ハッとした時には既に遅くて、どうやらお絵描き系の能力を持つ女により私達は簡単に無力化されてしまう。そうなれば当然のように船へと連れ戻されて囚われてしまった。
せめてモモちゃんだけは助けなければと思うのに、まともに身体を動かす事もできなくて無意識の内にベックを呼びそうになる。でも、ここでベックを呼ぶ訳にはいかないわ。
ベックには、ロシーを守ってて貰わないといけないんだもの。問題は、囚われ方にある。
絵画か何かにされてしまっている私達は、狂ってる時代のムンクやピカソを彷彿とさせる絵に変えられていて、そのまま作品として囚われているのだ。
どうしたら良いだろうと考えるけど、脱出しようとハッチの中に案内できた他は現状迄に何も出来ずに終わった私には何が出来るのか明確な答えが出ない。そんな私は現在、肘から下を完全に絵とされて囚われている。
それはモモちゃんも同じ。つまり私とモモちゃんは、生きた状態での捕縛が厳命されているのだとわかる。
違うのは完全に絵にされて溶け込まされそうになっているチョッパーと、同じく絵になってはいるのに、自由に動き回り女に媚びを売るブルックだけ。そのブルックの様子に、チョッパーは可笑しくなったと泣き叫ぶけど……演じる事に慣れてる私にはわかってしまう。
これはブルックの戦略。その証拠に、最近お気に入りのギターでは無くて、武器であるヴァイオリンを戻して貰っている。
正直、流石は年の功と言えると思う。それに、これは私では出来なかった。
同じ女である私では難しく、更には音楽家と美術家と言う同じアーティスト枠だからできた油断。……特にブルックは、世界的な知名度を誇ってるものね。
「ご覧下さいジョーラさん!このバイオリンの弓が、実は〝仕込み杖〟でして……」
「フムフム、いい音楽頼むよ」
「ハイ!もう、斬れちゃいました」
「ん?きれた?」
「〝絵描き唄〟……〝
こうしてブルックの活躍により開放された私達は、サニー共々元の姿を取り戻す。だって、本来の姿なら私もチョッパーも弱くは無いもの。
そんな訳で私は雷を落としてから、フランキーやウソップが保管している海楼石を用意した。私が縛り上げれば、皆はありがとうと喜ぶけどさぁ。
「仕方ないじゃない。今この船にいるメンバーは、私とベック以外の全員が能力者なんだから」
海楼石に触れない人しか居ない、奇跡の空間である。……やっぱり私は、今後も悪魔の実食べない方向で考えたいと思います。
そんな事を考えながら、とりあえずロビン達を回収して作戦の練り直しを測りたいとの事に決まる。それが理由で、ドレスローザ近海をグリーンビットへ向けて航行中。
「さて……どうしよう、コレ」
「ホネ吉!!拙者も1発叩いたでござる!!」
「ええ!なかなかスジが良かったですよ」
「そ……そうか。スジがよいか……」
ブルックの言葉を受けて、モモちゃんは嬉しそうである。それはほのぼのしていいけど、本当に困ってしまう。
何せ、ビブルカードとかを持っていたら、コレの仲間であるドフィが助けに来てしまう可能性があるもの。私が居たんじゃ、ドフィとの戦いは寧ろ面倒になるわ。
でも、航海士である私が船を離れるのは愚策。そうなるとコレの扱いには、ほとほと困ってしまう。
「……だからって、海に捨てるのもねえ?」
「能力者だしな」
「パンツも見たくありませんし!」
私の言葉に続いたチョッパーとブルックのそれに、溜息が落ちる。解決策は見付からない。
殺人は基本的にしたくないし、ルフィもしないタイプの生き物だからそのままで行きたい。だとすると……どうしたらいいかしらね。
「兎に角、このままローちゃんの所へ急ぎましょう」
「そうですね。ドフラミンゴが約束を守っていない以上、こちらもシーザーを返す通りはありません」
本気でシーザーという存在はいらないけど、この場合返してあげる気にはならない。約束を守らない子に、報酬だけ渡してなるものか。
そうなると、多分ドフィは取引先である四皇カイドウとの間に揉め事が起きるわね。でも、それこそドフィがいけないんだから、反省させる為にも今回はシーザーを回収すべきだわ。
「返されない事でドフィがどうなったとしても、今回ばかりはドフィの自業自得よ」
「若様を愛称で呼ぶなど……!!最高幹部にしか許されてないざますよ!!謝罪して訂正しな「たー!おナミを苛めるでない!!」痛いざますっ!!このガキャー!!」
「モモちゃん、ありがとう。守ってくれて嬉しいわ」
「おナミ!!嬉しいでござるか!?」
「勿論よ!!」
本当にモモちゃんって可愛いわ。女幹部の事は縛り上げてあるから、モモちゃんが反撃される事もないし、良い練習素材になりそうだから、このまま適当に叩かせておこうかしら?
