カリーナに案内されたのは、表向きは酒場のような雰囲気のお店だった。でも奥には、ちゃんとある程度の人数に対応できるようなテーブル席や個室もあって、私達は半個室状態に区切られた席へと案内される。
体格の大きい仲間もいるからか、人数が多いからかは分からないけど、この席はそれなりの広さがある空間。そこでメニューにチラリと目を通して、主食を各二人前ずつと、全員分のステーキセットを持って来て貰うよう頼んでから、飲物とデザート、サラダ等を皆が好みそうな物を選んで注文する。
それにより店員さん達が鬼の様な忙しさとなり、姿が消えた。そんな状態になってから、皆に問い掛けられたのはカリーナの事。
「てめェ、テゾーロの!「しーっ……」」
「お前ら!知り合いなのか?」
フランキーの言葉を遮るようにして黙らせたカリーナは、続いたルフィの問い掛けに頷いた。そうして見せた笑顔は昔のままで、だからこそ、本当はこの子がナミちゃんなんじゃないかって……そんな事を思わされる。
もしそうなら、ここにいるべきはカリーナなのに。私はここを譲るなんてできない。
ただ、カリーナが望むなら、仲間に加えて貰えないかとは話したいと思う。だって、私はこの子を傷付けて奪ってばかりなのだから。
そんな私の思考を知らず、カリーナは天真爛漫に笑う。それに、心が少しだけ軽くなった気がした。
「ええ、そう。ナミとは腐れ縁の泥棒仲間って感じ……ねっ」
「仲間ってのは違うかな?東の海で泥棒やってた頃、良くお宝の取り合いしてた時期があったの。……たまに、協力する事もあったけど、ね」
苦笑して答えたら、何故かカリーナが怒り出す。それを聞いてカチンと来た私が、つい嫌味を込めて返事をしてしまうと、そこからは単なる喧嘩の様相となってしまった。
「ナミはお人好しで、変なのに好かれるのに鈍いから苦労したわ」
「カリーナは猪突猛進って言葉をそのまま体現したような子で、その暴走を止めるのに苦労したわ。心配ばっかりかけて……」
「それはこっちの台詞よ!いつもいつも無茶ばっかりして、曲芸師かって感じで動き回って……いつも、心配してたのは私の方よ!!この、泥棒猫!!」
「あら、可愛い女狐ちゃんは頭のできが悪いのかしら?それとも、認知症でも患ってるの?いつもいつも、人の忠告無視して捕まって、泣き出したところで何度助けた事か……」
私が鼻で笑うように言ったからなのか、顔を少し赤らめて言葉を詰まらせる。言い返せないでしょうとばかりに横目で見れば、キッと睨み付けてくる強気な態度。
なのに、その唇が紡いだのは何とも可愛い言葉。それにより、怒りは霧散して呆れてしまった。
「……っ!助けに来るのが、遅いのよ!」
「早く助けると〝自分で逃げられたのに、余計な事しないでよ〟って騒がれるから泣くの待ってたのよ」
「……え、なら、いつも……見てた訳!?」
「ええ、反省するの待ってたわ。一人で行って捕まって、泣き出すの待ってから助けてたの」
可哀想だとは思ったけど、助けて罵倒されるのは割に合わない。だから見守っていたのだけど、カリーナは私を呆然とした様子で見て、呟くように言った。
「性格悪いわね、あんた」
「ナミが昔から優しくて面倒見良くて、甘くてお節介で強いのは知ってるぞ」
「ルフィ……それ、褒めてるつもりなの?」
ルフィの言葉に、つい呆れた声が出たのは許して欲しい。でも、喧嘩は落ち着いたのだから良しとするしかない……かな?
