ルフィは子供達がタンカーへと乗り込んだ事を確認して、私とチョッパーに少しだけ大人びた笑みを向ける。その眼差しだけで〝これで良いな?〟と言われた気がして、私とチョッパーが揃って頷いたらルフィはくるりと身体の向きを変えて、いつものようにはしゃぎ出した。
どうやらルフィは、出航する事がいつも楽しいらしい。ここでの冒険が、終わった事を……そして、新たなる冒険への船出を意味するからだろうけど。
その時ゾロが、さっきまで共に吊るされていたローちゃんも1緒に行くのかと気にして居て、ウソップがそれに対して説明を開始した。大人達は落ち着いて歩き出しているけど、ロビンだけは時折子供達の方へ視線を向けているのがわかる。
「俺達こそが正義!!」
「ガキ共にこいつらを見せるな!!」
ここでの事を思い出そうとすれば、サンジ君が子供達に喝を飛ばすそれをどうしても思い出す。私だけでは甘やかすばかりで、きっと助けるなんて出来なかった。
どれ程助けたいと願っても、私にできた事なんて、殆ど無い。子供達が助かったのは皆の協力と、子供達自身の努力の結果。
「ぐるぐる兄ちゃーん!!」
「海軍が邪魔!!」
「どいて!!」
悲しげな子供達の涙声が聞こえても、私達にはもう何も出来ない。でも、海兵達が武器を子供達に向けたのに気付けば足が止まる。
そんな私の隣でチョッパーも心配そうに足を止めて、ルフィが私とチョッパーの傍に戻って来る。守るように背後に居てくれてるけど、今は子供達が心配で足が動かない。
これでもし、海兵達に殺気が少しでもあれば……私は躊躇わずこの剣を抜いただろう。でも、海兵達に殺気はないから……今はまだ様子を見るしか出来ない。
「海賊共と挨拶なんかする奴は悪いガキだ」
「礼なんか言いやがったら、島に置いてくぞー!!」
子供達は怯えたように黙る。それでも海兵達は、言葉を重ねて行く。
「いいか、海賊は悪で!!海軍こそ正義!!」
言われても当然だとわかってるし、威圧対象が子供達じゃないとわかったからモヤモヤする所はあるけど、子供達の安全を確保出来たしと身体の向きを変える。だから後は出航の為に気持ちを切り替えようと、細く息を吐き出して宴の残りとして皿に残ってた肉をルフィに差し出す。
ばくりと肉に食いついたルフィは、二年前と違って骨まで食べ尽くすようになっていた。前から魚の骨は残さなかったけど、とうとう肉の骨まで残さなくなったのかと思えば笑いが込み上げる。
「……でも〝助けて〟って言ったら、助けてくれたんだ……」
「そうだよ!事情も何も知らないのに……こんなに大きい私達を、邪魔にしないで連れ出してくれたんだ……」
子供達は誰も助けのない辛い日々を思い出す。子供であるが故の感受性の高さで、涙を抑えるなんて出来ないから、その瞳に涙を溜めて……ポロポロとそれを落とし始める。
子供達が願ったのは、些細な事。普通なら願わなくても叶う筈だった日常を夢見ていただけ。
『おうちに、帰りたい……!!』
皆想いは同じだった。期間が違っても、願いは、祈りは、共通していたのだ。
だからこそ支えあえた。そして、慰め合って、でも……何も変わらない現実の中で、不安に押し潰されそうになりながら生きていくしか無かったのだ。
せめてもの救いは、大人にはなれるというもの。病気さえ治れば帰れると言う言葉。
子供達も違和感は感じてた。けれども、それに気付いてしまえば耐えられなかったのだ。
だからただ、理由も分からない恐怖に、孤独に、震えていた。自力で逃げ出すには、身体が大きくても、知識も覚悟も、何もかもが不足していたのだ。
それを責めることは誰にもできないだろう。だが、だからこそ、子供達は待つと言う形で耐える戦いのみを強いられて来た。
「何もない島で、誰も来てくれなかったのにっ……!!」
「来てくれたんだ!!」
えずきながら、言葉を音にし紡ぎ出す。声を出す事も出来なくなり、苦しそうに泣く子供も、言いたい事は同じなのだろう。
脳裏では、優しく笑いかけてくれるお姉さん達がいた。抱き締めて貰ったのは、ここに来るよりも前に家族からされたそれが最後だったのに、当然のように与えられた温もりは心をどれ程救ってくれたのか分からない。
