それから少しのんびりと過ごしていたら、ベックが柵に寄り掛かり何かを眺めているのに気付く。モモちゃんは私の膝枕で素直に寝てるし、チョッパーは戻って来てて、ブルックはギターの調整をしている。
穏やかな時間の中で、ベックが手にしてるそれが譜面だと気付けば首を傾げたのは当然の事。そんなに音楽に精通してるって訳でもなかったと思うから、少し意外に思えたのも大きいと思う。
「ベック?」
「ん?ああ、これだが……新曲か?」
そう言って見せられたのは、まだクーちゃんに渡す前の譜面。とりあえず、描き上げてはある筈なのよね。
だからそれを眺めて、描き上がってた物だからその言葉に頷く事で応えればベックも納得した様子を見せる。どうやら、私の意識が無い間に机の上から持って来てたらしい。
「なんで、新曲だって思ったの?前の原稿かも知れないのに」
「ナミの出した物は全て目を通してる。これは初見だ」
「……あ、ありがとう」
私の作品とは呼べない物を販売してるけど、やっぱりそう言われると嬉しい。それだけ、私の事を気にかけてくれてるって事だもの。
そう思って俯く私のすぐ側で、ブルックがベックに近付き、そっとその譜面を覗き込む。そのまま二人で何やら話し始めるから、大人同士会話が盛り上がってるのかなと思う。
正直な所、今ベックが居てくれるのは心強い。私の部屋で寝てるロシーの事ばかりがどうしたって気になってしまう注意力散漫な私としては、ベックが居てくれるだけで随分精神的に支えられている。
「ナミ、モモは……何を抱えてんだろうな」
心配そうに寝ているモモちゃんを見詰めて、チョッパーが言う。だから私も、私にわかる範囲で誠実に答える。
「分からないけど、鎖国しているワノ国から飛び出さなければならないような事態だと言うなら、簡単な話じゃない筈よ」
元々原作知識で知っていたのを奪われたのか、それとも知らなかったのか。それさえも分からないけど……今分かるのは、モモちゃんが自分に何が起きてるのか知っていてそれにちゃんと立ち向かおうとしていると言う事。
そっと寝ているモモちゃんの頭を撫でながら、武家である時点でお坊ちゃんなのよねと思う。だとするならば、自分の事を何もできないのが当然なのに、我儘を言うでもなく前を見据えているこの子は、きっと将来大物になると思えた。
「ナミ」
「どうしたの?」
ベックに呼ばれて顔を上げれば、ベックが笑う。そして、想定外の言葉を口にした。
「伴奏を引き受けて貰えたから、1曲聞いてくれないか」
「……え?」
「ナミの曲を、歌いたい」
……ちょっと待って。ベックが歌うの!?
そう思って動揺したけど、でも、妹としても、ファンとしても是非聞きたい。それに、動くとモモちゃんが起きちゃうからと私はその場で頷くに留めた。
何を歌ってくれるのかな。ビンクスの酒かな?
いつもは、皆が歌ってるのに紛れる程度の歌い方しかしてくれないベックだから、伴奏ありでも1人で歌うなんて想像もしてなかった。アカペラならまだ鼻歌って感じで理解できるけど、世界的ミュージシャンのブルックが伴奏とか、どんな奇跡?
キラキラとした眼差しを向ければ、ベックは含みのある笑みを浮かべるから、私はそれに微かに首を傾げた。ベックの考えが、素直に読めないのである。
「夜に駆ける」
告げられた曲名に、私は僅かに息を飲む。冷静に考えれば、最新で描いたんだからそれなのは分かりきってたのに、想像できなかったのはキーが高いからなのだろうか。
いや待て私。確かにベックは、私の曲をって言ったのに、どうしてビンクスの酒だと思っていたのか、寧ろ自分が阿呆過ぎる。
「ーーー(溶けるように、届けば良いと願う)」
音楽と歌い出しが同時のそれは、二人が上手くタイミングをはかる必要のある物で、なのに練習さえないままに上手く重なるスタートのタイミング。ただ思うのは、この歌はこんなにバラード的なものじゃない筈だと言う事。
それと同時に、歌詞とは違う何かが聞こえる気がした。そう、ベックの心情のようなものが……感じられる。
「ーーー(ナミの言葉1つで、全てが分かった。沈む陽の中、その陽と共にナミも消えるような、そんな恐怖を幾度抱いただろう)」
さよならの1言だけで全てが分かったと歌うベックは、何故か私を冷静に見詰める。確かにベックは、私の1言で全て理解する人だけどさ。
ただ、その瞳が哀しそうに揺れたのは気のせいかな。ねぇベック、悲しまないで、私何かの為に苦しまないで。
「ーーー(初めて会った日に俺達の心を奪っておきながら、子供とは思えない儚い空気を纏い寂しい目をしていた。そんなナミを、気にしないなんて選択肢が俺にある筈も無かったんだ)」
次のフレーズに入ると、愛おしそうにその瞳を眇めて私を見詰めるから、勝手に顔が赤くなる。だって、私が初めて皆に会った時って、私まだ幼女だったわよ!?
