恐ろしい程の静寂の中、ドフィが立ち上がる音が聞こえた。お気に入りなのか、ドフィが昔からずっと使っている羽根のコートが、その動きに合わせてカサカサと音を出している。
現状、糸により操られるしか無い私とロシーは、それに視線を向けるのさえ難しい。けれども私は静かな心でドフィが口を開くのを待った。
その時ドフィが私とロシーの間に突き出したのは、液体の入ったひとつの瓶。そこに向けられた言葉に対して、溜息を飲み込んだのは生存本能かも知れない。
「ナミ、どちらが飲むか決めろ。中身は、予想がつくだろう?」
「ナミ、俺が飲むか「お前はいつから、ナミになった。黙ってろ。……ナミ、やる事は変わらねェ。薬が入っていようが、抜けていようが、俺を拒む間はナミは犯され続ける運命だ。……考えてみろ」」
ドフィはそう言って瓶を揺らす。それは、明らかに媚薬系。
見覚えは無いから、恐らく新作。でも、中にある液体の揺れ方からわかる事もあるのよ。
「原液ね、それ」
「流石だな、分かるとは思わなかった。そうだ。常人なら、これ半分で廃人になる。どうする?今なら、普通に抱いてやるぜ?」
「ドフィが、私が狂っても後悔しないなら……私に寄越しなさい。私は、何をされても心を売り渡すつもりは無いわ」
迷いは無い。ロシーならば間違いなく狂うか死ぬわ。
首を動かしてドフィをじっと見詰めて告げた言葉に、ドフィは怒りを隠そうともしない。私も動かした事で首が僅かに傷付いたけど、今はそんなの気にならないわ。
「ナミっ!!」
「ドフィ……いくつになっても、どれ程身体が成長しても、私には可愛い息子でしかない」
その瞬間、ロシーが私から引き剥がされた。力無く崩れ落ちたロシーは苦しげに私を見てるけど、今はそちらに視線を向ける事はできない。
今は目の前にいる、迷子の息子が心配で目を離せないの。だから私は、ドフィだけを見つめながら言葉を続ける。
「私には、産む事のできなかった子供がいるの」
「……なん、だと?」
「産んであげられなかったから、性別も分からないわ。息子だったのか、娘だったのか、どちらにしてもこの腕に抱きたかった」
もしも、あの時に相手の男に瓜二つの子供が産まれたのだとしても、私は構わなかった。ただ、守れなかった己が呪わしい。
ごめんね、弱い母親で。もしも宿ったのが私の所でなければ、祝福されて大切に愛されて生きて行けたかも知れないのにっ……!!
糸により身体の自由が奪われていなければ、きっと震えていた。そんな私にドフィは、焦りと怒りを滲まませた声を向けて来る。
「……相手は、父親は誰だ!?まさか、麦藁の「いいえ、望んでない相手の子。もう、顔も名前も覚えてない相手よ。私では力で敵わなくて、襲われた結果宿った子。それでもね……会いたかったの」」
「ナミ」
「だからなのかしらね。私は、小さい子を見捨てられないのよ。ともすれば、抱けなかった子供の代わりにしてるのかもしれないと自覚もしてる」
この肉体ではないけれど、確かに宿った小さな生命。それは、私が守れなかったもの。
私の責任。私の罪。
許されようなんて思った事さえない。許されるなんて、想像もした事無いわ。
でもね、だからこそ私は幼い子に素直に向き合いたい。嘘偽りなく、正直な心でこれからも向き合って行きたいの。
そう願うからなのか、ドフィがこんなに大きくなっても幼い頃を知っている私の中では、この子はまだまだ幼い迷子の少年。これで立派になった所を見ていれば違うのかも知れないけど……いくつになっても親から見れば、子供は子供であると言うそれに近いのかも知れない。
「だからね、どれ程想いを伝えられても……私はそれを受け入れられない。だからどうしてもと言うなら、身体を好きにして気が晴れるならそうしたらいいわ」
どうしたってこの糸をどうにもできない現状では、隙をつくには言葉しか無い。その上で私の嘘は何故かバレるから、それなら素直に本音をぶつけて動揺を誘うしか私にできる事は無いのよね。
……私が産む事の許されなかったあの子だけでもいれば、私を最後まで認めて下さらなかったお祖母様も、孤独ではなくなっていたのかしら。そして、跡取りを残して……役目を果たせたと思えたのかしらね。
でも、そんな事の為に親の居ない世界に残すのは非道とも言える……かな。まぁ、産む事さえできなかった私に、それを考えるだけの権利は無いのだけど。
「ナミ……泣くな」
「え?」
「自覚、してなかったのか。……そんなに、その子供が恋しいか」
そう言ってドフィは、私の頬に指を触れさせる。それにより泣いていたらしいと気付けば、情けなさは増すばかり。
私には、泣く権利なんて無い筈なのに。加害者は、私である筈なのに……っ!!
