鳴り止まない拍手と歓声。太陽柱は、強く、明るくチョッパーを照らし出す。それはあたかも、チョッパーが主人公であると言っているかのよう。
誇らしい気持ちになる私とブルックに対し、チョッパーは戸惑う。照れてそれを隠すのではなく、素直に戸惑うチョッパーが本当に珍しくて……抱きしめたくなってしまう程。
けれどもまだ、今はそれが許されないからと気持ちを引き締める。次は、私が歌う番。
ブルックは楽器を持ち替えて、調律している。それを横目に深呼吸を繰り返しながら、太陽柱で自分を中心に二人も強く照らされるような調整をしておく。
ワンテンポ遅れて変化するので、準備だけはしておかなくてはならない。私は、歌う前に何を言うべきだろうか。
「……皆様との時間も、残り僅かとなりました。ご満足頂けておりますでしょうか」
満足して貰えていたなら、この集客量ならば大成功。つまり、チョッパーはこのままの状態となり、ゾロの事も返して貰える。
だからこそ、あえてたずねる。それに観客は大声援と拍手で応えてくれるから、私はにっこりと笑って頷いた。
「私は海賊です。その傍らで行っている創作活動が、少しでも皆様の役にたっているのであれば幸いです。この場を用意してくださったテゾーロ様へ、感謝を込めて、この歌を贈ります」
私の心情にも重なるけど、何よりも……私を通して誰かを見ている男には、痛みとなるか、嫌味となるだろう。歌には、人の心を揺さぶる力が備わっているのだ。
歌は元々、神への感謝を伝えたり、心に溜まった大きな感情を人に伝える為の手段。だからなのか、人は言葉で聞くよりも歌で聴いたものの方が記憶にも残りやすい。
「それでは、聞いてください。〝怪物〟」
この曲は歌い出しと曲の一音目が重なる。正確には、歌詞には無いスタートの〝ああ〟と重なるのだけど。
だからブルックと視線を交わして、頷き合う。ドラムを足で小さく鳴らしてリズムを取り、ブルックのそれに合わせて歌い出す。
「ーーー」
描かされ続ける海図は、本来ならば私がやりたい事の筈だというのに苦痛に満ちていて……技術と経験ばかりが積み上げられる。そんな私の見える世界は狭くて、その狭い世界に映るのはアーロン達の乾杯して笑い合う姿。
村の人達の苦痛も嘆きも痛みさえも、何もかも見て見ぬフリしてるだけの作り物の幸せ。気が触れそうになるわ。
クラクラする程に強い血の臭いが、ツンと鼻の奥に刺激を与える。彼等が本能のままにまた誰かを傷付けたのだろうと分かるけど……今日は、誰を苦しめて来たの?
「ーーー」
こんな世界で私に何が出来るのかな。皆を守りたくて、村を買い戻したくて頑張ってるけど……役に立てているのか不安になるばかり。
ただ、自分の目から涙が溢れないように、強がって笑う。泣かないって、決めたから。
泣けば、皆が傷付く。皆を喪うくらいなら、涙を枯れさせる方がずっと良い。
「ーーー」
願う未来に行く為に、解放する為に、何度でもアーロンに牙を剥く。人を殺す覚悟なんてないから、結局負けて拷問されるのだけど……。
こんな間違いだらけの世界の中でも、皆には笑っていて欲しいから。ゲンさんが傷だらけになった現実を思い出す度に、もう誰も傷付けないと誓うの。
強くなりたい。私が、私を憎まずに済むように。
ここで僅かな間奏が入る。この曲はそれ程長い間奏は入らないので、呼吸を整える程度の役割しか果たせないけど。
それでも、過去に引っ張られ過ぎないように気持ちを整えるには役立つ時間。私は、過去に囚われて動けなくなるような愚を犯すつもりは無い。
「ーーー」
素晴らしき世界は、いつも誰かを犠牲にして成り立っている。幼い頃街に行く度に聞こえて来た、エースを蝕む海賊王を罵倒する言葉。
私には、何も出来ない。ある意味では正しいからと関わらせない事にだけ注視して、逃げ回らせた。
正気の沙汰じゃないわね。エースが傷付いてたのは知っていたのに……。
同じ街の中で、薄汚れた子供達と着飾った貴族が行き交う。鳴り響く足音が響く先には、消えない住民達の苦痛と苦悩が染み付いてる。
裏側の世界は、ゴミ山なんだよ。誰かが、常に苦しんでるの。
「ーーー」
常に、清く正しく生きたいと足掻いてた。誰も悲しませずに生きる事を望んでは、それが大切な人を傷付けてきたと気付いてなかったの。
はみ出さず真っ直ぐに生きる事なんて、私達には選べなかったよ。それが間違わない生き方だと言うなら……何故、海軍はあんなにも腐っているの?
