階段の上にいるのは、怪しげなサングラスをした、派手な男。指にはこれでもかと指輪をしていて、成金趣味なのがよく分かる。
背後の丁半で用いられているサイコロを隠すアミ……じゃないから、鐘?いや、それも違うか。とりあえずそれの中に人が隠れてってのも無理だから、これは完全な運のもの。
でも、この世界には悪魔の実の能力者がいる。そうなれば、ここまで莫大な利益を上げるには、何かしらのカラクリがある筈。
私がそんな事を考えている間にも、自己紹介をするギルド・テゾーロにルフィはカジノ王だと気付く。なのに、自分は海賊王になる男だと宣言するのだから、惚れ直したくもなるというもの。
その言葉を疑う仲間は既に一人として存在しないけど、それでもこんな時は子供なんだなと思う。ルフィから放たれた少年らしいその言い分に、腹を立てるでも微笑ましそうに見るでもなく、テゾーロは光栄だと笑いながら勝負を持ち掛けてきた。
これは奇異な事よ。嫌がるか、可愛く思うかのどちらかに別れるのが本来だから。
そうなれば自動的に、今テゾーロが見せているのは仮面でしかない事を意味している。だからこそ私は、その返事をルフィがする前に前に出た。
「勝負!?」
「なら、その前に借りがあるのは気持ち悪いから……精算してくれない?」
ルフィに返事なんてさせない。言質は取らせないわ。
そう思って庇うように立つ私を同じ高さでも見下ろす筈の身長がある男が、階段の上から見下すようにして鼻で笑う。それは僅かな時だったけど、そっちが本音かと嫌でもわかる。
「……これは、興ざめな話ですね。今ある全部のコインを掛けるくらいするのが、勝負としては楽しいでしょう」
「私は、皆が遊ぶのは許すけど……それは誰かに迷惑をかけない範囲でと言い聞かせてるの」
「船長さんの言葉よりも、お嬢さんの言葉に頷く理由は無いかと思いますが?」
「ナミが言うなら俺はそれでいいぞ。ナミのこういう時の判断は、間違った事ねェんだ」
ルフィが割って入る。その言葉がどれ程私の気持ちを掻き乱すか、絶対分かってない。
けれども、それを受けてニッコリと笑ったテゾーロはそれを受け入れた。抵抗を見せないそれが、寧ろ寒気を呼ぶ。
「テゾーロ様とルフィ様がそう仰るのでしたら、清算させていただきますわ」
そうして精算しに消えたバカラさんを待つ間に、白スーツのスタッフが姿を見せて、その色合いに背筋を冷たいものが走った。つまり……これは間違いなく、このスタッフの中に私達を入れようとしてると分かるから。
金が自分達の色であるから、それなりに纏いつつ他は好きな色の物を着せる。でも、使っている人間はそれと分かるように、色を統一するのはある意味当然。
恐らく仕事の内容か、その人物のランクに合わせて服の色を変えてるんだわ。だとするなら、あの子供達が白を着ていたのも、納得出来てしまう。
「何かありましたか?……ただお待たせするのも良くありませんので、皆さんお酒でも如何でしょう?」
数人いた白服の彼等は、それぞれが種類の違うお酒の乗ったワゴンを押してる。私が警戒してる間にも、テゾーロはお金は気になさらずにどうぞなんて言いながら提供してくるから、皆がそれに手を伸ばす。
それぞれがコーラが良いとか、辛口が良いとか、イチゴジュース飲みたいとか、そんな我儘を言いながら手を伸ばすそれは何も違和感なんてない。なのに、寒気が止まらないの。
思わず自分を抱きしめるようにしてしまう。そんな私を気遣うように、サンジ君が声を掛けてきた。
「ナミさん?」
「なんでも、ないわ……。心配かけて、ごめんね、サンジ君」
笑いかけると、サンジ君が少し警戒するように辺りを確認してくれる。でも、多分何も分かりはしない。