「ナミは、俺が今でもガキにしか見えないってのか」
「うん」
「分かった」
その瞬間、身体は浮いている状態から開放された。無駄にふかふかな絨毯に降ろされて、四肢が動かせるようになる。
辞めてくれたのだと安堵の息を吐き出して、ありがとうと言うつもりで顔を上げて開いた唇。それに、柔らかいものが触れた。
唇を擽るようにして開き、重なって来る濡れた感触こそが、口付けだと分かるまで暫しかかった。今、ドフィの舌が押し入ってくる。
蕩けるように甘く、それでいて貪るように激しく舌を絡め、吐息のひとつまで呑み込んでいく。深く、濃厚な、まさに喰らうという表現がピッタリの口付け。
その間中、ドフィは際限なく私の蜜を啜り、また自分のそれを押し込んで来る。息苦しさに喉を鳴らし、必死にそれを飲み込むしか無くなる私だけど、それでも足りなくて唇の端から溢れた雫が、顎を伝い零れ落ちて行く。
私に全てを教えられたと言っていた少年は、私の知らぬ間に恐ろしい程の経験を積んでこの場に大人として生きている。その事をキスで教えられている気がした。
何も知らない無垢な少年なんて、もう居ないと。最初にドフィが言ったように、可愛いドフィは居ないのだと教えられている気がするの。
母や姉の庇護の元生きるしか無かった少年は、今や大切なものは守れるだけの力を手に入れたのだと言われている気がした。それでも、私にはドフィはやっぱり可愛くて、でもだからこそこのキスが悲しい。
押し付けられる筋肉の感触は、やっぱり堅いだけ。触れ合う肌は熱すぎて、汗の匂いに胸苦しくなるばかり。
唇も、舌も、吐息までもがあまりにも容赦無く乱暴過ぎる。でも、この香りは……。
「ドフィの、お父様が……」
「……黙れ、ナミ」
そうだ。この香りはドフィのお父様が大切にしていた、小箱からしていたものと似ている。
確か、お母様から貴方のイメージなのと渡された香袋のそれを、失わせたくなくて箱に入れているのだと話していた。密閉された空間では、香りは膨張して何年も持続する。
香りの弱まった物は、密閉された容器に入れて数ヶ月待てば香りが復活するのだ。その性質を利用して、香りをつけたい小物をそこに入れて香りをいつも楽しんでいると話していたわ。
……前にドフィが血の匂いを隠す為と話していたのを思い出せば、素直じゃないわねと思って笑ってしまう。そんな私は気が付いた時には絨毯の上に転がされていて、両足を高く抱えられていた。
キスしてる間に能力ではないもので押さえられ、簡単に身体を自由にされてしまう。いつの間にか西日になっていたらしいそれを受けて、シルエットのようになった顔が目の前にある。
「黙って、俺に愛されてろ」
「ドフィ……いや、よ」
「意見の相違だな。……俺は、欲しい」
「ドフィ!辞めなさ「俺が幼子じゃねェ事を、身体に刻んでやる」」
獲物を貪り食らうようなこの行為の中で、獣のような男の双眸だけが、凍てつく光を放っている。その奥に、確かに何かの情念が隠されえているのを感じて私は息を飲む。
今はまだ、それは荒れ狂う事もない。罵りたくなるような鋭利な表情の下に、身を潜めているだけなのがわかる。
「会えなかった我が子に、裁かれたいなら大人しく受け入れろ。裁いてやるよ、
こんなにも冷めた顔で、甘いキスをくれるのに、裁きだって言うの?