そんな事を結構本気で考えながらモモちゃんを胸に抱き締めれば、ブルックが騒ぐ。……何だと言うのか。
そんな訳でブルックが五月蝿いから、モモちゃんを離して叩く練習したら良いと告げつつ私は島へと視線を向ける。霧に包まれた変わった形の森が見える他は、現状何も分からない。
「ねえ、ローちゃんの姿見える?」
「変わった森しか見えねェ」
「そうよね、私もよ」
そんな会話をチョッパーとしていたら、突然ドスンと言う衝撃に見舞われる。何事かと騒ぐ私達に、敵の女は言った。
ドフィの部下にしては騒がしいわよね。よく、ドフィはこの騒がしさを許してるわ。
「とと……闘魚の群れざます~っ!!島に近付き過ぎたざます!!」
「闘魚?」
「軍艦も沈める〝殺人魚〟ざますわよォ!!」
「「ええ~!?」」
チョッパーとブルックの声が重なる。私は短剣を抜いて見てみるけど、それぞれがそれなりに大きい上に数が多過ぎるから、嫌な気分になってしまう。
私だけで何処まで対応できるかしら?
その時聞こえて来たのは、優しい声。振動があったから様子を見に来てくれたらしい。
「どうした?」
「ベックー!!闘魚の群れなのー!!」
「……下がってろ。片付けてやる」
「うん。ありがとう」
ここは素直に甘えます。足場も無しに、この数はちょっとキツいわ。
それも、1人でやらなきゃいけなかったし。そう思ってベックを見詰めたら、私の頭を軽く撫でてからライフルを構えて……筆舌に尽くし難い状況を作り出した。
……え、何コレ?
まず、ベックがライフルを構えたら半数が消えた。それだけで消えた。
その後残った奴と言うか、逃げ遅れた奴をベックが1発のそれで4~5匹始末してしまう。すると闘魚の残りがまた消えて行き、もう1発ベックが放ち同じように仕留めたら、群れとしていた筈のそれ等は姿が何も見えなくなった。
「え?」
「……流石は、ナミさんのお兄様ですね。ヨホホ」
「すっげー!ナミが頼るのわかる気がする!!」
盛り上がるブルックとチョッパー。呆然と見てるしかできない私。
えっと……?
「……ねえ、ベック。これって、普通の事?」
「ん?……良くある事だな。闘魚、引き上げるか?食えるぞ」
「うん。食べられるなら引き上げようかな。ルフィが喜びそうだし」
私の脳は停止している。明らかなるキャパオーバーである。
そうして闘魚を回収していたら、念の為にと島の様子を見ていたチョッパーが叫ぶ。何事かと思って視線を向ければ、飛んで来るのはピンクの物体。
「若様~!!」
「……ドフィ」
「天夜叉か」
上から敵の女、私、ベックである。ちなみにモモちゃんとブルック、チョッパーは死んじゃうのかと泣き叫んでいるけど、私が戦えば死ぬ事はないと思うのよね。
勝てるかと問われたら、勝てないと思う。でも、私をドフィは殺せないから……皆を殺させない事はできる。
そう思って甲板を蹴って空へ向かえば、ドフィはニンマリと笑った。それはもう、本気で楽しそうと言うか、嬉しそうと言うか。
「自分から俺の元に帰るとは、いい心掛けだな。我が愛妻よ」
「私は未婚よ、ドフィ」
「生意気言うな。そんなに認めたくないなら、認めるしか無くなるように常に俺のモノを注ぎ続けてやるよ。孕むまでな」
言葉ではそんな事を言いながらも、ドフィは捕らえる為の糸では無くて、切り裂く為の糸を向けて来る。だから私はクリマタクトでは無くて、短剣で対応するしかない。