この空気を理解できるようになるには、皆はまだ経験不足。私は……実力も足りないのに、どうして理解だけできてしまうんだろう。
私は、海賊とのそれに慣れてるだけのつもりでいたのに。そんな事を考えていたら、テゾーロから声を掛けられていた。
「そう言えば、皆様が遊ぶ為のお金については、制限があったのですか?」
「……そうね。あるわ」
「それは、おいくらまでですか?……いやなに、単なる興味ですよ」
警戒心を解すような優しげな声と、人の良さそうな笑顔。でも、それに惑わされる事が私には出来ない。
だからって、警戒してますって見せる訳にもいない事も分かってるのよ。だから私はあえて、艶のある笑みを浮かべる。
「……私一人で、取り返せる額まで、よ」
「それは……」
「ディーラーの動きを少し見物していれば、ルーレットで私が負ける事は無いの。噂話程度には、聞いた事位あるでしょ?」
意識して色気を振りまきながら、クスクスと笑う。それにまさか……と小さく呟くから、頷いてあげた。
もう、ドフィにバレてるしシャンクスも知ってるから、少なくともビッグ・マム海賊団には知られてる筈。そうなれば、カジノ関係を経営していて知らないなんて事は考えにくいわ。
「そう。私は〝カジノの女帝〟や〝女神に愛されし者〟と呼ばれてるわ。……甚だ不本意だけどね」
「まさか、お目にかかれるとは思わなかった。その上これ程歳若いお嬢さんだとも……考えては居なかったが、納得はできる」
そう言って僅かに、その人の良い笑みを崩した。彼は相当な過去を持つのだろうと、その僅かな隙から感じ取らせてくる。
厄介だわ。単なる悪人ではないし、恨みも何も無い相手と私がまともに戦える気がしない。
そんな事を考えながら、雑談の中に腹の探り合いをジョブのように混ぜ込んで行く。それを華麗に躱しつつ、軽い宴会のような空気にしてしまうその巧みな話術には瞠目させられるばかり。
そんな時にバカラさんが帰ってくる。そして、当然のように残りの分をチップで返して来た。
渡されたのは四億千万ベリー。それを確認して、ルフィに全てを託す。
「ルフィの判断に任せるわ」
「ん?
「うん。任せるわね」
ルフィはシマリスやハムスターを思わせる勢いで食事をしていて、本当に愛らしい。しらほしが頬を突っついたのも、わかる気がするわ。
あ、口周りがソースで汚れてる。折角白いの着てるのに、勿体ないわね。
そう思って拭えばルフィが首を傾げた。どうやら、口の周りが汚れてるのに気付いてなかったらしい。
「……いつも思うけど、なんでナミにはルフィのあれが通じるんだ?」
「チョッパー、この海は不思議で満ちてるのよ」
「ナミは海だったのか!?」
チョッパーとロビンの変な会話が聞こえて来たけど、今は無視しておく。そうしていたら、今度はテゾーロが笑って妙な提案をして来た。
その様子が明らかに余裕があるのも、疑わしい。でも、ここで疑わしいから話はお終いです!とも言えないのが厄介よね。
「折角ですから、こういうルールはどうです?貴方が勝ったら、特別に掛け金の10倍をお返ししましょう」
流石に言葉を失う私と、黙って様子を見てるルフィ。そして、動揺する仲間達。
……今回は相手が、悪いわ。まともにやり合うとしたら、私かロビンにしか勝ち目がない気がする。
でもそうなると今度は、戦闘能力で勝てる気がしない。どうしたらいいのだろう。
人の良さそうな笑顔が胡散臭くて堪らない。でもこれは、私が疑ってかかるから……そして、こういうタイプの人間を見続けて来たからだわ。
「勿論負けても10倍払えとは言いませんよ。私も腐る程金を持ってましてねェ。この位じゃないと、興奮しないのですよ。さあ、どうします?」
「いいぞ!俺は負けねェ!!」
「おい!大丈夫なのか?」