海賊になる事を決めて、ありのままで生きてるけど、それが正義かと問われたら違うと言える。でも、人を、自分を、何もかもを騙しながら生きる事もまた、正義じゃないよね。
私の在るべき姿ってなんだろう。本当の私は、どんな姿なのかな。
海賊なのか、農家なのか、それとも航海士や測量士かな。世間的には宝玉……だけど実際は盗作者で浮気者でしかない現実。
それが集まって私になってる。だから、全部私で、全部違って……ねぇ、誰か教えて。
「ーーー」
今日も答えのない世界の中で、ただ願ってる事があるの。不器用で、いい所なんて見つけられないくらいダメな私だけど、ルフィ達とただ笑っていたいから。
跳ねる心臓が、身体に影響をあたえる。だから、叫ぶ代わりに歌う、想いを、心を伝える為に。
「ーーー」
弱い自分を見つける度に、何度でもそれを押し込めて、でも受け入れて、進む。正義を振りかざして、罪もない人を海賊に落すような間違ったこの世界の中でも、仲間達には笑って欲しいから。
もう、誰も泣かないように、強くなってみせる。私が私で居られる場所を、皆の心を守れるように。
締め直前の間奏が入って、フィニッシュが近いと気を引き締める。私は視線を上げて、驚いた顔をしてるテゾーロを一瞬睨んでから、また微笑みに表情を変えて歌い出す。
「ーーー」
ただ、目の前に捕らえられているゾロを奪い返す為、今私にできる事を全てやるわ。私の中にある限界なんて超えて、いつもの日常を取り戻そう。
歌い終わってからも、ブルックの演奏と私の演奏だけが続く。この曲は本当に、ブルックに無理させてしまったと思い苦笑しそうになるけど、まだ後少し。
そうして音が終わると同時に、太陽が完全に沈み太陽柱が消えたのがわかる。それとほぼ同時に終わったらしいスポットライトが、曲を終えてお辞儀をする為に立ち上がっていた私達を唐突に明るく照らす。
その瞬間私達は同時に頭を下げて、ゆっくりと顔を上げる。アンコールの声が響く事でテゾーロに視線を向けると頷かれたので、ブルックに視線を向けて、チョッパーが歌えて、観客も間違いなく知ってる曲として……海賊らしく、ビンクスの酒を演奏した。そうして盛り上げてステージから下がれば、その足でゾロの元へと向かう。
まだ黄金に包まれていたけど、これで皆揃って帰れる!目的の薬も、手に入る手配は済んでるもの!!
