※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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情報整理

 風が髪を揺らすのを感じるけど、今はそんなものどうでもいい。ベックの心音が、少しずつ安定して行くのを確認して、内心でホッと息を吐いた。

 そっとその背に腕を回して、安心させるように軽く叩く。大丈夫、私はここにいるよ……と、伝える為に。

 腕の震えが落ち着いて来たのを確認して、できるだけ静かに問い掛ける。これでも、何年も共に過ごした事もあるから知ってる事も多いのだ。

 

 「ベック、どうしたの?この先、何か不安な事でもあるの?」

 「……お頭とナミを、会わせるのが不安だ」

 「なんで?」

 

 そんなの、今更じゃない?

 そう思って、思わず顔を上げてその瞳を見上げる形で覗き込む。すると微かにその瞳を揺らしてから、私の頭に掌を乗せて静かに息を吐き出した。

 

 「……シャンクスは、貪欲だ。欲望に忠実で、だからこそ、嘘は無い」

 「うん?」

 「ナミへの想いも、執着もホンモノだ。俺ではどこまで守ってやれるか……」

 「ベック?」

 「いや、何でもない。今夜読むのはその本だけにして、早目に休めよ」

 

 そんな事を言いつつ、女部屋へと向かおうとするから待て!とその背に手を伸ばす。掴んだシャツに驚き振り向いたベックは、少し幼い顔をしていた。

 確かに聞きたい事は沢山ある。ベックの言いたかった事も、悩んでる事も、考えてる事も私には分からない。

 何で今のタイミングでシャンクスの話になったのかとか、意味わかんないけど、ベックの心の中にシャンクスが根付いてるのなんて今更。だから私は今、どうしても伝えなければならない事を伝えよう。

 

 「まだシャワー浴びてないでしょ!ちゃんと浴びてから寝て!」

 「了解」

 

 おかしそうに笑って、ベックは素直に私の後に続く形で着いてくる。それを見て、倉庫からタオルと予備の着替えを取り出してベックに手渡す。

 それを素直に受け取ったのを見て、お風呂の備品について使い方等を含めて説明しておけば、納得した様子で頷いてくれた。そのまま荷物があるからと階段を登った所から中甲板……つまり、蜜柑畑まで飛び上がって移動すればベックも当然のものとしてついてくるので、図書室への扉を開ける。

 

 「そこに見えてる梯子を登るとお風呂場なの。今入ってるメンバーが、終わると梯子で降りてくるからそれまで本でも読んでて」

 

 椅子やテーブルはそれなりにあるし、本棚も壁が本棚状態だからそれなりにある。皆の本がある場所だから、種類も豊富なので何かしら興味のある本があるだろうと思う。

 私は案内と説明が終わったからと、のんびり机に向かい引き出しから描き途中だった『悲しみの向こう側』の譜面を取り出す。そして脳内で音楽を再生させてみるけど、譜面に直そうとした時に半音どちらだかわからなくなってしまい硬直する。

 それにより、仕方ないからと腰から取り出した鉄笛で音を確認しつつ描いていけば、そこからはペンが止まる事はない。その勢いのまま、続いて描くのは先程思い出した曲。

 題名は確か……そう、だわ。『愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない』だった筈。

 まずは歌詞よねと、ワンフレーズだけ思い出したそれをメモ帳に書出して行く。これが脳内で音楽が流れないと歌詞も出て来ないのだから、音楽って凄いと思う。

 歌詞だけ思い出そうとしても、次なんだっけ?って素直になってしまうのだ。そうして歌詞を書出してから、譜面に取り掛かる。

 そこからのやり方は同じ。音を確認する為に笛を吹いて、可愛いオタマジャクシを記載して行く。

 そうやって描きあげた譜面を洗濯バサミで止める形で干せば、次は海図と地図を描く番だろう。二曲の譜面なのに、干されてる数は二枚ではないのが面白い所。

 そのまま視線を外に向けて、目の前に広がる窓から見える海に頬が緩むのを自覚しつつ、先に海図を描こうと決めてペンにインクを吸わせた瞬間、手首を掴まれてしまう。犯人を見ればベックで、近くに立っているサンジ君まで揃って呆れ顔だ。

