ロビンから勧められた本はどうやら詩集だったらしい。母の愛をテーマにしたそれは、母から子への想いの他、子供から母への思慕も綴られている。
ロビンはずっと母親に会いたいと願い、会えた直後に今生の別れとなった。それを思えばこの詩集を読んでいたのは理解できる。
過去に戻るチャンスがあったのならば、ロビンの過去に行って……ロビンのお母さんを生かす道があっても良かったのに。そう思っても行き先を自分では選べないのだから、どうにもなりはしないけど。
それに、そもそも行ける先が二箇所なのであればドフィやロシー、ローちゃんの過去に戻らない選択肢も無いのだ。だからと言って、彼等とて私が関わらなくても生きてはいた筈だから、完全に自己満足でしかないと理解もしている。
「食事の用意ができましたよ」
「あ……ごめんなさい」
思考の海に沈み落ち込みそうになっていた為に、妙に慌ててしまい謝る私に、サンジ君はそっと笑う。その様子は、気難しい職人気質のコックさんというよりは、明らかに子供の事を見守る母親を思わせる物。
本当に、サンジ君って性別間違えて生まれてきたんじゃないかしら?
普通に美形だから、女の子でも問題無かった筈。それに、残ってる知識に拠ればお姉さんがサンジ君と同じ顔してたもの。
「……今、妙な事を考えませんでしたか?」
「ヤダナー、ナンノコトカシラ?」
ドキッとしたのを誤魔化そうとしたけど、何故か上手くいかなかった。笑顔に凄味を持たせるサンジ君から視線を逸らして、手を合わせる。
「いただきマース!」
「……狡い逃げ方ですよね」
そう言いながらも、私が食事を始めればそれ以上の追求はない。こうして私は、見事サンジ君の追記から逃げ切ったのである。
そんなやり取りを見ていたベックは微笑ましそうに笑い、モモちゃんは目の前の食事に夢中で、チョッパーとロシーはホッとした様子を見せた。そんな中でブルックがギターに手を伸ばせば、盛り上げの為だと分かるけど今はダメだと思う。
「ブルック、食事の後にして。……サンジ君もちゃんと食べてよ?」
サンジ君は皆への配膳が終わると、そのままキッチンで立ったまま食事をしてしまう事を私は知っている。でも今はメンバーも少なくて席が足りない訳でもないのだから、素直に座って食べて欲しい。
ここは駅前の立ち食い蕎麦屋ではなく、揺れる船の中なのだから。安全面を考慮しても、それは守ってもらいたい。
「え?でも、お代わりとかもあ「サンジ君?……座りなさい。お代わりは、したい人が自分でしたらいいのよ。人を使ってはいけないわ。それをやらせると釜の中を舐めとるようなお馬鹿も今居ないんだし、大人しく座りなさい」」
キッと睨めば、素直に席に着くサンジ君にホッとするけど、何故かチョッパーとモモちゃんが怯えたような眼差しを向けて来る。その上何故かロシーが懐かしそうにしているのだ。
何か、変な事言ったかしら?
「変わらないな、ナミは」
「え?」
「俺や兄上もよく、そうやって叱られた」
懐かしそうに眼を細めるロシーに、仕方ないでしょと肩を竦めるのは当然だ。彼等は天竜人……つまりは王族よりも高貴な存在なのだから。
それが状況が許さなかったとはいえ、何かの時にマナーを知らないでは恥をかく。マナーや所作は知っているだけでも多少は役立つけど、基本的に日常的にしているものが現れてしまうものなのだ。
「早食いが必要だったとは言え、お行儀よく食べる事が不可能になったら困るでしょ。二人とも本来はできて当然の育ちだったんだから」
「……適わねェなァ。本当に、いくつになってもあの頃と扱いが変わらねェんだから」
「昔は、可愛かったのに……図体ばっかり大きくなって。……ロシーもドフィも、あの頃と中身はあまり変わってないわよ」
何かを守る為に夜叉となる事を選んだ、天より堕ちた男。それがドフィ。
大切な人の狂気を見逃せない正義感から、正義を掲げる所に所属して、その中にある矛盾により苦しみ、大切な人の命と恩義を天秤にかけて、命を選んだ優しい少年。それがロシー。
どちらも、私の中では可愛い弟であり、手のかかる弟子。優秀であり、心配の種。
でも、ドフィもロシーも私が大切に守ろうとしたそれよりも強く、私を想い、守ろうとしてくれた。それを分かっていて、でも、今ドフィのしようとしている事は良くないと断言出来る。
「本当なら、私がドフィを止めるべきだったのに……ごめんなさい」
「あねう……ナミは、悪くねェよ。血の繋がった俺でさえ、何も出来ず、今ここにいる。ローにその重責を押し付けちまった」
「バカ弟子の始末は、本来師匠である私の役目よ。弟が兄を止めるなんて……なかなかできる事じゃないわ。それと、ローちゃんは聞いたら怒るでしょうけど」
「ん?」
言葉を止めた私に、ロシーは不思議そうな様子を見せる。でも、聞いたら本当に怒るだろう事だから、居なくても言葉にするのが少しだけ躊躇われてしまったのだ。
