この男が私達に何を望んでいるのか、それが分からない。本来であれば私達に借金を背負わせようとしていたのだろうけど、それが失敗した為に現在私が囚われているのだろう。
そうまでして、私達に何をさせたいのか。服だけならば、明らかに従業員のそれとカラーが同じなので、VIP対応をさせたいのだろうけれど。
手間暇を考えたら、私達に拘る理由が見えない。そうなると、何を望んでるのかが本当に分からないのよね。
警戒しながら言葉を待てば、テゾーロはにんまりと笑う。どうにも反応しにくい。
「こちらの損害を返して頂きたい。それだけの話だよ」
「……いくら欲しいの?それとも、さっきお金はいいと言ったばかりなのだし、求めてるのは別な物かしら?」
「そう、お金は有り余ってます。なので、皆様に先程のお金もしっかりとお支払いしますし、返せとも言いませんよ。……ただ、働いて欲しいと言うだけです」
「働く?海賊に……?」
小馬鹿にするように笑ってやれば、少しばかり不愉快そうに眉を寄せた。つまり、効果はあったと言う事。
でも、私達に働けと言うなんて……。様子を見るにあたっては、人手不足って訳でもなさそうなのに、どうして?
「この街で働いている連中は、カジノで負けて借金まみれの奴隷だよ。君達は損害賠償として……だがね。勿論その中には政府要人や海賊も多く含まれる」
「なら、働く場所もそっちで用意してるって訳ね。私達に何をさせたいの?」
「なあに、簡単な事だ。宝玉が舞台の上で、可愛らしく
その言葉を聞いた瞬間、皆が殺気立った。その理由がよく分からなくて、小首を傾げたけど説明してくれる人は皆無な様子である。
私は確かに表舞台に立たないから、希少価値はあるだろうけど……本人であると証明するのも大変だと思う。あ、先に手配書を公開したら良いのかな。
でも、私が舞台でってよりも、私の未発表曲を誰かが演奏した方がいいんじゃないかな。うん、プロが演奏したり歌ったりした方が集客できるわよ。
「歌……なら、私よりソウルキングであるブルックの方が良いんじゃないの?」
「……ナミさんは、少し黙っててください」
ブルックが何故かそんな事を言うけど、他も何故か頷くから何なんだと素直に思う。ゾロは気を取り直したかのように、おもしれェと言い、サンジ君はやれるもんならやってみやがれと挑発する。
けれどもバカラさんがわざとらしく転んで見せれば、サンジ君は簡単に嵌められて運を奪い取られる。そうなれば煙草の火が服に燃え移り、バナナの皮で転ぶと言う情けない事になってしまった。
それとほぼ同時に、ウソップ、チョッパー、ロビンの三人の前には、するるるると笑う顔の大きな男が立ち塞がり、翻弄されてしまう。フランキーとM男だけはまともな戦いの様子を見せるけど、相手がM男だからフランキーも押され気味。
その状況の中でゾロがテゾーロに立ち向かった。私に視線で動くなと告げるけど、それって私を巻き込まない自信があるって思っていいのかな?
