部屋に戻りこれからここを出発するべきだと私が口にすると、ビビは落ち込んだ様子を見せつつも黙ってベットに座って大人しくしていた。ゾロもサンジ君もビビを気にしながらも私の言葉に賛成してくれて、ウソップはルフィを立てようと言葉を向ける。
そんなウソップの気遣いをもう1度食事してからなんて言って、ルフィは食事に未練を残してるから私はヒラリと1枚の紙を見せる。即座に反応したのはサンジ君で、それをサンジ君に手渡して言葉を放つ。
「今日出たアラバスタのメニュー、すべてレシピにして貰ってきたわ。王子からビビを助けてくれたお礼として出版する許可も貰ってるから、売上もこれからの航海に使えるわよ」
「ありがてェ!」
サンジ君が大喜びしてくれるけど、イマイチ理解してない様子のルフィ。そんなルフィの額を軽く指で弾いてから、簡潔に伝える。
「今度から今日食べたのと同じ物を、サンジ君が作れるようになるって話しよ」
「よし!なら、行こう!」
……そんなにアラバスタの料理が食べたかったのか。うん、そうよね、ルフィだもんね。
そこへ持ち込まれた電伝虫が事態に猶予が無い事を知らせて来た。最初名前等を聞いた時咄嗟に電話を切ってしまったサンジ君の反応は、物凄く理解出来るけど、そんな場合じゃないのもよく分かるからとりあえず宥めて話を進める。
船を保護していると言うボンクレーの言葉に、ビビ以外の全員が立ち上がる。その中で動けないビビは、震える声と瞳でどうしたらいいかと問い掛けてくる。
これは、ビビの1生を左右するから、私達には決められない。震える声と体で、でも、本当にビビの心は決まってないの?
「よく聞いてビビ〝12時間〟猶予をあげる。私達はサンドラ河で船を奪い返したら、明日の昼。12時ちょうどに〝東の港〟に1度だけ船を寄せる。恐らく停泊はできない」
これは食事に行く直前にルフィ達と話しておいた事で、私の独断じゃない。ビビは王女である事、それでも大切な〝仲間〟である事を考えて……人生の大きな分岐点であるこの場の決断だけは、即決させる訳にはいかないと言う事で話は纏まっている。
人生にはリセットボタンなんて無いし、やり直しは効かないから。例え本当は心の中で答えが出ていたとしても、その決断を心と頭の両方が下せなければ……どちらかに不満が残れば、それが後悔となって残る。
「あんたがもし、私達と旅を続けたいのなら、その1瞬だけが船に乗るチャンス。その時は……歓迎するわ!海賊だけどね」
そこからは口々にビビを勧誘してみるけど、皆本当は分かっている。王女として国民の為に自らを犠牲にして頑張っていたビビが、ここで頷いて付いて来てくれる筈はないのだと。
でも、私達としてもビビと離れ難いのだ。理解したくない現実に、泣かないようにしているのが精一杯で、胸が苦しくなる。
共に戦い、共に笑い、共に騒いだ日々がある。その思い出は愛しく、暖かく、大切な記憶となって、私達を包むから。
それから私達は、声も出せずに見つめてくるビビの視線を振り払うようにして出発した。その出発に際して、超カルガモ隊を貸して貰えたので随分な時短になるだろう。
荷物は重さが平等になるように振り分けられて、気持ち以外での問題は無いだろうと思う。国王や王子、大臣達に挨拶なんて海賊である事を考えればおかしな事だからと、私達は静かにその場を去る事を決断した。
砂漠の夜は冷える。心まで冷えないように、私は真っ直ぐ前を向いてメリーを目指す。
ビビを助ける報酬として、ビビからポケットマネーだけでも貰える話になってたのに、それも貰い損ねたわね。でも、ルフィの食事と、買い出しのお金は出して貰えたし、貴重な本も多く貰えた。
国王や大臣と話したけど、どうあってもこれからの復興にお金が必要で出せないと言われれば、どんなに惜しくても納得も出来ると言うかするしかない。……これで手打ちにするしかなさそうよね。
そんな決意を込めて顔をあげる。そう、どれ程嘆いたとしても無い物は無いのだ。
「私諦める……。ビビの為だもんね。……10億ベリー」
「「「「ったりめェだ!」」」」
珍しくサンジ君まで混ざりながら騒いでいる男達を横目に、静かにするように言えば何故かお前のせいだと罵られた。……解せぬ。
「ビビの事なら心配したって仕方ないでしょ」
往生際の悪い男達につい、心から呆れてしまう。確かにビビは可愛いけど、引き際を弁えなさいよと溜息を落とせば、何故か男達がうぉおおおと叫んでいて五月蝿い事この上ない。
メリーが見えて来ると、そこに異様に目立つオカマがいて、分かっては居たのだけど……腰が引ける。そういや、画面越しじゃない姿は初めて見るのよねと、その濃い人に本気で関わりたくないと1瞬思う。
とりあえずそんな事は表面に出せないし、今は忙しいからと荷物を超カルガモ隊から下ろして行く。超カルガモ隊からすべての荷物を下ろし終えると、ありがとうと労い水を飲ませてから、気を付けて帰るのよと言って送り出す。
その間にもサンジ君が指示して荷物を運び込んでくれていて、本当に助かるわ。ゾロが私の持って来た本を見て少し嫌そうな顔をしてるけど、あんたの分もあるんだからそんな顔しないでと少し思う。
サンジ君に積み忘れは無いかしらと確認して、騒いでいるルフィとウソップ、チョッパーの事はとりあえず放置して船を出す事に専念する。その後人手が必要になると、ルフィ達をこのまま遊ばせていては海軍に囲まれるだけだからと言うのもあり、海上に出た後で話でも何でもすればいいと言って働かせる。
私達には守るべき約束がある。だから、こんな所で立ち止まっている暇等ないのだ。
「Mr.2だったわよね?私にも変化出来るようにしといていいわよ」
「え?良いの?アチシ体も含めてマネ出来るのヨ?」
「知ってるけど、ルフィの友達なんでしょ。……なら、いいわよ。Mr.2もルフィも、友達を大切にするタイプだから、その仲間の姿を悪いようには使わないでしょ?」
笑い掛ければボンクレーは私とルフィを交互に見て、ルフィに彼女なの?なんて聞いてる。それにルフィはにししっって笑うから、何だか恥ずかしくなる。
と言うか私今、仲間って言った筈なのにどうして彼女認定されたの?