 

 「ナミさん、お風呂……良いんですか?」

 「え?だって、二人は?」

 「俺も彼も終わってる。後はナミだけだ」

 「なら、入ってくるわね」

 

 軽く笑って立ち上がると、二人が軽く手を振ってくれる。それに小さく笑ってから梯子に手を掛けて登れば、後は楽しい入浴タイムだ。

 脱衣所で、ひとつずつ身に付けているものを外して行く。ベルメールさんから貰った鉄笛、マルコが作り直してくれた鉄扇……は、既に鉄じゃないけど、それを外す。

 その二つが落ちないように押さえ付けていた、エースが作り直してくれた流星錘。その下に身に付けていた、鉄扇達を入れてるケースを籠に置く。

 皆のビブルカードが入ったペンダントは、大切なお友達皆とお揃い。ただ、宝石は何故かクロコダイルから貰った物。

 ベックから貰った短剣と、シャンクスから貰いウソップとフランキーに直してもらったクリマタクトも籠に入れる。そうして衣服なども脱ぐけど、ルフィから貰った指輪と、ロビンとお揃いのピアスはそのままでお風呂場へと向かう。

 本当は心配な事も、考えないといけない事も沢山あるのは分かってる。でも、今それを考えても何もできないのも現実なのだ。

 ルフィなら、ドレスローザと言う国に起きている悲劇を何とかしてくれると無条件で信じられるし、ロビンとフランキーが残ってるから、サポートもして貰える筈。ウソップがルフィを援護して、もしもルフィの心が折れそうな事になった時は支えてくれると思える。

 ゾロがいるから、ルフィの行く手を阻む相手は退けてくれるだろうと思う。ロシーは今私の傍に居るから、ドフィに捕まってローちゃんの行動を阻害する事には……人質にはなり得ないわ。

 目の前で連れ去られてしまったローちゃんの安否はやはり心配だけど、ドフィはローちゃんの身に宿るその能力が必要だから、殺しはしない。ローちやんが、もう、生きる事が嫌だと諦めて絶望でもしない限りは、ドフィの願いが叶う事は無いから、今回の戦いはローちゃんの精神力にかかってる。

 モモちゃんがキーパーソンである事を思えば、ここに居てくれる事がイコールで大きな意味を持つし、ガスも居るからこちらはカードが恐ろしい程に揃い過ぎてる状態にあるわ。でも、だからこそ、札余り状態。

 手数が多過ぎて、情報整理が必要になる。今私に何が出来る?

 冷静になって情報を整理すると、気付いてしまう事がある。そもそもおかしいのは、錦えもんがキーパーソンでは無い事にあるのよね。

 これで、錦えもんがキーパーソンであるならば、その息子であるモモちゃんが人質に使えると言う意味で重要なのが分かる。でも、実際は錦えもんは重要では無くモモちゃんだけが重要とされている現実。

 そうなると、理由となる可能性は多くない。ひとつは、モモちゃんが何か特殊な能力を持っていて、それを狙われているという事。

 ただし、これであるならば国から出て来たのは悪手と言える。追い掛けやすくなる上に、帰り着く瞬間を待ち構える事が可能になるから。

 そうなると、別な可能性。……モモちゃんと錦えもんは、親子ではないと言うもの。

 つまり、モモちゃんがお偉いさんか強力な情報の所有者であり、錦えもんがその護衛。こう考えれば、護衛仲間の救出を錦えもんが望みつつ、主人であるモモちゃんを目的地に連れて行く事を使命とするのは当然の事。

 ……普通に考えて、こっちでしょうね。ロビンとお風呂入った位で錦えもんがモモちゃんをいじめたのは、親子ではないから……とも、考えられるわ。

 そうなると……この先待っているのは、最低でもビビレベルの話。ビビは国に戻る時だったけど、モモちゃん達は目的地に向かう途中と言うだけの事だもの。

 背景はまだ見えないけど、それでもルフィがそれを知ったからと見捨てる筈もない。ワノ国へ共に行く事になるのは間違いないし、そうなれば途中の目的地でも戦いは起きると見た方が良いわ。