「俺がやる!」
「ん~?」
「喧嘩は親分を倒すのが一番早ェ」
「ほう……面白い事を言う……。私に勝つつもりか?この街で」
「造作もねェ」
テゾーロの言葉に引っ掛かりを覚える。でもその正体が掴めないまま、ゾロが挑み掛かり……そして、足が金に変わるのを見てしまう。
なのに、ゾロはその足を止める事無く挑みかかる。戦う為にテゾーロが手を離したから、私はその隙に少し距離を置いたけど、ゾロはその全身を目の前で金色に変色させて行く。
「ゾロ!?」
慌てた様子でチョッパーが駆け寄ろうとすると、ゾロが低く怒鳴った。それは、仲間を守る為のもの。
ルフィとサンジ君が戦えない今、戦闘においての指揮権はゾロにある。それは海賊王となる男とその両翼であると、皆が認識してるからに他ならない。
「お前ら!動くな!!」
「勘が良いな……」
ゾロは皆を守ろうとしているし、皆は状況把握をしようと必死でいる。私も頭だけがフル回転してるのを感じるけど、回転しすぎて思考が定まらない。
使えない情報が多過ぎる。……違う、どれが必要な情報なのか判断できないでいるんだわ。
「くっ……」
「動けば全員黄金の彫像になっていた」
「……何の能力だ!」
秘め事を告げるように、ゾロを揶揄する為に顔を近付けて言うそれ。ゾロはその様子と身動きのできない現状に、苛立ちを隠さずに問い掛ける。
それに大仰に両手を広げて笑うテゾーロ。その仕草が妙にアーロンと重なって見えたのは、私の心が荒んでるからかな。
「金だよ。私は〝ゴルゴルの実〟の能力者。私は一度触れた金は自在に操れる!」
「えっ!?」
「くっ……。ゾロに、何したんだ!!」
チョッパーが驚きを見せて、ルフィは床に潰れたまま怒鳴る。怒りは限界を超えてるのに、何も出来ない現実はルフィの心を大きく揺さぶってる事だろう。
何の為の二年だったのか。大切なものを全て、失わない為に得た筈の力が全く通用しない現実。
どうしたら、打開できる?
何が原因でゾロが金になってるのよ。ゾロが身に付けてる金はピアスだけで、それにテゾーロは触れてない。
「この街に入る時に、金粉を浴びただろう?」
私の脳内での疑問が知られてる筈も無いのに、答えてくる。それは私へと試すような視線を向けながら語られてるから、私に聞かせたいんだとわかってしまう。
……そんなに、私の歌に価値があるとは思えない。知名度を考えたら、明らかにブルックの方が……。
なら、なんで私を舞台に立たせたいの?
でも、この様子だと自分の想定通りの動きをしなければ、許す気は無いのだろう。……テゾーロが本当にやりたい事って何なのかな。
「あの時、私の力が込められた金を身体に染み込ませたんだよ」
……金が、雪のように降っていたのを思い出す。ゾロはそんな中で寝ていて全身が金に塗れていたわ。
でも、それなら私は自由に動ける。私は、あの時金を偶然にも浴びなかったもの。
これは、使える筈。表面的な物なら、クリマタクトから水を作り出せば落とせ……だめ、よ。
普通の水で落とせるなら、お風呂で落とせた筈。皆だってお風呂に入ったりしてたのに無意味だったって事は、ただの水では洗い流せないんだわ。
だとするなら、今はまだ解決策がない。そう思って様子を見ていたら、突然テゾーロが動いた。
「この街に入った時点で、もう私の支配下にあるのさ。全ての人間がなァ!!」
そう言ってテゾーロがゾロを蹴り倒して、踏み付ける。その瞬間、私は何も考えないままに駆け出していた。
クリマタクトで対応できないなら、短剣が有効となる。これは、海楼石だから能力者にも有効だもの。
必要なのは、素早さと見聞色の覇気。それなら私にもできるわ。
私が突然斬りかかった事に驚いたのはテゾーロ達だけじゃない。でも、誰も止めようとはしなかった。
テゾーロ達は無駄と思ったのだろう。そして、仲間達は私の行動を信じてくれてるのだとわかるの。
ゾロの生命は、奪わせない。仲間を、大切な人を二度と喪ってたまるもんですかっ!