「ゾロー!!大成功よ!大丈夫、皆で帰れ「ナミっ!!来るなっ!!」」
部屋の真ん中へ到着する直前、黄金がゾロとの間に壁を作る。目の前で起きた現実に、どういう事かと辺りを見て見付けたテゾーロを睨む。
そんな私に笑いながら金を抜けてゾロの真横に移動すると、楽しそうに笑い出した。それに対して、私は嫌な予感しかしない。
「先程のショーはご苦労だった。大成功だったな」
「なら、早くゾロを解放しなさいよ」
「そこのタヌキを解放した事で契約完了だ」
「何言って……」
「彼にはこのまま引き続きで、公開処刑と「話が違うじゃないっ!!ゾロを帰しなさい」」
意識して覇気を放てば、ほお……とテゾーロは私を面白そうに見る。クリマタクトと短剣に手を伸ばした時、ゾロの首元にナイフが宛てがわれた。
流石に距離を詰めて攻撃するより、動けないゾロを殺す方が早い。分かるからこそ、悔しい。
「……契約したんじゃなかった?」
「ああ、その報酬は先払いで解放した事で叶っているだろう」
「私のモノに傷付けないで。それとも、クロコダイルを敵に回すつもりなの?」
「クロコダイル氏の所有物は君だけだ、宝玉。宝玉の持ち物にまで気を使うつもりは無い」
虎の威を借ってみたけど、効果はない。そうなると、チョッパーが金に変えられそうになったけど、先払いで解放された事を伝えた時のロビン達の反応は……これを予見してたのかな。
海賊として長く生きていても、人を信じようとする心を、甘さを捨てられない私には気付く事が出来なかった現実。それに対し、ロビンは人を信じる方が難しいから、こうなる事を予言できてたのだろう。
それでも、私やチョッパーの事を傷つける事を恐れて言葉にしなかった。私やチョッパーの考えが、正しい可能性にも配慮して。
ここで戦っても、ゾロは帰されない。ならば、交渉するしか道はないと分かる。
「……何が、目的なの」
テゾーロは初めから、そのつもりだったのだ。ただ、ショーを失敗していたらチョッパーも殺すつもりだったというだけの話。
海賊って、これだから嫌いよ。……でも、ここで簡単に引き下がるつもりは無い。
「……そうだな。宝玉の財産を使わずに、明後日の夜12時までに3億と二千万ベリー……彼の首代を用意してみせろ」
「元手無しで、私のお金も使わずに……ね。分かったわ。これで約束を破ったら、私の男を総動員してこの船……沈めるから、その覚悟はしておきなさいよ」
「ドフラミンゴ氏はもう監獄だと思ったが?」
嘲るような言葉に、私は笑う。今はもう、白髭海賊団と言う後ろ盾も使えない。
けど、私の為に動くと言ってくれた人達はまだ、全員消えた訳でもないし、誰が背後にいるのかを教えてやる必要もない。余裕を持って微笑む事が役立つ事もそれなりにあるのだ。
「私の男が、そんな少ない訳無いでしょ。……テゾーロも本当は分かってるから、シャンクスにクロコダイルとの事を見せてたんでしょうに」
「ああ、勿論だ。これは究極のギャンブルだからなァ……。良いだろう、約束を守ろう」
「なら、受けて立つわ。ゾロは、殺させない」
「この男は時間までに金を用意できなければ処刑だが……お前達は一生奴隷として終える事になる。それが嫌なら、精々楽しませてくれ!!……期待してるよ」
その嘲笑う様子に、けれども今は何もできない。下手な言葉さえ、今は伝えられないから……ごめんと視線でゾロに伝えて背を向ける。
でも、皆が良いと言えばだけど、私のお金ではないカジノで稼いだお金があるわ。それを使えば、解決できるのに、それに言及しなかった事が気になるわね。
勿論今目の前には無いから、叩きつけてやる事が出来なかったのは間違いない。その為に、ゾロを連れ戻せなかった事も。
薬を手に入れる為の費用の関係もあるから、カジノで稼いで増やす……ってのも現実的ではない。困ったわね。
