今の出来事は何だったのかと言う動揺を隠す為、目の前にあったお茶を半分程1気に飲む。それから深呼吸を繰り返して冷静になった私は、世間話を挟みつつ情報を集める為に口を開く。
その時、ルフィと誰かの声が重なり、綺麗に揃ったその声がマスターに向けられる。その瞬間、このタイミングで会うのかと私は全身に嫌な汗をかく。
頭痛がする。記憶が知識が奔流のように私に襲い来る。
「おい、ナミ!?」
ゾロの私を心配する声が聞こえる。ルフィと黒髭の争うような声が聞こえる。
何かを答えなければと思うのに、何も出来ない。記憶が知識となり、知識が記憶となり、私に襲い掛かってくるから声を出す余裕なんて無い。
黒髭を黒髭だと知らないルフィが、ここでやり取りをして……懸賞金の額が変わると同時に命を狙われて、そのタイミングでギリギリ逃げるように空島へ行く。そう、知識は伝えて来る。
その知識では、ナミちゃんの航海術だから空島に行ける。でも、私の航海術で無事に空島に連れて行けるの?
そこで失敗したら、黒髭以前の問題なのよ。どうしたらいいの?
そっちに関する知識や情報は無くて、不安になる上に頭痛は治まっても脂汗はひく気配を見せない。心臓が嫌な音をたてて脈打つ。
睡眠時間が不足した時になるやつと何処か似てるかしらねと、妙に冷静に思う。……不安になってる場合じゃないのよ。
行けるかじゃない、行くのよ。知識なんかに頼らずに、皆を無事に連れて行く、それが航海士である私の責任。
この島で何が起きるのか、そんな事は記憶として戻らない。ただ、ここには黒髭だけではなくその仲間も多くいて……戦う事は無謀以前の問題である事が確実。
今この島に関する知識は無いから、何かが起きてからその状況に見合う対応を普通にして行けばいい。本来未来なんてのは、分からないのが当然の事なんだから。
ゾロに大丈夫だと言ってから、私は情報を集めようと目の前にいるマスターに言い放つ。それがどんな事態に発展するかも知らないで。
「ねぇおじさん!私達空島に行きたいの!何か知ってる事は無い!?」
その瞬間、酒場の喧騒が止んだ。しかしそれは1瞬で、次の瞬間にはそれが正に読んで字の如くと言った風情の、爆笑に包まれる。
それから芋野郎と言い出した声の主を見て、ルフィを見てあれ?と思う。質問したの私なのにどうしてルフィが絡まれるの?
その流れでノックアップストリームの話を聞いて、やはり間違いでは無いのだと理解する。確かこれを利用して、空島に行ける筈だもの。
それにルーキーの中に空島出身の人がいたし、ナミちゃんが修行するのは空島の1つだった筈だから、空島が存在しない筈は無いのよ。なら、皆と共に確実に空島へ行こうと心に誓う。
でもそんな私の真横で、ルフィが無抵抗のまま殴られて床に転がった。何が起きているのか分からないままに、何も考えずにルフィに駆け寄ろうとしたら視線でそれを制される。
なんで?
そう思ってルフィを見れば、ゾロにもルフィは喧嘩を買うなと言って、それに応じたゾロと2人、揃ってタコ殴りにされる。……コイツら、叩きのめしたら駄目なの?
私の気配が剣呑なものに変わるのが自分で分かる。でもルフィが〝船長〟として手を出すなと言ったからには、私が叩きのめす事だって許されはしない。
何も出来ないどころか、これの切っ掛けを作ったのが自分だと分かるからこそ、腹立たしくて、悲しくて……。無意識でクリマタクトに手を伸ばそうとする自分を抑え込んで震えていれば、怯えていると勘違いされてまた笑われる。
私が笑われるのはこの際どうでもいい。でも、私の不注意でルフィとゾロが傷付いてる事が、傍に居るのに2人を守れない事が……つらい。
机や椅子を薙ぎ倒して、破壊しながらも飛ばされて行くゾロと、窓ガラスに頭を打ち付けられて血塗れになるルフィ。2人がすぐ側に倒れ込んで、私はもう何も考えられずに慌てて駆け寄り名を呼び続ける。
そんな私に、私を買ってやるなんて海賊とも呼べないような雑魚が言い出したのが聞こえて、私の中で何かが切れる音を確かに聞いた。けれどもここで私が暴れれば、ルフィの意志を無視してしまうからとそれに耐える。
「私を、買うですって?」
怒りに身を任せそうになるのを必死で耐えながら、2人を抱えて立ち上がる。そして男達を嘲笑うように、けれどもハッキリと言葉を口にする。
「御生憎様、あんた達みたいな小物チームに、私は勿体ないわ。あんた達程度の小物に旗を貸すなんて、あの男もたかがしてれるわね」
爆笑と共に何か戯言が聞こえてくるけど、相手にする価値もない。2人を引き摺りながらその場を後にすれば、外に出た瞬間に先程の声が聞こえてきた。
「空島はあるぜ」
「知ってるわ」
咄嗟にそう答えながら2人を掴んでいた手を離して黒髭を睨み付ければ、面白そうに黒髭が笑う。この男が、サッチを本来ならば殺していた奴で……エースを海軍に突き出す奴。
サッチは命が助かったのは聞いてるし、エースの事はまだ起きてない上に、エースは白髭の元に帰ったのだからもう大丈夫の筈。だから憎んだり怨んだりする権利も謂れもないのは分かってるけど……。
「親の仇でも見るような眼だな」
「そんなつもりは無かったけど〝船長〟の敵は、私の敵だから、ごめんなさい?」