「姿とかをコピーしなくていいなら、私やる事あるから中に……」
言葉を言いかけた時、ボンクレーが私に触れた。それにより私の姿に変われるようになったのは理解した。
これが役立たない事を祈るけど、万が1何かが起きたとしたら、その時は……その変化が出来るという事で何かの役にたつ事も考えられるから……。そんな事を考えていたら、私に化けて服を脱ごうとしてるボンクレーに気付き、思わず覇気を纏った拳で沈めていたのはご愛嬌だろう。
それぞれが暗いうちに少しでも船を進めようと言う事になり、船を動かすも私達はまたこのアラバスタに戻らなければならないから、それ程離れる事も出来ない。私の指示で動かされるメリーの動きに合わせてアヒル船が着いてくる所を見ると、ボンクレーの所の航海士はあまり夜の航海経験が無いのかもしれない。
船は可愛いのよね。何処と無くメリーと雰囲気似てるし。
そんな事を思いながら船を進めて、海軍船が見えない所までと思うのに巡回してる真面目なのもいるから、あまり騒ぎにならないよう気を付けつつ、船を進めて行く。その為に少し交代で休んだりもしながら船を進めて、明るくなった頃に始まった海軍からの総攻撃に辟易としながらも、逃げられない状態に追い込まれる。
それでも私達は諦める事が出来なくて……ひたすらに目の前の敵を沈めながら船を動かす。それでも、多勢に無勢で追い込まれているのは分かってるし、ジリ貧なのも分かってる。
昼の11時過ぎ、私達は危機に直面していた。砲弾ではなく槍を使われてはルフィが弾き返す事も出来ず、ゾロが斬るまたは、サンジ君が蹴るようにして防ぐけどそれにも限界がある。
だからと言って、妙案も無い。ウソップが大砲で2隻沈めて、チョッパーがメリーに空いた穴を必死で塞ぐ。
そうしている中でも時は流れて、約束の時間は迫っている。ボンクレーは逃げようと言うけれど、私達はそれに乗れない。
それがどれ程危険な行為だとしても、ビビとの約束を破るなんて選択肢は私達には無いから。決意の硬い私達を呆れたように見て、去ろうとしたボンクレーにルフィは逃げていいと笑って言う。
付き合わせる気は無いけど、俺達には約束があるからと。〝仲間〟を迎えに行くんだと晴れやかに笑うルフィに、ボンクレーの足は動きを止めた。
ルフィの笑顔には、魔力でもあるんじゃないかと思う。甲板に降ろうとする槍を短剣で切り刻み回避しつつその様子を伺うと、ボンクレーは涙を滂沱の如く流しながら、協力を申し出てくれた。
その提案を受ければ、ボンクレーが捕まるだろう。その事を心配する声に、ここまで逃げて来られたのは麦ちゃん達のおかげだから良いのよなんて……イイオンナ?いや、オカマ?だわと思う。
結果的にはだけど、1度裏切った形になったのと、助けられた恩もあると笑うボンクレーの提案に、私達は乗る他無い。その提案に乗らなければ、私達がビビを迎えに行く事は不可能だと分かっているから……。
ボンクレーの指示に従い、私達は静かに待機する。そして……言われていたタイミングで、船を全速力で発進させる。
その舵を取りながら、後方で泣く男達に小さく笑う。これもまた、ルフィだから起きた奇跡。
私はそれを痛感しつつ、真っ直ぐに約束の場所を目指して船を進ませる。そうして少しするとルフィ達も落ち着いたのか、それともその気持ちの捌け口にしたのかは知らないけど、現れた海軍船を蹴散らして波間の向こうを目指して進む。
メリーが目指すのは、仲間との約束の地。
約束の時間。約束の場所。
そこで聞こえてきたのは、ビビの声。けれどもそれは、放送のもので……。
それでもきっと居るとルフィ達と共にビビの姿を探す。タマリスクにて、王都に居る筈のビビを求めて。
「少しだけ、冒険をしました。……それは暗い海を渡る〝絶望〟を探す旅でした。国を離れて見る海はとても大きく……そこにあるのは、信じ難く力強い島々」
ルフィはビビの声と似てるだけだと言い張る。チョッパーは泣きそうな顔で落ち込んでいる。