だとするならば、処刑台に立つ囚人に、末期の水を与えているつもりなのかしら。それならば、納得できるわ。
そう思って眼を閉ざせば、グンッと身体が大きく突き上げられて、下半身に鋭い圧迫感と引き裂くような痛みが走った。悲鳴を上げる事さえ叶わない衝撃に、喉を仰け反らせ鈍い喘ぎを吐き出す。
「力を抜け。これ迄に何度も俺を受け入れた事はあるんだ、無理な話じゃねェだろ」
命じる声に、けど、受け入れたくないと心が拒むのに合わせるからか、身体は従おうとはしない。掲げられた両足が、逃げたいと言うように虚しく空を切る。
下半身に、自分のものでは無い、望まぬ鼓動がある。ドクドクと脈打ちながら、迫り上がってくるその圧倒的な質量に、声さえも嗄れてしまう。
「……仕方ねェか、ナミ、飲め」
そう言ってドフィは酸素を求めて開いていた唇に、先程の液体を流し込むから、私はイヤイヤと逃げようとする。けれどもそれをドフィが許す筈もない。
顎を押さえられて、流し込まれる液体。妙に甘いそれを飲みたくなくて、なのに数滴ずつ口内に落とされては身体が自然に受け入れてしまう。
「何もなしにこの体格差で、受け入れられるか。壊されたくなけりゃ、大人しく飲んどけ」
言葉と同時に流し込まれた数口分と思われる液体。飲み込むまで口と鼻を同時に抑えられてしまえば、飲み込むしか生き残る術はない。
飲み込んだのを確認して離れた手は、憎たらしいばかり。呼吸を整えて、私はドフィに素直な感情を吐露していた。
「やっ……!それ、なら、壊された方が……マシよっ」
「飲んだから話せてんだろ。……痛みが引くまで、このままでいてやる」
「ドフィ、もうやめ「愛してる」」
泣きそうに声を震わせたドフィが、言葉を遮る。その時になって、ドフィの腕が震えている事に気付く。
ううん、腕だけじゃない。声も、明らかに震えている。
「愛してる、ナミ。どうしたら、ナミは俺のものになる。俺の傍に居るんだ」
「ドフィ……」
「俺の事を拒むなら、壊してやりたいと思うのに……気高過ぎて、壊す前に殺しちまいそうになる。だからと思って許せば、ナミは俺の前から消えちまう」
私は、何も言えない。だって、ドフィのその言葉には嘘も打算も存在しないから。
遮る事は許されない。泣くのを耐えて、震える姿は明らかにあの頃と変わってないわ。
そっと腕を伸ばして、その頭を胸に抱き寄せてしまうのは、私の悪い癖だろうか。でも、見捨てるなんて出来ないのよ。
「馬鹿だろ、ナミ。せめて、俺の妻になれよ。そうしたら、妻が旅行に行くくらい許してやる。……だから、何かひとつくらい、俺に寄越せよ……」
声は明らかに泣いてるのに、涙を流せない子。口調が変わっても、体格がゴリラになっても、私にはやはり可愛い子なのだと思い知らされる。
それでも、受け入れる事は出来ないの。私は、ルフィしか……愛したくないから。
「ごめんね、ドフィ」
「……許さねェ」
「ドフィ……」
「そんな甘い顔しても、優しく呼んでも、許してなんかやらねェよっ!」
地団駄を踏んで暴れる子供のように強く、けれども拗ねてる少年のように甘く、ドフィは許さないと言う。そんなドフィに私は笑ってしまう。
何をされても、私はドフィを本気でなんて嫌えない。何も知らなかった頃なら嫌えても、幼いドフィと過ごした経験のある私に、ドフィを嫌う事は有り得ないのよ。
「大好きよ、ドフィ」
「……いっそ、嫌ってくれよ」
嫌えない。憎めない。
それは間違いない事実。その証拠に、私はエースを嫌えないもの。
エースが殺されると聞けば、きっと何度でも助けに行く。仲間になると言われれば、喜んで手を広げるわ。
それは、ドフィやロシーにしても同じ事。エースも、サボも、ローちゃんも、ロシーも、ドフィも、私の中では同じ枠なのだ。
頼れる存在だと言う意味では逆になるけど、それでも兄達を永遠に嫌えないのときっと同じ。世界の誰をあの人達が殺しても、私はそれを受け入れてしまう。