悪意を込めたごめんなさいは、確実に相手に伝わる。ピクリと動くその眉に、私は鼻でふんと笑ってやる。
「良い女だな……」
そう呟くように言った後、黒髭は語り出す。それに合わせてルフィとゾロはムクリとその場で立ち上がると、当然のように私を庇うように黒髭と対峙する。
……庇わないでよ。私は、大丈夫だから。
甘やかさないでよ。1人で立てなくなりそうだから。
黒髭は悪魔の実を食べる前の状態で、仲間だからと油断していたとは言えども、サッチ〝隊長〟を殺す事の出来た相手。そして、白髭でさえうち逃がす程の相手なのだ。
エースが負けてしまうような相手に、今のルフィやゾロが勝てる筈も無い。私だって覇気を使えるとは言っても基礎的な所で負けるだろう。
そんな事を考えてる私の目の前で、2人は唐突に黒髭に背を向ける。会話は無かったけど、何かを感じ取っていたのだろうか。
声を震わせないように気を付けながら、何も知らない風にルフィに声を掛ければ、ルフィとゾロは〝敵〟に囲まれていたのだと言う。黒髭の仲間が居るのは分かってたのに、どこに居るのかを見聞色の覇気を使っていなかったとは言えども全く分からなかった自分に、腹が立つ。
2人はそれこそなんの知識も無いのに、当然の事として気付いて……私を庇ってくれていた。無意識で唇を噛めば、何故かそれに即座に気付いたルフィが振り向いて私の唇を奪う。
「んっ!?」
ルフィから鉄の臭いがして、血を流しているのだと視覚からだけでなく嗅覚からも伝えられる。それなのに、ルフィは妙に優しく私の舌と自らの舌を絡めるから、思考が定まらなくなる。
唇が離れた瞬間、ルフィは真っ赤になってる私に真剣な顔をして来る。……狡い、笑ってたら殴ってやろうと思ってたのに。
ルフィは、狡い。私がルフィに、勝てる筈なんて無いのに……。
「ナミを傷付けるのは、許さねェよ。その体も、心もな。……例えそれがナミ自身でも、許さねェ」
て事は……唇を、噛んだから……キスしたの!?
どう答えたら良いのかも分からなくなってる私に、ルフィは笑う。そして、早く帰るぞなんて気軽に言ってくるから、私はそれに小さく頷く事で答える。
ルフィは私の手首を掴んで離さないから、だから私はルフィに手を引かれてメリーに向かって歩き出す。私はもっと強くなって、皆を守れるようになりたいと、心から思っていた。
メリーに戻ると、手を掴まれてる事には誰も触れずに居てくれるかと思ってたのに、サンジ君が騒いでゾロが呆れた様子を見せた為に大喧嘩に発展する。変わらないそれを横目に、チョッパーが治療を開始してくれる。
治療しながらもチョッパーはどうしてこうなったんだと聞いていて、ウソップも心配そうにしている。……あれ?
ロビンの姿が見えない事に首を傾げつつ、いつまでも手を離してくれないルフィから逃れようと藻掻く。そんな私にルフィは不思議そうに視線を向けて来る。
「なんで、逃げようとしてんだよ。傍に居ろって」
「ルフィ……恥ずかしいから、離して……」
「あ、ナミ悪いけどそのままで居てくれよ」
「なんで!?」
チョッパーの言葉に思わず本気で言えば、チョッパーが溜息を落とした。疲れ果てた様子のチョッパーに、どうしたのかと本気で思う。
「ルフィが大人しく普段治療受けてくれると思うか?ナミがいればルフィ動かねェから、治療しやすいんだよ」
私はルフィのリードですか?
でもそれを聞いた仲間達は大爆笑で、そのまま呼吸困難に陥ってる様子まで見受けられれば、流石に蹴り飛ばしたいような気持ちにもなる。そんな中でルフィもゾロも怪我をした理由について、多くは語らずにいるから自然と私に話が振られる事になる。
私は溜息をついて、ニッコリと微笑む。精一杯感情を押し殺して。
「……聞きたい?」
「「「いいえ、結構です!ごめんなさい!」」」
何故かサンジ君、ウソップ、チョッパーは声を揃えた。何故だ、私は笑っただけだぞ。
「そう言えば空島の情報って……」
チョッパーがそこまで言って、私の顔を見て、顔を青ざめさせながら俺は何も聞いてねェぞ!と叫んだ。……私が1体何をした。
その時ロビンが帰って来て、皆の状態を見て可笑しそうに笑った。多分ロビンから見たらこんな他愛ない風景が眩しく感じられるのだろうと、それだけは嫌という程分かるから……。
私もアーロンの所へ帰らなければと思っていた時、ルフィやウソップが騒いでるそれが眩しく思えたから……。私の敵は、アーロンと言うこの世界規模で見れば単なる雑魚だった。
それでも、私の中にこれだけ深く刻み込まれていて……今も、その残像に苦しめられている。ならば、文字通り世界が敵であるロビンは……?
ロビンの敵は、世界そのもの。そうだと知って、それでもロビンを守ろうとしてくれる人なんて、きっと本当に何処にも居なかったのだろう。
……こんなにも優しくて、賢くて、美しい人なのに。何も悪い事なんてして無いのに。
ロビンはただ、母親に褒めて欲しかっただけで、そして、普通より賢かっただけなのに。そう思ったら泣きそうになって、顔を俯かせればロビンが私の顎を指先で持ち上げた。
世にいう顎クイである。何故それをやるのがロビンで、それが様になるのかは置いといて欲しい。