私の思考を読める訳もないのに、まるで読めているかのように嫌そうに顔を歪めた二人はある意味で似てる気がする。目的の為なら手段を選ばないところとか、必要に応じて擬態しちゃえる所なんかも。
残酷な海賊らしい生き方を恥じる事もしなければ、誇る事もしない所までも。けれどもその内片方はそんな海賊を取り締まる側であった筈。
そうしてマジマジとハットリ……じゃなくて、その飼い主に視線を向ける。シルクハットをかぶり、ウェーブのかかった黒長髪に鋭い目つき、厚い唇が特徴の長身の男。
ここまでは二年前と変わらないけど、髭が伸び、振り子のような形になっているのは大きな変化。悪魔の実により授かったその能力と本質的に近い性格をしている彼は、唯一違うと言える部分として仲間意識の高さを上げられるだろう。
と言うより、一度仲間として認めた相手には寛大であるが、そこに至るまでは善人も悪人も無関係にただ〝殺してもいい相手〟かどうかだけで動く。前に襲われた時も、恐らくは私が〝殺してはいけない〟存在だったから殺さなかっただけで……本来は食い殺されてたんじゃないかな。
そんな彼についているハットリの可愛いこと。そんな訳で、つい、ハットリを微笑みながら見詰めていたら、ロブ・ルッチの方が声を掛けてきた。
「俺にはまともに視線を寄越さず、ハットリには随分と優しい視線を向けるじゃないか」
「あら、ごめんなさい?……誰だって、可愛いものを愛でたいと思うものでしょう。所で、商談としては私の欲しい物を演奏で用意してくれる……と、考えても宜しいのかしら」
「……それだけの価値があると、分かっていて言うとは随分と性格が悪いな」
「世間の価値なんてどうでもいいんでしょ?貴方にとって大切なのは、世界政府にとってどうなのか……だけだと思ってたわ」
ふふっと笑ってやれば、ルッチは軽く肩を竦めてから手をヒラリと動かした。どうやら会話は終了らしい。
その様子を見てからクロコダイルに視線を向ければ、そっと頷いてドカりとソファに腰を下ろす。そのまま当然のように、電伝虫を用いて人を呼ぶのだから恐ろしい。
どうやら目的は演奏を聞いてる間に摘むものと、呑む為の酒らしいのは会話からわかる。その酒が、ラム酒なのも実に彼らしい。
ラム酒と一言で言っても、ラム系の酒は案外多い。純粋なラム酒と言われる物だけで三種類。
中南米産の物をラムと言うが、中南米から製品化する寸前の物を持ち帰り、最後の仕上げを中南米以外の地で行ったり、原酒を持ち帰り製品化するまでの工程を行ったりする。それによりヘビィ、ミディアム、ライトの3タイプに分かれるのだ。
その他、東南アジアで生産されるラム酒はアラックと呼ばれ、ブラジル産なら良質な物をピンガ、それ以外の製品をカシヤッサと言う。エジプト産だとアラキと呼ばれるが、実はこれが日本で最初に紹介された酒でもある。
その時は漢字で〝
その結果として、ラムの銘酒にラムの名が刻まれているのは物凄く少ない。その中でも豊かな香りと風味が自慢のマイヤーズを頼んでるのを見れば、狡い……!と睨んだのも当然と思って欲しいところ。
その真意が過たず伝わったのか、クロコダイルは呆れたように溜息を落とす。でも、そのラム酒美味しいんだよー!?
「……歌いながらは、呑めねェだろ」
「でも、狡い」
恨めしさを隠さずに、ラム酒のボトルを見詰める。そこまで希少種では無いけど、自分が呑めない時に呑まれるのは嫌だ。
そんな子供みたいな私の思考に気付いて笑うクロコダイルは、妙に大人の色気を垂れ流してる。そこからわざとらしくボトルを開けて軽く揺らし、香りを届けつつフッと笑った。
「後で一本やるから、睨むな。それとも……口移しで、呑ませて欲しいか」
「演奏を開始します!」
「そうか?……残念だ」
絶対冗談だと分かっている上に、有名な海賊の中では比較的若いと知ってるのに妙に有り余ってる謎の色気に負けそうになる。そんな自分の情けなさで、一度は書く事で昇華した筈の思いを思い出してしまう。
そうして気持ちを沈めて行くと、ロブ・ルッチが静かに腰を下ろすのに気付く。それにより、寧ろこの気持ちだからこそ歌えるかなと思って漸く口を開いた。
「パラレルワールド」
この楽曲は、女性が今の彼氏と気になっている相手への気持ちに気が付いた時から、今の彼氏と別れる間だけ存在する世界をパラレルワールドとして表現した作品と言われている。でも、私には少し違う解釈となっているのよね。
男女のどちら視点で歌うかで僅かにアレンジを変えて、同じ歌詞で歌うと言う大冒険をしておきながら、同時公開した勇気ある楽曲でもある為に印象に強く残っていた。そんな事を思い出しながら、音と同時に歌い出す。
「ーーー」
私とロビンの為にある筈の女部屋に、いつの間にかルフィとフランキーの物が増えている。それを全て処分して、それに彼が怒って、女部屋に泊まりに来なくなるとしても……もういいかな。
私がもう無理と言っても辞めてくれなくて、でも、私がベッドから離れると起きちゃうくらいには繊細な二人は何処か似ていて、寝ている姿を見るとどちらも愛しいの。朝動けなくて、怒ってる私に洗面台から顔を覗かせて、甘えるように許しを請うその姿を思い出しては胸が痛くなる。
「ーーー」
嗚呼、どうして……好きになってしまったの。二人同時に好きになるなんて、そんなの……裏切り以外のなんだって言うのよ。
「ーーー」
愛してるとか言って微笑んでた自分が幻より曖昧で、なのに現実だけが私の目の前には広がっている。ただこの気持ちが、ふたつに別れてしまいそう。
壊れてしまいそうだよ。どうして、私は2人いないのに、2人を同時に愛したのかな?
