ウソップのその表情は確かに笑っているのに、何故かその瞳が泣いてるように見えた。そんな顔を見つめる私に向けられたのは、困ったような声音。
「ナミの歌は、いつも内心を抉るような、心の底に隠している傷みたいな感じがするんだよ。心の悲鳴とか、叫びとか、そういうのが音楽になってるきがしてる」
「そうかな?」
「ああ、だから売れるんだろうな。……俺は音楽に精通してる訳じゃないから、ナミやブルックに演奏して貰ったり歌って貰わないと分からない。それでも、歌詞を見れば売れるだろうなとかは分かるんだ。……だから、これを聞かせてくれ」
言われて、手渡されていたそれに視線を向ける。それは、紙に何かを書く事で形にして行く職業全てに通じる歌。
航海士や測量士は勿論、作家と呼ばれる職業は全て該当する。劇作家も作詞家も、小説家や漫画家も、作曲家や画家も含めて全ての作家がこの歌には共感するだろう。
でも、何枚もって歌詞を抜けばきっと夢を目指す全ての人が、壁に当たった時……それを超えた時、この歌は刺さる。そう思ったら、ウソップも狙撃手としての壁を超えたから選んだのかなと思えて頷いた。
「ありがとう。俺には、これはナミの歌に思えたから歌って欲しかったんだ」
その言葉に息を飲んで、それから笑顔を作る。そんな私にデコピンして、下手くそな笑顔だというウソップって凄いと思う。
深呼吸ひとつで気持ちを落ち着かせ、どんな曲なのかと気にしてるチョッパーを見て笑いかけてから鍵盤に指を置く。本来ドラムが追加で欲しいけど、我儘は言えないものね。
「〝群青〟」
この曲は一音目と声が同時に始まる。だからドラムもない今、気を付けないとトチるとわかって気を引き締めた。
余談だけど、この歌がアニメ曲である事はあまり知られていない。ワンピースでは無いけれど、これも立派なアニソンである。
「ーーー」
変わらない日常の有難味を忘れて、夜なのに明かりにより朝のように煌めいていた過去の街を思い出す。本来ならば街の名前になる部分を、ネオンに変えて誤魔化したこの曲。
何処か虚しいくらいの、やる気の出ない日という恵まれた時間を苦痛にしてしまえる傲慢な過去が懐かしい。でも、必死過ぎる自分がきっとおかしいのね。
そう、これでいい。叶うなら変わらない日常の中で、微睡んでいたいの。
「ーーー」
自分でも気付かないままに隠していた、本当の願いを、夢を聞かせて。見ないフリなんて、できっこないんだから。
だって、胸の中に確かにあるの。諦められない未来への希望が。
「ーーー」
皆がまだ寝てるような時間に訪れる青い世界。それを見て、ペンを取る。
感じたままの世界を、思い出した音楽を、記憶しているこの世界の海を、紙に記す為に。好きな物を好きだと言う事は、簡単なようで難しい。
それが実力の伴うものなら良いけど、そんなものやってみなければ分からないし、知らない世界は怖いから。でも、その世界に向かう事で本当の自分に出逢えるの。
「ーーー」
夢を目指して手を伸ばせば伸ばす程に、夢を叶える道は閉ざされて遠くへ行く。それでも私は、私なりに足掻いてきた。
アーロンと言う壁に遮られても、言い訳しながら海へ飛び出して、描いて来たの。夢を叶える道を、自ら手放すなんてできなかったから。
悔しい気持ちもあるけど、それよりもただ情けなくて。皆のいる村に踏み込むと、苦しくて、痛くて……でも、離れられなくて……。
「ーーー」
導くように手を差し伸べてくれた仲間達のその手があるから、私は自分で選んだこの道を進んで行ける。離れられなくて、しがみついてた情けない程に青い自分。
好きな事だからって理由だけで続けられる程、簡単な世界じゃない。続けて行く事はなんであっても、楽しいだけでは終わらないと知ってる。
空島に行く時もそうだった。本当にできる?と不安になったけど……私は皆の生命を握ってるのよ。
「ーーー」
何枚も、何枚でも、描いてきた。自信が無いから、いくら書いても足りない気がするの。
積み上げて来た紙の束がベリーに変わって、皆の旅がつらくないように、苦しまないようにやってきたけど……。周りを見て、皆と比べて、天才ばかりで……私にしかできない事って、私の役割ってなんだろうって思うの。
今でも自信なんかない。それでも、私は皆の生命を握ってるから不安なんて見せられないわ。
「ーーー」
前の生では感じた事のない気持ち。知らずにいた想いに揺れてばかり。
あの日ルフィ達に誘われるまま踏み出して、初めて感じた多くの痛み。それでも、好きな人達と、やりたかった事に向き合う事で触れたのは光。
大丈夫、行こう。必ず私が皆を導くし、何処へでも連れて行く。
後は楽しむだけよ。皆が揃っていて、叶わない夢なんて何もありはしないもの。
「ーーー」
全てを賭けて描く。私しか航海士も居ないし、お金を稼ぐ事もできないんだから。
朝も夜も無く走り続けて、漸く見付けた光。好きな事や人に向き合う事は今だって怖いけど……逃げる事はない。
今はもう、明日を厭う日々の中で〝消えたい〟と嘆くだけの私じゃないから。皆に想われて、大切にされてる、かけがえのない自分だと理解してるの。
「ーーー」
知ら無い内に隠してた本当の声を、自分でも気付いてないその声を響かせたなら、ほら……日が昇る。見ないフリしても、確かに自分の中に答えがあるから。
だからやれるだけの事をやってみよう。足掻いた経験は形にならなくても、いつか必ず役立つと知ってるの。
