チョッパーが泣き止むのと、私の身体から痛みが引くのはどちらが先だったのか。泣き疲れてウトウトするチョッパーの頭を撫でながら、ふと視線を上げればベックと視線が絡む。
それの直後無言のまま私の方へと歩み寄ると、ベックはチョッパーをベッドの端に寝かせて、私を抱き上げた。驚く私に、ベックは気付いてる筈なのに何も言葉を発してくれない。
そうして私は答えらしい答えを貰えないままに、ベックに抱えられて甲板へと移動した。当然のように点滴は繋がれているけど、意識はまだハッキリしている。
「ブルック!サンジ君!進路を二時の方角へ向けて!」
僅かにズレているそれを指摘すれば、即座に動く気配がする。……あれ、でも、返事が、聞こえ……な、かっ……。
突然目の前が暗くなり、意識が急激に遠くなったのは自覚していた。その後ハッとした時には、ベッドに寝かされていて、私はなのに身動きが取れない。
腕さえも妙に重い感じがして、動かせないわ……。縛られてるとかでは、無さそうなのに、何故……?
「ナミ!起きたか?……動こうとするなよ。まだ、麻酔切れてねェんだから」
「ま、すい?」
「麻酔は鎮痛剤じゃないから、意識保てなくなるんだよ。脳からの指令信号も妨害するから、身体も動かしにくくなるし。だから、今は大人しくしててくれよな」
「でも、進路……!」
慌てて飛び起きようとした私を、チョッパーは呆れを隠さずに苦笑する。チョッパーもそんな顔できたんだってくらいの、困り顔にも見えた。
幼い子を困ったなぁって見てるみたいな。そんな雰囲気を纏うチョッパーが目の前にいて、私を静かにベッドへと押し戻す。
「ナミの兄ちゃんがやってくれてるよ。それにしてもさ、ナミ、意識なくなってても、指示出しするから俺達ビックリだよ」
「え、何それ」
「甲板に運んで貰ってすぐに指示出して、そのまま意識失ったのに、俺が治療してる途中で突然ナミが『サイクロンが来る!9時の方角に舵を切って!』って声出して……皆本能的に動いたけどさ……意識ない時位航海士するの休んでくれよな」
「……え、嘘でしょ?意識、無かったのよね?」
「無かったぞ。たまにいるんだ、意識なくても明確に喋ったり答えたり、指示出す人。50人に1人位の割合でいるから、そんなに珍しくも無いけどな」
……いや、珍しい方でしょ、それ。それとも、この世界では大食らいの人がある程度いるように、意識なくても喋る人もある程度いるのかしら?
作注、地球でもある1定数居ます。夢遊病も、この症例の1部であると考えられています。
「チョッパー、私、いつになったら、動けるようになる?」
「今日は無理だぞ。明日には、ベッドから下りないなら、読書とかしても大丈夫だけど、動き回るのはもう少し様子みてからな。今日は、ゆっくり休んでくれ」
「うん、分かった。ありがとう……」
「銃弾はもう無いけど、その為にメス入れてるんだ。体力も血液も消耗してるんだから、大人しくしててくれよな」
そう言ってチョッパーは
それにしても、こんなにも動けないって……相当強い薬だったのかな。それとも、私の為にチョッパーが休みを計画してくれていたのだろうか?
どちらにしても、航海士としてしか価値の無い私がそれをできなくなれば、確実にお荷物。なんとも悲しい現実である。
そうして突然できた、予定の無い時間。それも今日は、読書さえできはしない。
そうなると、思考ばかりが無駄に活動して、泣きそうになる弱い自分を自覚させられてしまう。ずっと、私は自分を間違った存在だと思っているから、余計に。
「ナミさん、大丈夫ですか?」
優しく聞こえて来た声に視線を向ければ、表情を持たない筈なのに心配していると全身で伝えて来る優しい骸骨がいる。彼は今、何故ここに居るのだろう。
年長者であり、船長経験のある彼は今この船において重要な役割を担ってる筈。それなのに、こんなところで油を売っていて大丈夫なのかしら?
