ブルックが調律を終えてくれたのとほぼ同時に、簡易のポスターを貼り終えたらしい店員さんが呼びに来る。その時花を売りに来た子供達も帰って来たので、二曲目以降はワンピースの主題歌から選ぼうと心に誓う。
だって、わかるから。死にたくなる程の絶望と屈辱。
もしも今、背負う人がいなければ、私はとうに生きてはいなかった。信じられる人がいなければ、あの時の衝動に身を任せていたもの。
どうして自分が生きてるのか分からなくて、なんで呼吸してるのか理解できなくて、全てが呪わしい。エースが死んだと思った時、私のせいで死んだと思った時、頭にモヤがかかったような、そんな気がした。
何かが頭を包んでるような、嫌な感覚が拭えなくて、なのにただ目の前が暗くなる。……どういう訳か、私はそうした時怒りが外へ行かず、自分に向くらしい。
だからこそ、己を殺したくなるのだ。他の誰かを殺したり傷付けたりする、復讐に向かう選択肢ではなくて、会いに行きたいと願ってしまう。
死にたいと思う自分をおさえて、生きるのは案外難しい。死にたいと口にしてる内は死なないなんて言うバカもいるけど、最期のヘルプである事も少なくないのだ。
そこで見捨てた事で自殺されたら……どれ程後悔しても返らないし、下手をすれば自殺幇助の罪に問われる。何よりも、それを自分の責任だと思う事も無く生きられるなら……そいつはもう既に〝人間〟であるとは既に言えないだろう。
だからこそ〝人でなし〟つまり、人では無いと言う言葉があるのだ。そうなりたくなければ、言動には気を遣いたいものである。
気持ちを切り替えて、歌う物を考える。何曲か候補は絞ったけど、ドラムを必要としない曲から選ぶとなると最近の曲からは選びにくい。
歌詞だけならば白銀がいいと思うけど、あれはドラムが欲しい。だから、今はこの曲に決めた。
そっとオルガンの前に腰掛けて、題名を告げる。この歌が、少しでも慰めになればいいと願いながらも、きっと痛みを呼び起こすだろうと理解して……このオルガンの持ち主の代わりに……届けたいと願う。
「〝あなたに逢いたくて ~Missing You~〟」
この曲は悲恋の歌。だからこそきっと、この場で誰か……何かを喪った経験のある人には響く。
場の空気を盛り上げるのは、後でいい。今はただ、もう想いを伝えられない人達の代わりに……。
歌い出しの伴奏の他は、間奏のような物が特に無い。その代わりに、全体的に歌詞の途中で間が入るから、案外歌いやすいと思ってる。
「ーーー」
自分で望んで旅立った訳では無いだろう。それでも、思い出達にさよならを告げたのは、きっと同じ事。
「ーーー」
時が流れて、遺された人はそれでも笑えるようになったのかな。毎日忙しくしているのは、先程のやり取りからだって伝わってくる。
忙しさに埋もれなければ、思い出して苦しくなる。簡単に乗り越えられるなら、そんなに深く愛しはしないのよ。
「ーーー」
あなたに逢いたくて、逢いたいが故に眠れなくなる夜もあるよね。そんな時は温もりを思い出しながら、そっと瞳を閉じて欲しい。
ここが間奏と言えそうな間のある先の所。だから呼吸を整えて、感情を持って行かれすぎない様に心を落ち着かせる。
「ーーー」
先に逝った人達もきっと、あなたの隣を歩きたかったと思う。二人の未来を築きたいと願ったと思うわ。
私なら、そう願うから。でも、それが無理ならせめて幸福でと祈るように願うの。
「ーーー」
どんなに愛しても、叶う事の無い愛もある。そんな当たり前の現実に気付けない程に、あなただけを想っているの。
脳裏を掠める愛しい人達の顔が、いつも笑っていたらいい。皆の中にいる私も、笑っていたら良いのだけれど。
「ーーー」
ずっと見詰めていたし、愛してる。殺されても、恨めない程素直に。
私の死が、貴方を傷付けなければいいと願うだけ。貴方の役に立てるならそれで私は幸福だから。
「ーーー」
あなたに逢いたくて、でも逢えなくて……。だからこそ眠れない夜が続いたと思う。
そんな時は、温もりを思い出して。そっと瞳を閉じるだけでいい。
「ーーー」
共に過ごした日々を生きている人達が忘れずにいてくれたなら、それだけでいい。だってどんな終わり方でも、後悔はしないでしょう。
二人、愛し合った事を。共に笑い合った日々を。
二回目にして最後の間奏。残るはサビのみ。
周りの人達の反応を見る余裕はない。優しいオルガンの音色が、今も持ち主の想いを教えてくれてるような気がして……。
「ーーー」
あなたに逢いたくて、逢いたくて……。狂いそうな程に辛く眠れない夜は、あなたのぬくもりを思い出して。
そうしてくれたら、そっと包むように抱き締めているから。だから、あなたはそっと、瞳を閉じてくれたらいいの。
「ーーー」
