたなら精力的になるのも動物として当然だもの。子孫を残そうとする本能的な所に、ルフィが逆らえる筈も無い。
何より、私はルフィになら何されても大抵嬉しいから大丈夫。体力はこの二年で随分ついたんだから!!
「ごめんね。ルフィを怒らないで、私が悪かったんだし」
「そうだな……ナミも、悪い。……ルフィを甘やかし過ぎだ!!」
「……ねぇ、チョッパー」
「ん?どうした?」
怒ってた筈なのに、薬を調合したりする動きに迷いは無い。私の回復を優先してくれてるのがわかる。
その背に向けて思わず声を掛ければ、首だけで振り向いてくれるチョッパー。その姿につい、不安な気持ちをぶつけてしまう。
「ルフィ、落ち着いた?つらそうにしてない?」
「……ナミ、俺の話、聞いてたか?」
「怪我とか……してなかったかなって、不安で……」
「まずは自分が生きてる奇跡を気にしろよ……」
脱力した様子のチョッパーに首を傾げながら、何故か会話が噛み合わない現実に戸惑う。そんな私の元へロビンが駆け込んで来て、震える手で抱き締められた事で何事かと慌ててしまう。
怪我をしてる様子はないから、治療は済んでるのねとホッとする隙さえない。それくらいロビンは動揺してる。
「ロビン?何があったの?」
「……っ!!ナミっ!!」
「ロビン、大丈夫よ。ゆっくり話して。ね?」
「ナミがお馬鹿過ぎて、どうしたらいいのか分からないわ……」
ロビンの言葉に衝撃を受けた私が、賢くなる為に知識を!と考えて、やっぱり百科事典を読み込んだ方がいいのねと真剣に答えた直後、ロビンに首を締められたのは、その直後の珍事。ロビンともこの時は、会話が何故か成立しなかった。
その後チョッパーとロビンの状態が落ち着いたのを見計らって外に出ると、何故か縛り上げられ吊るされてる三人の男達の姿がある。何したのかしらと思うけど、ルフィとゾロはともかくローちゃんまで吊るされているのには驚かされてしまう。
「……自分の船長と、同盟結んでる海賊団の船長を縛り上げて吊るす一味ってのは、随分珍しいな」
「私も、驚いてるわ」
ケムリンの言葉につい頷きつつ答えれば、何故か呆れを含む視線を向けられてしまう。本当に、さっきからなんだと言うのか。
何故か会話が通じないけど、寝てた間に私の言語認識機能に何か問題でも生じたのかしら?
そう思って首を傾げる私を見ていたケムリンが、妙な言葉を口にした。それには私も、多少では無く苛立ってしまう。
「……そういう意味では、たしぎと同種か」
「私は海賊よ。お綺麗な海兵さんと1緒にしないで」
「…………その件に関しては、悪かった。権力を得たら、しっかりと責任を取らせる」
その言葉にネズミの件だと気付く。……どうしてこう、この人は見た目に反して善人なのだろう。
こんなんだから、ルフィに気に入られちゃうのね。ルフィは、真っ直ぐな人とか、優しい人が好きだから。
「ナミ~……助けてくれよォ……」
「ルフィ、何したのよ?」
情けない声に釣られるようにして視線を向ければ、ルフィが半泣きで私を見詰める。それに小さく肩を竦めると、それに気付いたルフィが言った。
「俺、船長だぞー!!」
「……だから、何したのよ」
「ナミ、そのままでいいわ。少し頭を冷やさないとダメだもの」
ロビンが背後から声を掛けてくるからそちらに視線を向けると、美しい笑顔を見せていた。その背後にブリザードが見えたのは、きっと気の所為よね。
ロビンは花の能力者であって、氷とか雪とかじゃないもの。だから、寒い島にいて感覚が可笑しくなったんだわ。
ゾロはその時ロビンから視線を逸らし、ローちゃんは疲れたように溜息を落とした。でもルフィだけはロビンに何か言おうとして、少し逡巡した後に唇を閉ざしたのでそろそろお腹でもすいたのかなと思う。
「ロビン、あの三人が何したかは知らないけど……許してあげられない?」
「ナミ……分からないの!?」
「ん?うん。わかんない」
素直に頷いたらチョッパーがロビンの肩を軽く叩いて、三人を睨み付ける。その様子にロビンに何かしたのかと思うけど、その答えは出そうにない。
男達もまた、困ったような顔で二人を見て居るけど、まさか視線だけで会話できるのかな。ローちゃんは仲間でも無いのに。
「「〝次〟は無いから」」
ロビンとチョッパーのいつもより低い声が響いた。それから開放された三人を見て、近くにあった肉を手にルフィへと駆け寄る。
ルフィの場合お腹すいてるのは色々困るし。なんと言っても、戦闘力が著しく低下してしまうから。
