優しく頭を撫でてくれるその手が、私の身体から緊張感を取り除く。そのまま胸に顔を埋めて甘えていれば、撫で続けてくれる手の温もりにより突然ハッとする。
つい今しがたゾロに、気を抜かずに警戒しろと言われたばかりだったから。そうか……気を抜くと襲われるぞって示したくてさっきゾロは私の唇を……納得だわ。
でも、ベックはそんな事しないもん。ベックは優しいのに、ゾロってば心配性ね。
「ナミ、見えないと不便なんだが……ナミの顔を見せてくれるか」
「あ、ごめんなさい。……そうだ!ゾロ達も姿を見せとく?」
抱き締められているので、首だけ振り向いて問い掛けるとゾロは頷いた。ゾロ達も、ベックに挨拶しておきたいのかな?
「ルフィと合流する時に不便だから、解放して貰えると確かに助かるな」
「わかったわ」
そう言ってクリマタクトを手にすれば、私が動いた事に気付いたベックが解放してくれた。なので、ゾロ達を先に見えるように戻す。
するとゾロ達の姿を認識したベックが、可笑しそうに笑った。何が可笑しいんだろう。
不思議に思いながら、自分の姿も見えるようにする。それからベックに言われた通り、私の顔が見えるように近付いて少し高い位置にあるその顔を覗き込むように見上げた。
「ガキの頃からの付き合いだからな。……そんなに睨むな」
どうやらベックは、ゾロに睨まれてたらしい。なんでそんな事するのかと思ったけど、それを口にするより早くベックから頭を撫でられてそのまま抱きしめられれば、逆らう選択肢は無い。
そしてベックは蕩けるような笑顔を向けて来る。頭を撫でていた筈の手は、いつの間にか私の髪を弄んでる。
「本当にどこにいるのか見えないもんだな。自分だけでなく仲間にもできるのは大きい。……器用だとは思っていたが、やはり
「ベックのばーか。私はルフィの航海士なのよ」
「駄目か。残念だ」
そう言って愛おしそうにベックは私の髪にキスをするから、もうっと怒っておく。でも、ベックは優しく笑うばかりで意に介してもいない。
そのままベックにヒョイッと抱き上げられると、ベックとゾロ達はろくな挨拶もしない内に駆出されてしまう。そうなれば見る間に二人の姿が小さくなる。
そんな私達にゾロと錦えもんは軽く手を上げて見送ってくれるけど、何だか理不尽な気がして私は少しむくれてしまう。私だけ、なんか、仲間外れにされた気分。
そうして、海とか諸々が途中あった筈なのに何故か本当に驚く程の短時間でサニー号へと連れ戻された私は、ベックのスペックの高さに愕然とする。だって、これで、船長じゃないのよ……?
シャンクスを思い出して、ベックを見る。そして、ルフィとゾロを思い出して……。
似てるわ。将来的に同じような感じになりそう。
そんな事を考えてから、そっと首を横に振る。今はそんな事を考えてる場合じゃないから。
それにしても、どうしたものかしらねと思いながら、船尾に居る物へと視線を向ける。そう、目の前にはビッグマム海賊団の巨大な〝歌う艇〟がいた。
つまりベックはこの状態の皆を置いて、私を迎えに来ていたらしい。短時間での移動だったけど、それにしても……。
「皆が無事で良かったわ」
「力不足で悪いな、ナミ。黒足の音を消したりして、サポートはしたが……やはり俺はまだ戦えなくてな」
背後から聞こえた声に振り向くと、壁を背に甲板で座ってるロシーが見えた。どうやらまだ、自由に動き回るのは難しいらしい。
ベックから離れてロシーの様子を見に行くフリをして、私は声をかけた。耳打ちする形で。
「敵の人達を無音の中に落とせる?」
「……その程度なら」