何も悪くないのに、たぬきくんは謝ってくれた。もっと早く見つけてあげられていたらと……泣いてくれたんだ。
必ず帰れるようにするからねと、蜜柑のお姉ちゃんは笑ってくれた。安心させるように、いつも、笑顔を向け続けてくれた。
ぐるぐるのお兄ちゃんは、口は厳しかったけど、自分で生きろと、諦めるなと言って……僕達を、私達を、
ロボのお兄ちゃんは、守ってくれてた。背中弱いんだって言いながら、1番後ろでその弱い背中を敵に晒しながら、誰も失わない様に……両手を広げて庇ってくれていた。
「海賊は、臭くて、汚くて、1方海軍は……」
「お姉ちゃん、綺麗だもん!!いい匂いしたもん!!」
「チョッパーちゃん、暖かいもん!!モフモフさせてくれたよ!!」
「なのに……お別れに、お礼も言わせてくれないなら、かいぐん、なんて……」
その時たしぎは慌てて口を挟んだ。迷う事無く謝罪を口にする形で。
そんなたしぎの想いが、海兵達に分からない筈は無い。なのにも関わらず、彼等は歌うように言葉を続けて行く。
「待って!ごめんね!!」
「海軍はァ!!とても勇敢で、正しくて……」
「辞めなさいあなた達!!みっともない!!」
耐えきれず涙を流しながら1喝するたしぎに、言葉を失ったように声を止めた海兵達。その様子をスモーカーはただ、初めからずっと見詰めていた。
彼等がどんな決断を下すのか。どうにもならなくなれば、止めるつもりではあるがそれまでは任せてみようと思っていたのだ。
彼等の成長にはそれが必要だと判断した。強制しただけでは、彼等はただ〝従う事〟しか出来ないものに成り下がると知っていたから。
各自が己で考える事が必要なのだ。各自の信念を持って、責任と共に行動する事が、大人として生きる者の最低限の務めなのだから。
「だがよ、たしぎちゃん!!悪口でも言い続けねェと!?俺達ァこの無法者共を……!!」
耐えきれずに言葉にしたのは誰だったのか。スモーカーは待ってはいたが、その導き出された答えには額に手を当てて顔を俯けるしか道は無かった。
頭が痛い。呆れるしかない。
それでも、それが〝コイツら〟なのだと諦めるしかない事を知っている。そして、それがそれ程不快でも無い事を。
「好きになっちまうよォオ~!!……か……海賊なのによォ~!!」
うぉぉぉおぉ……!!と泣き出す海兵に、囚われる筈の海賊達もまた涙と笑顔を向けてしまう。そんな中、ルフィは変な海軍だと笑うばかり。
それは〝海賊〟に
それにより上がる歓声。子供達は無邪気に言い放つ。
「海賊のお兄ちゃん、お姉ちゃん!!助けてくれてありがとう!!」
感謝の言葉は島に谺響する。ともすれば、波間の向こうまで届くかも知れない勢いで。
晴れ晴れとした笑顔を向けて。元気よく。
「……大人になったら僕達、きっと……!!海賊になるよーっ!!」
「「「なるなァーっ!!」」」
ゾロとローちゃん以外の全員がその言葉に反応して、海兵達は怒鳴り騒ぐ中、私達海賊は笑顔を見せてしまう。仲間達はそれぞれが手を振ったり、ポーズ決めたりして、子供達との別れを惜しむ。
皆がその後背を向けて歩き出して、それでもルフィはその場で立ち止まる。口にしていた骨を手に持ち、大声で言葉を放った。
「またな~!!」
それに返ったのは、海兵達からの〝次は敵だ〟というもっともな言葉。それでも、ルフィは嬉しそうで楽しそうである。
捕まえてやると騒ぐ彼等に笑いながら、麦藁の1味とトラファルガー・ローは
その出航直前に、フランキーはローちゃんに頼まれた形状の筏を作り、それに生首二つと電伝虫、その他に幾つかの簡単な装置を設置してサニーへと繋いだ。途中でその筏を切り離して、海上を漂わせる予定らしい。
発煙筒の白い煙が出る物を用意したと聞かされれば、その仕組みに興味を示してしまうのが私とロビン、ウソップとフランキーで、そんな私達に他の皆は我関せずである。当初は救命ヨットを使う予定だったらしいけど、フランキーの腕を見込んだのと、有事の際に困らないようにタンカーにそれを残しておきたいという話になったらしい。
まぁ……目立たせる為にと、ヨットの旗だけ貰ってあるみたいだけど。生首が喋るのは見ていて大変にシュールだと思うけど、殺してないし、肉体は縛ったまま陸地に置いて来たのだから優しいと言えると思う。