ルフィの返しを受けて、ウソップが不安そうに聞いてくる。でも、私はルフィの決定なら迷わない。
イカサマでもされなければ、ルフィが負けるのは有り得ない。ならばこの勝負で、ルフィが負ける事は無いと断言できるもの。
「今は流れが来てる。私は、ルフィの運を信じる!!」
「よし!!決めた!!全部半!!」
ルフィは私の言葉を受けて笑顔で言い切る。その刹那、バカラさんがクスリと笑いながら手袋を外した。
ゆっくりとルフィへと歩み寄る姿に、私は無意識で床を蹴っていた。彼女が悪魔の実の能力者なのかは知らないけど、嫌な予感しかしない。
「流石はルフィ様。見事なマックスベットでございます。このバカラ、感動致しまし「
咄嗟にルフィに触れそうだったその手を鉄ではなくなった
それはロビンも同じだったらしく、冷静な瞳が真っ直ぐにバカラさんに向けられている。そして、結果が出ればルフィが勝っていた。
「ハッハッ!まさかの演出だ。バカラ……随分と、腕が落ちたんじゃないか?」
「テゾーロ様、申し訳ございません」
「……いや、愉快だ。こんな展開は、想像もしていなかったからね」
「テゾーロ様……」
少し怯えたような顔で、オーナーたるテゾーロを見詰めるバカラさん。私はその様子が不愉快でならない。
バカラさんの能力が何かは知らないけど、やっぱりルフィに何かしようとしてたらしい。つまり、少なくともこのテゾーロは敵だわ。
「バカラでは〝宝玉〟相手はキツかったか」
「……女を働かせて、高みの見物なんかしてるから失敗したのよ。うちの船長に、何しようとしてくれた訳?」
ルフィを傷付けようと言うなら、許さない。そう思って睨むけど、これまで演技でも優しくしてくれていたバカラさんが責められるのは嫌だと思った。
どうにかできないかと考えながら、ルフィとテゾーロの間に立てば、その隙をついてバカラさんがよろめいて……ルフィの肩に触れた。それは、一見すると何も無いように見えて……でも……。
その瞬間、私の方へ向けて次の賭けで使われる筈の鐘が倒れて来た。慌てて避けようとしたけど、足がもつれてしまって逃げ損なってしまう。
そんな私を突き飛ばしたルフィが、代わりに潰されて……。ルフィの上を鐘が転がった。
ルフィの上に倒れただけでなく、ルフィの上を転がるそれに、そんな馬鹿なと思ったのは当然。でも、なんでルフィじゃなくて私に?
「ルフィ!大丈……?」
言葉は最後まで紡げない。だって、下から這い出てきたルフィにお酒の瓶が転がって行き、中身がルフィへとかかってしまうから。
何が起きてるのかと思った直後ルフィがお酒まみれの状態で、私に手を伸ばす。その仕草に首を傾げて、そう言えば私を支えてくれた誰かがいたんだったと振り向くと、それはテゾーロだった。
驚く私の腰を抱いて、簡単に抑え込まれてしまえば慌ててしまうのも当然。助けてくれたとか、支えてくれたとはどうしても思えない。
「離してっ!」
「……確かに、これは抱き心地がいいな」
「何言ってんのよ!?」
「ドフラミンゴが溺れたと言うから、どんなものかと思ったが……あの男の急所と言うだけではなかったようだな」
意味がわからない。何が起きてこんな事になってるの?
混乱して皆に視線を向ければ、皆も驚いて下手に動けなくなってるのがわかる。そんな中でロビンだけが、真っ直ぐにバカラさんを睨み付けていた。
「あなた……能力者ね」
「ええ、そう。私は〝ラキラキの実〟の能力者。触れた人間の運気を吸い取る事ができますの」
「運気を!?」
ロビンの言葉に悪びれも無く答えたバカラさんが、黒い笑みを浮かべる。それに思わず声を出したけど、でも納得は出来ない。
運気なんてものは目に見える物でも、感じ取れる物でもない。確証がある訳でもないものを奪ったりなんて……できるものなの?
