そんな日々を過ごしつつ、数日の時が流れた。長く続いた恵みの雨は止み、アラバスタらしい天気に戻っている。
「そろそろ買い出しとか済ませてェ所だよな」
「1度船に戻らないと纏まったお金は無いわよ。私も打出の小槌とか四次元ポケットは持ってないもの」
サンジ君の言葉に思わず言葉を返せば、不思議そうな顔でチョッパーが会話に入って来た。小首を傾げる姿が愛らしい。
「……打出の小槌はナミの書いた〝貧乏神〟で見たけど、四次元ポケットってなんだ?」
しまった。この世界には、かの有名なネコ型ロボットは普及して居ないんだった!
どう説明するか考えた時、ウソップが1次元から四次元までの考え方をチョッパーに説明し始めて、それを聞いているチョッパーが途中でそれを止めた。ゾロもはじめは真面目に聞いていたのに、寝てしまうくらいだ。
「ウソップ、理解するのが大変なんだってのは分かったからそれ、今度でいいや。でも、あると便利な沢山物が入るポケットって事だよな?」
「まァ、そうなるな」
「ウソップなら作れるんじゃねェか?」
サンジ君が軽口を言うと作れるかアホ!とウソップが叫ぶ。そんな騒がしくも他愛ない時間の中で、ルフィは未だ目覚めない。
その時私達に声をかけてくれたのは、ビビのパパ。即ちこの国の王。
「……ビビを助けて貰った礼を何も出来ていないのだから、買い出しの費用は気にしなくて構わん。この札を持って行くといい」
「これは?」
「支払いは王宮へと言う、買い出しの兵が使う為の札だ。アルバーナならばどの店でも使えるので、必要な物を揃えるといい」
「ありがとうございます。……サンジ君!」
受け取った札をサンジ君に投げ渡せば、嬉しそうに頷いた。それを見て、ならばとそれぞれが行動を開始する事になった。
「あ!ゾロは大怪我してんだから外出禁止だぞ!ナミももう少しで神経危なかったんだから、まだあまり動き回るなよ!」
チョッパーの言葉により、ウソップとサンジ君が買い出しに向かう事になれば、チョッパーや私が必要と判断した物をメモに書いて渡す事が必要になる。特にチョッパーの方は皆の命がかかってるから重要だ。
ゾロは部屋にいれば良いとばかりに修行に明け暮れ、チョッパーは薬を作りゾロやルフィの様子を診る。サンジ君とウソップは買い出しのメモと札を手に飛び出して行って、ルフィは眠り続ける。
そんな中で私は国王に入室を許された書斎にて、好きな本を好きなだけ貰えると言う事になり瞳を輝かせている所だ。ドクター達から貰った医学書とは違うタイプの物を見付けて、チョッパーが喜びそうだと手に取れば自然と笑みが浮かぶ。
この世界にしか無いだろうと思われる料理の本だとか、世界の名刀だとかを見つければ、当然のようにそれにも手を伸ばす。サンジ君やゾロが喜びそうね。
そうなるとウソップが喜びそうな本もあるのだろうかと、ウキウキした気持ちで書斎を物色していたら台車が運ばれて来てそれに置くように言われた。素直にそこに本を置けば、予想外の選択だなという呟きが聞こえて来るけど、私のじゃないもの。
個人的に欲しい本はその場で読める物は読むし、資料として欲しい物は積み上げていく形をとる。1度読めば充分な物語はそれでいいけど、歴史書とかはロビンが喜びそうだし。
「こんなに積み上げてから言うのもなんだけど……いいの?本当に貰っても」
安くは無い本も多くて、つい聞いてしまうけど国王は良いと言ってくれる。なのでお礼を言って、続きを読み漁り後3日程ここに篭もりたいわと心から思う。
寝なければ、興味のある本だけなら3日あれば読み尽くせると思うのよね。でも、そんな時間は無いのも分かってるから、必要な物とどうしても読みたい物とで分けて取捨選択して行く。
叶うならすべて欲しいくらいに、良い本しか無いのが問題よね。……あ、コレも欲しい!
