ドフラミンゴとおつるの間で、怖い会話が成されていた同時刻。ところ戻ってナミ達の方では、譜面を広げて唸るナミの姿があった。
何せいくつもの譜面を見せたのに、納得してくれないのだ。いつもならば全て歌えとか、聞いた事ない曲は勿論、楽しげな曲調や歌詞の物は全てと強請るのがシャンクスと言う男なのだから、悩むのも当然。
「シャンクスは何が気に入らなくて、歌って欲しい曲はここに無いって言うのかな」
「……今のうちに、帰るか?その方が安全だろうとお「誰が帰すか」」
呟くように口にした言葉に、即座に反応したベックの言葉を遮り、シャンクスが妙な言葉を口にした。それに首を傾げた直後、腰に回された腕が私を無造作に立ち上がらせる。
何が起きてるのかと真っ直ぐにシャンクスを見つめた時、いつものおちゃらけた空気では無く、どこか重たい空気を纏って。こんな時のシャンクスに、私は逆らえない。
狡くて狡猾な大人だと思う。同時に自分は、情けないくらいに弱いと嫌気がさすけど。
「俺は、甘えていた」
「え?」
強制的に腕の力で立たされていた身体は、その腕の力によりいつの間にか爪先立ちにされていて、つまり身体と身体の距離はゼロに近い。その状態で、シャンクスは言う。
それにより、呑まれそうになる。その強さと眩さに。
光であれ、闇であれ、強いものは強い。どちらに傾いていても……敵わない存在に抗う事は凡人には難しい事。
「ナミは俺を愛しているから、俺が諦めなければどんな障害も乗り越えられると信じていたし、邪魔者は排除してやるつもりでいた」
「それは……」
「悲痛なまでのナミの訴えを無視して来たのは、甘えだった。酸いも甘いも噛み分けたナミが、懊悩に苦しむ姿はルフィと俺の間で揺れてるからだと思い込んでいたんだ」
「シャンク「だが、違ったんだな。ナミは、ルフィを求めて、なのに誰も傷付けたくないなんて甘ったるい事を考えてただけだった」」
名を最後まで呼ぶ事もできず、ただ何かを悟ったらしいシャンクスを見詰める。シャンクスはそっと私の額に唇を触れさせると、少し切なそうにその瞳を揺らした。
シャンクスは強い。でも、弱くて脆いのだ。
シャンクスは優しい。でも、残酷で獰猛なのだ。
その事を私は知っていて、だからこそ突き放せない。私がこの世界に産まれて、最初に頼り、甘えた相手は間違いなくこの人だったのだから。
「戦いの時は滅茶苦茶強気の女王様で、普段はどこか抜けた天然娘。それなのにその内に秘める能力は、世界が喉から手を出す程に求める特異なもの。だと言うのに、恋愛に関してはその回路が壊死していて、本心は恐ろしく脆い。……ナミは、独りぼっちの寂しさに押しつぶされちまいそうなんだよな」
呼吸が、止まるかと思った。私は、そんなにも分かりやすかっただろうか。
ずっと……不安だった。私のこの美しい肢体も、可愛い顔も、素晴らしい能力も、全ては原作で本来存在しているべきのナミちゃんの能力だと知っていたから。
それに私が加えられたのは、作家として活動している部分だけ。だから……それを望まれた時の他は、私は自分の価値を見いだせないの。
「わた、しは……っ!」
私は寂しくなんてない。そう、言いたいのに声が詰まる。
私が独りぼっちな筈はない。仲間達がいつも居てくれるもの。
……でも、それは本当に?
それはナミちゃんの仲間であって、ナミの仲間と言えるのかな。ただ、ナミちゃんの能力を求められているだけと言う可能性もあるでしょう。
思い出してみて。男の人達は、この身体を求めてるだけじゃないの?
欲しいのは、快楽に弱い、この美しい身体でしょうり中身の〝ナミ〟なんてどうでもいいとは思わないの?