それはウソップも同じだったみたい。でも、それは当然。
見えないし感じないからと、空気が存在しない訳じゃない。それと同じ理屈で、可能性はあるのだろうけど……。
「じゃあ、ルフィの!?でもよ、ならなんでさっきから不幸に見舞われてんのがナミ何だよ!?」
「そりゃあ、ルフィにとっての不幸がナミを他の男に触れさせる事だからだろうよ。俺もロビンがそうなりゃ、不愉快にもなるし絶望もする」
フランキーの言葉に、成程と思うのと同時に顔が赤くなる。ルフィに、そこまで想われてるのだと実感できてしまったから。
でも、ルフィはお酒を振り払うようにしてから、不思議そうにした。首を傾げるルフィは可愛いけど、決して普通ではないと思うの。
お酒被ったり、鐘に潰されたり、普段なら有り得ないじゃない。なのに、そう思って溜息を落としたら今度は、ルフィがお腹を押さえた。
「うっ……!?なんだこれ!?」
俯くルフィの顔が、僅かに青く見えた。慌てて駆け寄ろうにも、テゾーロに抑えられてて近付けない。
身長差の為に、足が地につかないから抵抗してるのも子供の癇癪みたいになってしまう。でも、ルフィへと手を伸ばしたりしてみるけど、当然伸びない私の腕が届く訳もないのだ。
「離してよ!」
「……まだ、このショーを楽しませて貰いたいものでね。つまり、離す予定はない」
「巫山戯な「ハ……ハ……ハラが、いてェ!?」え!?」
ルフィがお腹が痛いなんて、そんな馬鹿な。だって、ルフィよ!?
それは皆も同じ意見らしくて、まさかとか、ルフィがとか、嘘だろとか色々聞こえる。つまり、それだけ有り得ない事なのだ。
そもそも根底からおかしい。ルフィは、病気になった経験すらないのに、お腹が痛くなるなんて有り得ないじゃないのよ!!
子供の頃から細菌まみれの中で平然と生きてきたから、そんじょそこらの細菌にルフィがやられる訳もない。私が目を離してる隙にガープさんから変な茸を食べさせられたりもしてたと聞いてるから、耐性は十分過ぎる程にあるのよ。
それの影響か、本来ならば数分持たずして死に至る猛毒を受けてさえ生き残る男が、突然の腹痛ならこれはもう運なんて話は超えているだろう。ならばこれで奪われた運は回復したのかと思っていたら、痛みから足が前に出た瞬間にバナナの皮を踏んで転ぶと言うベタな展開が続く。
「ルフィっ!!」
そのまま壁に激突して、それでもまだ腹痛により苦しむルフィの姿を見れば冷静でなんて居られない。力では敵わなくても、逃げるくらいならできる。
身を翻すようにして動き、ルフィの元へ行こうとした時、それを遮るように目の前に突如現れた壁抜けの男。それに動揺してる間にテゾーロに腕を掴まれてしまえば、抵抗する隙もなくそのままその胸に抱きしめられてしまう。
「お前達がドフラミンゴを片付けてくれたお掛けで、色々な面で不都合が生じている。……その分、働いてもらおうか」
「何言ってんのよ、海賊が戦って負けただけの話。私達に因縁つけるのは辞めて貰いたいわ。そもそも人を陥れておいて、働けなんて……何様のつもりよ!!」
私の言葉を受けて可笑しそうに笑ったテゾーロとその仲間達は、挑発するように動く。舞台の上で演じる役者のように大仰に、分かりやすく挑発されれば不愉快にならない方が可笑しい。
「するるるる……!何様?」
「お前達に1つ教えてやろう!」
「フフ……この街の絶対ルールを」
「ここでは騙された人間は!!敗者なのだよ!!」
顔のデカい壁抜けから始まり、M男、バカラさん、そして最後にテゾーロが言葉を告げる。それは苛立ちを呼ぶばかりで、けれども今の私には解決策も打開策も見つからない。
お金は増やされたのに、ルフィは苦しめられて私は囚われている。これ以上関わりたくもないのに、目的を達成していない為に逃げる事も何も出来ない私達は、彼等の用意した舞台の上で、滑稽な演出に参加させられようとしていた。