それに、儚い空気なんて纏ってなかった筈だし、寂しい目もしてない筈だわ。だって私、天真爛漫なナミちゃんの代わりだもの!!
「ーーー(雑音の中でナミの甘さと温かさに、俺達はどれだけ救われただろう。平凡でありきたりな喜びを教えてくれたナミを、愛した事は自然な流れだろうと俺達は揃って思っている)」
いつでも時間に追われてるベックには、この歌詞が合う様な気がした。海賊である為に、触れる言葉はどうしても心無い言葉が多いのよねと思う。
そんな五月蝿い声に、私は耳を塞いできた。でも、ベックも涙が零れそうな時もあったのかな。
そんな中で、まるで私が救いであるかのようにベックは微笑む。その笑顔が優しくて、胸が痛くなる。
「ーーー(俺達の騒がしくも楽しい日々の中、独りで困ったようにしか笑えないナミが、暗い夜の中に落ちるのは見たくなかった。だから手を掴んで欲しい……と俺達は願い続けていたんだぞ。今からでも遅くは無い。忘れたい過去があるなら、全て忘れさせてやるし、必ず護ってやるから、この腕の中に帰って来い。俺達は何としても、必ず護ってやる)」
幼い頃の私は、赤髪の皆に囲まれて幸福な騒がしい日々を過ごしてた。でも、ベックの瞳には笑ってないように映っていたのかな。
家族の為なら何を喪うのも構わないと思っていた私に、皆は迷いなく手を差し伸べてくれた。だとしたら皆は、あの時その手を掴んで欲しいと、願ってくれてたのかな。
「ーーー(誰も知らない未来を見て、その先にある絶望を受け入れていたナミが哀しかった。まるで死ぬその日を待ち望み、恋焦がれるようにしていたその顔だけは……嫌いだったぞ)」
私にしか見えない、原作の未来を見ていた私を支えてくれた皆は恐ろしく心が広いと思う。それでも、全てをわかっていて甘えていたのは、いつかベルメールさんやエースの代わりに……犠牲になる事を心に誓って夢見ていたから。
あの時だけは、全てを忘れて子供でいたいとの願いから、私としては随分我儘を言って居たのよ。それなのに、いい子過ぎるなんて叱られた事を思い出してしまう。
「ーーー(俺達の事を信用出来なかったのか、甘過ぎるから巻き込みたくないと本気で思っていたのか、どちらにしても1人で全ての苦しみを抱えたナミ。それでも、その分きっと成長したのだろうと思えば、それを責めるつもりは無い。ただ……次があるなら、頼って欲しい)」
赤髪の皆に全てを話して、頼れば未来は違ったのかもしれない。もっと早く手紙とかで助けを求めていたら、運命は変わってたと思うの。
それでも今、怒って、泣いて、こうして感情を表に出す事が得意になったのは頑張って生きた自分がいるからなの。だからどうか、頼れなかった弱い私を許してね。
……そう思って笑った瞬間に、間奏に入った。それに対して、ベックが哀しそうに笑うから、私は泣きそうになってしまう。
そんな顔をさせたかった訳じゃない。なのに、何でかな……私の想いが全てベックには伝わってる気がするの。
「ーーー(戦火の中心で、何もかもが嫌だと言うように壊れたナミに、俺は何ができたのか。全て捨てて楽になれるなら、そうさせてやっても良かったんだが……きっとナミはそれを自分に許しはしなかった事だろう)」
自暴自棄になって、皆の手を振り払った私。それなのに皆は寄り添ってくれたね。
でもきっと、今思えば、本当に暴れたかったのは、そんな私を見ていた皆の方だったのかも知れない。弱い私をそのままでも、成長しても愛していると伝えてくれる優しい人達が、私の周りには溢れている。
「ーーー(表面的な大人の理屈で、カッコつけて用意した言葉ではいつもナミの心にはいつも届かない。つい零れた俺の中に隠して置く予定だった本音と弱さにだけ、ナミは瞬時に反応して優しく包みこんでくれた。優しく笑ったナミに、いつの間にか甘えるのは俺の方になっていたと気付かされる)」