そう思って肉を差し出したら、即座に食いついて来て、そのままルフィに餌付けよろしく食べさせていた。ルフィは嬉しそうに肉を頬張るから、見ていて嬉しくなってしまう。
そこへ、暫く静かだったケムリンが近付いてきた。何事かとは思うけど、とりあえずルフィはもっとと言わんばかりに肉を求めるから、私はその口元に肉を運び続ける。
「吊るされる前に話してた続きだが、タンカーはお前らが使うものかと……」
「違うんだ。あれ、子供達乗せる為にって直したのだからよ」
「宴の場を提供されて、タンカーの修理までさせてなんて訳にいくか。それならせめてお前らは早くここを出ろ。……長居は危険だ」
「「嫌だ」よ」
私とチョッパーの声が重なる。その時私とチョッパーは、打ち合わせもなしに声を揃えて続きの言葉を口にした。
思いは同じなのだろう。そして、恐らくはその考え方迄もが。
「「子供達が無事に出航するのを確認する迄、ここを動く気はない!!」」
「わかってるよ。チョッパーからは何度も聞かされたし、ナミもそう言うのなんてチョッパーに言われた時にわかってたから」
そう言ってケムリンにルフィは向き直る。私の手から受けた肉を食べながらだけど。
骨を口に咥えたまま、ルフィは言う。とりあえずその骨がどうにかなるまで、ルフィに次のお肉は渡せない。
「こういう訳でよ、子供等の出航を確認しねェと、ウチも絶対船ださねェってナミとチョッパーが言うからよ。でも、お前ら以外の海軍待つのもややこしいから、アレで先に子供出してくれ」
「……分かった。こちらから言い出した事でもあるからな。その位は受け入れる」
そう言ってケムリンが指示を出して、出航の準備をさせ始める。海兵達は名残惜しそうに宴の会場を見てたけど、ギリギリ迄子供達と私達はそれを無視して宴を楽しむ事にした。
お皿に残ってた果物を食べて、勝手に冷凍になってるのを楽しんでいたらルフィからスープを差し出された。……香り的に、海豚のスープかな?
そっとそれに口を付ければ、温かくて美味しい。流石はサンジ君の料理よね。
「美味しい……」
「寒いとこで冷たいもんばっか食うと、冷えちまうだろ。ナミって本当に馬鹿だなァ」
「冷えたら、ルフィに抱き着くから良いわよ」
「……お前って、そういう所、怖いよな」
何か変な事言ったかなと首を傾げたら、サンジ君が肩を震わせながら近付いてきた。どうしたのかなと思ったら、雑談しに来ただけらしい。
いつの間にか震えていた肩も落ち着いてるし、寒かったのかも。長時間吊るされてたし、ローちゃんは細身だもんね。
「このレシピ、気になりますか?」
「うーん、そんなでもないかな。私には扱いきれない食材だもの」
「……俺がルフィの仲間だと新人類に信じて貰うのに苦労してた時、奴等に〝宝玉〟の話をしたら即座に信じやがったんですよ」
「へ?」
この世界特有の食材に関しては、中々私も料理のやり方が分からない。知らない食材も過去にはスマホでそれがどんな生き物だったのかとか、料理の仕方を〇〇パッド先生にでも聞けば良かった。
でも今はそういう訳にもいかないから、本気で興味が持てないのだ。そう言う難しい物はサンジ君のようなプロに任せたい。
そう思って答えたのに、サンジ君から返って来たのは、何故か修行の話だった。そうなれば不思議に思っても当然だろう。
「勿論、途中でルフィの兄貴とロビンちゃんに会ったのもあって、それ程疑われちゃ居なかったのもあるんだとわかっちゃいますが……奴等も料理人だったんだと、その時に痛感しました。それと、俺がどれ程恵まれていたのかを」
「……サンジ君?」
「ナミさんは、自分の価値を理解した方が良いですよ。宝玉は存在する、それだけで世界に多大なる影響を与えてるんですから」
サンジ君からの言葉を少し真面目に考えてみる。けど、
レシピは確かに創作料理も多いけど、大半は昔の世界で当たり前に食べられていた料理だわ。そう考えたらだから私の手柄じゃないのに。
それに何より、作詞作曲は完全なる盗作だし……。私はブルックのように無から有を生み出してる訳じゃない。
小説も童話もあちらの世界で読んだ物をそのままこちらの世界に適応できるように多少変えただけで、盗作としか呼べない代物だわ。考えるまでも無く、私がしっかりと生み出した物なんて何も無い。
医学書も編纂してるだけだし、農業や草木の知識も村の人達から借りた本とか、聞いた話を纏めただけ。……航海術に関するのだけは、確かにこの世界で経験したものを元にしてるかな?