そう言って笑ったロシーは、しっかり悪人な顔をしていた。そして、敵としている彼等の音を全て奪えば、彼等はその場で崩れ落ちる。
……当然である。人とは、いや、生物とは常に何かの音を聞いて生きているのだから。
耳が聞こえなくても、自分の心音等は感じているのだ。だからこそ、人間は1人暮らしをはじめた当初や、心細くなった時に人はテレビや音楽を楽しむ。
人は、無音の中で正気を保つ事はできない。そう、できているのだ。
静寂と無音は似て非なるもの。静寂の中にも、風の音や鳥の囀り、人や植物、動物の生きる音が存在するのだから。
自分の心音も、息遣いさえ聞こえない状態では、心を壊すのは容易い。それでも、それをやる期間は私が皆と情報共有する為の短時間を予定してる。
だって、別に憎い相手と言う訳でもないのに、心を殺すなんてしたくないもの。それはロシーもわかってくれてるらしくて、優しく笑って頷いてくれたから私は皆を集めて作戦会議に入った。
「皆、ロシーが敵に何も聞こえなくしてくれてるから、今のうちに情報共有しましょ」
「……時にナミは、本当に天使なんじゃねェかと思うよ」
ベックは私への過大評価が過ぎると思う。本当に。
「そんな訳無いじゃない」
「……無邪気に、残酷な事を平然とやる時があるって意味だ。そう言う意味なら。天使かも知れないだろ?」
そう言われると、確かになんとも言えない。天使は神が是と言えば、どれ程残虐な事も罪悪感ひとつなく平然とやってのけるものだから、そう言う意味だろうか。
だとしたら、私の神は誰だろう。そこまで盲目的に、誰かの言いなりになってる記憶は無いのよね。
そんな事を考えつつも、情報交換は早急に進められる。人は五分無音の中にいれば、充分狂う可能性があるからだ。
敵の中で確認できる戦力は、魚人島でルフィ達が会ったと言う問題の二人組。この世界では獣人とは言わないらしいから、なんて表現するのが正しいのかな?
まぁ、片方は卵だから獣人呼びに入らないかもしれないけどさ。それより、面倒なのはルフィと同格枠に該当する男の存在。
最悪の世代の1人〝カポネ・G・ベッジ〟だわ。サンジ君達の話を元に考えるなら、ビッグマムの傘下におさまってるらしい。
その狙いは明らかにシーザーで、私個人としては渡してしまいたい。寧ろ八つ裂きにされるなら、それはそれで構わないと思う。
ドフィの元にシーザーが帰らない事が、シーザーに関しては此方としての勝利条件だもの。でも、万が一にも、ビッグマムがシーザーを殺さずにドフィと同盟とかビジネス契約して、帰しちゃうと困るのよね。
それを告げればベックは面白そうに笑って、シーザーは渡さないでくださいと土下座をし始めた。この様子なら、シーザーは八つ裂きにして貰えそうだけどリスクは残る。
それならこの件が解決するまでは、此方で捕獲しておくべきだわ。……こんな奴、嫌いだけど。
正直ビッグマム海賊団と戦うにしても、船尾に船がいるのが厄介な所。ベックの存在により、ビッグマム海賊団も下手に手を出さないで居てくれたらしいけど、それももう効力が消えそうだったらしい。
「逃げられる状態とは思えねェよ!!あ!ガオン砲使えるか見てくる!!」
そう言ってチョッパーが駆け出す。それを見送った直後、ブルックが声を出す。
「〝クー・ド・バースト〟で逃げましょう!!」
「コーラが足りねェ!!」
チョッパーは期待を持って駆けて行ったけど、ガオン砲はエネルギーが足りても使えない。だって、敵は船尾にいるんだもの。
どうしたらいい?
ここには今、怪我人と子供がいる。どうしたらいいのよっ!!
