歌が終わり、ティータイムが終わると天候に異変を感じて即座に指示を飛ばした。皆は慣れたもので即座に反応してくれて、そのお陰でサイクロンを無事に抜けて、その直後に来たハリケーンも躱しつつ進んだ先に漸く目的の島が見え始める。
そして、島が近付くと……と、この表現にはいつも違和感があると思う。島は動いてなくて、私達が近付いてるのに、どうして島が近付くって表現なのかしら?
……あ!島に近付くって表現したらいいのかも。
でも、それもなんかしっくり来ないのよね。……困ったわ。
なんて、そんなどうでもいい事を思っている間にも距離は狭まり、木の種類なんかも分かってくる。島はルフィの喜びそうな夏島な雰囲気で、けれどもヤシの木ではないから懐かしさは無い。
「……どの辺に泊めるのが良いかしらね」
「周りを見て行けばわかる」
「そうなの?」
どこか疲れた様子で言うベックに首を傾げれば、何故か頭を撫でられた。その奥でハンカチを噛んでるサンジ君が見えた気がしたけど、気の所為と言う事にしておく。
ブルックは上機嫌にビンクスの酒を演奏していて、チョッパーも私の知り合いがいる島だと言う事で安心しているのか、気楽な様子を見せている。その空気が伝わるからか、モモちゃんも新たな島にその瞳を輝かせるばかりで、警戒の色は無い。
残るロシーは怪我の為か、少し怠そうにしているのが心配だったりする。痛がってるだけなら、良いんだけど……。
「ロシー?」
「……ああ、大丈夫、だ。なんだか、少し……重だるい感じが……するだけだ」
体力自慢なこの世界の人がそうなるなんて、全く大丈夫じゃ無い。そう思って額に自分の額を当ててみると、高過ぎる熱に焦ってしまう。
慌てた表情をしてるらしい事がロシーの瞳に写ってる自分のそれにより分かるけど、そんなのどうでもいい。ただ、ロシーがボソッと〝その熱の測り方辞めた方が〟とか言ってた気がする。
「チョッパー!!」
「どうした!?」
「ロシーが!熱なの!」
「……ちょっと診せてくれ」
私の焦る声に反応してチョッパーが飛んで来たと思ったら、即座に医者の空気でロシーの診察を開始してくれる。それにホッと息を吐き出した。
けど、実際はまだ何も安心などできないからとロシーとチョッパーを交互に見詰めていた。そんな時に、背後から伸びて来た腕に羽交い締めにされてしまう。
「なに!?」
「ナミが張り付いていてもなんにもならねェから、進行方向見とけ」
その声により犯人がベックだと分かれば、抵抗する意味が見いだせなくなる。だって、何しても無駄だと分かるから。
だから素直に頷いて、軽くベックの腕を叩けばそっと解放してくれた。なので私は船首へと近付き、静かに前を見据える。
島に近いから気候は安定しているので、浅瀬にさえ気を付けていれば特に問題は……?
何かが、島で揺れている。旗……かな?
先程ベックが見ていたら分かると言ってたし、赤髪の旗でも立てているのかと目を凝らせば……。見えてきた物に脱力して、船縁に倒れ込んだのも理解して欲しい。
だって、なんか、変な事書いてある!シャンクスの頭絶対おかしい!!
『お帰り!我等が女神!おいでませ!俺達の妹!』
これ、私の名前書いてないから怒られないとでも思ったのかな?
それ以前に他の皆も参加してるよね。暇なのか、阿呆なのか、それとも両方なのかな。
明らかに悪ノリしてると思われるそれに溜息を落とせば、直後に聞こえて来る美声。それから発せられる言葉が、私の名前連呼でなければきっともう少しウットリしてみる事もできただろうに。
「おおーい!ナミーっ!ナミちゃん!ナミさん!俺の女神ナミー!」
「止めんかぁーっ!」
確かにこれならば、泊める場所を間違える事は無さそうね。これを無視したら、それこそ大変な事になるわ。
溜息を落としつつ、騒ぐシャンクスの傍にサニーを向けて泊めれば、泊めてる途中で勝手に飛び乗って来るお馬鹿がいた。それに胡乱な眼差しを向けた私に、無駄に逞しいその腕を伸ばして容赦無く抱き締めてきたと思ったら、そのまま髪をワシャワシャと撫で回される。
それを振り払おうにも、力の差は歴然で上手くいかない。仕方なくされるがままになっていたけど、この再会の挨拶は初めてかもと思う。
なんか、キスとか、そう言う挨拶がシャンクスの基準だったから……。まさか、虫歯でもできた?