皆に真実は話せないから、墓まで持ってくしか無いとわかってるのよ。でも、こんな状態で宝玉に価値があると言われても納得しかねるわ。
「……価値、ねぇ……?」
「あ!ナミ!」
私が首を傾げた瞬間に、声をかけてきたルフィに視線を向ける。ずっと傍に居たのだから、何か思い出したとかかな?
「どうしたの?」
「ありがとう!!」
「突然、何?」
本当に思い当たる事が無くて首を傾げたら、ルフィが苦しそうに笑った。この様子ではどうやら、サンジ君に対して何かるとかではないらしい。
そう思った時、ルフィが言葉を続けた。それは、確かにお礼を言われてもおかしくは無い事で……。
「ナミがアラバスタでボンちゃんにコピーさせてくれたの、役立った!ありがとう!!」
「会えたのね」
「……ん。でも、ボンちゃんは、インペルダウンで……あの時みたいに……」
震えるルフィをそっと抱き締める。何度も守られてしまった自分を責めて、そして、その友情に感謝して真っ直ぐ生きるルフィの強さが愛しい。
役立ったのならば、それだけでいいの。本当は、そうならないのが1番だとも思っていたけどね。
「ボンちゃん……俺のせいで、死んじまっ……!!」
そうして身体を小刻みに震わせるルフィに、息を飲む。そうか、ルフィは知らないのか……と。
少しだけ迷ったけど、伝えておこうと思う。死んだと思わせて、苦しめておくのが嫌だったから。
「ボンちゃん、生きてるわよ」
「……へ?」
「生きてるわ。ルフィが、顔の大きなオカマの革命軍に助けられたあの場所で〝新女王〟として生きてるのよ」
「……本当、か?」
ルフィの声が震えた。縋るように向けられた眼差しが痛い。
だから私は笑顔で頷く。ルフィが安心できるように。
「私が、そう言う嘘つくと思う?」
「思わ……ねェ、けど……。だって……」
「マネマネの能力は、ある程度その能力もコピー出来るのよ。毒の敵に変化して耐性を多少でも持っていたのなら、ルフィの治療経験のある残った人達による治療で助かってもおかしくないでしょ」
「そっか!……あれ?」
ルフィは納得してくれたのに、不思議そうに首を傾げた。それには私の方が不思議に思ってしまう。
風が、髪を揺らす。私の畝る髪とルフィのふわふわした黒髪を。
「どうしたの?」
「なんで、ナミ、俺と離れてたのに、その時の事、そんなに詳しいんだ?」
……しまった!あの時〝原作知識〟を奪われたけど、過去に関する部分は消されなかったから、感覚麻痺してた!
どうしよう。なんて言えば……!?
そして混乱した私は、泣きそうになってしまって、ルフィに潤んだ眼差しを向けてしまう。考え過ぎて、顔が熱を持つ。
「……愛の、ちから?」
「…………そっか、なら、分かるよな」
「「「「「そんな馬鹿な!?」」」」」
複数人の声が重なった突っ込みだけど、今はもうこれにかけるしかない。説明なんてできっこないんだもん。
「ん?愛の力なら何が起きても不思議ねェだろ。爺ちゃんの拳も〝愛ある拳〟だからゴムでも痛かったんだし」
「それ、覇気じゃ「ねェよ。そうなら俺の頭割れて、もう生きてねェ」」
ルフィが少し顔を青ざめさせて断言する。その言葉でガープさんのアレコレを思い出して、手加減なんてできるとは思えないなと気付く。
つまり、痛みを与えつつも頭かち割ったり、殺しちゃったりしないように調整するのが〝愛〟の力なのかな?
