それからは、話が案外問題なく進んだ。ロビンが私の書いた未発表曲を持って来てくれて、フランキーがルフィの相手を引き受けてくれる。
その間にサンジ君が飲み物など話し合いの間にあった方が良さそうな物を用意してくれて、ウソップは何かの為にと即席のウソップ工場を開設した。そうして話に加わられても困るメンバーが離れた所で、ロビンとブルック、チョッパーと私が譜面に目を通して行く。
飲み物や摘む物を用意してくれた後で、サンジ君もそれを見るのに加わる。そして、最初に口を開いたのはチョッパーだった。
「俺……これ、歌いたい」
何曲も見ていたチョッパーが選んだその曲を見て、息を飲む。それを歌う事は、チョッパーに撮って苦しい事では無いのかと心配になってしまうから。
でも、選んだのはチョッパーだものね。私はリスクからチョッパーを遠ざけるのではなく、チョッパーが歌える曲調かを見ればいい。
そう心で頷いて、チョッパーのサポートをする為にも真剣に譜面を見詰める。チョッパーはそんな私を少し不安そうに見るから、大丈夫よと言って軽く頭を撫でた。
演奏面では、バイオリンが必要で……後は、ドラムが欲しいわね。ドラムがないと、この曲はリズムを取りにくい筈。
なら、ブルックにバイオリンを頼んで、私がドラムを演奏したらそっちは解決ね。後の問題は、この曲が元々ボカロである事。
ボカロ曲は総じて人が歌うには難しい。それでも、チョッパーにはこの曲が刺さったのなら歌わせてあげたいと思う。
「わかったわ。……ブルック、これ演奏できる?バイオリンを任せたいの」
「問題ありません。少し演奏してみましょうか。チョッパーさんも曲を聞いてみた方が歌を覚えやすいでしょう」
そう言ってブルックがバイオリンに手を伸ばすから、私はそれを横目にドラム等の楽器が必要だと電伝虫を使ってテゾーロに言う。それに対してテゾーロは了解の返事をくれたので、音を合わせるのはそれが届いてからにしましょうと伝えると二人は頷いてくれた。
そのまま五人で譜面を捲っていく。私が見終わった譜面の束を置けば、別な手が伸びてそれを持って行くし、逆に置いてあるそれを私が代わりに持って来る。
そうして皆で色々と見ているのは、まずは未発表曲。既に譜面が発売されてる物の中からは一曲だけにして、他の二曲は未発表曲の方が客を集めるには良いだろうと言う判断。
チョッパーの選んだのは未発表曲なので、各一曲ずつ。私は嫌味を込めて歌ってやりたい曲があるので、未発表曲からそれを示す。
それを見た皆が笑って頷くから、今度は発表済の中からブルックの歌う物を選別して行く。そうなると数が膨大になって余計に頭を悩ませてしまうけど、誰も投げ出そうとはしない。
そうしている内に届けられた楽器の多彩さは見事だけど、全てが金で作られてるのは少しばかり気持ち悪い。メッキじゃなくて、金そのものである所がテゾーロらしいと言えばらしいけど。
そう思って笑ったら、テゾーロが最後に入って来た。その状態で人を食ったような笑みで、私に言葉を落とす。
「これで必要な物は揃ったかね?ステージは明日だが」
「ステージに上がるのは、私とソウルキング、そしてうちのペットとして知られてるこの子よ。衣装はそちらで用意してくれるんでしょ」
「……分かった。立ってくれ」
言葉に従えば、テゾーロの指先が鳴った瞬間に現れた人達に採寸される。そこから流れは、流石の一言に尽きる程のプロの技。
私とブルック、チョッパーの採寸をしてその場でデザインを描いて行く。それを見て、金と白をあしらったその衣装図には言葉を失ってしまう。
でも、明らかに私のドレスはスパンコールドレスで、クロコダイルの言葉をまともに受けたのだと気付く。こんな時、ちゃんと契約を重んじる人なのだと気付かされるのだ。
ただの悪人でも無く、だからと言って善人でもない。彼は大人であり、社会人であり、裏稼業の人なのだと改めて認識させられる。
「なら、そっちは任せるわ。私は契約通り三曲用意して歌うのは一曲。残りの二曲は演奏のみで入らせて貰うわね」
「いいだろう。〝宝玉〟の生演奏と歌だ。海賊狩りの首と対等になる位の集客が見込めればいいがな」
「あなたの宣伝が下手で無ければ、集まるわ。その為にソウルキングも私と同じように一曲は弾き語りで、残り二曲は演奏で入るもの」
「ペットは?」
チョッパーも演奏するのかとその視線が問い掛ける。でも、流石に教える事はできても、プロとして演奏できる状態になって貰うには時間が足りなさすぎるわ。
「彼は一曲歌う他は私の傍で休んでて貰う予定よ。……癒しがいるのって大切でしょう」