その時全員分のステーキセットが運ばれて来て、その直後にパスタとか色々運ばれて来るのを見れば会話は一時中断となる。運ばれて来た骨付き肉にかぶりつくルフィを見ながら、つい頬が緩むけど……正直、ゾロを取り返す方法が決まらずにいるのよね。
この船にいる客からスって回るのも考えたけど、危険過ぎる賭けだと思う。何しろここには被害者になってる人も多いからから、余計に苦しめてしまうリスクもあると知ってるもの。
それにしても、人数分のステーキセットが、まさかの巨大ステーキ肉を持ってこられる形とは思わなかった。それをサンジくんが切り分けてくれて、お皿に乗せてくれたので私達はそれを有難く受け取る。
そうしてる間にも、ルフィのお皿には骨が山になっていて……うんうん、よく食べてるとニマニマしてしまう。そんな私を見てロビンが優しく笑うから、少し恥ずかしくなって俯いた時サラダ等が運ばれて来た。
そうして皆で食事を進めるけど、掃除機を思わせる勢いでルフィがスパゲティを吸い込んで行くのを本当に凄いわねと思いながら見ていれば、呆れたような視線がカリーナから送られていた。何が原因かは分からないけど、カリーナとしては何かあるんだろうなぁ。
「ナミ……もしかして、この吸引捕食生物がアンタの言ってた〝ルフィ〟なの?」
「え?……話した事、あった?」
「大いにあったわ。もう、好々爺みたいな顔で大食いの可愛い弟達について永遠に語られたわよ。ついでに、世界一美しい姉と、尊いお母さんの話もね」
カリーナの言葉に、何故か全員が同時に納得した様子で頷くから、何故だ!?となりながらも昔を思い起こす。
カリーナが何か聞いてくる度に、ベルメールさんとノジコが脳裏で笑ってたのは思い出せるんだけど……。ダメだわ、ルフィ達の話をした記憶が無い。
「ベルメールさんとノジコ以外に家族は居ないの?とか、恋人の一人とか居ないの?って聞くと、愛しい子なら三人居るとか、他に家族と言えるのは弟が三人居るとか、そんな事を言ってたわね」
頭を抱える私を哀れに思ってか、カリーナがそう言って説明してくれる。その瞬間、それなら確かに話たかも……!と手をポンッてしたら、また皆が頷いた。
何故か二回目のそれには、ルフィは加わらずにハンバーガーを口に入れていたけど。今回ルフィから少し離れた所に座ったので、食べ切れてないお肉をそっと渡す事ができずに何とかサラダで食べてる現実に、そっと溜息を落とす。
「そんな話はさておき……カジノでは悪かったわね。でも、テゾーロの手下として潜り込んでるから、仕方なかったの」
カリーナがそう言ってニコニコと笑うのを見て、嫌な予感に駆られた。だって、わざわざカリーナが潜り込むなんて言ったと言う事は……普通に雇われて働くとかじゃ無いって事だもの。
潜り込んでまで求めるのは、普通に幹部として働いた時の給料ではない。勿論、愛人とか妻なんてカリーナが望むとは思えないわ。
「
先程とはまた別な味付けのスパゲティを吸い込んで、モゴモゴしながら言うルフィにお行儀が悪いと叱っても無駄なのは分かる。でも、それは決して、可愛さに絆されたからじゃないんだからっ!