脳内で、嘲るように笑う影が見える気がした。それは何故か、私の姿をしている。
ルフィも含めて、この身体を抱いた人達は、皆……求めているのはこの肉体であって、私じゃないような気がしてしまう時がある。でも、それでも、ロビンやチョッパー、ウソップやフランキー、ブルックだっているわ。
だから、肉体だけを求めらてる訳じゃない。熱で魘されていた時だって、怪我で苦しんでいた時だって、見捨てられたりはしなかったもの。
「私は、独りぼっちじゃない……!」
今世の私には、愛してくれる家族がいる。ベルメールさんも、ノジコもいるのよ。
ゲンさんやドクターだって、私を愛してくれてる。何も返せない私を、愛してくれてるわ。
「だから、寂しくなんて……ない!」
なのに、涙が落ちる。脳内で笑う影が囁く度に、何が真実で、何を信じていいのか分からなくなるから。
愛してると言いながら抱き締めてくるシャンクスのこの腕さえ、今は偽りかもしれないと思ってしまうの。私は、今、何も……信用できな……。
「ナミ、悪かった」
「シャンク、ス……?」
「追い詰めちまったな。少し揺さぶって、弱った所につけこもうとしたんだが、壊すつもりはなかった。……愛してるよ、ナミ」
優しく、耳触りの良い言葉が耳朶を掠める。その瞳に、偽りや嘲りは見えない。
ずっと脳内にいる私を嘲るようにしている私は、きっと……自分の中にいる私を嫌い憎む心。だからいつも、それは過去の私の姿をしている。
疑心暗鬼になった私は、偽りなんて少しも見せないシャンクスを疑う。妙に冷たい声音で棘だらけの言葉が、私の口からシャンクスに向けて放たれた。
「欲しいのは、身体だけでしょ」
「馬鹿言え。身体を手に入れられない頃から、愛してきただろうが」
「なら、なんで……身体を求めるの?私は、嫌だって言ってるし、ルフィを裏切りたくなんてないのに……!」
「俺は海賊で、即物的な男だからだよ。惚れてる相手の全てを求めて、何がおかしい」
惚れてるから、その全てが欲しい。身体が先じゃないのだと、シャンクスは真っ直ぐに嘘偽りなく伝えて来る。
それにより、そうだ……と思う。欲しいのが身体だけなら、ルフィに逆らってまで手を出したりする筈も無い。
ゾロやサンジ君の想いを疑った事、ルフィからの愛情を疑った事に僅かではない罪悪感が生まれるけど、これは私だけが抱えていくべきもの。私が私の中で折り合いを付けて、着地点を見つけるしかないものなのよ。
「そっか、海賊だものね。欲しいから、手を伸ばすのよね」
「そもそもこの年齢で、肉体関係無しの恋愛なんて、嘘だろ。惚れてる相手を目の前にして、自分のモノで埋めつくしてやりたいと思わなけりゃ嘘だ」
堂々と言いきられてしまえば、確かにと思う。子供のおままごとに近い恋愛ごっこでも、老人の遅咲きの恋でも無いのだ。
特に、身体を使う事が多い人は、精力が尽きるのも遅い。そうなれば現役バリバリの彼等が、手を出さない選択肢は無いだろう。
「……シャンクスは、不思議ね」
「ん?」
「私を壊すのも、治すのも、守るのも、鍛えるのも、全部シャンクスだわ」
私の中にいる自分を責める心さえも、シャンクスの言葉に納得させられて棘や毒を失う。シャンクスがこうだと言い切ってしまえば、それがどんなに不自然な事でも納得させられてしまうの。
ルフィの言葉は、暖かく、熱く、激しく、包み込んでそうなのだと納得させられる。シャンクスの言葉は、疑う事を、余所見をする事を許さずに、納得するしかない状態にされるのだ。
「……壊すのは、俺の本意じゃねェっての。だが、それ以外は俺がやってやれてるなら、嬉しい限りだ」
「シャンクスは〝私〟にとって、初めての経験を沢山させてくれた先生だもの。信頼してるわ」
「ナミには悪いが……その信頼、打ち砕くぞ」
そう言うのが早いか、シャンクスが私を抱き上げて歩き出すのが早いか。それを止めようと手を伸ばすベックが見えたけど、シャンクスが覇気を放てば悲しそうに表情を歪めて立ち尽くしてしまう。
私とシャンクスのどちらかを取れと言われたなら、ベックはシャンクスを選ぶ他無いのだ。分かっているから、守ろうとしなくていい。