「船の、操舵を手伝わなくて大丈夫なの?」
「質問に質問で返すのは良くありませんよ」
「見ての通り、私は大丈夫よ。それよりサニーはど「見ての通りならば、大丈夫とは言えませんね」」
そう言ってから私の頭を撫でて来るけど、瞳がないブルックの感情を読むのは案外難しい。優しい人なのに、それを伝えられない悲しさに思考が余計に暗く落ち込んでしまう。
そんな私に、ブルックは何か演奏しましょうか?なんて、優しく問い掛けてくれるから、私は小さく頷いた。
「でも、駄目ね」
「どうしてですか?」
「歌いたくなるもの」
「ヨホホ!鼻歌レベルならば、問題ないでしょう。口吟む程度ならば、聞いているのは……演奏者である私だけです」
「……それは、狡すぎるだろ」
何が狡いのかは不明だけど、会話に突然入って来たのはロシーで、いつから聞いていたのか可笑しそうに笑っている。本当に、私の周りには優しい人が多過ぎるわ。
静かに椅子をひいて、そこに腰を降ろすロシーを見詰めるとブルックが特別に聞く事を許しましょうなんて言う。今は同盟を結んでる船の幹部なのだから、そんな高飛車では駄目だろうに。
けれどもそれに微笑みすら浮かべて、ロシーはありがとうなんて返すから私は何も言えなくなってしまった。すると可愛い足音を響かせてチョッパーが顔を覗かせるから、三人の視線が同時に貫いてしまう。
「うおっ!?どうした!?」
「……今ね、ブルックが演奏してくれるって言ってて、でもそうなると歌いたくなるって話してたの」
「うーん、なら、1眠りして起きてからなら、甲板で少し位いいぞ。とりあえず、甲板にはベッドごと行って貰うか、抱いての移動だけどな」
そんな甘やかすような言葉を受けて、私は小さく頷く。それに合わせるようなタイミングで、何故か青アザとコブだらけになったサンジ君が姿を見せた。
その姿に驚き声を出せずにいると、その足下から姿を見せたモモちゃんがサンジ君の持っていたトレイを受け取り駆け寄ってきた。その様子に転ぶのではないかと慌てて手を出せば、身体が悲鳴をあげたけど、それよりモモちゃんが心配でそれを推し隠そうと微笑んでみる。
その刹那、静かな、けれども怒りを隠しもしない声が室内に響く。それに弾かれるように視線を向ければその犯人はベックで、チョッパーの診察室に全員が集合した事になってしまった。
「無理に笑うな。痛い時は痛いと言え。……無理して抱き締められて、そのせいで体調が崩れたと知れば、それは傷となる」
「ごめん、なさい」
素直に謝罪すれば、ベックはその空気を軽くして私の身体を支えてくれる。それを待っていたのか、モモちゃんがトレイを差し出して来るからそれを見た。
そこにはマグカップと器が乗っていて、明らかにミルク系だとわかるものが存在している。それをそっと差し出されて、私は動きを慎重にしてベックに叱られないように気を付けつつそれを受け取った。
「三五郎がおナミに食べやすいようにと、みるく粥なる物を作ったのだ!その匙で食べるものらしいぞ!」
「……あら、珍しい」
サンジ君なら、ミルク系のそう言うのだとパン粥かクリームリゾットにするかと思ってた。この世界では洋食が本当に多いし、サンジ君はフレンチ系が得意なイメージがあったから。
まぁ、デザートは勿論中華も美味しいけど、何となくフレンチなイメージなのだから不思議。そっとスプーンを手に取り手を合わせてから食べ始めれば、ミルク系は味がボヤけるから胡椒が必須である筈なのにそれが無い。
なのに、どうしてか味にメリハリがあって、妙に美味しい。どうなってるのかしら?
「本当にナミさんは、細かい所に気付いてくれますよね。白味噌、少し入れてます」
「味噌?」
「色が変わらないように醤油や出汁ではなく、白味噌を少量だけ。色だけならば白出汁でも良いんですが、消化の面や体温の事を考慮すると味噌の方が良いと判断しました」
体調を考慮するなら、確かに味噌は素晴らしいわよね。でも、私は当然大丈夫だけれど……大抵海外の人は味噌や醤油の臭いが苦手だ。
これ、日本人にはお馴染みだけど、海外の人には好き嫌いがはっきり別れる物なのよね。キムチや納豆の臭いに、好き嫌いがあるのと近いかもしれない。
それなのに当然のように出されるのだから、流石神たる原作者様が日本人なだけあるわと素直に思う。そうでなければ、好き嫌いに味噌や醤油を使ってるメニューが入って当然だもの。
味噌やミルク系が好きな人には、たまらなく美味しいだろうお粥は本当に優しい味をしている。刺激物がない上に、体温の上昇までサポートしてくれるのだから、考え尽くされているわ。
「二年の修行期間で、こう言うのも学んだの?」
「はい。それに、ナミさんのレシピを元に少し改良したりさせて貰ってます。……評価はどうですか?」
「とっても……美味しい」
「メーロリーン!!」
何だか久々に聞いた気がするわと思いながら、ハートを撒き散らすサンジ君を横目に食事を進めて行く。因みにマグカップの中味は焙じ茶ラテでした。