そんな訳で、ルフィから視線を逸らし気になる事をカリーナに問う。カリーナが潜入してまで求める物なんて、ここにはそんなに多くない。
「あんた、まさかテゾーロマネーを狙ってるの?」
「
何だそれと言う意思が、言葉にされなくても伝わるので、ルフィが気にしてるテゾーロマネーについての説明をする。それを待って、カリーナは胸元から鍵を取り出すとテーブルの上に置いた。
このタイミングって事はとカリーナを見れば、得意そうに笑うカリーナ。テゾーロが好みそうな、私の常識では考えられない形をした鍵は、それでも過去の経験があるから鍵だと認識できたに過ぎない。
「テゾーロに近付いて、漸くスペアを作れたわ」
「鍵?」
サンジくんが不思議そうに問かければ、カリーナは真っ直ぐに私の目を見て言い切る。つまり、また手を組もうと言ってるのだ。
確かに運び出す金額を考えても一人では不可能。なら、ゾロを助けるのに使うお金を得るには前向きに検討した方が良い。
ただ、仲間を巻き込む事をして平気なのか。私とカリーナの二人で組むのとは、訳が違う。
「タワーのテッペンにある巨大金庫の鍵よ」
「じゃあ……本当に……」
「ええ、金庫に眠る五千億ベリーを狙う!!」
「
ウソップが有名な魚の博士みたいになってるのを聞きながら、我関せずなルフィに苦笑してしまう。どうやらステーキがお気に入りらしく、まだ切り分けられていない肉に手を伸ばして切らずにそのまま食べ始めた。
そんなルフィを誰も気にせず、チョッパーは戸惑いと驚きに満ち溢れてロビンはそれに正しい情報を伝える。そして天上金の事に触れれば、ロビンもフランキーも納得した様子を見せたものの盗む事には否定的。
それは恐らく、暴れて奪えば良いという考えが抜けないから。でもそれをカリーナが無理だと伝えれば、それ以上の反論は無い。
「だから……騙して奪い取る!この街のルールで勝つしかない!!」
「……仕方ないわね」
「おいナミ!?本当に信用していいのか?」
私がカリーナの言葉に頷けば、ウソップは叫ぶように言う。でも、正直ウソップの言い分は正しいと思う部分はある。
それでもひとつ、確実に言える事があるのよ。カリーナは、私を嵌めたりしない。
「今はこれしか方法が無いでしょ……。どこかでバイトするとか、ショーで稼ぐには時間が足りないもの。それとも……私一人に任せてくれるの?」
「う……」
私一人なら、やりようはある。それこそ、後で返すとでも言えばシャンクス達なら代わりに支払ってくれるだろうし、他にもお金を出してくれる可能性のある男はいるもの。
でも、可能ならば自分達の手で、ゾロを取り戻したい。それに……カリーナ1人でやらせると危険過ぎるから、見守りたいのも正直あるのよね。
「ゾロは、救えんのか?」
「成功すればね」
ルフィは肉を食べながら、真剣な顔で問い掛ける。それにいつもの様子でカリーナは軽く応えるけど、それによりルフィが乗ったと言うので、ウソップも腹が決まった様子。
ならばここはカリーナに仕切らせる訳にはいかないからと、私が立ち上がる。纏め役が必要だもの。
放置したら、収拾がつかなくなる。それが麦藁の一味。
「狙いは五千億ベリー!誰も手にした事の無いテゾーロマネーを奪う。これは、命懸けのギャンブルよ!!」
私の言葉に皆が独特の笑い声を出す。そのまま取り分の話になり、カリーナと揉め始めた時物音が聞こえて全員同時にそちらへ視線を向ける。
その姿を見て数日前に薔薇を売りに来た子供達だと気付くけど、下手に動けない。今は……私達もまた境遇は近くてゾロの命を守るには……と考えている間に、少年が殴られそうになり慌てて足を一歩前に出せばカリーナに羽交い締めにされた。
背後から耳元でダメよと言われたけど、でもっ!!