戦った所で勝てる筈も無い。そんなの、皆が分かってるから……だから私は、笑う事でベックの心が傷付く事が無いようにと願う。
「私は、大丈夫よ」
思わず口にした言葉は、違う事無くベックに届く。それを確認して、シャンクスにより運ばれてその姿が見えなくなるまで……ずっと見詰めていた。
けれどもそれが良くなかったのか、シャンクスは私をベッドに投げ落とすと肩を掴んで唇を重ねようとしてくる。それから顔を背けて交わして後、レイリーからの指導を元に妖艶な笑みをシャンクスへと向けて様子を伺う。
ここまで来て、冷静に考えれば見えて来るものもあるわ。今までこの船に連れて来てから1度も歌わせなかったのは、シャンクスの求める歌声の意味がこれだから。
この場から逃げる事が出来ないならば、せめて私は私の矜恃と心を守ってみせる。私はその為に必要な知識と技術は、身に付けているもの。
「焦らないで」
「ナミ?」
軽く胸を押せば、その巨体が呆気なく離れていく。それを見て、自らの蜜柑色の髪を指に搦め、ゆっくりとかきあげる。
形の良い唇をペロリと舌で舐めれば、それだけでルージュをひいたように光り出す。身の内から湧き上がる熱が、白い頬や喉を染めているだろう事は自覚しているのよ。
この鮮やかさに、心を奪われるだろう。そうなるように、仕向けている。
選ばれた者のみが持ちうる美とプライド。それが今、鮮やかにナミを輝かせている。
望まない相手には、指一本触れさせはしない……と、無言で伝えるその眼差し。エロス溢れる魔性の如き妖艶なナミの姿を前に、シャンクスは言葉もない。
ボーッと突っ立ったままのシャンクスの胸元に、ナミの手が伸びる。誘いかけるように、ボタンを上から外していく。
「なぁに?攻められると、動けなくなっちゃうの?」
言葉で揶揄い、クスクスと笑いながら、指先ひとつで剥き出しになった胸を擽るナミ。その瞬間、弾かれたように身を震わせたシャンクスは、ゴクリと喉を鳴らした。
その様子に甘やかな癖に、どこか突き放したような酷薄な声が誘う。ゆっくりと自らの胸元を開き、見せつけるようにしながら。
「触ってみる?」
導かれるように、惑わされるように、シャンクスはその手を動かす。何か荘厳なものを犯すような罪悪感さえ抱かされながら、オズオズと肌をまさぐる。
そうして、胸元で扇情的な色香を醸し出しているピンクのアクセントに触れた。吸い付くような滑らかさに、シャンクスは夢中で身体中を撫で回し始める。
「ふふっ」
「何が、おかしい?」
「笑えるじゃない。この海において皇帝の1人であると言われてる大海賊サマが……こんな小娘相手に、必死になっちゃって……」
「そりゃ、惚れ「そんなに綺麗?私って……?」」
妖しく笑うナミの姿は、美しいとか、綺麗なんて言葉で表せるものでは無い。この時シャンクスは確信した。
間違いなく、ナミは覇王色の覇気を持っている。それも、威圧的な気圧すものではなく、魅了するタイプの気圧す力であると。
シャンクスとて、何もこれまでナミしか相手にした事が無い訳では無い。ハンコック程では無いにしろ、世界で数本の指に入ると言われるような美女達を幾度と無く相手にしてきた。
だが、ナミはその誰とも比べられない。可愛いだけ、美しいだけ、妖艶なだけ、そんな女達とは格が違うのだ。
誘う瞳、赤い唇。頬に触れる指先は魔法のように動き、触れる肌からは甘い蜜柑の香りが立ち上る。
もしも世界の何処かに、似たような女がいたとしても、それは蜜柑ではなく水蜜桃の香りが立ち上るだろう事を考えれば、唯一無二と思われても不思議はないだろう。何もかもが、基準とは掛け離れている。
娼婦より淫らで、けれども、その何処にも下卑た印象は感じられない。いや、寧ろ気品さえ感じる程だ。
天上から舞い降りて来た使徒が、目の前でその素肌を晒している。そんな奇跡。
どれ程女に慣れた男でも、この凄まじい色香に、目眩さえしそうになる程だろう事は疑いようもない。並大抵の男ならば、この瞬間勝手に達して惚けるだろう程の存在。