パラレルワールドが存在してくれるなら、どちらかを想う私がここから消えてくれたら良いのに。そうしたら、どちらも傷付けないで済むんじゃないかな。
「ーーー」
おやすみだなんて言いながら、笑う資格はもうないよね。毎日してた何気ない自分の癖が、彼に影響されたものだと気付いて泣きたくなるの。
甘え上手な二人は、いつも本当は私なんていなくても生きられるのよ。誰よりも強くて、優しくて、残酷な程に似た輝きを持っている。
「ーーー」
嗚呼どうして……といくら己に問い掛けても、好きになってしまった現実は変わらない。もう、無理なのよ、私は二人に分裂なんてできないの。
「ーーー」
恋してる期間なんて幻みたいに短くて、私は最初から二人を違う形で、なのに、同じ強さで愛してた。こんな事が現実なら、消えちゃえたら楽になれるのかな。
二人が好きだとか、パラレルワールドも無いのに、どうしたらいいの。ふたつに分かれられないから、心が壊れていくよ。
「ーーー」
君と笑い合ったなら、貴方の胸に飛び込んだら……。そんな風に天秤にかけてる自分が嫌い。
性格も、その手も、顔も、声も、何もかも、全く違うのに……似過ぎてる二人。それぞれ違う人なのに、違う形で愛してるのに、別人だと認めたくないの。
「ーーー」
愛とか恋とか、見えない感情は幻みたいなものなのに、どうして消えてくれないんだろう。一人の方がマシだなんて、思いたくもないのに、思ってしまう程に追い詰められてる。
またこの気持ちが、パラレルワールドを利用してふたつに分かれてくれたらいいのに、分かれてくれないから、壊れそうなの。……壊れたいよ。
「ーーー」
恋とか愛とか、ずっと知らなかったから。向き合い方さえ分からない。
今この気持ちが、ふたつに分かれてる。なのに、だから、私のは自分の気持ちがわからないの……。
歌い終えて、そっと演奏だけ続ける。感情を感じ取らせるような歌い方はしてもいいけど、込めすぎてはいけないと知っているのにそれを直せない。
本来いつも同じ強さで感情を込められないから、感情を込めるような歌い方はしてはいけないのだ。分かってるけど、私は気持ちを乗せないと歌えないの。
演奏を終えて二人に向き直る。脳裏に黒髪と赤髪の愛しい人達がチラつくけど、それを振り払って目の前の二人へと笑みを向けた。
「……お前らしい歌だな」
「え?」
妙に冷静な声と視線が私に遠慮無く向けられる。それが不快という訳でもないけど、何だか逃げた異様な衝動を感じてしまった。
けど逃げる訳にはいかないから、だから私は静かに息を吐き出す。気持ちを落ち着けるのを待ってたかのように、ルッチは言葉を続ける。
「宝玉という正体不明の存在が出していると思えば、謎でしかないが……お前と言う存在を知っていれば、心が壊れそうな程に心を揺らしているのだと理解できる」
ロブ・ルッチはそう言うとニヒルに笑う。目の前に強敵が居て、それと戦い終えた時は殺して終わる事が許されてる時みたいな愉悦の混ざったそれは、私の背中を冷たいものが走る要因にしかならないけど。
無意識で後退った先には、閉じ忘れていた鍵盤があって、触れてしまえば物凄い音が響くばかり。そんな私の様子に肩を震わせるけど、実力よりもその凶暴性の高さに対して怯えて何が悪いと言うのか。
誰がなんと言おうと、私は麦藁の一味基準で見たらか弱いし、世間的に見たら、ただの美少女航海士なのよ。戦闘向きな要素なんてどこにも無いわ。
そう思ったら真っ直ぐに立てるようになって、鍵盤から離れれば五月蝿さは消える。そして、目の前で我関せずに酒を呑む男に歩み寄りそれを奪い取り口にすれば、冗談じゃなくて美味しい。
「……美味しい」
「奪って呑む必要は無かっただろ」
「あら?……お嫌い?」
にっこり笑えばクロコダイルはニヤリと笑って、それだけで何も答えなかった。そんな私達の様子にロブ・ルッチはそれで?と声を掛けてくる。
どうやら、私の求める物を用意してくれるつもりはあるらしい。それなら話は早い。
「欲しいのは薬よ。用意して」
「薬の名前は」
「これよ」
先に書いておいたリストを見せれば、小さく笑って頷いた。どうやら理解したらしい。
この男は、船大工として潜入してた時も必要以上に目立つ事で、逆に目立たない存在になってた事を思えば医学の知識や薬学知識を持っていても、おかしいとは思えない。このロブ・ルッチという男は、決して脳筋では無いのだ。