……私が動けない間に大男が間に入り、身を呈して庇った。その姿が、何だかゲンさんと重なって……私はただ見守るしかできなくなってしまう。
私もノジコも気が強くて、殺されるの覚悟で挑むような子供で、ゲンさんには迷惑かけちゃったな。そんな事を思い起こさせられていたら、大男は家族を殺されたのだと知って……苦しくなる。
それでも笑う事を強要されて、足蹴にされて、そんな形で子供達を守った男に……ルフィは怒りを見せる。それは、子供達の守り方が悪いとかじゃ無い。
戦わない事が納得できないとでも言うようなそれは、けれども戦えない人達の事を理解できない強者のソレ。弱者の立場を知らない人間の意見にしか聞こえないだろう。
だからこそ、子供達は怒るし泣くし、感情を抑える事さえできずに駆け出していく。それを職務放棄と看做さずにいる優しい大男に、私はそっと歩み寄る。
視線を動かせばオルガンが見えて、だから使えるのかと店主に問い掛けた。それに小さく頷いた店主は、そのオルガンを少し寂しそうに見詰めるから、故人が大切にしていたのかも知れないと気付く。
それならばそれは使えない。でも、ドラムって訳にもいかないからと少し考える。
食事代と宿代を考えたら、弾き語りでの稼ぎはいいものなんだけどな。どうしよう……。
大切な遺品だろう物に触れるのは……あ!ハープ持って来て演奏しようかな。
「音はまだ、出ると思います。弾きますか?」
「……でも、ご家族の思い出の品でしょう」
「だからこそ、壊されない為に……使っているのだとした方が良い気がして、演奏できる方にはお貸ししてます」
酔っ払いや、横暴な彼等ではなく……でも、人を雇ったりできる時間もお金もないのだろう。それがわかったから、先に断ってから鍵盤に触れる。
音を確認して、出ない音やズレてる物が無いと分かれば後は交渉するだけ。この店に、宿の機能があるかも含めて確認しなくては。
そうして確認した結果、上にはワンフロアを貸出すタイプの部屋があると言うので、それの支払いと今回の食事代の支払いとして客寄せの演奏をと話してみる。それにより、もしやと呟く店主に、私は仰々しいまでの口上を述べてにんまりと笑った。
「……御察しの通り、私、作詞作曲においてはそれなりに名の通った存在と自負しております。通り名は〝宝玉〟に御座います。ご不満等が無ければ、食事代と二泊の宿代、私の弾き語りにて代替えとさせては頂けませんでしょうか」
「……何曲?」
「初めは、お貸しくださる店主へ向けての贈り物として一曲。その先は、それにより気分が落ちるリスクを考慮し五曲ほど、盛り上がる曲の演奏をさせて頂きたく」
仰々しく挨拶して、交渉してみたけど……どうだろう。反応が、返事が怖い。
普通に舞台に立つより、震えそう。いや、断られてもお金払えば良いだけなんだけどさ。
「宜しく頼む。……即席のポスター作って、表に貼る他店内の客に伝えるから、残りの飯でも食って待っててくれ」
「ありがとうございます」
そうして席に戻るとルフィは大喜びで、サンジ君は少し困った顔で笑ってた。意味が分からないって顔をするカリーナに、簡単に説明をする。
カリーナは知らなかったかな。私は、あの頃もこうして稼いでたんだけどね。
「元々自分の食事代とかは昔からこうして稼いでたし、海賊になってからも時々こうやってお金を払わない方向に持っていってたのよ。……カリーナには聞かせた事無かったかな?」
「笛を吹いてるのは、見た事も聞いた事もあるけど、歌は知らなかったわ。今回のステージに居るのを見て、初めて知ったの。……音楽家として、海賊やってたのね」
「え、違うけど」
「はァ!?」
本気で驚いてるみたいだけど、私が航海術持ってるのは分かってる筈。何度か天候の変化も指摘したし。
首を傾げてカリーナを見詰める。カリーナも私を見詰めていた。
「私、航海士よ」
「おかしいでしょ、それ!!ナミは、宝玉先生なんでしょう!?」
「ナミはおかしくねェぞ!」
私の夢について、話してなかったかなー?って首を傾げたところで、ルフィが割って入るから話が余計にややこしくなる。そのままルフィは残ってた物を食べ尽くし、サンジ君は一服する為にと建物を出た。
ロビンはチョッパーを膝に抱いて頭を撫でていて、フランキーはそんなロビンの近くで見守るように護衛をする。ブルックは私が借りたオルガンの調律や整備をしてくれて、ウソップはそれを近くで興味深そうに眺めていると言う、何とも協調性の無い様子に笑ってしまう。
でもそれがこの一味だから。そう思えたら、心は妙に穏やかになるのだから不思議なものね。