……抑え込んでいた、幼い頃の自分が目を覚ます。描きたいと笑顔で言えた時期を、我慢しなくて良くなった今に繋げるように。
懐かしい気持ちを抱いたまま歌い終えて、曲も同時に終わる。そうしてウソップを見たら、なんか納得したように頷いていて、視線を動かせばいつの間にか皆が集まってた事に気付く。
「皆、いつ集まったの?」
「練習に無かった歌だったものだから……つい」
「喧嘩してたらナミの声が聞こえたから、辞めてきた」
ロビンとルフィがそんな事を言うと、皆もそれに続くように口々に集まって来た理由を言うから、何だかおかしくなってしまう。でもそっか……。
「喧嘩が始まったら、演奏したらいいのね」
「あら、平和的な解決策ね」
「……万が一その途中で敵が攻めてきたら、そいつら……スーパーな目に合いそうだな」
「そりゃ仕方ねェだろ、ナミさんの演奏を邪魔するならその程度の覚悟はして貰わねェと」
「ヨホホ!私の演奏もその位の価値があってもいいとおもうのですけど」
私の言葉に賛同してくれたロビン、呆れを滲ませるフランキー。妙な事を言い出すサンジ君と、最後に当然の願いを口にしたブルック。
何だか当たり前なこんな日々が楽しい。今この場に存在している奇跡に、頬が勝手に緩んでしまう程。
でもルフィは、笑顔でそれを纏めてしまう。無邪気って、ある意味で一番罪深いのかも。
「ナミの演奏とかは中々聞けねェから、大切になっちまうんだよな。でも、ブルックには毎朝起こして貰う為にも演奏して欲しいし、なんも無い時ブルックが演奏してくれねェと困るから、このままが一番いいと思う!」
「そういう事でしたら、仕方ありませんね」
納得した様子を見せるブルックに、私はつい笑ってしまった。ルフィが言えば何でも従っちゃう辺り、本当にルフィを好きなんだなと思うから。
チョッパーはその会話に混ざるでもなく頷いて終わらせてたけど、その手元には明日のステージで使う譜面がある。宴でも歌ってたりする事の少ないチョッパーの不安は相当だろうと思えば、邪魔する訳にはいかない。
この世界ではどうだかよく分からないけど、元々地球の大航海時代においては、音楽家は船の中で重要なポストだった。誰でも演奏できる訳ではなかったし、海の上は娯楽が無いから。
テレビもラジオもない時代において、例え練習であっても音楽が聞こえてくれば甲板掃除してる時だって楽しい気分になる。リクエストすれば練習して食事の時に演奏してくれたりする彼等は、確かに必要な存在だったのだ。
それでも音楽家達も我が身を守らねばならず、楽器を武器にするケースも実際に多かった。シンバルの周りが刃になっていて投げたり持ったまま切り付けたりして戦った等、色々な記録が残っている。
航海士や音楽家、船医等は、だからこそ戦闘中だけでも引きこもってさえいれば、勝った側に引き取られる事が多く生命の危険はほぼ無かった。けれども仲間意識の強い特殊技能を持つ人達は、攻撃されにくい特性を利用して戦う技術を身に付けて敵を粉砕したりもしていたらしいから、必ずしも弱者では無かったのである。
特に船医は意識のない人間を運んだり、痛みで暴れる男を抑え込んで治療していたからか、戦えるケースも案外あったのだ。その点航海士と音楽家はどうしても我が身を守る事にのみ専念して、守られるのが当然でもあったのだけど。
その代わり、航海士や測量士はその能力が低ければ不満を煽り、簡単に仲間から処分された。逆に優秀なら他の船からも狙われ、それを守り抜くのもひとつのステイタスとなっていたのは歴史書にも記載されていた程。
そう考えたら、戦える船医が多いこの世界に矛盾は無く、戦える音楽家も珍しくは無いのだろうと思う。問題は……私ね。
「守って貰うに値する程の能力は無いんじゃないかなと思うのに……他に航海士も測量士も居ないから、仕方なく……かな?」
「待て待て!宝玉としても優秀だけどナミは航海士として天才だからな!?」
突然怒鳴るように言うウソップに、声に出してたのかと気付いてテヘッと笑ってみる。そんな私に胡乱な眼差しを向けたウソップは、けど当然みたいに何か筒を渡してきた。
二色の筒はそれ程重くは無い。けど、硬いし何かを入れられるとか、そんな様子もないのよね。
卒業式の時に卒業証書を入れる筒とか、巻物を収納する物にしても違和感あるし。それなら私じゃなくて後で錦えもん達に渡すべきだと思う。
「何これ」
「発煙筒だ。何かの時には使え。赤い筒は唐辛子成分入だから攻撃にも使えるぞ」
「……ありがとう」
青い筒は、ならば唐辛子成分のない普通の発煙筒なのだろう。心から感謝しつつそれを袋に片付ける。
使用してなくなったりしたら言えばくれると言われて、助かると心底思う。ウソップとフランキーは、ベガパンクと仲良くなれるんじゃないかなと思うけど……どうなのかな。
三人が仲良く変な物を作って、近くでヅカが呆れたような顔でそれを眺める姿を思い浮かべたら何だか微笑ましい。でも、あの時何も思い出してなくて、きっと傷付けてしまったよね。
謝ったら、許してくれるかな。……会いたい、な。
でもまずはゾロだわ。明日のステージさえ解決したら、ゾロも帰って来るし……薬だって何とかなりそうだもの、早くローちゃんの所へ戻ってロシーを治療し貰わなきゃ。
ロシーも戦ってる。病魔との戦いはまだ、終了した訳では無いのだから、少しでも早く薬を届けて勝利を掴んで貰わなければ!