悪魔の実の能力者なのだから、身体だけでも海に沈めてしまえば、呼吸はできるけど意識を保つ事さえ難しい状態に追い込まれる。それでもその生首に食事を誰かにさせて貰えれば、ただ生きてるだけと言う状態には出来るのだから、ある意味最高の状態と言える筈。
そう考えたら、拷問もして無いし、精神的に追い詰めるとかもしてないのだから、充分優しいと言えるんじゃないかしらね。ローちゃんの経験して来た事を思えば、その判断にならなかった事は賞賛に値すると思う。
そんな事を考えながら船を進めて行けば、その間にも自己紹介や状況確認をしたがるお馬鹿達に、敵に情報与えんなと殴る必要が出て来る。ただ、その中で伝えて問題のない事だけは話したくて唇を動かした。
まずは目的地とは無関係に雲のない方へと船を進めながら、彼等を解き放つ必要があるのでその時間潰しにである。私も知らなかった情報もあるので纏めるなら、まずあの〝防護服〟を着ていれば毒に侵される事は無かったという事実があるのだ。
あの島で使用されていた防護服は、ベガパンクが作った物でシーザーの思考の上を行く代物。防護服を抜ける事が可能な毒ガスは、今の所開発されていない。
そして、シノクニにより固まった人間は全身麻酔をしていて、仮死状態になる。これは、動けたから生き残りが出たという事を
それにより生存最短期間が半日。つまり弱い人ならば、半日で死に至るという事。
けれどもこの島に居た中では、子供達を除いた時〝弱者〟は存在していなかった。……例え敗北した組だとは言えども、海賊も海軍もこの〝新世界〟を生き抜けるだけの体力を持ち合わせているのだから。
それでも宴を長くしていた事と、私達の出発に時間がかかった事で必ず全員が助かるとは言いきれない。でも、宴が始まってすぐに助ける為にと宴の席を離れた人達もいたのは事実。
だからこそ、見つけ損ねたと言う事が無ければ、全員を助け出す事も不可能では無い。それに、ギリギリでも生きていれば解毒剤も存在しているらしいので、それ程不安視する必要は無いと言える。
「でもさ、あの海賊達は……この後捕まっちまうんだろ?」
「でも、懸賞金の額を考慮したり、今回の功績を思えば……ベガパンクの
チョッパーがあまりにも不安そうに言うから、私も予想出来る範囲の事を伝えて安心させようとしてみた。それを聞いたゾロが、片眉を動かす。
「……本当にそう言い切れるのか。相手は海軍だぞ」
「おいおい!本来海軍ってのは〝正義の味方〟だぞ」
慌てた様子でウソップが口を挟むけど、それを受けてフランキーが言う。その声は珍しく真剣だ。
「……それはどうだろうな?実際ロビンの生命を狙い続けてるのは〝世界政府〟だろ。その世界政府の組織のひとつが海軍だ。それを考えりゃ、ゾロの言い分は正しいとも言えンだろ」
フランキー自身も長く〝政府〟から苦しめられて来たのだ。その言い分は説得力がある。
そう考えてみれば、ローちゃんも政府により家族や友を奪われた被害者だったと思い出す。この世界には、悲しい人が多過ぎる。
「……何も問題無く生きていたら、海賊になる人なんてそんなに多くは無いわ。ルフィは、どっちにしてもなってたかもだけど」
「にししっ!!そうだな。俺は何度生まれ変わっても、親が違っても、海賊になったと思うぞ!」
そう言って笑ったルフィにより、皆も心が晴れる。それにより子供達を任せても大丈夫だろうと、残った彼等も無事で居てくれるだろうと、無条件に信じられる。
そう思って皆が笑う。そこにルフィは軽い感じで妙な言葉を追加して来た。
「海賊になれば
「馬鹿じゃないの!?」
「にししっ!半分本音だぞ。残りはやっぱり、俺は自由に冒険したいから、海賊になるってだけだ」
「……そっちがメインの癖に」
そんな事を言いながら、笑い合う。そうして私達は筏を切り離して、波間の向こうを目指して進み始めた。
まだ見ぬ明日へ。まだ見ぬ冒険へと。
これにてパンクハザード編完結です。長らくのお付き合いありがとうございました。
また、次回から新たな章へと突入します。引き続きお付き合い頂けましたら幸いです。