※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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慌しい再会

 優しく見詰めるその眼差しが、私の身体から力を抜いてしまう。そっと頬に触れた手が優しくて、名を呼ばれる他には何も言われていないのに、全てを許されたような気持ちになる。

 私には泣く権利も、怒る権利も、嘆く権利も含めて何も無い。そんな事は分かっているのに……ベックの手をすり抜けて、その胸に顔を押し付ける。

 その時手にしていたシャワーが落ちて、水が噴水のように広がる。その口が転がり横に放出されて床が濡れて行くのを半ば呆然と見詰めてしまう。

 ベックは、自分の着ていた上衣を即座に私の肩に羽織らせてくれる。それが温かくて、痛い。

 甘やかされてばかりで、私は何も出来ない。分かっているのに、何も見たくないし、聞きたくないと逃げの一手。

 このまま何も見なければ、辛い事なんて何も無いのかな。そう思って強く目を瞑り震えていると、小さなキスが髪に落ちて来た。

 それに驚いて顔を胸から離せば、額に、耳朶に、頬に、そして瞼に降り落ちて来たキスが擽ったい。何も見たくなくて目を閉じていたのに、開いてしまう程の威力。

 そうして開かれた視界に飛び込んできたのは、目の前にあるベックの微笑み。その微笑みを見ただけで、涙が止まらなくなる。

 それを拭う為に触れて来たベックの舌が、涙の筋にそって頬を滑り降り唇に辿り着く。その刹那、それは激情の嵐となって燃え上がった。

 貪るような口付けは、決して慰めの為とは思えない。意識から世界が突然消えてしまい、互いの熱しか感じ無くなるような激しいキス。

 そのキスで伝えて来るのは、普段の穏やかさからは掛け離れた熱い想い。それに、心が揺さぶられてしまう。

 例えば今この世から二人だけを残して、全てが消えても構わないとでも言わんばかりの、激しくも胸苦しいような想い。私の他には何もいらないと、なんの価値も無いとでも言わんばかりのそれは、拭われたばかりの涙を落とす理由になると思うの。

 絡まって来る熱い舌を迎え入れるように、大きく開いた口。そうして流れ込んで来る、ベックの蜜に酔いしれる。

 ただ唇を合わせるようなキスではない。ねっとりと舌を絡め、互いの蜜を吸い上げるような濃厚なキス。

 余りにも近付いている為に、互いの顔が見えなくなり、それが不安を煽るからと、時々離れては確かめる。けれども今度は触れ合っていない事が惜しくなり、口付ける。

 両手をシャツの背に回し、二度と離れまいとするかのようにしがみつく。その時浴室のドアがノックされる音で正気に戻れば、ベックが分かりやすく舌打ちした。

 誰がいるのかを確認もしてないのに、振り返る前から私の顔が情けなくなるくらい赤くなってるのは見なくても分かる。服を着たままシャワーで冷水を浴びようとしていたから、素肌を見られてはいないけど明らかに濃厚なキスシーンは見られているのだ。

 

 「ナミの迎えだ。そろそろルフィ達もここに来ちまうから、俺達は出航するぞ」

 「ヤソップか……」

 

 ベックが嫌そうな声を出す。その珍しすぎる様子に驚いて、つい顔を見つめれば困ったような視線が向けられる。

 そんなベックに追い打ちをかけるように、呆れた様子でヤソップが言う。でも、その眼差しが私に向けられると妙に優しいものに変わるから、何だか少し気恥しい。

 

 「お頭もベックも、ナミ虐めてんなよな」

 「い、じめられて、ない、よ?」

 「……倍も年の離れた大人の男が、余裕も無く全力で小娘に挑んで、それによりその子供側が流されてるのを見ればいじめと同じだ。ベックはナミの恋人でもないんだから、程々にしてやれ」

 「悪かった。つい、狼になろうとしていた」

 「相手は子猫だろ。優しくしてやれ」

 「……子猫か子兎か、それとも女神か。どれにしても、手を抜く方が失礼だろう」

 

 途中からよく分からない会話になったけど、キスくらい別に減らないしいいと思うんだけど……と、そのままにしていたら運ばれて美味しく食べられていただろう事実に気付かない阿呆がいる。それに同時に気付いた大人達は、苦笑しつつそっとその背を押してやった。

 どちらから見ても、やはりナミは可愛いのだ。その愛情の質は人により、時と共に変化したとしても……愛情の量は変わっていない。

 

 「これで荷物は全ての筈だ。気を付けてな。ウソップに宜しく言っといてくれ」

 「やれるだけの治療はしたし、必要になりそうな薬も残して来た。ルフィ達と合流するのに、差程時間もかからねェだろう」

 

 荷物を押し付けるように渡しながら言うヤソップと、私の頭を撫でながらロシーの為にしてくれた事を報告してくれるベック。けれども二人とも小声なのは、シャンクスに見付かると私を降ろせなくなるからと言うのが理由らしい。

 その瞳だけで、気を付けて帰れと案じているのが伝わる。それについ笑ってしまうけど、これは幸せだからに他ならない。

 