「よし!寝ましょう!」
「へ?」
「明日は頑張らないとだし、寝不足じゃまともに戦えないわ!だから、今夜は寝ましょう!」
「……そう、だな」
睡眠は大切だ。世界基準で見ても睡眠時間が一番短いとされてる日本で、母親は更に短い。
そんな母親よりもある意味で睡眠をとる時間が少ない私は、死活問題である。なので力強く言ったのに、ルフィは少し不満そう。
「……ルフィ、寂しい?」
「ここでその答え出せるナミが凄ェと俺は思う」
「……寂しいなら、一緒に寝る?」
「…………自信ねェから、今日は別で寝る」
よく分からない発言をして男部屋として割り振られてる空間に移動するルフィを見送ったら、フランキーとロビンが憐れむような眼差しでルフィを見送っていた。それからチョッパーが、落ち着かないと言うから一緒に寝ようかと声をかけて、チョッパーを抱き締めて眠る事になった。
そんな私をウソップが悪魔か……と言ってたけど、本気で理解不能である。そうして安眠した私とチョッパーはいつもより少し早く目覚めて、気持ちを引き締める為にチョッパーは顔を洗って、私はシャワーを浴びてサンジ君の用意してくれた朝食を食べに向かう。
用意されていたのは昨夜の問題を解決する為なのか、朝食とは思えない肉メニューが並ぶ。サラダにも蒸し鶏が使われていて、メインはナスと唐揚げがひと皿に収まってる物。
その他に丸い揚げ物と、団子状の何かが入った汁物。その他、明らかに蜜柑色のジュースが用意されている。
「残念ながら今回は、蜜柑ではなくオレンジ使いましたよ」
「あら、珍しい」
「船だと食べられない物をこの機会に食べて貰いたくて。今日は何だか寒い気がしたので、冷えに効きそうなジュースを用意しました」
その言葉につられるようにして、いただきますの前にジュースに手を伸ばす。生姜のビリッとした感覚と、蜂蜜の甘さを感じてだいたい理解できた。
身体を温める食材としては右に出る物の無い生姜を、ビタミンCの豊富なオレンジと合わせたのね。ビタミンCは毛細血管を強化するので、末端冷え性の改善にも効果的なのよ。
飲みやすさを高めて、栄養価も高い蜂蜜でバランスとってるのだと分かればサンジ君の優しさについ笑ってしまう。ちなみに冷えは太りやすくなる要因なので、ダイエットの天敵とも言えるので気を付けましょう。
「美味しい……」
「ナミさんの蜜柑程では無いですけど、これもいいもんでしょう?……それに、蜜柑はそのまま食べたいかと思いまして」
「正解よ。加工しないで食べるのが一番嬉しいわ。……あ、今日は多分相当冷え込むから気を付けてね。マイナス30度位の気候になると思うわ」
ベルメールさんの蜜柑は世界一なのだ。だから当然、そのまま食べるのが何よりも美味しい。
そう思って発言したけど、それ以前の問題として今日の気候は伝えておく。皆の服装とかにも関わるから。
「それは、寒いってレベルじゃないですよ……」
「髪の毛凍るものね。……チョッパーは楽かな?」
「俺は寒いの得意だからな。暑いのはつらいけど……」
冬の気候で育ったし、そういう環境に適した生き物が人の能力を得ただけだからチョッパーは仕方ない。……冷えるだけで、雪はどうかしら。
体感的には今のところその気配はないけど、どうなるかしらね……と妙に寒い海域に居るらしい船を思う。エンジンが凍る事も無いらしいこの船は、確かに恐ろしいレベルの技術よね。
フランキーはここのそういう所を、調べたりしたいんじゃないかな。船大工としても、技術者としても欲しい情報だろうから。
そんな事を考えている内に皆が集まってきて、食事タイムが始まろうとしている。このまま穏やかに一日を終えて、ちゃんとゾロを奪い返せたら、他には何も望んでなんて居ないのだけど。