「ローちゃんとドフィって本質、殆ど同じだから。だからこそ、ドフィはローちゃんを右腕として育てようとしてたの。それなり以上に教育したのも、それが理由よ」
「……ナミさんと、こいつの関係性を伺っても?」
会話の途中で入って来たサンジ君の声に視線を向ければ、真剣な眼差しとかち合う。突然現れた大男と、知人なのだとは分かっても、それ以上はなかなかに意味不明だろうとは思う。
その上で今の会話を聞いていたのだから、色々推察できてしまっただろう。特に、ベックとサンジ君は。
そう考えたら、隠すよりは端的な説明をしておいた方がいい。そう思ってロシーに視線を向ければ頷かれたので、任される事にした。
「私は、二年の修行期間の途中で、時を遡り、今の時空に帰ってきたの。その時を遡った時に……ドフィとロシー……今ルフィ達が戦っている〝天夜叉〟ドンキホーテ・ドフラミンゴと、その弟であるロシー……じゃなくて、ロシナンテと知り合い、共に過ごしたのよ」
「その間に、俺達はナミに戦い方を含む生きる術を教えられた。その頃の癖で、ナミは俺達を愛称で呼ぶし、俺達もまた慕ってるって訳だ」
私の言葉を引き継ぐようにロシーが声を出す。それにより、慕ってくれてたのかと純粋に驚いてしまう。
「それで〝姉上〟か」
「……ドンキホーテ族は、天竜人にある名だと思っていたが、関係は?」
納得したサンジ君の言葉に続いたのはベックで、それに対してロシーは〝元〟はそうだったと苦笑する。それだけで大体の事を大人達は察して、察する事のできなかったチョッパーとモモちゃんは首を傾げた。
それにより私がモモちゃんへと腕を伸ばしてそっと頭を撫でれば、その場の空気が弛緩する。いつの時代も子供とは希望であり、癒しとなるのだろう。
だからこそ、悲惨な過去は壮大なオブラートに包んで隠す事にした。信念を貫いたご両親には悪いけど、表現方法も変えさせてもらおう。
「ドフィとロシーはね、天竜人として産まれたけど、ご両親が他の天竜人と喧嘩して天竜人を辞めたの。その分苦労もしたけど、きっと……それで良かったのよ」
「そうだな。俺も兄上も、父上と母上の最期を看取れたし……幸せで有意義な幼少期だった。ナミには、感謝している」
「ロシー……?」
感謝、なんて、嘘でしょう?
だって、私は皆を残して突然消えてしまった。それも、ドフィから私と言う存在を消す事で帰ってきたのだ。
それによりドフィの性格が歪んだ事、その後の苦労が多過ぎる。その上で、ローちゃんもいる時の過去でも私は突然二人の前から消えてしまった。
それにより、私はローちゃんからも、ロシーからも恨まれているのだと、思っていた。それでも優しい人達だから、私が過去に行く事で傷つく可能性を見付けて、私が二人を見捨てるように仕向けたのだ……と、そう思っていたのに。
「恨んで……憎んで、ない、の?」
「は?……なんで、憎んだり恨んだりするんだよ」
「だって、私は2回とも突然姿を消したわ。一度目はドフィの記憶を奪う形で。あの時ドフィにそうしてもらわなければ、私はここに帰れなかった。でも、それがあなた達家族を苦しめた要因となったのは、間違いようのない事実よ」
そんな犠牲を強いたくなかったとは、言えない。私は狡いから、ルフィの所に……仲間達のいるこの時代に帰ってきたかったの。
その代償として憎まれたりするなら、それは甘んじて受け入れるべきだと思う。その位は、受け入れなければ人としてどうかと思うのよ。
「……そもそも、ナミが助けてくれなければ、共に居てくれなければ、父上と母上はあんなに長く共に生きられなかっただろうと思う。それに、俺と兄上を鍛えて生きる術を教えてくれていたから、俺も兄上も、今……この世に存在してるんだ」
「でも……!二回目の時は……!」
私の感覚とは逆で、本来二回目が私としては最初だけど、ロシーからみたらローちゃんの時の別れが二度目。あれは、トラウマになりかねない。
他に守れる手段がなかった。選択肢は無かったと思うけど、それでも恨まれて仕方ないとも思うの。
「目の前で兄が姉を殺す所を見るなんて、つらかったに決まってる!なのに、何も伝えられなくて……!」
「そうだな。あの時は、兄上がナミを殺したと、そう思った。ナミを傷付けて、ボロボロにしてから殺しただろうと思っていたさ。だからこそ……あの過去を知っているナミが生きていてくれた事が、俺にとっては最高に幸福な事なんだ」
「ロシー……」
「その状態で再会して後、ナミは兄上から俺やローを迷わず守ってくれた。更には兄上の事も、まだ信じてくれてる。……俺は、それをできなかった。兄上を信じられず、憎しみと恨みと絶望を抱いて、正義という名前の正当性を振りかざして、汚い感情を覆い隠して……追い詰めた」