高貴なものだからこそ、犯したい。それでいて、己なんぞが犯してもいいものなのかと戸惑う程の、圧倒的な価値。
「世界と引き換えにしてでも、欲しくなる女だ」
無意識に発しているだろう、他人とは異なるナミ特有の覇王色の覇気に煽られるように、シャンクスもまた覇王色の覇気を発して行く。それによりナミがいつもの触れられる事に戸惑う少女のような様子に戻れば、シャンクスのそれも落ち着いて行く。
覇気と覇気のぶつかり合いは、同等ならば空が割れるなどする。だが、極端にどちらかが強ければ弱い方が淘汰されてしまうものでもあるのだ。
覚醒しかけているだけのナミと、長年使い続けて自在に操れるシャンクスでは、格が違う。だからこそ、簡単に抑え込まれてしまったのである。
「……誰に、教えられた?」
「え?」
「誘惑して、優位に立てば被害を減らせる……と、教えられたろ」
「うん」
覇王色の覇気を抑え込まれて、素に戻ったナミは妙に幼く、素直だ。そんなナミにシャンクスは、穏やかに優しく問い掛ける。
それにナミは偽る事なく答えていく。まるで、催眠にでもかかったかのように。
「誰に?」
「レイリー……」
「副船長か!……っとに、ナミは末恐ろしいな」
強く妖艶な大人の女性を演じてみようとしても、シャンクスから向けられた覇気を受けてしまえばそれはかき消されてしまった。まだまだ、私はシャンクスに対して素顔を隠せそうもない。
そう思って落ち込むけど、目の前にあるのは優しい瞳。でも、私はそれをどこか信じられずにいる。
「どうして、シャンクスは、私を甘やかすの?私、何も返せないっ!」
「ナミ、返す方法はある。……俺の傍にいればいい」
その言葉に首を横に振る。だって、私は麦藁の1味だから。
ルフィの女で、ルフィの航海士。海賊王の、航海士だもの。
「私、捨てられない!裏切れないわ!傷付けてばかりなのに、何も返せない上に、迷惑かけてるから、もう、傍にいる資格なんて無いのよ!」
「資格なんてどうでもいい。俺に償いたいなら、傍にいられないと言うなら、触れられる距離にいる間は……その身体を俺に寄越せ。身体で償うのが、ナミの義務だ」
「……あ……」
何を言おうとしたのか、声は言葉にならない。シャンクスの唇が、ゆっくりと近付いて来る。
身体だけで良いと言いながら、心も含め全てを手に入れる為に。明らかなる雄の様相で。
「これでもう、ナミは生涯、俺から離れられねェ」
そう宣言すると、シャンクスは私に深く口付けた。その瞬間に悟らされる。
もう、逃げられない。自力ではもう、逃げるなんて選択肢を持たなくされてしまった。
角度を変える為に唇が離れ、また触れる度に吐息は徐々に熱を帯びて来る。でも、そんな中でシャンクスは何も声にしてないのに、伝わってしまう。
この程度ではダメだ……と。全然物足りないのだと。
熱く、深く、激しく、舌を絡ませ、弾力を味わいながら強く吸いまくる。その行為のせいで、口腔内に溢れた蜜を、飲み込む他なくなってしまう。
「あ……んっ……」
頭の芯まで痺れるような熱い口付けに、乱れた喘ぎが漏れ始める。その刹那シャンクスは私をそっと、壊れ物のように丁寧にベッドに寝かせてから問い掛けて来た。
「辛いか?」
労りに満ちたその言葉に、私の身体は本能に従うように動く。ルフィと比べるとしたならば、ルフィを選ぶけれど……近くにいない今は……シャンクスから離れられない。
離れようとするシャンクスの身体を両腕でシッカリと抱き寄せて、更に深い結合を求めて自ら上体を浮かせてしがみついて行く。
もう、嘘は付けない。私は、シャンクスの事も愛していて、求めてしまっている。
愛しい男のキスが、温もりが、簡単に手放せる筈も無い。そんな想いから、夢中で貪ってしまう。
それに気を良くしたのか、シャンクスは欲望を抑える事をさっさと諦める。そうして、欲しくて欲しくて堪らなかった身体を、膝の上に座らせた。
これから始まる行為は、明らかに合意のもの。そんなものはどちらかが宣言や確認をしなくとも、互いに伝わってしまっていたし、理解している。