震えが落ち着いた私の体をルフィはそっと離して、頭を撫でてくれる。それから顔を覗き込んで、少し心配そうに見つめてくる。
「……ナミ、もう大丈夫か?」
「えぇ、ごめんなさい」
「……あの旗、燃やすか?」
「辞めなさい。無駄な戦闘をするつもりは無いわよ。……心配してくれてありがとう」
少しぎこちないかも知れないけど、笑いかければルフィは漸くホッとした様子を見せてくれた。そんなやり取りを見ていたロビンがゾロに問い掛ける。
「剣士さん、あの2人は……恋人同士なの?」
「……幼馴染、姉と弟、恋人、どれもが正解でどれもが間違ってるような奴らだ」
ゾロの言葉に驚いて振り向くと、ゾロは私からのその視線に気付いていながら平然と言葉を続ける。ロビンはそれを黙って聞いている。
「とりあえず、この船のキーマンはあの2人だ。関係性って言われたら、それぞれ微妙なモンだろうけどな」
いやいや、私はキーマンじゃないと思うわよ。そう言おうとしたら、ゾロがロビンを睨み付けるようにして、口を開く。
「俺はてめェを信用してねェ。あの2人が受け入れてるから、攻撃しねェだけだ。何かあれば……迷わず斬る。忘れるな」
「……了解」
ロビンは可笑しそうに笑いながら、でも確かに微笑んだ。警戒心剥き出しのゾロが、ロビンの心理状態的には1番安心出来るのかも知れないなと少し思う。
それから間も無くして港に船を泊めると、すぐにルフィとゾロが船を降りて歩き出した。それを見て、慌てて私もその後を追って船を降りる。
「待ちなさい!お小遣いとかの事もあるから!」
「「あ……そうか……」」
全く、よく似た2人よねと思いながらそれぞれにお小遣いを渡して、クーちゃんに手紙や作品を託して、交代で船を降りて行動する事が決まった。既に歩き回る気満々な2人をこのままには出来ないからと、先発隊としてルフィとゾロ、そして私が島に向かい、その後様子を見てそれぞれが行動する事になった訳よ。
先を突き進む2人には、何故かピリピリした雰囲気があるからと、何度も喧嘩をしない事を誓わせつつ歩く。野生の猛獣みたいな雰囲気の2人を野放しにしたくないし、無駄な騒ぎは起こして欲しくないのだ。
そんな中でもルフィは呼吸するように自然に人助けをするから、それに微笑んだ瞬間頭痛が私を襲う。余りにも突然過ぎて対応出来ないでいる間に、私の体は勝手に地面に接近して行く。
ヤバい……。
受身をせめてと思うのに、頭痛と共に襲ってくる吐き気が行動を阻害する。そんな私をゾロが当然のように支えてくれて、その腕の温もりに少し安心してホッと息を吐いた。
「ナミ、大丈夫か?」
耳元で囁くように心配してくれるゾロの声が聞こえた。私は額を抑えながらそれに答えようと口を開く。
「ごめん、少しだけ休ませて」
「……分かった。ルフィ!」
ゾロが呼べばルフィは、ん?と言いながら戻って来てくれる。それから私の様子を見て、調子悪いなら言えよななんて心配そうにしてくれる。
「ごめん」
「……謝んな。ナミは悪くねェ。ビビと別れたばっかりだしな」
「違いねェ」
2人はどうやら、私がビビと別れた事で精神的に弱ってるのだと判断したらしい。でも、普通そんな考えにならないわよねと思って視線を向ければ、ルフィが妙に優しい眼差しを向けて来た。
「……ナミは〝別れ〟に対して弱ェからな。仕方ねェよ」
なんか、物凄く甘やかされてる気がするわ。そうしている間に頭痛も落ち着いて、体を動かせるようになる。
戻った知識に拠れば、この島には〝黒髭〟とその仲間数人が居ると分かった。なので私は深呼吸して、ルフィを真っ直ぐに見据える。
あの時……アラバスタでならば、マルコさんやエースがいた。だから戦いになったと思うけど……今は、実力だけでなく人数さえも足りない。
「ルフィ、お願いだから……気を付けて。嫌な予感がするのよ」
「ナミがそう言うなら気を付ける」
ルフィはそう言って笑ってくれるから、私も嬉しくなって笑う。その直後先程ルフィが息をするように自然に人助けをしていた、そのお礼にと貰った林檎を口にした。
美味しそうに食べるルフィの背後で、爆発音が響きその原因が林檎だと騒ぐ声が聞こえれば、咄嗟にルフィに林檎を吐き出させようとして何が可笑しいだろうか。そんな私とルフィを守るように私達に背を向けて、ゾロは林檎を寄越した相手に刀を向ける。
1触即発の状態にある筈なのに、林檎をルフィに渡した奴はゾロを意に介さない様子で笑う。運が良いななんて言いながら。
それに対して林檎を普通に食べ終えたルフィは、気にした様子もない。私は泣きそうになる自分を自覚して、ルフィに抱き着く。
「バカッ!全然気を付けてないじゃない!」
目の前で、喪うかも知れないと思った。その恐怖で、指先からは体温が失われている。
ルフィが脈打っているのを感じて、ルフィの無事を確認出来て、そうして漸く私はルフィから離れる事が出来る。どうしたって、私はルフィを喪えない。
例え自分の命を捨てる事になっても、ルフィだけは……喪えないのよ。でも、そんな気持ちは流石に伝えられないから、呑気そうなルフィの額にデコピン1つで泣きそうになるのを耐えて何とか笑いかける。
ゾロもまた、つらそうな顔でルフィを見てるから、ルフィの事が心配だったのだと分かる。そんな私達を見てルフィは何を思ったのか突然、待ってろよなんて言って駆け出して行く。
ルフィを見送り、近くに居るゾロに視線を向ければ疲れたような溜息を1つ。疲れ果てたサラリーマンを思わせるそれに、何故だかホッとしてしまう。
「ゾロ、ありがとう」
「あの状況なら当然の動きだろ。ルフィが無事で、お互い良かったな」
ゾロの言葉に頷けば、ゾロが心配そうに私へと視線を投げかけて来た。なんだろうと思うと、顔色が悪ィなんて言ってるから、私は自嘲的な笑みが浮かぶのを止められなくなる。
「もう、大丈夫よ。ありがとう」
ゾロは細く息を吐いて、苦笑を浮かべつつも何かを言おうとしたらしく唇が開かれた。その瞬間、ルフィが帰って来てゾロはそのまま自然と口を閉ざしてしまう。
ゾロが何を言おうとしていたのかは分からないけど、とりあえず帰ってきたルフィに差し出された飲み物を手に、それぞれが少し水分補給をする。
「ありがとう、ルフィ」
「ん?元々今回のは、俺のせいだろ。顔色悪かったから、何か飲んだ方がいいと思ってよ」
ルフィなのに気遣えるとか……偽物ですか?