鉄扇を左手に持って、襲い掛かる金を弾いて真っ直ぐに突っ込む。その動きにテゾーロは、驚愕をその表情に宿した。
「何故、金にならないっ!?」
迷い無くその身体を切り裂こうとしたけど、肩を僅かに斬るのに成功しただけ。深傷を負わせる事は出来なかった。
それでもゾロから離れて数歩下がったのは僥倖。ゾロを踏み付けていたその足は、斬り捨ててやりたい。
「……私は、金を浴びてないわ。たまたま、船内にいたのよ、その時」
「まさか……そんな事が……」
「そんな事より……うちのクルーに、何してくれてんのよ。そんな足、いらないわね?」
「……あ、やべェ。ナミが半分キレてる」
背後でルフィが何か呟いたけど、それを聞く余裕は無い。頭が妙に冴えている。
感情が失われていくのを感じながら、短剣でその足を狙い攻撃を仕掛ける。当然それは本気の抵抗を見せられて簡単にはいかないけど……ゾロを踏んだその足は、切断されて然るべきよ。
その時、私とテゾーロの間を短剣が通った。それを躱すために距離を取り短剣を投げた犯人へと標的を移動させようとして、動きを止めてしまう。
だって、それは間違いなく……。気になってた、無事なのかと、ずっと……。
「動かないで!!」
その声が、確信を抱かせる。泣いては、駄目。
誰に悟らせても、駄目だわ。ここは、退くしか無い。
大丈夫、話すチャンスは必ず来る。その時に、あの日の事も含めて話したいと思う。
「……分かったわ。テゾーロ、貴方の言い分を聞かせて」
「え!?おい!ナミ!?」
ウソップが動揺してるけど、ここはこれしかない。カリーナは間違い無く、私達を守ろうとしてるから。
確かに今戦っても、能力を使ってゾロの呼吸を止められたらアウト。私はそれでは結局戦いになんてならなくなるわ。
「ただの見世物では、つまらないな。……これ程の女なら、使い勝手も多いだろう」
「……それは、オススメしねェな」
その時突然割って入った声に驚いて視線を向ければ、死神もビックリな真っ黒の衣装で悠然と歩いて来る男が居た。余裕の顔で、ある程度の距離を保って足を止めたのは、クロコダイル。
「ソレは、俺の女だ」
「……何だと?」
「少し前に、新聞にも出ただろう。俺は女を閉じ込めるのでは無く、見聞を広げさせる為に自由にさせている。その間に勘違いした野郎共が多くて……困っちまったがな」
そう言って葉巻の灰を無造作に落とす。その様子を見ていたバカラが叫ぶように言った。
「先程宝玉は、麦藁のルフィを私の男と言ったわ!」
「……フッ……だから何だ」
「なっ……!?」
「ソレは俺の女だが、ソレがツバメを何人抱えていようと気にする必要は無いだろう。俺に翻弄されるばかりでは、経験を積めずただの愛玩人形にしかなれねェだろうが」
クロコダイルの言葉に、テゾーロは肩から力を抜いた。そして、人の良さそうな顔で笑ったのだから大したもの。
何よりも何処から聞いていたのか、ハッタリばかりのそれが妙に堂々としてるから、誰も疑わない。……私は、バカラの言葉で心臓がバクバクしてたのを隠すのだけで、精一杯だったのに。
「それでしたら、宝玉はお返ししましょう。代わりに、公開処刑を行うしかありませんな。三億二千万の首で、ここは手を打ちましょう」
「待って!!お金なら払うわ!それで、充分でしょう!?」
借りたお金の総額は確かに、ゾロの懸賞金と重なる。つまりは、最初からゾロが狙いだったんだわ。
ゾロの弱点が、ルフィと私であると初めから踏んでたのね。そうでなければこの流れは有り得ない。
「観客を沸かせるショーが必要だと、言っただろう。金なんざ腐る程あるんだよ」
「なら!私がステージで歌うわ!!表に立って歌声を披露した事のない〝宝玉〟の生歌よ。公開処刑よりも価値はある!!」
「……良いだろう。なら、すぐ披露できるか」
ずっと歌えと言っていたから使えるとは思ったけど、間違いではなかった。そう内心で息を吐き出してから頷く。
するとクロコダイルが、呆れを全開にしたら顔で私を見た。どうしたのかな?
「……カジノ王〝新曲〟と〝現曲〟と〝未公開曲〟のどれかしか、選ばせねェぞ」
「ん?……まさか、通じてない、のか?」
「そっちの教育はしてねェもんでな。純粋さを残してる方が、反応が楽しめる」
クロコダイルがそう言ったと思ったら、強く腰を抱かれてその胸に抱き締められる。前も、こうして助けられたけど、何でこの人は私を助けてくれるんだろう。
というか、他にどんな曲があるのかな。カバー曲をって事なのかな?