ありきたりな定型文なんていらない。不意に零れた本音が、その瞳に隠された想いが私の心にいつも強く響くの。
強い人程、弱くて脆くて繊細だから、その傷を隠して化膿させてしまう前に手当して欲しいの。吐き出すだけでも、随分楽になると知っているから、だからどうか……その心を教えて。
「ーーー(心が疲れて、笑顔の仮面を貼り付けているような日々の中でも、ナミだけはいつも美しく見えた。永遠に明けないと思えた夜も、誰にも見せないつもりの涙も、ナミはいつも受け止めその優しさで溶かしてくれる)」
忙しい日々の中、表情を失いゆく大切な人達がいた。なのに私はいつも何もできなくて、本当にただ傍にいる事しかできなかったの。
無力な自分が許せなくて、何度この世界に溶けてしまいたいと願ったか分からない。夜は永遠に明けないのだと、苦しみの中嘆いた事も数えるのが面倒な程。
「ーーー(喪った者は戻らないとわかっていて、それでも新たな出逢いに臆病になっていく俺をナミは優しく導く。今、傍にある大切な存在を示しながら、心の氷を溶かして在るべき場所を示してくれた)」
代わり映えのない日常の中、嘆く姿が見えた。大人になっても、産まれた性別や立場がどうでも、人間は完璧なんかじゃ有り得ないのに、独りで抱えようとするその姿が哀しくて……。
だけど私には、少し周りを見てよと、愛しているよと伝える位しかできないのよ。なのに、それだけで、前を向いて進む皆が眩しくて、遠い。
「ーーー(忘れたくて封印した過去の片鱗に触れて荒れた時に、そっと手を差し伸べてくれた時から、ナミはかけがえのない存在になった。だからその時繋いでくれたこの手を、離すつもりはない。ナミが望む未来へ、それが例え夜でも駆け出す。……ナミならば、夜闇でさえ照らせるだろう)」
生きている時間が長ければ長いだけ、多くの経験をしている。時に忘れた筈の過去が追いかけて来る時があるけど、差し伸べられた手を掴んでくれる人達の素直さが眩しくて、可能な限り傍に居たいと思うの。
皆が居るなら、私はどこへだって駆けて行ける。そう、それが例え夜闇でも問題にならないくらい、皆が輝いているから。
……歌が終わり、ほぼ同時に曲も終わる。ベックが私を慰める為に歌ったのだろうと判断した私は、笑顔を向けた。
安心して欲しくて。悲しまないで欲しくて。
けれどもベックは呆れを隠さない顔で、ヤレヤレと言わんばかりに溜息を落とす。そして、困ったように笑った。
「ナミは、分かってねェ」
「ほえ?」
「……ここまで伝わらないとは思わなかった」
「へ!?」
「ナミが俺の歌を聞きながら、何考えてんのかはわかっていたから、いいさ。俺の真意が伝わった所で、ナミは戸惑うだけだろうからな」
そう言ってブルックに視線を向けて、ありがとうと声をかけたベックが立ち上がり私の元へ寄ってくる。そして隣に腰を降ろしたと思ったら、軽く頭を撫でてからその流れで頭を抱き寄せるようにして強制的に凭れさせるから、少し身体から力を抜いてしまう。
そこへブルックが寄ってきて、差し出されたのはビブルカードだった。誰のだろうと思ったら、ゾウに行く為の物だと説明され納得する。
これで私の手元にあるビブルカードは7枚目となる。エースのそれが燃えて消失していなければ8枚目だったんだけどね。
エニエス・ロビーの後で、エースに襲われた私の事を対処してくれた時、マルコがくれたのが1枚目。その前のエースのは戦争で燃えて消えたのでノーカン。
その後カジノ船でドフィから貰って、その両方に番号が書かれていた。その次にスリラーバークでローラから、ビッグマムのビブルカードと思われし物を貰って3枚目。
シャボンディ諸島で皆が飛ばされる前に、レイリーから貰った集合用のビブルカードが4枚目。そして、二年の修行を経て、シャボンディ諸島へと帰る時にパパと書かれた番号付きのベックから貰ったビブルカードで5枚目。