「ナミお前、今シッケーな事考えただろ?お前考えてる事結構顔に出てるから、気をつけろよ?」
そんな事、初めて言われた。私ポーカーフェイス得意なつもりだったのに。
「ルフィ、安心しろ。ナミのそれは身内限定だ」
「そうなのか?」
「気を許すと嘘つけなくなるみてェだな。だから、そのままにさせとけ。そうしねェと、体調悪くても倒れるまで誰にも分からなくなるぞ」
「……そっか、それならこのままでいいな」
なんか、さり気なくディスられてる気がするのは気の所為ですか?
でも確かに飲み物を口にしたら、色々と落ち着いた気がしたのだから、偽物疑惑を抱くより先にルフィには感謝しないといけないわよねなんて考える。私が落ち着くのを待って、2人は歩き出すからその無言の優しさに自然と顔が綻ぶのが分かる。
そうして町を闊歩していれば、今度は格闘チャンピオンとやらが暴れていて、そのチャンピオンの単語に反応する2人を軽くしばいて先へ進む。今はまだ、戦うにはリスクが大き過ぎるんだってば。
そうしている内に辿り着いたのは、妙に静かでいかにも別荘地と言う雰囲気の場所だった。本当に静かで、町の喧騒も届かないこの場所はそれなりにお値段もするだろうと分かる。
メリーと言う安全な寝場所があるのに、こんな所に泊まったりする予定は無いけど、静かな雰囲気に少し気持ちが落ち着くような気がした。そこへ人が慌てた様子で駆けてくるのが見える。
「こちらは貸切となっておりまして……」
話を聞けばどうやらここは現在海賊団の1つが、貸し切ってるらしいと分かる。だからその海賊団に見つかる前に出て行って欲しいと言われれば、揉め事を進んで起こす気もないので素直にその場を後にしようと2人を促す。
それにしても、だからこそこんなに静かだったのね。海賊がそれだけの金を自由にできるとか、関わってもいい事は無さそうね。
それとも金銭的な所でもドフラミンゴから援助が来てるのかしら?
その時軽い感じの男と、そのツレの女が姿を見せた。そいつ等は私達3人を小馬鹿にして笑ってから、明らかなる施しを投げ寄越したのだ。
それに対してくれるのならば貰おうみたいな様子でルフィがお金を拾おうとするけど、そんな事は許さない。未来の海賊王たる男が、こんなにもプライドが無くて許されるのかっ!
それよりも何よりも、私のプライドがそれを許さない。あんた達程度の奴らに、笑われる謂れはないのよっ!
ルフィを引きずってその場を後にすれば、後方から笑い声が響いた。ここは本当に嫌な島だわと再認識して、この先何が起きるか分からないからと気を引締め直す。
それからルフィを解放しつつ、情報を集める為に酒場に行こうかと提案すればゾロは酒と呟いて瞳を輝かせるし、ルフィもお腹がすいていたのか1も2もなく賛成してくれた。それから町に戻り、大きめの酒場を見付けて中に入ると、ルフィは1目散にカウンターへと向かう。
ルフィは食事と飲み物を注文して、その横1つ空けてゾロが酒を注文しつつ私を手招く。空けられているのが私の為だと分かるので、私もそちらへ近付いて、冷たいお茶をと頼んで酒場の様子を伺う。
余り質の良い客層では無いから、ここで歌ったりして儲ける事は難しいかなと思う。それでも、情報だけは集めなくてはと隣で食事が出るのを今か今かと待つルフィを眺めながら思う。
とりあえず水分補給をしつつクールダウンする私に、ルフィは妙に楽しそうに笑うと手を伸ばして来た。そして自然な事であるかのように、私の髪を自らの指に巻き付ける。
それから当然のようにその髪に口付けを落として、何事も無かったかのように髪から手を離すのだ。だからどうしたらいいのか分からなくなって赤面した私は、きっと悪くない筈よ。