ここは地球じゃないし、常識何それ美味しいの?って世界だから……有り得る……の、かも。だとしたら、私は今後も困ったらこれで乗り切ろうと決意する。
私はこの時、便利な言葉を手に入れた。〝愛の力〟とはかくも偉大なるものである。
そんなやり取りを楽しんでいたら、海兵達が子供達を迎えに来た。既に眠くなり始めていた子供達は素直に従って宴は解散になったけど、子供達を船に乗せてからが面倒になる。
海軍達が境界線を描き直し、入って来るなと言い出したのだから頭も痛くなる。こんな姿を大人が子供達に見せる事に、恥じらいを持てないのはどういう事なのか。
「またかよ。さっきまで宴やってたじゃねェか!!」
「バカバカー、馬鹿野郎!!ソレに関しちゃ本当にご馳走様でした!!」
ルフィの言葉にそう返した海兵は、根は素直なんだろうなと思う。こんなんだから、ケムリンも可愛く思えて来たんだろうなと少し微笑ましくなる。
けど、海兵は言葉を続ける。何かを断ち切るように、大声で。
「だが、お前らは海賊!!人間の恥だ!!」
そんな海兵を無視して、子供達は精一杯声を張り上げてくれる。大人の、筋肉質な男達のそれを上回る声量で。
「ナミお姉ちゃーん!!」
「チョッパーちゃーん!!」
その声に合わせるように、海兵達は手作りの海軍旗で子供達と私達の間に目隠しをする。見えなくても声は届くのに、それを分からない筈も無いのに無駄な足掻きを辞めようとしない。
「ロボはー?」
「あれー?海賊の兄ちゃん達はー?」
姿なんて見えなくても、無事に船へと乗り込んだ事が分かればそれでいい。子供達がちゃんと家に帰れるなら、それ以上に望む事は無いから。
「バリヤー!!海賊等目の毒だ!!」
「……でも、無事乗り込んだみたい」
本当に、良かった。今度こそ、家族の傍で幸せになって欲しい。
本当の賊は取り締まってもいいけど、ただの冒険家は海賊では無く冒険家と呼ばれて自由に海を航海して行けるようになるのも、この子達が大人になる頃には叶う気がする。島が多い世界だから、地球よりも船の設備は意外と発達してるし、この先の事は誰にも分からない。
「俺達こそが!!正義で」
「市民を泣かす、海賊共をぶっ殺すのだ!!」
彼等もまた、生命は助かってもそれがイコールで〝本当の意味〟で無傷とは言いきれない。だからこそ、彼等の言葉は何処か物悲しいのかな。
彼等もまた大切な人を、色々な形で失っている。だからこそ、そちらに意識を引っ張られないように、私はチョッパーに笑いかけた。
「海賊共はこの世の屑でェ!!」
「あ!チョッパー!!キャンディの治療の事は、ベガパンクに相談してくれるって」
「本当か、良かった!!」
「……良かった、の?」
「うん。だって、ベガパンクって、アイツが嫌ってるなら性格とか正反対だろうと思うしよ。なにより……」
伝えてなかったと思い出して口にした言葉にチョッパーは喜んでくれるけど、なんでそんなに素直に喜べるのかなと首を傾げた所でそんな事を言われてしまう。私個人としては嬉しいけど、海賊としてはどうなのよ?
「なにより?」
「ナミの親友だろ。なら、良い奴に決まってる!ナミと親友出来るなら優秀なのも分かるし、俺は安心したぞ!!」
ニコニコと笑うチョッパーに、泣きそうになる。チョッパーはどうして、こう、私をいつも甘やかすんだろう。
嬉しくて、切なくて、でも、幸福で……。信頼が、痛い程に伝わる。
チラつき始めた雪が、泣いたら涙も凍るぞと言ってる気がするの。だから必死で涙を押し込めて、私もチョッパーに負けないように最大限の笑顔を向けて頷いた。