「ステージで休ませるつもりか。……それなら、せめて適当に踊らせておけ。明日の朝また来る。仕上げておけよ。中途半端な物は認めねェ」
その言葉を残して去って行く背を見送り、衣装の絵を描いていた人達を引き連れて行ったのを嵐のようだと少し思う。でも、これで練習できるわ。
私の選んだ曲はピアノとドラムがあれば曲としては成り立つけど、叶うならシンセサイザーを使いたい。これを使うなら、ピアノは無くてもいいけど、流石にこれを扱いながらの歌は無理があるのよね。
「ナミさん、どうしました?」
「私の歌う予定の曲なんだけど……シンセサイザーって、ブルック使える?」
「その譜面を見せて頂けますか?」
その言葉に従い譜面を見せれば、暫く静止して……それから頷いた。どうやら理解してくれたらしい。
この楽器はとてつもなく難しいけど、扱えればどんな曲でも演奏できると言える程の物。これを普通に用意してるテゾーロが正直怖い。
「これなら確かに、ですが口が空いていても忙し過ぎて歌えませんね」
「そうなのよ。だからもし、ブルックが扱えるならお願いしたいの」
「分かりました。それならナミさんは全曲ドラムでお願いします」
「主旋律はブルックで良いって事?」
「はい」
勿論ドラムも全身運動になるけど、指先の細かな動きは殆ど無い。皆無ではないけど、シンセサイザーよりはマシ。
シンセサイザーは鍵盤でピアノのように演奏しつつ、上にある装置で音を出す必要があるのだ。それも、1ミリズレたら違う音になったりリズムが変わったりする恐怖のシロモノ。
そっちに集中していてもつらいのに、歌うなんてのは不可能。でもドラムなら、確かにスティックを指先で細かく扱う時もあるけど、これは感覚でどうにでもなるレベル。
勿論、慣れてる場合に限るんだけどね。そう言えば、倉庫に入れたままになってる武器を兼ねた楽器や、壊れた武器で作った楽器を今度使って皆で演奏会するのも楽しそう。
そんな事を夢想のように想像していたら、ブルックが譜面を差し出して来た。それを無意識的動作で受取り、またその選曲に声を失う。
それでもブルックは歌うと決めたのだろう。ならば私がそれを否定する権利など無い。
ブルックの選んだ曲は、ギターとドラムがいいだろうと思える曲。なので私はそれを伝えるだけ。
「この曲にすると、ブルックはステージで全曲楽器を変える必要が出るわ。それでも大丈夫?」
「その楽器の交換作業をチョッパーさんに手伝って貰います。それなら文句も出ないでしょう」
ブルックの言葉には確かにと思わされる。楽器の入れ替えは確かに重要だし、信用出来ないスタッフにさせるよりはチョッパーの方が演奏に集中もできるだろう。
弦を切られたら終わるし、他にも細工は簡単にできる。楽器とは繊細なアイテムなのだ。
「チョッパーは、それでいい?」
「うんっ!俺、頑張るよ!戦いになったらちゃんとナミの事守ってみせる!」
「……二人がそれでいいなら、この三曲で決定して練習開始しましょう。まずは、チョッパーが歌う曲からね」
音楽に慣れてないチョッパーを優先する形で始めた練習は、思いのほかチョッパーが頑張ってくれた。その甲斐あって、それ程時間をかけずにステージでの披露に問題がない状態に持って行けたと思う。
疲れた様子を見せたチョッパーに休憩しててと頭を撫でてから、ブルックの曲と私の曲を演奏して軽く音を合わせて行く。いつも即興でも合わせられるから楽勝!と思ったのに、私の選曲が悪くてブルックが苦戦してるのを見れば少しばかり罪悪感が生まれてしまう。
選曲を変えようかと提案したら、これは侮辱になるのだろうか。ブルックに申し訳ない事をしてしまった。
「ブルック……」
「燃えてきましたヨホホホホ!!」
……なんか、変なスイッチ入ったらしい。その様子を見て納得して頷き、私はスティックを手にする。
歌う順番はテゾーロに一任してしまって、私達は最高のショーを演出する事に専念する。それを目標に練習を重ねていけば、途中でサンジ君から食事だと叱られてしまった。
軽くシャワーを浴びてから席に着くと、サンジ君にしては珍しい簡単なメニューが並ぶ。でもそれは同時に、船の上だと難しい野菜等のふんだんに使われた物で、間違いなく私の食べやすいメニューにしてくれてる。
「サンジ君、これ……」
「肉がねェぞ!サンジー!!」
ルフィが騒ぐのも分かる。何より主食がキノコスパゲティな辺りで、ウソップが心配である。
その証拠に、ウソップが食事とサンジ君を交互に見ている。嫌いだと豪語してる食べ物をサンジ君が出しているのだから、それは当然かも知れないけど。
「サンジ……なんで、キノコ……?」
「俺は今回の件……怒ってんだよ」