……それこそ、ブルックの方が良くない?
「ナミに、触んなっ!!」
ルフィの声が私を正気に戻す。けどクハハと笑ったクロコダイルは、話し合いとショーは明日だと告げて部屋を用意しろと告げる。
それによりゾロを含めた皆が休む為の大部屋と、私とクロコダイルが使う部屋が即座に用意された。でも私は皆の部屋に行きたくて駆け出そうとしたけど、身長差を利用されてクロコダイルに持ち上げられてしまえば抵抗は難しい。
「馬鹿か。合わせとけ……仲間を守りたいんだろ」
耳打ちされたそれに息を飲み、私は皆に視線で告げる。大丈夫だよと。
それを受けてお腹を抱えたルフィと、災難に見舞われ続けるサンジ君と、金にコーティングされて身動きの取れなくなったゾロを連れて皆が部屋へと運ばれていく。その背を見送ってから、私はクロコダイルに甘えるように腕を伸ばす。
「……遅いのよ」
「ん?」
「ちゃんと構ってくれないと、帰ってあげないわよ」
「……それは困るな。今夜は、構ってやるから拗ねるんじゃねェよ」
「それでは、また明日……ビジネスの話をしましょうか。サー・クロコダイル」
「ああ、今夜はもう邪魔してくれるなよ」
そう言ったクロコダイルの首に強く抱きつけば、指先でそっと私の髪を梳くように撫でてくる。その手が妙に官能的で、慣れてるわね……と思う。
それにしても、何とか今すぐに舞台という流れはなくなったらしい。でも確かに、それは集客を考えると無謀だものね。
そのまま運ばれる形で用意された部屋に入ると、ソファに降ろされた。それにホッと息を吐き出せば、クロコダイルの声が降って来る。
「……何か呑むか」
「え?」
「汗、かいたようだからな」
「……見てた、の?」
「戦場にいた時より、無駄が減ったな。だが、甘さも増したようだ」
その短い言葉で、肩が震える。どうして、クロコダイルの評価がこんなにも怖いんだろう。
感情を見せないクロコダイルの瞳が、なのに何故か危害を加えないと判断してる自分に気付く。数回助けられたからって、そんな簡単に信じたら駄目だと思うのに、ビビを苦しめた男なのに……信じたいと、思ってしまってるのを感じる。
「変な男に好かれる才能と、トラブルに巻き込まれる頻度は世界に誇れるな。……ほら、呑んどけ。……何も仕込まれてねェ」
「そんな才能いらないわよ。……ありがとう」
そっと差し出されたグラスを手にすれば、中に入っていた氷がカラン……と音を立てて崩れた。ウイスキーのロックだと分かれば、この男も普通ではないわねと笑ってしまう。
普通に考えたら、まだ二十歳そこそこの女に出すべきではない。でも、こんな所が有難いと思うのよね。
「ナミ」
「え?」
突然名を呼ばれた事で驚く。すると砂が空中に線を描き、観葉植物へと続いているのに気付いた。
どういう事かと考える意味もない。砂を視線で辿れば、その先には当然のようにに映像電伝虫が設置されている。
音声は届かないタイプね。だとするなら、私とクロコダイルの言葉が事実なのかを見てるって所かな。
「シャワー浴びて来い」
「ちょっと……何言って……」
「疑われれば、金の侵食を進められて終わるぞ」
その言葉に私は仕方なくグラスの中身を飲み干して、テーブルに置くと同時にクロコダイルのシャツを掴んで顔を引き寄せる。そして、触れる程度のキスを贈った。
驚いた顔で私を見たクロコダイルに、艶やかに笑ってシャツを手放してから立ち上がりシャワーを浴びに向かう。脱衣場に到着すると同時に、自己嫌悪で膝を抱えたくなったのは不可抗力だと主張しておく。