愛してると、囁いて。互いに触れられないのだとしても。
歌い終わり、演奏だけが残る。まるで彼等の傍を離れた彼等の想いだけが残ってると言うように、音だけが残って響いて行く。
最後の音を終えた時、細く長く息を吐き出して、顔を上げれば泣いている人達が見えた。本来は死別の歌では無いのに、きっと皆……誰かを思い出しているのだろうとわかる。
「……ご清聴ありがとうございました。この先は、お酒の場に相応しい明るく楽しい音楽を演奏させて頂きます。引き続き、お楽しみください」
そう言って鍵盤に向き直り、私は静かに指を滑らせた。まずはこの空気を変えるなら、ドラムとかはなくてもこの曲だろう。
〝ウィーアー〟これだけは、外せない。何度も聞いた事のある皆は出だしから楽しそうだし、途中からブルックも演奏に加わる。
一気に空気を変えて、盛り上がる店内。それにつられたように入店する客の姿。
小さなパーティ会場のようになったその場所で、予定よりも多くの曲を演奏しながら、私達は少しだけでもこの場にいる人達の心が休まればと願っていた。盛り上がるその思いはそれぞれ違うとは思うけど、諦めない事が大切だと今は思えるから。
ルフィなら、どうにかしてくれるんじゃないか。そんな事を素直に思えて、今この瞬間を楽しむ事に罪悪感を抱かないように気を付けて笑う。
ゾロの事が心配だけど、焦っても今は何もできないから。下手に今落ち込めば、同じように舞台に立っていたチョッパーとブルックの事も傷付けてしまうし、責めている事になってしまうもの。
そうして盛り上がる中、ルフィがそっと私に近付いて来て耳元で外に出て来ると言う。慌てて立とうとしたら、サンジ君がそれを視線で制して表に行くから私は腰を降ろして、二人の背を見送る。
店内でナミとブルックを中心に演奏会が繰り広げられている時、ルフィはゾロの捕まっているHOTELを静かに睨み付けていた。サンジはその様子を眺めつつ、ばらまかれている広告の一枚を手にして、眉間に皺を寄せ溜息を落とす。
ロビンとフランキーが店主から借りる部屋の方へと足を進めて、寝られるように色々とチェックをしてくれている。そしてチョッパーとウソップが驚きを隠せずに硬直しているカリーナの傍について、敵なのか味方なのかを見極めようとしていた。
金の中に埋められて、首を落としやすいように首周り……襟の辺りまでを出して、残りを全て金に埋めていると言うのが正しい様子のゾロ。その姿を撮影した写真に文字が書かれている。
『
ロロノア・ゾロ
直接的に〝公開処刑〟と書かない辺りにテゾーロのいやらしさが滲み出ている。麦藁の一味から手に入れたゾロをナミ達が買い戻そうとしたのを、再注文して買い直す……と言う嫌味も込められているのだろうか。
色々な取り方ができそうなそのチラシに、サンジは忌々しそうな声を出す。普段は喧嘩していても、この二人……本質が近く気は合いすぎる程なのだから仕方ない。
「ったく……たいそうなチラシ、バラ撒きやがって……。おい!ルフィ今日は寝ろ!明日朝イチで変装準備だ」
サンジの言葉を受けても、ルフィはHOTELを睨む。まるで壁の向こうにいる、ゾロとテゾーロが見えているかのように。
サンジはそんなルフィから背を向けて、自分を追い込みすぎる程に追い込んでいるだろう人の元へ向かう。女達はそれぞれ小さな個室で寝て、男達は三人ずつに分かれて寝る事になるとの説明は全員が受けている。
その部屋それぞれの前を廊下が通っていて、その目の前にある大部屋がリビングとなっているので、そこで色々と朝から準備をする予定だ。ルフィ、チョッパー、フランキーで一部屋を使い、ウソップ、サンジ、ブルックで一部屋を使う事になったのは、身体のサイズ的な問題で大きなフランキーと小さなチョッパーでバランスを取っている形となっただけの事。
けれどもサンジは自分に与えられた部屋ではなく、別な部屋の前へ行きドアを叩く。返事がなくても、サンジには見聞色の覇気があり、中でベッドに腰掛けて微動だにしないそれが手に取るように分かってしまうのだ。
リビング空間にはキッチンもあるとの言葉を思い出して、サンジは野郎共の分も含めてホットミルクやミルク入りの珈琲、ココア等を用意して配る。気持ちを落ち着かせて明日に備えて貰うのは、コックとしての役目でもあるから。
そうして最後にもう一度、ホットミルクに蜂蜜を入れた物を手にドアを叩く。それにも反応しないのは分かっていたが、声を掛ければ動くのも分かっていた。
それなりに長い付き合いだ。それに、彼女は甘く優しい。
「ナミさん、皆に飲み物を配っています。飲んで貰えませんか」
数秒の間をおいて開かれた扉の中には、寝巻き姿の愛しい女。痛々しい程に無理して笑う、悲しい笑顔がそこにあった。