 脳内整理を終えると同時にお風呂を出て、着替える。1応寝巻きとして着ているのは、長い事使用してきた為に擦り切れてしまったワンピースだ。

 まだ原型は留めてるし、穴が空いてる訳でもない。でも、襟の所の布が明らかにダメになっていて外には着ていけない状態になってしまったから、寝巻きなのである。

 いつもなら本を選んで部屋に行くけど、今夜はこの場所で過ごせるのだから選ぶと言うのは烏滸がましいわよね。買ったけど読めてなかった本に手を伸ばして、数冊胸に抱えるとソファへと腰を下ろした。

 そうしてまずはロビンから借りていた本を捲り始めれば、少しした時僅かな振動を感じた。でも、後少しで読み終わるしとそれを無視して読み進める。

 そうして読み終えた詩集をポーチに片付けてから、持って来ていた次の本に手を伸ばすけど、その手首を掴まれて阻害されてしまう。誰!?と視線を向けると、そこに居たのは少し怒った顔をしたサンジ君で……。

 

 「どうしたの?」

 「……寝てください、と、言いましたよね?」

 

 覚えてません……って言ったら、怒るわよね。既に怒ってるし。

 でも、借りてる本は読まないと返せないわ。そう、これは不可抗力で怒られるべき案件では無い!

 

 「言われたけど……でも、ロビンから借りた本は読み終えたかったし」

 「今、読み終えましたね?」

 「でも、まだ、買ったのに読めてない本もあるのよ!いつもはルフィ達がいてなかなか読めないんだもの。たまには良いじゃな」

 

 言葉を最後までは、紡げなかった。だって、唇が塞がれてしまっていたから。

 驚き過ぎて、突然過ぎて、キスの時の最低限のルールである瞳を閉じる事さえ忘れていた。勿論望んだものじゃないけど、そこはやはり、ルールと言うか礼儀と言うか。

 だからなのか唇が離れた瞬間に、サンジ君が苦笑した。それはどこか陰りと色気を含んでいる。

 

 「本当に……寝ていてくれたら、我慢できたのに」

 「なに、言って……?」

 「ナミさんは、風呂上がりの女の色香がどれ程男を惑わすか、分かってませんね。そんな状態で無防備に美しい指先を動かすそれは、誘われてる気分になる。その上、真剣な表情で文字を追う知的な様子を見せられれば……穢したくなるもんですよ」

 

 腕を掴まれるのと同時に巫山戯るなとの言葉の代わりに繰り出した足で、その股間を狙う。けれども足技に慣れているサンジ君には、それを対処する事等た安かったらしくその反動を利用してソファに沈められてしまった。

 スプリングがギシギシと音を立てる。このソファで読書をするのが私達女だけというのもあり、フランキーがそのまま寝られるようにと良い物を作ってくれたのが仇となってる気がしてならない。

 

 「サンジ君、辞めて」

 「ナミさん、今この船の責任者は、誰ですか?」

 「え?」

 

 その言葉に少し考える。麦藁の1味に所属してる期間を考えるなら、私とルフィの中で加入時期が異なってるので難しい。

 でも、私の考えで行くなら、サンジ君の方が先になるわ。ルフィの中では私はルフィの二番目の仲間。

 だけど、ゾロの直後に再会はしたけど、確か公式でもその順番だけど、私はルフィの仲間じゃないと、仲間になるつもりは無いと繰り返していた。だとするならば、私が正式加入したのはココヤシ村を出たあの時。

 役割を考えてもサンジ君がいなければどうにもならないし、戦力的にもサンジ君の方が上。ベック達は他所の船員だと考えれば、この場合サンジ君が船長代理になるわね。

 

 「サンジ君が、船長代理になるわ」

 「なら……ナミさんは、今俺に逆らえないですね」

 「なっ!?」

 「ナミ、船長命令だ。声を……抑えとけ」

 