「〝ガオン砲〟もダメだ!!どうしよう……」
「馬鹿!どの道正面向くだけの時間が与えられるかよ!!船尾で戦い隙を作るぞ!!」
年齢だけならば、ブルックが、海賊歴だけならば、私が船長代理としてここで指示を出すべき。でも、実際はサンジ君が全て取り仕切ってくれてる。
こんな状況下でも、誰も言わない。ベックに頼ろうとは、力を借りようとは言わないのだ。
どうやらベックは、それが楽しくて仕方ないらしい。ベックは、私だけを守るのだと皆が認識してる。
皆はベックに対して、それ以上の事を望む気が無いのだと伝わってくる。オロオロしてるモモちゃんを見て、私は龍の姿になってるモモちゃんを抱き締めた。
こんな幼い子を不安のまま放置してたなんて。ダメね、私。
「大丈夫よ。そこに座ってるお兄さんの近くにいて」
「だがおナミ!あの男、怪我をしておる」
「そうなのよ。だからね、モモちゃんにあのお兄さんを守って貰いたいの。あのお兄さんが死んじゃったりしないように」
不安になんてさせない。大丈夫、守るわ。
錦えもんは、私達を信じてルフィの元に残ってくれた。ここで私達が、モモちゃんを守れないなんて事は許されない。
「拙者が、守る?」
「そうよ。モモちゃんが守るの。その為に近くに居てね」
怪我人と子供が共に居てくれれば、守りやすくなる。でも、モモちゃんは武家の跡取り。
プライドもあるし、男の子としての意地もある。なら、こう言うのが効果的な筈。
「わかった!必ず守る!!」
「ありがとう。モモちゃんが頑張ってくれるなら、安心だわ」
笑って言えば、そのタイミングでロシーが能力を解除した。それを待っていたかのように、サンジ君達は戦いを開始する。
ううん、待っててくれたんだわ。モモちゃんが落ち着くように。
だから、誰も私が話してる時に口を挟まなかったんだわ。そう分かるのは、聞こえて来る戦いの音と声も理由。
「〝
降り注ぐ砲弾をブルックが凍らせる。私はそれを見ながら、気圧等の計算を開始した。
これなら、雨さえ降らせれば霧を発生させられる。風は簡単に起こせるから、隙が作れたら逃げられるわ!
そうして計算を終えた時聞こえて来たのは、シーザーの耳障りな声。シーザーの事が嫌い過ぎて、何を言ってても耳障りに思えて来るわね。
「どゥほー!!覚えてろ貴様ら!!この俺を袋扱いとは!!」
「言う事聞かなきゃ助けないぞ。ナミも引き渡していいって思ってるみたいだし、どうする?」
「ちくしょー!!」
「頼むサンジ!!」
聞こえて来るチョッパーとシーザーの会話は何だか微笑ましくて、チョッパーの可愛さを痛感した。そのままベックに視線を向ければ、ベックは頷いてくれたのでロシーとモモちゃんは問題なく待っていられるだろう。
そうと分かれば、私も参戦出来る。ベックやロシーに必要以上に迷惑かけられないもの。
「ナミ」
「私も海賊船のクルーなのよ」
「航海士と船医は、通常戦わねェ」
「何言ってんの。マルコも戦うじゃない」
寧ろあの人、白髭ではナンバー2とかやってたじゃないのよ。それどころか、その後はトップで戦ってたわ。
それに、チョッパーが今戦ってるのがこの人には見えてないのだろうか。何より、クロッカスさんを思い出して欲しい所よ。
そう思って睨めば、幼い子を見守るように見つめられてしまう。どうやらベックは、単純に過保護なだけみたいね。
そう思った時、サンジ君がシーザーごと敵に砲弾を蹴り飛ばし、うげェ!!と叫ぶそれを回収して船に戻って来た。
サンジ君が空を飛ぶ事に対して驚くベッジは、月歩を知らないらしい。だとするのならば、彼はそれ程重要なポストについた事は無かったのだろう。
ともすれば、これが最初の大仕事。ならば、全力で向かって来るのは間違いないわね。
気を抜けば終わる。そんな緊張感の中で、私はサンジ君の着地に合わせてクリマタクトを奮う。
敵の船体はサンジ君の蹴り技が功を奏して、右舷損傷となり大型船であるが故に身動きが取れなくなってる。この隙を使わずになんとする!!