 「二人とも、ありがとう」

 

 言葉を残して船を降りれば、待っていてくれたのはブルックで、私を隠すように船との間に立たれてしまう。見送る為に手を振ろうとしたけど、船の上からは二人が〝行け〟とジェスチャーして来るし、ブルックも私の肩を掴んで問答無用で反転させてくる。

 なので私はシャンクス達の出航を見送れないままに、ブルックに守られるようにしながらサニーへと帰って行った。サニーに戻ると、チョッパーが半泣きで飛び出して来て、その様子にあまり寝られなかったのかな?と思う。

 

 「チョッパー……?」

 「ごめんな、俺達に余裕も道具も材料も足りなかったから……だからっ!いつも、ナミに負担かけちまってる」

 「なに、言って……?」

 

 意味が分からなくて、小さなその身体に視線を合わせる為に膝を折ればブルックが静かな声で言う。それは、何とも切なさを感じさせるもの。

 

 「ナミさん、その首元を見て分からないと思うのですか?……いつも、そうして来たそうですね」

 

 首と言われてハッとする。いつも、私が誰かに襲われて来たと、そういう事かな?

 そう思うけど、でも何かが違うような気もする。それにより首を傾げたら、ブルックの空虚な瞳が泣いているように見えた。

 

 「サンジさん達に聞きました。私が仲間になる前も、お金が必要なになるとその身体を傷付けていて、心で血の涙を流しながら得て来たと……。誰かを守る時、必要な事だと判断した時、貴女は自分を犠牲にする事を厭わない」

 「ブルック……」

 「けれども、気づいてください!もしも、それを我々がしたならば……!どれほどナミさんは悲しくなりますか!?」

 

 その言葉に息を飲む。ブルックの身体は泣いていない。

 なのに、泣いてるように見えてしまうのは、その心が泣いているからに他ならないのだろう。そして、目の前に居る小さな船医さんもきっと、同じ。

 そっとチョッパーを抱き締めて、ごめんなさいと声に出す。その時そっと頭を撫でてくれたのは、間違いなくブルックの指。

 細く、確実に骨だけとなっているその手。体温は無い筈なのに、妙に暖かく感じる謎。

 

 「……お帰りなさい、ナミさん。けれど、今回からは、こんな時お礼は言いませんよ」

 「ブルック……」

 「お礼を言えば、ナミさんは何度でもそれを繰り返すでしょう?……今回は私もお側に居たのに……お守り出来ず、傷付けて、申し訳ありませんでした」

 

 膝をついて私と視線を合わせて、ブルックは仰々しい程の言葉を紡ぐ。それに泣きそうになるのは、私の弱さか。

 私はけど、分かってしまった。ブルックの言葉は心からの物だと。

 私も逆の立場ならきっと、同じように苦しみ悲しんだから。己を責めて、謝ったと思うから……。

 

 「……ただいま。今度から、皆に相談するように、心掛けるわ」

 「そうして頂けたら、嬉しいです。……ヨホホ!さあ、帰りましょう!今日はサンジさんが鍋にすると言っていましたよ!確か……アンコウ鍋とか」

 「……深海で捕って来てたのかしら?でも、楽しみね」

 

 サニーの船室では、ロシーに付き添うようにして眠るモモちゃんがいてその姿に頬か緩む。そうして私は漸く実感するのだ。

 ……帰ってきたのだと。そして、自分自身の罪深さを。

 穏やかな時間に似つかわしくないガスも居るけど、そこは割愛する。私の視界と意識に、ガスは存在しないものとしておく。

 そうして意識を取り戻したロシーの身体を起こすのを手伝いつつ、私達はアンコウ鍋を楽しんだ。ルフィ達が来るまでは少したけゆっくりしようと、そんな事を言って笑い合いながら。

 けれども、ゆっくりする間もなく、ルフィ達は到着する。サニーよりもルフィが乗っていそうな船に乗って、何故か半泣きになりながら……。

 

 「……ルフィ、どうしたの?」

 「ナミ……!ナミィーっ!俺、やっぱりナミいねェと、海賊王になれねェよォおおおっ!!」

 

 そのゴムの身体を利用して飛んで来たルフィは、私に抱きつきながらそんな事を言うから、その姿に呆然としてから笑ってしまう。何があったのかは知らなけど……こんな子供みたいな姿は久しぶりに見たような気がしたから。

 そっと頭を撫でながら、私はルフィに誓う。嘘偽りの無い言葉を。

 

 「私は、ルフィが望んでくれる限り、必要と言ってくれる限り……ルフィのものよ」

 「うんっ!ナミっ!ナミー……!!」

 「本当に、今回ばかりはナミの偉大さを痛感させられたぜ。ロビンの笑顔が、日に日に凄味を増して恐ろしくなるしよ」

 

 そんな事を言いながら船を次に飛び移ってきたのはフランキーで、それに驚いていたら何故か滂沱の涙を流す派手な田舎言葉の男を発見する。何事かとその顔を見れば、視線があった瞬間また泣かれてしまった。