そうして食事を終えると、即座にチョッパーから差し出された粉薬。戸惑う私にチョッパーは当選の物として手渡すので、それを受け取らないなんて選択肢は存在しない。
それを渋々口にすれば、チョッパーは満足そうに頷く。その時になって、何の薬だったのか聞き忘れたと気付いたけど、直後に襲って来た強烈な眠気がその答えだろう。
そうして私は、どれ程眠っていたのか。目覚めるとすぐ近くでベッドに頭を預けて寝ているモモちゃんと、壁に寄りかかって立ったまま寝ているベックを見つけてしまう。
どうやらこの二人は、私を心配して部屋から出なかったらしい。立ったまま寝るとか、揺れもあるのに本当に起用。
そっとベックに手を伸ばそうと思い、腕を持ち上げようとしたけど、押さえつけられているかのように微動だにしない。驚いて腕を見るけど、縛り上げられているとかでは無いらしいのが確認できただけ。
「あ、ナミ起きたのか。腕だけ麻酔強く打ってあるから動かせないぞ」
「チョッパー……」
「動かせると、動かしちゃうだろ。だから強いの打っておいたんだ。そう言う意味では、ゾロやルフィと同じだぞ」
あの二人と同じ枠で言われるのは納得いかないけど、とりあえず機能が失われたのでさえ無ければ良いのよ。そのままチョッパーから説明を受けた事を纏めれば、どうやら私が意識も無いのに指示してたと言う奇跡の時間に手術は終えてくれていたらしい。
俺、あの時、治療してる間って言ったろ?なんて言われてしまえばそれ以上何も言えなくなってしまっ た。
銃弾は貫通してたのも多かったけれど、体内にも二つあったとの事である。それを抜いて傷跡が残らないように整形手術も施してくれたと言われれば、感謝しかない。
その後その説明をするより早く、私が〝歌いたい〟とか〝いつから動けるのか〟なんて聞くから薬で寝かせて、その間に腕を動かせないように麻酔を打ったと言う。その後私の感覚ではベックによりお風呂場から運ばれて数時間の感覚だったけど、その時から見て丸一日が経過したと言われれば驚きは隠せない。
「……という訳で、眠くないとか言うかもだけど、もうすぐ夜が明けるから、それまで休んでてくれよな。朝食の後でなら、歌っても良いし、シャワーなら俺が付き添うから浴びてもいいぞ」
「お風呂「湯船はダメだ!溜まってるお湯は不衛生なんだよ。感染症になるリスクも高いから、完全に傷が塞がってからしかダメだ!」」
「でも、古傷に効くとかあるじゃない。温泉とかで」
「古傷だろ?もう、傷は塞がってんだよ。抜糸が終わるまで湯船は禁止!」
その言葉にお風呂ー……と落ち込んだけど、シャワーで我慢しろと言われれば、それ以上逆らう事はできなかった。そんな会話の途中で漂って来たのは、美味しそうな匂い。
何を作ってるのかなと楽しみにしつつ、私はチョッパーの言葉に従うために少しだけまた睡眠をとる事にした。こんな贅沢ができるのも、ルフィと離れている今だけかも知れないから。
それから少ししてモモちゃんに呼ばれる声で起きれば、ベックが当然のように私を抱き上げて食堂へと連れて行ってくれる。でも、せめて顔洗いたいし、髪も整えたい……!
「ベック、待って!お願いっ」
「……どうした?」
「顔、洗ったりしたい」
ベックのシャツを掴んで必死に頼むと、そうかとひと言だけ言葉を落としてから、方向転換してくれる。そしてベッドに戻されると、少し待ってろと言って……何故か髪を整え始めるベック。
……あれ?
「ベック?」
「ん?」
「髪の毛、自分で「腕、まだ使えないだろ」」
そうだった……!
寝て起きた事ですっかり忘れていた私は、その言葉に撃沈する。そうしている間に幼い頃良くしていた、二つに分けられたポニーテールみたいな髪型になっていた。
「ナミがよく、ロリナミのイメージ!とか言ってた髪型にしておいた」
「もう、ロリは使えないと思うけど……ありがとう」
この身体は基本的にどんな髪型でも可愛い。それは自信を持って言えるので、ドヤァって笑えばいつの間に用意してたのか分からないタオルでゴシゴシと顔を拭かれてしまった。
程よく温かいタオルは、本当にいつ用意されたのか。タオルが顔から離れると、そのタオルが当然のように近くにいたサンジ君に返される。
「あら、サンジ君」
「必要かと思ってタオルを持って来たら、即座に顔に移動したから驚きました」
「私も、どんな魔法かと思ったわ」
「いいタイミングだった」
そうして三人で笑ってから、今度こそ食堂へと連れて行ってもらう。席につけば用意されていたのは、朝食のイメージにはそぐわないお鍋。
「三五郎!これは、おでんとはまた別な鍋か?」
「ああ、これは白だしの闘魚鍋だ。汁だけでも飲めれば、鍋の栄養素が取れるし、食いたい奴は腹一杯食えるからこれにした。今は怪我人が多過ぎるからな」
その言葉に私とロシーは思わず顔を見合わせて、それからありがとうと笑った。その直後、ロシーがいつものドジを発動し、鍋をひっくり返しそうになって、サンジ君がそれをすんでのところで助けつつ怒り狂ったのは、既にご愛嬌だろうと思う。