「え?」
「ルフィがナミさんに全ての負担をかけて、なのにウソップもそれを止めねェ。俺は、嫌な予感しかしねェ。だから、今夜は二人に少し反省して貰おうと言うのと……食ってみろ。美味ェから!!」
そう言って最後にはにぱっと笑うサンジ君に、ルフィはおう!と笑って席について、ウソップはキノコを睨みながら席についた。用意されていたのは、キノコスパゲティと、焼き野菜系が二種類と、エッグサラダに豆苗のスープ。
皆でいただきますと声を揃えて手を出せば、スープも具沢山だけど、焼き野菜は片方はマスタード和えになっていて程よい刺激を与えて来た。アスパラガスにピーマン、ナスとジャガイモ……どれもマスタードとの相性は抜群に良い。
もうひとつの焼き野菜は、シンプルにトマトを切ってそこにチーズを乗せて焼いた所にパセリが散っているだけ。でも、トマトとチーズの組み合わせが不味い筈もなく、チーズの塩気がトマトの甘味を引き出してくれる。
メインであるキノコスパゲティはしめじとマッシュルームをオリーブオイルで炒めて、塩胡椒で味付けしたシンプルな物。飾られているバジルが、口の中を爽やかにしてくれていた。
シンプルであるからこそ、作り手の腕と素材が活きる料理だわ。奇跡みたいに美味しい。
「幸せー……。結局、ルフィの為なのね、このメニュー」
「ナミさん!!」
焦った様子で名を呼ぶサンジ君にクスクスと笑って、でも皆は首を傾げる。この世界では食べ物の栄養学みたいなものは一般に普及してないからサンジ君の優しさはきっと伝わりにくい。
でも、このメニュー、全てがコレステロールを下げる食事。肉ばかりでコレステロールが蓄積されてるルフィへの思いやりだと、少しメニューを見れば分かってしまう。
「サンジ……俺の為って……?」
「ここで、運を取られたからって腹痛になったろ!……健康面、少しは気にしてやるべきだったかと思ってな。コックとしてのプライドだよ。気にすんな!」
耳だけ赤くして顔を背けるサンジ君に、皆が笑う。だけどここに、いつもなら冷やかすゾロの姿がない事が物悲しく思える程、穏やかな夕食時間がゆっくりと過ぎて……行く訳もない。
ルフィが肉ゥ……と騒ぎ出して、ウソップが綺麗にキノコを残してサンジ君と喧嘩。それを止めようとした筈のフランキーが流れ弾に当たり、よろけてルフィを潰した事でルフィとフランキーとサンジ君が暴れ出して、ウソップは我先にと逃げ出す。
ロビンはそれを微笑ましそうに眺めて、チョッパーはオロオロしてるから私が確保しつつ楽器のある部屋に逃げ込む。喧嘩を盛り上げる為か落ち着かせる為なのか、ブルックの演奏が始まってしまっては、この空間が既にカオス。
「まったく……困った一味ね」
「ナミが帰って来た事が嬉しくて、テンションおかしいんだろ。ナミは大丈夫……じゃないな」
「そこ、大丈夫か?って聞くところでしょ?」
ウソップの言葉に苦笑しつつ、今回使う予定のないピアノの前に座って音を出す。何かを歌うとかって目的じゃないから、順番に鳴らしてるだけだけど。
「大丈夫か?なんて聞いたって、ナミはアホだから『私なら大丈夫よっ!』って嘘つくだけだろ。……身体はチョッパーが治せても、心は治せねェ。ルフィに何かしろっても、身体に負担かけさせるだけなんだから、ナミは大丈夫じゃねェんだよ」
「だから、今夜は野菜づくしにしてくれたのかな」
「多分な。サンジはナミとロビンさえ無事なら、それでいいって半ば本気で思ってるからなー」
「何言ってんのよ。ウソップの事も大好きよ、サンジ君」
「はァ!?」
本気で分かってない感じのウソップだけど、本当にサンジ君はウソップが大好きなのだ。そこは疑わないであげて欲しい。
確かにサンジ君は、時々その心を疑いたくなる言葉を本気で口にする。けどそれは、甘えられる仲間だからって事なのだ。
「ウソップがフランキーのところでボロボロにされた時、私の時より気合と気迫が凄かったんだから。チョッパーも、ルフィもゾロも、サンジ君も……ウソップが役に立つかなんてどうでも良くて、大切な人だから怒って……助けに行ったの」
「なら、役立つ上に甘っちょろいナミに色々あった今、奴等が暴走するのも分かるだろ」
「役立ててるのかなぁ……」
「本気で言ってる所が怖ェ……」
そう言って笑ってたら、チョッパーが一人で使わない事になった譜面を片付けてくれていた。それを手伝おうと手を伸ばしたら、ウソップがそれの1番上にあった物を差し出して来る。
それが何だか辛そうな顔に見えて、首を傾げてしまえばゆっくりとその唇が動いた。その唇が紡ぎ出す言葉に、私の理解は一瞬遅れた事だけは間違いないだろう。