私は、弱くて汚いから、大切な人が無事なら、他の誰がどうなろうと構わないのよ。世界の全てを救えるなんて、考えた事もないし、望んでもいないから。
ただ、大切な人が皆幸せに生きてくれる事。それだけが望みなの。
そう思って笑えば、ドフィが息を飲む。それから突然、その口元を大きく歪ませた。
「良いだろう。そろそろ効いてきた頃合でもある。……身体を、俺無しで居られなくなるようにする所から始めてやる」
「へ?」
「俺の体格を受け止めて、他の男で満足できると思うなよ……」
ドフィの言葉は普通ならば当然だと思う。ドフィはその体格に似合うモノをお持ちだもの。
だからこそ、前座に時間をかけるなんてできないらしいドフィは、私を抱く時媚薬を使う。多分……私を壊さない為に。
でも、ね。この身体は少しすると締りが妙に良くなるというか、元に戻ると言うか……だし、何よりも……。
「できるわよ。ルフィ、ゴムだもの」
「は?」
「ルフィは、巨人族のように身体の1部を自在に大きくできるの。全く問題にならないわ」
寧ろルフィとしては、壊れない程度にあれでも加減してるんだと思う。自分の身体の1部を私の身体の数倍のサイズにする事も可能なんだもん、当然よね。
そう思うから素直に言葉を口にして首を傾げれば、ドフィの顔に青筋が立った。何が怒りの琴線に触れたのか、全く持って理解できない。
その刹那、灼熱の塊が動き出してとある1点を擦り上げた。それだけで、痛みでは無い何かが、理解したくない何かが、血管を沸騰させ、神経を弾かせ、1気に身体中に広がったかと思うと、焼き切るような熱さで脳髄を貫く。
「あっ……やぁあっんああぁ!!」
自分でも驚く程の甘ったるい嬌声が飛び出し、ガクガクと身体が震える。耳障りな程に高鳴る動悸は、本当に薬のせいだけだと言えるのかな。
ほんのひと口か二口分しか、結局は飲まされなかったそれでここまでの影響があるなんて思えない。いや、思いたくないのに。
ドフィの動きに合わせて、ひっきりなしに漏れる甘い喘ぎ。汗を弾かせながら、喜びの色に染まっていく肌。
そんな私の反応を確かめて、ドフィが意地悪く笑う。それと同時に、乳首に食らいついてくる唇。
「はぅっ……んんっ!!」
「ロシーに見られながら俺に犯されて、感じてるんだな」
「違っ……あっ……ああっ」
「可愛い声だ。世界に配信してやろうか?俺に犯されて、こんなにも悦ぶ淫乱だって事で……なァ?」
「ドフィッ!!」
睨む私にドフィは愉しそうにその唇を歪ませる。そして、ドフィの場合は本気でやりかねない。
そうされた所で、私が失うものはない。ただ……ルフィが自分を責めるのだけが、嫌なのよ。
女海賊だもの、捕まればどんな扱い受けるかなんて分かりきってる。それでも、私は海賊になる事を選んだ。
欲しい物があったから。夢を、叶えたかったから。
大切な人を守りたい。それが叶えられる唯一の選択肢がこの道だったのよ。
私も海賊。手に入れた仲間と言う宝を手放すつもりは、無い。
「手配書を見ただけで、その姿を見ただけで、誰もが俺に犯され悦ぶナミの痴態を思い出せるように、生中継してやってもイイんだゼ?」
「兄上っ!!辞めて、くれ!!頼むっ!!」
聞こえて来たロシーの声に視線を向けると、ドフィはほらな?と笑う。そして耳元で甘く囁くように言うのだ。
「ナミの痴態をロシーが見てくれてるゼ?」
「みな、いで……」
「ナミ」
「お願い……」
震える声でロシーに言えば、ロシーは動けない状態で苦しそうに私を見詰める。それから顔を背けてくれたけど、ドフィはそれに笑うばかり。
だってね、ロシー。私のせいで貴方が苦しむ事は無いもの。
大丈夫よ、その言葉の代わりに笑いかければロシーは見えてない筈なのに、その大きな身体を微かに震わせた。優しくて、激情型な、愛しい弟。