 従う必要なんてない。そう思うのに、勝手に身体は従ってしまう。

 私は、船員として海にいる期間が長過ぎて……船長命令に弱い。シャンクスにも、アーロンにも、ルフィにも、私はイザと言う時は逆らえなくなる。

 

 「や、だ……」

 「静かに、ナミ。人に、子供達に見られたくは無いだろ?」

 

 言葉と共にするりと脱がせていく手際の良さ。それに私は抵抗の声を奪われる。

 だって、モモちゃんやチョッパーに見られる訳には行かないもの。でも、私はルフィの……!

 

 「サンジく……「ナミの肌は本当に、ゆで卵みたいに綺麗で、美味しそうだ」」

 

 ……ゆで卵?

 あ、サンジ君の中で食材って最高の物だったわ。米とか卵とか、これ以上ないレベルの賛辞なんだよね、きっと。

 そんな事を思ってる間に、海の上にいる事を思えば尋常ではなく白い肌に、唇が降る。そうして花弁のような赤い跡を散らしていく。

 

 「やっ……!やだっ!」

 「声を、抑えないと……チョッパーが気付くかも知れませんね。見せてやりますか?」

 

 思わず出た拒否の声に返された言葉により、ひゅっと、自分の息が止まる音を聞いた気がした。だって、その言葉を素直に受け止めて、震えてしまう自分の弱さを自覚させられてしまったから。

 小刻みに震える身体は、本当に自分のものなのだろうか。妙に甘い声で、呼び捨てにして来るサンジ君は、本当に私の知る彼なのだろうか?

 それでも……声は出せなくても必死で抗ってる筈の両手には、なのに、録な力も入らない。ただ、サンジ君の身体に触れているだけ。

 

 「震えて……可愛いですね。普通の会話なら、飛び込んで来る事も無いでしょうから、多少は会話も楽しみましょう」

 

 ニッコリと笑うサンジ君を強く睨み付ける。そんな私にいつもの口調で、胡散臭い笑みを貼り付けて、サンジ君は言葉を紡ぐ。

 

 「我慢は良くありませんよ。寝る、食う、これが人間の三大欲求でしょう」

 「……それ、二つしか無いじゃない。それに、私はそのどちらも余り必要としてないわ」

 「ナミさんは賢いのに、阿呆ですよね。〝寝る〟も〝食う〟もソレを意味しているんですから、寝る事と食う事を1/4ずつ、それは1/2位の割合で人間は欲求を持ってるんですよ」

 

 もしそれが事実だとしても、私には当てはまらない。ルフィやロビンの居ない船で、1人で寝ろと言うのがそもそも無理な案件なのだ。

 食事だって、動ける程度に食べていれば問題ないわ。叶うなら、栄養剤で済ませてしまいたいくらいだもの。

 寝れば悪夢(過去)が追いかけて来るし、食事は毒が入っていると無意識で思ってしまう。自力で対処可能な飲食物か確認しなければと、身体が勝手に反応してしまう位にはもう染み付いてる事なのよ。

 それに、性的な事は本当に嫌。何も、しないで欲しい。

 ルフィ以外には、本当に触れられたくない。ルフィが望まないなら、誰ともしたくは無いのだから。

 

 「私、寧ろご遠慮願いたいんだけど?」

 「ナミさんは、嘘つきですね」

 「は?」

 

 何が嘘なのよ。と、問いかける前に言葉が返る。

 

 「これまで何人の男の性を受け入れ、その味を楽しんだんですか?」

 「私から望んだ相手は二人だけよっ!」

 

 思わず口にした言葉は、けれども無かった事にはならないのだ。サンジ君の纏う空気が冷たくなり、首筋に歯を立てられれば本能的な恐怖が全身を駆け抜ける。

 まさかその二人が、ルフィとベックだなんて……誰にも、言える筈もない。私は重なり合う複数の恐怖に身を震わせて、強く瞳を閉じてサンジ君の気が変わる事を期待していた。

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