「確かにこれは、俺に頼むしか無かっただろうな」
「いつ、渡してくれるの?」
「……その強気な所が、泣かせたくなる理由かもしれないと、考えないのか」
「他の男もいるところで?」
怯えれば調子づかせるだけ。そんなのはもう、分かってる。
だからこそあえて、レイリーに教わった余裕のある、妖艶な女の笑みで翻弄すればいい。それでも手を出そうとするなら……。
そう思った時、腕が腰に回されてグイッと引き寄せられる。その時、咄嗟に腰から抜いた鉄扇で胸元に延びてきた手を叩けば当然のように怯む。
この場にいるのはどちらも、悪魔の実の能力者。ならばこの、鉄ではなくなった鉄扇がどうしたって威力を発揮するもの。
「気安く、触らないで」
目を細めて見据えれば、何故かロブ・ルッチだけでなくクロコダイルまでもが息を飲むのが分かった。それから二人は同時に肩を揺らして、海賊を思わせる悪人面で笑う。
その様子に何なのこいつらと、少し引いたのは当然。でも、強気に、優雅に、妖艶に、それを意識してふわりと笑い返してやればそれだけで何かを言われる事は無くなった。
そのまま三竦みの様相で微笑みを浮かべあっていると、ドアをノックする音が聞こえて来た。二人の視線が私の背後に位置する扉に向かい、私は目の前の二人に背を向ける気になれずに仕方なく見聞色の覇気で様子を伺う。
ノックは何の為にしたのか、そう問いたくなるほど自然に開かれた扉。そこには今回この部屋に来た諸悪の根源がいる様子で、それが分かれば振り向く気にもならない。
「ご機嫌は如何ですか?宝玉先生」
「……最悪よ」
「それは残念です。サー・クロコダイル氏のお連れ様であると存じていれば、宝玉先生の玩具に手を出したりは致しませんでしたのに」
「玩具……?」
その言葉に首だけ動かして横目に睨む。すると何故かその巨体が動きを止めた。
妙に長い沈黙。それから、絞り出すように少し震えた声が紡がれる。
「……まさか、ドフラミンゴと同じ……?」
その言葉に首を傾げるけど、ドフィと睨み方が似てるのだとしたらそれは私の責任。威圧する時の癖も、ドフィは私で学んだのだろうから。
特に教えてない事まで見てて覚えちゃったんだから、本当に賢い。その上センスがあったのよね。
「ドフィと私の癖が近いのは、あの子が私から学んだからよ。戦い方も何もかも、基礎は私が教えたから」
「…………天然、か?誤魔化してるのか?」
「私は天然よ。私が産まれた時はまだ、ベガパンクも<ruby><rb>人造人間</rb><rp>(</rp><rt>ホムンクルス</rt><rp>)</rp></ruby>の製造に成功してないもの」
二年前に同じような会話をローちゃんとしたのを思い出しながら、強気でありながら余裕のある空気を崩さずに言えば、何故か数歩後退りながらテゾーロは壁を背にするようにした。そんな様子を黙って見ていたクロコダイルは、僅かな汗を拭いつつ私に言葉を向けて来る。
「……無自覚か。おい、ナミ、とりあえず落ち着いて」
その言葉が不自然に途切れたと思ったら、腰を強く誰かに抱き寄せられて、驚いて犯人の方へ顔を向けたら唇が重なった。それがまた、何の感情も伝えないのかと思ったら、違う。
落ち着け……と、そう、伝えられてしまえば何事かと寧ろ目を見開いてしまうのは不可抗力。それに、落ち着けと伝えるようなそれでありながら、ついでに楽しもうとしてるのが分かれば、鉄扇で殴ろうとしたのは自衛の域。
けれどもその手首を掴まれてしまえば、握力が奪われる。マルコから貰った鉄扇を落とさないようにと、そちらに意識を向けてる間に喉の奥まで舌に蹂躙されて、今度は息苦しさに喘ぐ。
それにより演技してる余裕が無くなれば、突然唇が離れた。本当になんだと言うのか。
「……余韻は残ってるが、こんなもんだろう。品物は今の駄賃もあるから船に届けておいてやる。……感謝するんだな、宝玉」
文句を言いたいところだけど、本来ならば私は世界政府が求める生け捕りのみの貴重人物だもの、見逃された事に感謝しておけと言うのは、分からなくもない。……納得はできないけど。
テゾーロの脇を抜けてロブ・ルッチが退室すると、テゾーロは忌々しそうに私を見てから、ひとりがけのソファを陣取った。その様子に、どうやら本当に何か話があるらしいと理解した。