そうして区切りが着いた時、後ろ髪ひかれつつ部屋に戻ると、そのタイミングでルフィが目を覚ました。それにホッとして笑えば、皆が口々にルフィが寝てる間に私が何してたかをルフィに話し始める。
「ルフィが起きないからナミは〝寂しかった〟らしいぞ」
「心配そうにいつも見てたんだ。おかげで動かなかったから助かったけどな」
「ウソップ!チョッパー!止めてよ!」
焦る私にルフィは嬉しそうに笑って、ゾロは妙に穏やかな顔をしている。サンジ君も肩を竦めてから、あんまり心配かけんなよクソゴムなんて言ってる。
そこに入って来たイガラムさんの妻にそれぞれが反応しつつも、ルフィに摘んでてと言うにはおかしい量の果物を提供して去って行く。ルフィのその食べる量とか速度は、既に手品の領域だと思うのよね。
「ナミ」
「どうしたの?」
「帽子、直してくれてありがとう!」
「……気にしないでいいわよ。それより、エースのビブルカードはここに縫い付けてあるから、必要な時に確認してね」
「おゥ!ありがとな!」
ルフィのその笑顔が見られるなら、私はそれだけで充分だなと思える。その笑顔に、私がどれだけ救われてるかなんて、きっとルフィには分からないだろう。
そしてルフィ待望の夕食タイムが始まる。
ルフィを何かあった時止められる位置に座らされる私は、けれどもルフィはこの再無視して食事を進める。こんな時のルフィには関わっていたくないのよ。
でもあまりに酷いと殴るようにはしてるけど、基本的には気にせずに食事を進めれば豪華で美味しい料理がこれでもかと出て来る。それに舌鼓をうち幸せに浸れるのは最初だけ。
戦いが終わり、全員が揃ったこの席が宴に変わらない筈はなくて……。それぞれが笑い、食べて、呑む。
戦いは終わり、私達は〝ビビを家に送り届ける〟と言う目的を達成した。肩の力が抜けて、それと同時にビビとの別れが近い事を肌で感じて少し……切なくなる。
恐らくこの場でビビとの別れが迫っている事に気付いているのは、サンジ君だけだろう。ゾロは気付いていなくても、普通に受け入れられるのだろうけど。
「ナミ!何か歌ってくれよ!」
「……楽器が無いから」
「演奏させますよ」
人が断ろうとした所で参入してきたのは王子で、この野郎と思いながらもどうするかなと少し考えて、歌う物を決める。だってこの歌は、アラバスタ編の為に作られた物だから。
前に出てた筈だと思って王子のコレクションの中からその譜面を探して、楽士団にそれを渡す。それにより即座に楽器を構えた彼等は、私の動きに注視してるから最初と最後だけ指揮するわと言ってから、皆の方を向く。
「ビビ、多分今のアンタに1番向いてる曲だから、これにするわ」
ビビは不思議そうに、他の皆は期待した様子で視線を向けて来るから、そんなに期待されるような物じゃないのにと思う。いつもより多くの視線を感じるけど、酒場でもこうして歌って来たから、あまり問題無い。
「〝compass〟」
題名を告げて、私は指揮をとる。指揮棒の代わりにクリマタクトを振り回す私にウソップがボソリと怖ェと言ったけど、無視だ。
「ーーー」
恐らく冒頭のこの歌詞は、ビビがこの国を守ると決めた時の事を歌っているのだろう。解釈は色々あると思うけど、私はそう思ってる。
「ーーー」
続く歌詞は、恐らく仲間全員が共通して思っていたと思う。私は再会してからずっと、ルフィの背中ばかり見ている気がする。
「ーーー」
優しい温もりに慣らされてしまって、私はきっともう二度と独りにはなれない。何を喪う事になっても、きっと生きている誰かが私を独りにはさせないだろうと思えるようになった。
「ーーー」
ビビと私は妙な所が似てる。泣く事さえ出来なくなった私達は、けれどもルフィによりそれを思い出させられた。
「ーーー」
別れは目前に迫っている事に、ビビは気付きたくないだけなんだよね。ビビ、決断して、どちらを選んでも私達はそれを受け入れるから。
「ーーー」
得るもののない戦いは引き起こされて、そして終わった。私はそれに対して、何か少しでも貢献出来たのだろうか。
ビビをただ抱きしめる他に、何が出来ただろうか。もっと、色々やれる事はあったんじゃないかと思わなくもないけど、そんな事は今更だもの。
「ーーー」
戦いが終わっても、過去は消えない。体の傷は治り傷跡は消えても、心の傷跡は中々に消えてくれない。
それでも……その傷跡も1緒に受け入れてくれる仲間がいる。笑ってくれる人達がいるから、私はビビの決断を受け入れられる。
「ーーー」
離れるのは寂しい。でも共に行くには危険。
だからビビがどちらを選んでも責めないし、心は変わらず1つだと伝えたい。大切な妹のような子だから、幸せでいて欲しいと願ってるのよ。
「ーーー」
誰も……ルフィ以外は、自ら望んで海賊を目指して生きてきた訳じゃない。民間人としては生きられない理由があって、だからこそ旅立ったのだ。
孤独と絶望に打ちのめされて、傷ついた分、苦しんだ分、この1味の人達は何故か優しくなるから。だから……1度繋がったこの絆は、失われる事は無いのだとビビに微笑む。
「ーーー」
ビビがこの国を愛している事を、そして私達を愛している事を、1人の例外も無く分かってる。だから、悩んでもいいし迷ってもいいから、ビビが自分で決めるしかないのよ。
だから、決断して。それに私達は従うから。
「ーーー」
私にも失えない場所と、喪えない人達がいる。私はその為に旅立ったけど……ビビはどうするの?