 何が起きてるのかと問い掛けるより早く、ロビンが私に駆け寄る姿を見つけて、思わずルフィか手を離してロビンへと両手を広げてしまう。それにより腰の辺りにルフィは滑り落ちたけど、ロビンは気にしないで私を強く抱き締めてくる。

 

 「会いたかったわ、私の天使っ!」

 「……大丈夫?本当に、何があったの?」

 「……色々あった。うちのクルーの走馬灯が見えそうな位にな」

 

 いつの間に近くに来ていたのか、ローちゃんがそんな事を言う。それにより慌ててロシーの事を伝えれば、ローちゃんがその顔色を変えてチョッパーと共に船内へと足を向けた。

 それから順番にサニーへと戻って来た皆に挨拶して、その間も離れないルフィの頭を撫でる。トサカ頭の人に送って貰ったのなら、お礼でもと思ったのに、ルフィにも本人にも拒否されてしまう。

 

 「……あんな見た目なのに、恥ずかしがり屋さんなのね」

 「そんな事よりアイツら、今までよく生き残って来たと思うぞ。航海術なんざ持ってねェし、船大工の1人もいねェ」

 

 ゾロの言葉に、それ、ブーメランよねと少し思う。フランキーという船大工が仲間になったのは、本当に最近だもの。

 と言うのもなんか、違和感あるけど……結構新しい仲間ではある。だって、共に旅した島はまだ3つしかないのだ。

 勿論、私達のように離れてなかったルフィには四つの島の旅を共にしたと言えるけど、スリラーバークは船だったし、シャボンディは別れた島であり、合流島だから共に冒険って感じではなかったわ。そう考えると、メルヴィユでは共にと言えるかもだけど、個人的には殆ど共に居なかったのよねと思う。

 そうなると、メルヴィユと、魚人島、パンクハザードの三つしか共に冒険してないのに、ずっと前から船大工が仲間だったかのような発言は如何なものなのかしら?

 そんな事を思いつつ、ベックから返された荷物の点検をして行く。そんな私に絡み付いて離れないルフィは、とりあえず無視する事にした。

 ウソップが荷物整理するならと言いつつガーデンセットを用意してくれて、ロビンがその脇に座る。そして、サンジ君が飲物を持って来てくれたのをルフィが飲み、喧嘩が始まったのを無視して私は荷物を漁っていく。

 

 「あら……?」

 

 見覚えの無いチケットに首を傾げると、ロビンがそれを面白そうな顔で見詰めてきた。どうやら何か琴線に触れたらしい。

 

 「珍しい物持ってるわね」

 「赤髪の皆がくれたみたい。これ、何なの?」

 「近年話題のグラン・テゾーロへの招待チケットよ」

 

 ロビンの言葉で思わず、目をベリーに変えて前のめりになる。その名前は聞いた事があったから。

 カジノを回り、金を稼いでいた頃本気で行きたいと願っていた夢の街。噂でしか聞いた事無いけど、是非行きたいと願っていたのだ。

 でも、明らかにチケットと言うよりは紙切れ。そう思って光に翳してみると袋とじのような部分があった。

 

 「何かしら、これ?」

 「ビブルカードじゃねェのか?」

 

 ウソップの言葉で納得した私達はそこに小さく書かれたグランテゾーロの文字。……何度も行けたなら狙いたいと思っていた都市伝説もあり、胸が踊るのを自覚した。

 けれども、行きたいと騒ぐ私達に対して、子供の教育上宜しくないと言う理由と目立ちたくないとの意見がワノ国組から出てしまえば、諦めるしかないかなと思う。……でも、カジノで稼ぎたかったなぁ。

 

 「……悪いが、それならサムライ達は残して麦藁屋達には行ってきて貰いたい」

 「え?」

 

 ローちゃんの言葉に驚いて視線を向けると、少し疲れたような顔で診察室のドアの前にいたローちゃんが頭痛に耐えるような顔をしていた。何が、あったんだろう。

 

 「グランテゾーロで販売している薬が欲しい。ここにある薬では、症状を押さえ込む事はできても、完治はできねェ……。薬を投与し続けていれば、日常生活はおくれるようになるが海賊稼業は無理になる」

 「なら、行くしかねェな」

 

 その言葉はまさかのサンジ君で、全員が驚きの視線を向けるけど、直後の言葉で成程と納得させられた。サンジ君は、ブレない。

 

 「愛しきナミさんの弟が死にかけて、ナミさんが涙にくれる未来なんざ……いらねェ」

 「サンジ君、ありがとう」

 「なら、その間拙者達はここでロー殿とルフィ殿達の帰還をお待ち申し上げる。病人を見捨てる等できよう筈もない。カン十郎との積もる話もある故、拙者達の事は気にしないでくだされ」

 

 その言葉を受けて、そう言えば知らない人が増えてるなと気付いたけど、挨拶するよりも早く出発するべきとの事になり、私達は当然のようにガスも残して出航した。カジノで有名なグランテゾーロへ向けて。

 どれ程の距離があるのかも分からないままに、ただ……薬を求めて。波間の向こうを目指して、原作に無かった新たな冒険へと彼等は舵を切った。

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