同じくシャボンディ諸島でミホークから番号入のビブルカードを貰ったので、6枚目。そして今回のこれは、ローちゃんの仲間のビブルカード……か。
そして脳内整理を終えてから他の情報も交換して行くと、エースの加入についての件はちゃんと伝わっていた。ルフィもそうなれば嬉しいと言っていたと言われればホッと息を吐き出したのも当然と受け止めて欲しい。
その他に言われたのは、予想外の事。でも、確かにドフィは電話でルフィにその事を話していたと気付けば、エースが飛び出したのもそれか……と理解してしまう。
「……エースの、メラメラの実?」
「ああ、ここのコロシアムの優勝賞金として出される」
「なら、間違い無く計画は狂うわね。……やっぱり、ドフィのが上手ね」
「ルフィよりは誰でも上手だろ。それよりどうする。助けに行くか?」
ごもっともな言葉だけど、今回は私よりも上手って意味で言ったのに。まぁ、墓穴掘りたくないから突っ込まないけどね。
ルフィにこれをドフィが伝えなければ何も起きないけど、それでは意味が無いから国中でその話題は出てるんだろうなと思う。それなのに、私はそれを知る事さえ出来なかった。
「ううん。私の役目はこのサニーを守る事だもの。それにしても……どうしても分からないのよね」
「ん?」
「ドフィは王位を退いたのに、どうして王宮に居たのかしら。七武海辞めたなら、王位には居られない。なのに……どうして王宮で商談を受けたのか理解で「何言ってる。天夜叉は七武海を辞めてねェぞ」」
そうしてベックから聞かされた真実に、私が悲鳴を上げて仲間達に伝えようと飛び出そうとすれば、騒ぎ暴れる私が当身をされて部屋に運び込まれてしまったのは不可抗力。でも、言葉で説得してくれても良かったと思わない?
そうして僅かな時間ではあると思うけど、時間を無駄に浪費してから目覚めた時には部屋から何故か出られなくなっていた。モモちゃんとベック、ロシーと共に部屋に取り残されてしまっている。
つまり、開かないドアの向こう側。甲板での騒ぎは、ブルックとチョッパーだけで対処していると言う事になるわね。
「ベック……ロシーをお願い」
私の言葉に頷いたベックに小さく笑って、私はドア越しに聞こえる言葉からモモちゃんと私が狙われてると気付いてウェイバーを使い脱出する事を決めた。モモちゃんは泳げないけど、1人なら飛べるから着いてきて貰う事も……ううん、飛びたくないって言ってたわよね。
なら、私と脱出して貰うのが安全ね。そう判断して、私は膝を折ってモモちゃんと視線を合わせた。
「モモちゃん……傍を離れないでね」
「守るべき者がいるなら、ナミに負けは無いな。待ってるから、解決して来い」
「おナミ……」
ベックからの信頼が篭った言葉に頷き、不安そうなモモちゃんを抱き締める。恐らく何かの能力で、部屋のドアが動かなくなったのよね。
でも、有難い事に女部屋には外に出る為のルートがいつものドアの他にもある。そっちは使えるからと、クリマタクトで姿を消して甲板へと飛び出した。
戦うと言うより逃げ回ってる二人の姿に小さく笑い、ハッチを開ければ即座に理解した二人が中に入る。なので私もモモちゃんと共にそれについて行き、ハッチを閉めた。
私ならモモちゃんがいてもウェイバーで移動できるから、二人には何か別なの使ってもらえば良いわね。そう思って姿を見せれば、それだけで理解してくれた二人。
別な物を使ってはいるけど、私達4人はサニーから無事に脱出した。そして私達はサニーから離れた所での戦いをと希望したんだけど……私以外全員能力者だから、海上戦ってダメじゃない?
遅れて気付いた事実に血の気がひくような思いをしながら、私は敵の能力を把握しようとサニーへと視線を向ける。ただ、私も狙われてる事から相手がドフィの部下である事は間違いないと理解もしていた。