声が、出せなかった。真剣な顔で言われるそれは本気だと伝わるから。
私の中にあるちっぽけな後悔や劣等感なんて消し飛ぶ程、ロシーの中にある闇と後悔は強い。それでも、その傷を隠す事も無く私の前にさらけ出してくれてる。
「俺が兄上を歪ませて、そして……その心に、癒えない傷を遺したんだ。兄上がああなったのは、俺の責任で、その為に産まれた被害者がローだ」
「ローちゃんは……ロシーに、救われた。そして今も、守らているわ。あなた達は、仲間であり、友であり、家族でしょう。……被害者なんて、そんな事を言ってはローちゃんに失礼よ」
愛しているのだ、互いに。なのに、片側がそんな事を思っていては、相手は報われない。
愛は報いを得る為でも、対価を得る為のものでもないけど、それでも……。ロシーにもローちゃんにも幸せでいて欲しい。
「なら、ナミもだな」
「え?」
「俺や兄上、ローから見てナミは家族だ。姉であり妹であり……師匠でもある。その上で、初恋の相手だってのに……そんなに卑下しないでくれ。俺達の想いを、否定しないで貰いたい」
「わた、し……」
「愛してるよ、姉上」
その言葉により、走馬灯のように過去の事を思い出してロシーに駆け寄っていた。そのまま怪我を刺激しないように精一杯の配慮をしつつ抱きしめた私は、可愛くて愛しい弟が今触れられる所にいる幸福を噛み締めながら、溢れる涙を拭う事も忘れて震える。
そんな私達を皆がどう見ているのかなんて、考える余裕はこの時当然なかった。ただ、抱き締め返してくれるロシーが座っているのに私よりも大きい事実に、少しだけ妙な気分だわと思いつつその温もりを堪能していたのである。
だがしかし、それは長くは続かない。だって……。
「ナミ、意思の疎通は取れたようだから、食事をしろ。……残すなよ」
「ベック……」
心配性な兄がそれを許してくれないから。なんと言うか、過保護過ぎると思うの。
「席に、戻れ」
「そうですよナミさん、サンジさんが作ってくださったのに、残してはいけません」
「サンジの飯、美味ェぞ!」
ベックに続いてブルックとチョッパーにまで言われては仕方ない。正直食欲なかったから、さり気なく残そうとしてたのに。
でも確かにサンジ君には悪いわよね……と席に戻り食べ始めれば、安定の美味しさ。それに頬を緩ませれば、視線の端でサンジ君もちゃんと座って食事してる姿が見えた。
こうしてみると、サンジ君のそれは母親ではなくやはりプロなのだと思う。母親は同じ食卓を囲むけど、プロはキッチンの片隅で賄いを食べて終えてしまうから。
「……やっぱり、可能な限りはサンジ君とも食卓を囲みたいわ」
「ナミさんって、本当に底無しの泥沼ですよね」
「ごめん、意味が分からない」
「良いんですよ。俺が勝手に沈んでるだけなんで。……もう、足掻くのも辞めましたから」
「……そう、なの?」
「ええ」
意味は全く分からないけど、とりあえずこうして食事をするのが嫌なわけじゃないみたいで本当に良かったわ。そうして和やかな食事を終えた所で、私とベックは進路の確認を行い、サンジ君は後片付けをしつつ夜食の準備に入る。
残りのメンバーには順番でお風呂に……と思った時、残りのメンバーが全員能力者だと気付いて硬直してしまう。本当にこの1味は、能力者率が高過ぎると思うのよ。
「……チョッパー、ロシーは怪我人だからその様子見つつ可能な範囲でお風呂に入れるように二人で入って来て。その後はブルック、モモちゃんと二人でお風呂に入って来て。能力者が1人で入るのは危険過ぎるわ」
私の言葉に頷いた四人が動き出すのを見送り、私はベックと共に海図に視線を向ける。その時無言で差し出された物を受取れば、それは
「今夜は船を動かすの?それとも泊める?」
「少し待て」
その言葉に頷くと、ベックは静かに辺りへと神経を尖らせる。恐らくは、見聞色の覇気で確認してるのだろう。
それからそっと私の頭に手を乗せて頷くから、私もそれに頷く事で応えた。それならベックがシャワー浴びた後で私もシャワー浴びて、
とは言え、待機している間も勿論その場所には居るのだけど。あ、今のうちに毛布だけ持って行かなきゃ。
「朝は、何時に出航する?」
「そうだな……朝食後でいいだろう」
「なら、8時位になっちゃうわよ?平気?」
皆の起床時間を考えると、朝食は7時に開始される事が多い。そうなるとその後の食事時間等を考えたら、1時間は見ておかなくてはならないのだ。
「ああ、問題ない。……ちゃんと、寝ろよ。明日の朝からは普通に針路に従って構わねェから、ナミにその後は1任する」
「うん、分かった。任せて!」
ベックに信頼して任せて貰えた事が嬉しくて元気に答えれば、ベックは困ったような顔で笑ってから私を抱き締める。どうしたのかと思ったけど、その腕が微かに震えていたから、私は何も言えないままその温もりに包まれていた。