でも、短剣で戦う時は残念ながら、私に勝ち目は殆ど無いのだ。だって、私はドフィを傷付けられないもの。
それをドフィはわかっていて、そう仕向けてる。どうしたって劣勢になる私とドフィの間に入ったのは、サンジ君だった。
「泣いて嫌がるウチの仲間に、近寄んじゃねェよ!!」
「ほう……強そうなのが来たな」
ドフィは突然の割り込みにも冷静で、サンジ君が誰なのかを瞬時に判断する。あの手配書でよく分かると本気で思うけど、これなら私も参戦できるわ。
サンジ君が攻撃を仕掛けて、ドフィはそれを受けて笑う。そして糸でサンジ君を攻撃しようとするから、サンジ君の体勢が整うまではと間に入りその糸を引き裂く。
サニーからはチョッパー達の歓声と悲鳴が聞こえるけど、そっちにまでは意識を向けられない。ドフィは、私にしてみれば随分強大な敵だから。
そう、敵なのだ。ルーキーに毛が生えた程度の海賊船で航海士してるだけの女と、国……いいえ、世界からの特権を与えられて1国を有している事が当然とさえなっている七武海の船長。
これが私とドフィの違い。どれ程幼い頃の思い出があろうとも、この現実は変えられないのよ。
世界政府の手先となり私達を権力を持ち追い詰められるドフィと、世界政府を敵に回し、生命を狙われ続ける私達には大いなる隔たりがある。戦うしか道はないのだ。
「ナミ、いい子だから帰って来い」
「ドフィは、随分悪い子になっちゃったわね」
「いい子のままで生きられたと思うのか」
「思えないわ。でも、少し寂しいわね」
つい、本音がもれる。そんな私にドフィは眉を寄せるから、情けない顔を向けてしまう。
「ドフィがそうならずにすむように、守るべきだったわね」
「俺が、守らせなかったんだ。そんな事をしたら、ナミは俺を男とは認識しなかったろ」
「それは、今も変わらないわ。言ったでしょ。ドフィは息子……違っても弟枠なの。守りたいと……願ってしまう対象なのよ」
「……そんなに守りたいなら、守って見せろ。いつものように……その身を、犠牲にしてなっ!!」
その瞬間、サンジ君へと向けられるとばかり思っていた糸が私に向けられる。しまったと思った時には、磔にされた有名な宗教シンボルの男性を思わせるポーズとなっていて、ドフィは戦闘中にも関わらず私の頬を愛おしそうに撫でてからサンジ君へとその意識を向けた。
身動きを封じられた私を気にして、サンジ君が目の前で切り裂かれれば悲鳴が出たのは当然の事。辞めて欲しくて縋るように視線を向ければ、ドフィはそれに口元を大きく割り開く。
「ドフィ!辞めて!私の大切な人を傷付けないでっ!!」
「大切な人……か。フッフッフッフッフッ」
「そうよ。大切な人達が傷付け合うのは、私にはつらい」
「ならナミは、俺がそれを辞めてやったとして、どんな対価を支払え「いい加減に、して貰おうか……天夜叉」」
ドフィの言葉が止まったのは、明らかにベックのそれが理由。いつの間にかサンジ君も捕らえられて、絶体絶命と言えるような状況に陥っている私達を庇うようにその銃口を向ける。
殺気立つそれは、私が昔怪我をさせられた時とよく似ている。つまり……超絶怒ってるとわかる。
でも、サンジ君の代わりにベックが戦っても結果変わんないから!