部屋の入口で話を聞いていた二人が、私を気遣うようにしてくれる。それから三人で表で待っている筈の皆の元へと向かって歩き出す。
帰り道、私達に、言葉は、無かった。他に選択肢が無かったのは分かってるから。
でも、私達は結局何も出来なかったのだ。その無力さに胸が苦しくなるのは当然。
泣き出しそうなチョッパーと、泣く事も許されないと知ってる私を気遣うように見てから、怒りを滾らせるブルック。私達は仲間達に、今回の事を説明しなければならない。
そうして合流した私達がルフィ達に話し終えた時、全員が無言で頷いてとりあえず腹拵えに行こうと言う事になった。今の所解決策は何ひとつ浮かんではいないけど、皆がいるのならば出来ない事なんて何も無いと信じられる。
冷静な皆の反応から、こうなる事を事前に伝えられていたのだと気付く。そして、チョッパーが自らが金に変えられた事を責めないように、こうなる可能性を伝えなかったのだと言う事も理解できて、やるせない思いのまま歩き出す。
ロビンに何か情報が無いかを聞こうとした時、町の中でルフィが良い匂いがするお店に吸い寄せられるようにして動き出した。それをウソップが慌てて追い掛けて、私の横に隙間ができた時……そこを通り抜ける女が一人。
私の財布を抜き取ろうとしたその手を掴みつつ、逆に財布を奪ってやれば案の定……悪びれた様子も見せずに笑う。その姿は数日前、私がテゾーロに切りかかっていた時に見たのとは随分雰囲気が違うけど……間違える筈はない。
「……かりー、な……」
「ちょっと!?ナミ、そんな、泣きそうな顔しないでよ!!もうっ!……それにしても、甘ちゃんなのは変わってないのに、腕も鈍ってないわね」
「……アンタは、腕落ちたんじゃない?」
「は?あっ!?」
私の手にしてる物を見て慌てて取り返そうとするそれに、ハイハイと言いながら返したのは当然の事。だって、私は盗られそうになったから、取り返しただけで欲しかった訳じゃないんだもの。
紫色の長髪を纏め上げて、帽子の中に納めているから昔の髪の短かった頃の印象そのままに思えてしまう。今はプライベートなのか、豊満な胸元が拝めるサスペンダー付きのシャツと、大胆に見せびらかした太ももが目立つ。
長い美脚を引き立たせる黒いホットパンツ姿に、肌を大きく露出させたラフな服装を好むのだろうとわかる。耳にはキツネ型のイヤリングをしているけど、これは私を〝泥棒猫〟とし、カリーナを〝女狐〟とした通り名を元にしてるのかもしれない。
「無事で……良かった……」
思わず抱き締めると、カリーナはそれを受けて何やら呟くように言ったけど……それは聞き取れなかった。でも、私を突き放さないから、こうされる事が嫌な訳では無いみたい。
「……ばかナミ。あれは、私の……」
微かに震えるカリーナは、肌の露出が多くて寒いのかもと少し思う。でも、服を着なさいなんて言っても、頷かない事は分かっているのだ。
あの日、カリーナを助けに行こうと思ったのに、体力と気力が尽きてしまっていたし……追い掛けたら村の皆がって思ったら、動けなかった。結局あの時私は、カリーナを見捨てたのと同じなのよ。
「ごめんね……」
「……私も、ナミが無事で嬉しいわ」
「カリーナ……」
「もう、この、お人好しっ!離れなさいよね!!……再会の記念に……美味しいお店、案内してあげるわ」
カリーナの言葉にルフィが戻って来ると、ウソップとチョッパーもそれに従うように戻って来た。フランキーが私とカリーナを見比べて、姉妹か?なんて聞くから違うわよと笑ってからカリーナの案内してくれるお店へと全員で足を進める。
思い出話をしてる時間等は、ないと頭では分かっているのだ。それでも歌ったり踊ったり色々したのだから、食事をするのは大切な事だと言う事で、暗い気持ちを切り替えるしか無かったのも作用して、移動しつつ思い出話に花が咲いたのは、不可抗力と言えると思う。