「〝
雨が降れば霧は簡単に発生させられる。それでも追ってきた場合を考えて、先に進みつつ雷雲も用意しておく。
これで、もしもこの雨と霧の中で真っ直ぐにこちらへ向かえば壊れた船に落雷が降り注ぐ事になるわ。そうなれば、それなりに時間は稼げる筈。
そう判断するのと同時に、私は指示を仰いだ。この先、何処へ向かえば良いのかはベックしか知らないのを理由に。
「ベック、進路は?」
「少しズレてるだけだ。このまま進め」
「ズレてるのに?」
行先が明確には知られてない事を考えれば、ビッグマム海賊団に追われる事は無いだろうと思う。だからこそ、遠回りする理由が分からなくて首を傾げる。
寧ろ早く行った方が治療的な意味でも、シャンクスが暴れる可能性の軽減的にもいいと思うのよ。シャンクスって、ルフィと同じ種族だから我慢とか待てとかできないもの。
「その方が結果的に早い。真っ直ぐ進むと、途中で岩礁と渦の海域にぶつかる」
「渦だけなら真っ直ぐ進むんだけど、岩礁があるなら迂回したいわね」
そうして私達はベックに言われるまま、船を進める。その先には私の大切な兄達が待っている事を知っているから、心は穏やかだ。
ただ問題がある。この船は男部屋は汚部屋なのだ。
ベックは勿論、怪我人のロシーをそちらで寝かせる訳にはいかないし、モモちゃんもその部屋は使わせられない。そうなると急務なのは……。
「部屋割り、考えないとね」
「甲板で充分だ」
ベックの言葉に駄目よと言ってから、サンジ君に相談を持ちかける。結果、女部屋にベックとロシー、それとモモちゃんが寝る事になった。
私は図書室のソファで寝る予定。……うん、寝る予定、よ?
男性陣はいつもの配置で、私は今夜何読もうかな。ロビンに借りた本、まだ読めてないのがあるのよね。
それとも、何か書こうかな。最近医学書系ばっかりだったから、久々に童話でも書きたい気分。
何か、優しいお話を書きたい。童話ならモモちゃんが喜んでくれるかな。
それとも……と思った時、肩を掴まれた。地味に痛い。
「ナミさん、後で様子見に行きますからね?」
「サンジ君が、いぢめる」
「ナミさんが、素直に寝れば良いんですよ。寝れば」
信用が足りなさ過ぎるわ。可笑しいわよ、仲間を信じないなんて!
「〝信じる者は救われる〟って言うでしょ?少しは私を信じてよね」
「聞いた事ありませんよ、そんな言葉」
「え!?嘘!?この世界にはないの!?あんなに有名な言葉なのに……」
まぁ、その為にそれを揶揄して〝信じる者しか救わないせこい神様拝むより〟って歌う人達が居たけどね。なんか懐かしい。
そうだ!今夜はそれを譜面に起こそう。
脳内で曲が流れ始めるから、気分は急上昇する。描く物が決まれば、話は早いのだ。
その為に私は、その傍でサンジ君が何か言ってたのを聞いてさえ居なかった。ただ、ベックに誘導されてキッチンへと移動させられていたのは、謎な現象である。
そのまま今居る全員で揃って食事をする事になれば、私も手伝おうと立ち上がる。なのにサンジ君は優しく笑って座っててくださいなんて言うのだから、困ってしまう。
実際、素人が傍にいると邪魔だったりもするから、下手に動けないのもある。サニーのキッチンは、厨房ではなくキッチンなので大人数で使うには不向きなのも理由としては大きい。
なので私は逆らう事も出来ず、大人しく席について手荷物に入れていた本を取り出すと静かに開く。騒がしさの少ないサニーは、何だか妙な気分である。