そう思うのに、言葉は音にならない。そうさせない空気が醸し出されている。
「ベン・ベックマン……何故、この件に関わる?ナミの兄貴だと言うだけならば、既に時効に近いだろう」
「兄貴ってのは、永遠のものだと思っている。何より……ナミが望むから兄でいるだけだ」
「……随分、殊勝な事だな」
「こう言えば満足か。……俺の女に、手を出すな」
「……わかっていても、音にされると不愉快だな。兄貴らしく指咥えて遠目に眺めてろよ」
「言っただろう。……俺はナミが望む限りは、兄貴なんだと」
ベックとドフィの会話が理解できなくて、でも、爆発を目前にしたかのような空気により私の思考は強制的に働きを制限されている。問題は、身体さえ動きを阻害されてしまった所だろうか。
ベックは私を守る為にしては、随分と力の入った発言と演技をしてくれてると思うけど……。うん、優しいお兄ちゃんよね。
でも、そっか。血の繋がりがないから、私が嫌がったら兄の立場を放棄するっ言う事なのね。
そんな気遣いいらないのに。ベックって優しい。
「なら永遠に兄貴の立場で、満足しておけよ。……ナミは、昔から俺のモノだ」
「馬鹿な事を言うんじゃねェよ。ナミに
「親だとか師匠ってもんは、超える為にあるんだろ。なら……ナミ以下に落ちてる相手に、負けるとは思えねェ」
「フッ……ナミは永遠に、俺には勝てねェよ」
そのまま戦い始めた二人はもう、何が起きてるのか判断するのも難しいような動きをする。銃弾が放たれるのと同時にベックが動き、ドフィが銃弾を躱した所を殴り付けたと思ったら、ドフィがその衝撃を利用してベックを蹴り飛ばす。
こんな感じの動きが1秒の間に起きるのだ。途中から、何が起きてるのか分からなくなったのも無理はないと思って欲しい。
そんな最中、突然腕を掴まれたと思ったら視界が回る。樽を1つ犠牲にして、私とサンジ君をローちゃんがサニーへと移動させてくれたらしい。
甲板に降り立つと同時に、ベックとドフィが戦ってるのを見ながらローちゃんは声を荒らげる。それに即座に答えるサンジ君って凄いと思う。
「黒足屋!〝工場破壊〟はどうなってる!?」
「場所はわかったが、想像以上に大仕事になるとフランキーが「父上は!?カン十郎は!?サン五郎っ!!」侍も工場だ。事が済めば助かる筈だ」
「……まだ、時間がいるか!!」
「なら、私が時間を稼ぐわ。皆は島から少し離れた所で待機していて!」
ローちゃんの作戦は完全に頓挫したと思ってたけど、時間を稼げば修正できるなら私が囮になればいい。そう判断しての発言なのに、サンジ君の悲鳴のような声が響く。
でも正直、今これについて口論してる暇はないわ。仕方ないじゃない。
「ナミさん!?」
「私がいればドフィは間違いなく私を追う。そうなれば時間は稼げる。……皆は、私の逃げ足の速さは知ってるでしょ?その間に、作戦に変更があった事を皆に報せる事で次の作戦に移行できるわ」
「だがナミ。それはナミが捕まれば、全てがご破算になるとわかっての発言か」
ローちゃんの言い分は分かるけど、今他に手はない。ここで本格的にベックが戦えば、それこそ頂上戦争レベルの事が起きてしまうもの。
だから私は、強気に言い切る。笑みさえうかべて。
「……捕まらなきゃいいんでしょ?戦えって言われたらキツいと思うけど、逃げるだけなら出来ない事も無いわ」
「ドフラミンゴがまた来るぞ!!」
チョッパーが空を見てそんな事を言う。その刹那、ベックが甲板に戻って来て、深く溜息を落とした。
私を悲しませない為に、ベックはドフィに致命傷を与えないように戦ってくれてたらしい。……本当に、申し訳ない。
「おい!!お前、その心臓俺のか!?今船室から取ってきたな!?」
「これは
「どうして!?近くを巡回するとかして、皆が揃うのを待つべきでしょ!?」
「ビブルカードは渡してあった筈だ。〝工場破壊〟さえ完了すればこの島に用はない。俺達もすぐに後を追う!……コラさんを休ませてやってくれ」
シーザーのそれに答えたと思った直後に振られた話題に、つい感情的になる。ローちゃんの言いたい事は分からなくもないけど、それを受け入れられる訳も無い。
「船長無しで出航できる訳無いでしょ!?私達は〝麦藁の1味〟よ!?」
「揉めてる暇はなさそうだな。ナミが戻る迄は、俺もこの船を守るのに尽力してやる……早目に戻れ、ナミ。帰ってからの事はその時判断しろ」
ベックの言葉を受けて、私は息を細く吐き出した。確かに、ベックが言ってるのは正しい。
何より、ここでベックが残ってくれるのは本当にありがたいもの。これ以上揉めてる時間も無い。
「……わかったわ。ローちゃん、お願い」
「ああ」
そう言ってローちゃんの手が伸びて来て、けれどもその動きは不自然に止まる。そのままその手は刀の柄に移動したのだから、冷静だと思う。
そう、その時降ってきたのは軍艦と隕石。泣き叫ぶチョッパーを見て、そのまま視線をベックへと動かせばベックが心配そうに私を見詰めていた。