「シャンクス、頭痛とかはない?」
「……再会の挨拶より先に聞くのがそれか?」
「だって、なんか変」
虫歯初期なら頭痛はしないけど、もし頭痛が始まってるなら長期戦覚悟で治療しないと不味いわ。神経は直接脳と繋がってるから、虫歯で人が死ぬ事もあるのよ。
勿論虫歯とは限らないけど、心配である。何事も無いなら良いんだけど……。
「お頭がおかしいのは、いつもだ。気にするな」
「わかった。ベックがそう言うなら、もう気にしないわ」
「いい子だ……」
「お前ら酷ェ!」
シャンクスも騒いではいるけど、頭を撫で回すのは辞めたので少しは満足したらしいと知る。そっとその腕から抜け出して髪を整えながら、皆に船を停泊させる為に指示を出して行く。
そうしてサニーが安全になったのを確認してから、大切なお兄ちゃん達に手を振って笑う。だって、会うのを楽しみにしてたのは真実だもの。
「皆ーっ!久しぶりー!元気だった?」
「おー、お頭が五月蝿くて寝不足なだけだ」
「ウソップもいるのか!?」
ルーは肉を片手に軽口を言う。その言葉に続いて食い気味に聞いてくるヤソップに、ごめん……と内心で謝罪する。
今頃多分、ウソップは頑張って戦ってる筈だから。元気だろうとは思うけど、ウソップって結構戦いでズタボロになるから……確実に元気とも言えないのよね。
「ごめーん!ウソップは今、ルフィとドレスローザでドフィ相手に暴れてる筈なのー!」
「なん……だとっ!?」
会えると期待していたのだろう。崩れ落ちたヤソップに、本気でごめんね……と思うけど、こればかりは私の責任下にはない。
ヒョイっと船を降りて、ヤソップの所へ行くと、その頭を軽く撫でる。崩れ落ちてるからできるのであって、そうじゃなければ身長差的に難しかっただろう。
「ナミ~……」
「情けない声を出さないでよ……。ね、お兄ちゃん」
「ナミは、女神じゃない」
情けない声を出して抱き着いてきた兄、ヤソップにクスクスと笑いながら慰めた私。そんな私にキリッとした顔で、ヤソップは宣言してくれた。
うんうん、幹部がそう言えばシャンクスも諦めるわよね。特に、御百度参りな勢いで勧誘したヤソップの言だもの。
「お!偉い!流石は私の自慢のお兄ちゃ「俺の天使だ!」」
「待てコラ!ウチの女神だぞっ!」
「ちがァう!ナミさんは全人類の女神だァ!!」
「サンジ君まで何言ってんの!?」
妙な事を言うヤソップに固まる間もなく、シャンクスが突っ込み、そこにサンジ君まで加わる。本気で、カオスと化してきてるわ。
ルフィがこんな時いてくれたら……。あ、ダメだわ。
大爆笑してるルフィしか想像できない。……そうよ、ロビンがいてくれたらいいのよ!
なんて、現実逃避してる間にシャンクスがサンジ君と意気投合し始める。……なんだろう、デジャブ。
前にもこんな感じの事が、あった気がするわ。確か、巫女様とシャンクスで……。
「……話が分かるな。ナミは女神だよな」
「当然です。白があれ程似合うのは、米とナミさん位なものです」
「……白があれ程?」
「…………前に、ナミさんを無理矢理連れ去り、強制的に結婚しようとした愚か者が居たんだ。その時に着せられていたウエディングドレス姿が、本当に美しく「その話、詳しく聞かせてもらおうか」」
サンジ君の言葉を遮って言葉を告げたのがまさかのベックで、私の周りは何でこう、兄バカしか居ないのだろうと脱力する。こう言う経験を過去にした事が無いから、こんな時どう対応していいのかよく分からないのだ。
とりあえず騒いで盛り上がる赤髪のメンバーと、サンジ君を放置してチョッパーにロシーの様子を聞きに行く。すると、ロシーの様子が明らかにおかしくなっていて思わず駆け寄ってしまう。
「ロシー!」
「ナミ、ごめんな。身体の中にあった銃弾が……海楼石だったのは気付いてたし取ったんだけど、それに多分……苔か何かがついてたんだと思う」
「苔?」
体内に入った物が苔とは断定出来ないけど、その可能性が極めて高い。なので、苔と仮定して話は進められた。
体内に入る筈もない細菌の塊が、銃弾と共に押し込まれ、銃弾を取り出す事で能力を使えるようになるので弾道に残った苔を見落とす。それにより胃腸ではない為に消化される事も無く、体内でそれが腐り……微生物を含む多くの細菌により生命が危うくなっている。
細菌は血管等に直接入るし、体内の血液の中で広がってしまうから全身に回るのもそれ程難しくない。そうなれば当然、白血球が量産されて戦うことになるので熱が出たりすると言う訳。
こんな感じの事を説明されて、私はその場で崩れ落ちそうになる。震える膝でロシーに近付いて、寝かされているロシーの頬にそっと触れた。
「ロシー……」
「ナミ……?……んな、泣きそうな、かお、そんなよ。……いつも、俺のために、ナミには、むり、させちまって……んなァ……」