「見た事もない生物と……夢と違わぬ風景。波の奏でる音楽は、時に静かに、小さな悩みを包み込むように優しく流れ。時に激しく、弱い気持ちを引き裂くように笑います。……暗い暗い嵐の中で、1隻の小さな船に会いました」
ゾロはルフィに容赦無く現実を突き付けて、サンジ君は来ない事を決めたのだと説得する。私はただ、眼を閉じてビビの声に耳を傾ける。
「……船は私の背中を押してこう言います<お前にはあの光が見えないのか?>闇にあって決して進路を失わないその不思議な船は、踊るように大きな波を越えてゆきます。海に逆らわず。しかし船首は真っ直ぐに……例え逆風だろうとも。……そして指をさします」
時計が12時を、約束の時間を示す。それに合わせるかのように、誰かが行こうと言った。
私は叶うならせめて、この放送だけでも聞いて行きたいと思う。今ビビは、私達の事を話してくれてると思うし、決意を語ってるのだと思うから。
「<みろ、光があった>……歴史はやがてこれを幻と呼ぶけれど、私にはそれだけが真実。そして……」
ルフィは陸に降りてビビを探そうと言ってくれる。でも、それは自殺行為以外のなにものでもないから、私は航海士の立場で、流石にその提案は受け入れられないと言わなくてはいけない。
それが航海士として……皆の命を預かる責任だから。その時、ウソップが海軍が迫ってるのを発見した。
船を出す事をゾロが指示する。本来私がやらないといけないのに、ゾロは私とルフィを見て……少し困ったように笑ってから、即座に戦闘態勢に入ったような顔付きに変わった。
そんなふうに甘やかさないで、私は大丈夫。そんな思いを込めて私も動き出す。
チョッパーとウソップが私やゾロの声に合わせて動いてくれる。その時……拡声器からでは無い声が、耳に届いた。
「みんなァ!」
振り向けばビビとカルーの姿が見える。船を戻そうと盛り上がる私達に、ビビは続けて叫ぶ。
「お別れを!言いに来たの!」
そこからは再び拡声器を使って、国民と私達に確実に届くようにして……。ビビは言う。
「私……1緒には行けません!今まで本当にありがとう!冒険はまだしたいけど、私はやっぱりこの国を、愛してるから!だから、行けません!」
それを聞いたルフィは表情を緩めて、理解を示した。そんな事もあるのかと、少しの驚きを持ってルフィを見たらルフィは唇の動きでだけで私に、ナミなら認めねェぞ?なんて言う。
なによ、それ。どうしてビビは良くて私は降りたらダメなのよ。
そんな不満は音にならなくて、その代わりにビビの声が言葉を紡ぐ。言の葉に思いを乗せて、ビビは後悔しないように声を出す。
「私は……」
ビビの声が涙に濡れる。震えた声で必死になって言葉を紡ぐそれに、嘘はないと伝わる。
「私は……ここに残るけど!いつかまた会えたら!もう1度、仲間と呼んでくれますか!?」
それに対してルフィは元気よく応えようとするから、私は咄嗟にルフィを甲板に押し倒してその唇を手で塞ぐ。驚いた顔で私を見てくるルフィに、私は静かに首を横に振り体を起こす。
応えないなんて事は出来ないけど、答える事は許されない。だからルフィに答え無いようにと説明すれば〝黙って〟応える手段をそれぞれが考える。
……誰かが言い出した訳では無い。誰かに先導された訳でも無い。
それでも自然と私達は横1列に並び、ビビに背を向けて立つ。ビビに、応える為に。
私も、皆も、まるで初めから打ち合わせしていたかのように同時に、左腕の包帯を取り、真っ直ぐに上に伸ばす。
これから何が起こっても、左腕のこれが〝仲間の印〟だと。
「出航ー!」
ルフィの声が響く。私達はもう振り向かない。
それでも互いの想いは、違わずに伝わったと思えるから……。またいつか、何処かの海で……。
その後〝アラバスタ王国〟は、諸国も目を見張るばかりの速度で、実に見事な復興を遂げる。
アラバスタ編ー完
長らくのお付き合いありがとうございました。これにて、アラバスタ編は完結となります。次回更新分からは空島編に入りますので、お時間等の都合がつきますようでしたら、是非引き続きお楽しみください。