「ーーー」
可愛いビビと王女ビビの使い分けを出来るような器用な子じゃ無い事は、よく分かってる。だから……悩みなさい、前を向く為に、先へ進む為に、後悔しない為に。
最後にハミングを入れながら、指揮をとる。私の歌の意味に気付いたらしい人達がいたけど、決めるのはビビだから。
歌い終えて、指揮して演奏を終えてもらうと拍手が聞こえた。ビビを見れば泣きだしそうな顔をしているから、私の想いは通じたらしいと分かり自然と笑みが浮かぶ。
大好きよ、ビビ。ここがビビにとって大きな分岐点なのだと言う事は、もう誰の目にも明らかだろう。
食事を終えれば残るは入浴だ。本来ダイエットをしたい場合は、食後すぐの入浴は消化不良を引き起こし慢性的に太りやすい体作りをしてしまうので、避けた方が良いのだけどこれだけ動いて歌ったのだから、寧ろ入らない方が不健康だ。
ビビと2人、贅沢な広さのお風呂に入りながらお湯の中で手を組んで水鉄砲を発射するけど、上手くいかない。手の組み方に問題があるのかしら?
「ナミさん、何してるの?」
「こうして指を組んでお湯の中で手を合わせると、水を飛ばせる筈なのよ。でも、上手くいかなくて……」
2人で水鉄砲に本気で挑戦して見ればビビは意外と器用なのか上手く発射する事が出来てる。……狡い。
何が違うのかしら?
何だか悔しくて水鉄砲を出そうと奮闘してみる。その時失敗して自分の顔面にお湯がかかって、何故だ!?とお湯を睨み付ける。
「……ナミさんって、変な所子供っぽいですよね」
「そうかしら?」
子供時代に子供として生きられなかったからかな?
でも、過去にちゃんと子供時代は過ごしたんだから、そんなものいらないと思うんだけど……。それに、どんなに苦労が多かったとしても、それを不幸だとは思わなかったし後悔も無い。
「それにしても、こんな広いお風呂のついた船って無いかしら?」
「あるわよきっと。海は広いもの。巨人もいた、恐竜もいた、雪国には桜も咲いた。海にはまだまだ想像を超える事が沢山あるわ!」
答えたビビの声が弾んでいたので、その顔を見る。それに気付いたビビは瞬時に戸惑いをその表情に映すから、背中洗ってあげるわと言って誤魔化されておく。
先程自分の頭は洗い終えていて、トリートメント中の頭を泡だらけになった体と1緒に流していた時、確かに視線を感じた。泡をすべて流し終えた私にビビが戸惑いの声を向けるから、ふっと笑って立ち上がる。
「幸せパンチ」
振り向きながら言えば鼻血を噴いて落ちて行く男達。それを追うように1人10万ベリーよとだけ伝えておけば、ビビが顔を真っ赤にして怒り出した。
それにしても、ルフィとは何度も1緒にお風呂入ってるんだから今更だと思うのに、どうして鼻血出してたのかしら?
「1度こうしておけば、案外覗かれなくなるし……そもそも、こんなに大きなお風呂でも無い限りこんな阿呆な事しないわよ」
「でも……」
ビビの頭を撫でて、笑いかける。そんなくだらない会話に逃げても、現実は待ってくれないから。
「迷ってるんでしょ」
自分でも驚く程穏やかな声が出た。私の想いは、既に歌で伝えたからかも知れない。
「私達ね、今夜にでもここを出ようと思うの。だってもう、いる理由が無いじゃない。船長も目を覚ましたし、港には多分海軍も構えてる。船も危ないわ」
私は畳み掛けるようにビビに言葉を重ねる。それからはビビも1言も言葉を発する事無く、入浴を終えた。
ログはとうに、溜まっている。この先をどうするのか決めるのは、他の誰にも出来ない事なのよと、心でビビに語り掛けながら微笑むしか私には出来ないのだ。