気付かれていないと、本気で思っているのだろう。けれども演じる事に慣れた彼女は、大切な存在の前ではその仮面にヒビが入っている事が多いのだ。
「サンジ君……ありがとう。残りは二人分?」
「最初に持ってきましたが、寝ていたのか出ていただけなかったので、皆に配ってからもう一度来てみました」
サンジ君の言葉にバツが悪くなってしまう。聞こえていたのに、頭が働かずにただ窓の外を眺めていたから。
せめて、仕事や執筆をしていたなら良かったのに。何もしてなかったのだから、情けない。
やるべき事、やれる事ならいくらでもある。なのにどうして……私はただ、呼吸だけを繰り返していたのだろう。
自己嫌悪に陥りながらも、心配かけない為に笑う。大丈夫、私は仮面を付ける事になれてるわ。
「ありがとう。航海してないから、航海日誌をどうしたらいいか考えていたのよ。……気付かなくてごめんなさい」
でも本当は分かってるの。こんな言葉で、この賢い人を誤魔化せる訳もない。
分かっていて口にしたのに、騙されたフリをしてくれる優しさに泣きそうになってしまう。弱さによる甘えが、仮面を破壊していく。
部屋に入って飲み物をサイドテーブルに置いたサンジ君は、ベッドに腰掛けるように促すから、それに誘われるようにしてベッドに腰を降ろす。そうして手にしたカップは温かくて、そっと口をつければホットミルクに砂糖ではなく蜂蜜が入ってるのが分かった。
それも、この蜂蜜、蜜柑の香りがする。サンジ君は、どれだけ私を甘やかせば気が済むのだろうか。
何よりも、この蜂蜜入りのホットミルクという存在が、心を弱くしてしまう。何故か昔から、皆私に何かある度に入れてくれるから。
「ベックも、よく入れてくれたのよ。ホットミルク」
「赤髪海賊団の、副船長ですか?」
「ええ、私が喜ぶようにって、ルーと二人でコソコソ試作してたのをヤソップが見てたらしくて、遠慮して飲まないでいた私に教えてくれたの」
目を閉じなくても、浮かんでくる優しい過去。愛しい人達。
まだ小猿だったモンスターも、私によく懐いてくれていた。ああいうのは愛玩動物とか、ペットと呼ぶのだと思うわ。
自然に笑みが浮かぶ。そんな私に、サンジ君の優しい声が聞こえて来た。
「……本当に、愛されてますね」
「自慢の、兄達よ。私が熱出して寝込んだりすると、ガウなんてベッドの横から離れなくなって、移すかもしれないから離れてって言っても聞いてくれないの」
彼等は本当に優しくて、だからこそ残酷にもなれる。あの時、船内に侵入した敵が私のいた船室のドアをぶち破って入って来た時は、突然ガウが豹変して文字通り血祭りに上げてしまった。
その上でハブとは違うから、滋養強壮にも使えないと独りごちて居たのが印象的だったわ。それに……。
「ベルメールさんやノジコもね、私が落ち込んだりするとホットミルク作ってくれて、たまに中に潰した果物入れてあるのよ。いちごミルクとかは、冷たいイメージだったからなんか驚いちゃったのよね」
色々な果物で試して、結局蜂蜜に落ち着いた。それは、蜂蜜が甘いと言うのは勿論だけど、完全バランス栄養食であるからと言うのが大きいと知っている。
この、完全バランス栄養食は、卵と牛乳も同じ事。生き物が育つのに必要な栄養素が全て入ってる母乳である牛乳と蜂蜜は勿論、生命体その物を全て食べる事になる卵の完璧さは言うまでも無い。
何かに集中してる時は勿論、精神的に弱ると食べ物を受け付けなくなるから、皆色々考えてくれて……結局皆、同じ答えに行き着いた。だからなのか、蜂蜜入りのホットミルクを飲むと涙腺が緩くなってしまう。
「……サンジ君、ありがとう」
「あの馬鹿が捕まったのは、ある意味自分からとも言えるし、自信過剰過ぎたのが原因です。これだけの船を、世界政府にも天竜人にも奪われる事無く経営出来るという事は、何かある。それくらい簡単に分かるのに……何も考えずに挑みかかって、囚われた」
「サン「そんな馬鹿を……ナミさんやチョッパー、ブルックは精一杯頑張って助けようとしてくれました。……この先は、全員の協力が必要と考えて貰えたら嬉しいです」」
名を呼ぶより早く、言葉を続けられて微笑まれる。その笑顔に、涙が零れそうになって慌てて俯いた。
多分、他に方法はなかったし、私達にできる最善を尽くしたとは思う。それでも、騙されない為の手段を、その口を封じる為の言葉を、何も思い付かなかった己が憎い……。
テゾーロを一撃で倒せる程の実力があれば、私はきっとゾロをあの場で奪い返せたのに。どうしてサンジ君がこんな風に、私を甘やかすのか分からない。
悔しくて、情けなくて、押さえなきゃと思うのに涙が落ちそうになる。耐える為に強く目を瞑り、その瞼の動きで落ちた一滴がホットミルクに触れて波紋を作った。