「私は何もしてな「あの時も、俺が捕まってさえ……いなければっ……!ナミだけなら……兄上から、逃げられただろ。俺を殺させない為に、ひどい……め、に……」」
遮られて告げられた言葉に息を飲む。どうしてこんなに、ロシーは優しいの。
自分を責めないで欲しくて、嘘偽りを混ぜ込んだ言葉を告げる。でも、慌ててたし、必死だから、声が上ずり震えていて、きっと聞き取りにくい。
「違うっ!!……違うわ、私がっ!私が望んだのよ!だから、ロシーは気にしないでいいの。どっちにしても、鳥籠を使われたら逃げられなかったんだし、ロシーは……。ロシー……?」
「熱が高くなり過ぎて、意識失ったんだ。俺、ここにいて治療するから、ナミは皆の事とか頼むな」
「チョッパー……」
「あ、薬とか、少し分けて貰えたら助かるんだけど、ナミの兄ちゃん達の中に船医はいるか?」
「いるわ。確約はできないけど、呼んでくるわね」
チョッパーは薬とかの残りの量を気にしてたけど、それよりもチョッパーだって寝ないといけないし、色々大変だから……。シャンクスに言えば、誰か協力してくれるかな。
投薬等の治療だけすれば良い訳じゃない。身体を拭くとか、そういった介護的な要素も必要になる。
それを考慮したら、明らかに船医1人で全てを行うなんて事は不可能。それが分かるから、私は甲板に飛び出して……目の前に居た人に飛び付いた。
「ベック、お願いっ!助けて……!」
「どうした」
「ロシーが、それで、このままだとチョッパーも……!だからっ!」
「落ち着け。ちゃんと聞いてやるから、ゆっくり話せ。大丈夫だ」
「ベック……!」
縋るようにベックの服を掴めば、ベックは私の頭を優しく撫でて、支離滅裂な私の言葉を最後まで聞いてくれた。それから、困ったように笑うと首の向きを変える。
「そんな訳だ。助けてやってくれ」
「「「おおっ!!任せとけ!」」」
船医の面々が頷いてくれて、いいの……?とベックを見上げれば、優しく微笑まれた。
その顔だけで、その眼差しだけで、もう大丈夫なんだと思える。それくらいに分かりやすく、ベックは私を甘やかしていて、私はそれに身を任せそうになってしまう。
「ベック……ありがとう。でも、私……お礼に何をしたらい「なら、今夜から3日程、ナミはうちの船にいろ」」
対価が必要だろうと思ってベックに話してたのに、横から真剣な声で割り込んで来たのはシャンクスだった。その表情を見れば、船長としての発言だと分かるので私はベックから手を離して小さく頷く。
いつもの巫山戯た髭親父ではなく、私に甘い兄でも無いその姿に自然と背筋が伸びるのを感じた。この話の決定権を持っているのは、シャンクスだったわ。
分かっていたのに、ベックに甘えてしまった。本来シャンクスにすべきだったのだと分かっているからこそ、私は今更だけどこの船の幹部として話をしなければならないと覚悟を決める。
いつも私に甘いからと、私はそれに甘え過ぎていたわね。本来ならば船長不在である今、対等に対話して貰えるだけでも奇跡なのだと分かっていなかったんだわ。
「ナミ、何を間違えたか分かってるな」
「はい。申し訳ありませんでした」
「……分かってるなら、いい。その対価は金でも良いが、俺達は海賊だ。人材派遣の会社でも民間企業でもねェ」
「はい」
「今回の件においては、対価はナミのその能力だ。きっちり働いて返せ」
「ありがとうございます」
この場合、私に交渉する権利はない。言われるまま従う他無いのだ。
そうして頭を下げた時、その空気が突然変わった。それは、どうやら許されたらしいと即座に分かってしまうもの。
「最初から俺を頼れよな!なんで、そこでベックなんだよ!」
「……目の前にいたから」
「まァ、それなら許してやる。……俺よりベックが信頼できるとか……誰が船長なのか分からなくなった……ってんじゃねェなら、な」
後半は軽く覇気を放ちながら言われてしまえば、本当に申し訳無いと思う。……間違える筈がないのよ。
私が自分から船長として、師匠として慕った最初の人がシャンクスなのだから。尊敬してるし、畏怖だって感じてるわ。
……教えるつもりなんて無いけど。でも、ここでおチャラける訳にもいかない。
「赤髪の大頭様には、大変なご無礼を致しました。申し訳ありません。慎んでお詫び致します」
「……ナミ」
「私の能力が対価として認められる物であるのでしたら、その期待には応えてみせます」
「本当に、ナミは能力に関しては自信あるよな」
「……当然でしょ。私、優秀だもの」
誰がなんと言おうと、ナミちゃんは天才。つまり、その能力をお借りしている私が、天才じゃない筈はないのだ。
そう思って顔を上げ、シャンクスに微笑みかける。その瞬間シャンクスは肩を竦めてから、そっと右手を差し出した。
その手を握れば、取引は成立する。そっと重ねた手が、大人と子供と言いたくなる程にサイズの差を持っていて……それが、なんだか切なく感じたのが何故なのかは、自分でもよく分からない。