瞳を逸らす事を許さないと言うかのようなそれに、私は息を呑む。そんな私に、ロビンは甘く囁くような声を向けて来る。
「ナミ、貴女もしかして〝宝玉〟なのかしら?」
私がそれに答えるより早く、チョッパーがそれを肯定して医学書を嬉しそうに見せる。そんなチョッパーにロビンは微笑み、小さくやっぱりそうなのねなんて言うから……背筋を冷たい物が走る。
しまった、追求がないからと安心してたけど……私ロビンの過去とか勝手に……。視線を逸らす事も出来ない状況で、ロビンと見詰め合う形になる私。
「ロビン、ナミを虐めるなよ」
「虐めたりしないわ。少し、航海士さんに確認したい事があるだけよ」
ルフィの言葉にロビンは戸惑う事なくそう答えるから、ルフィもならいいやと言って手を離す。いや待って、今だけは抱き締めて離さない位してくれていいからっ!
「〝宝玉〟の出してるこの2冊の本について、聞きたいだけなのよ。……答えて、くれるわよね?」
そう言われて差し出されたのは、ロビンの過去について書かれたものと、嘘つきノーランドの真実だ。それを見た瞬間私から、ウグッと言う変な声が出た。
「過去の新聞を取り寄せた所で、新聞には真実は書かれていない筈よ。それに、オハラに関しては存在さえ消しさられた。それなのに貴女は詳し過ぎる……それに加えてこの本。どういう事か、説明してくれるわよね?」
ここでノーと言えるだけの物はなく、でもイエスと言って答えられるような内容では無い。私はロビンのお母様達が命懸けで遺した事で、現在に伝わる1冊の本の題名を告げる。
リトルガーデンの事が記されていた、あの本である。あの本は、あの島の湖に沈められた事で現在まで伝わり、販売され続けている。
「オハラその物は消しされても、知識人達はオハラの遺した本を現在までこうして伝えて来た。その知識人達がこぞって口にするオハラについて……政府がいくら隠そうとも隠しきれないものはあるのよ」
「航海士さん、貴女は……」
驚きの声を上げるロビンに、内心で嘘ついてごめんと謝る。漫画で得た知識なのに、まるで自力で調べたみたいに言ってごめんなさい。
「ニコ・オルビア、クローバー博士、彼等はオハラの考古学者を語る上で必ずその名を耳にする様な人達だった。その、オルビアさんの娘が貴女よね。ロビン」
何度あの作品を読み返しても、私はオルビアさんが〝良い母親〟だったとは思えない。でも、彼女は〝最高の知識人〟であったとは思う。
女や母親としてはロビンの幼少期を思った時に、決していい判断をしたとは言えないけれど……せめて、可愛がってくれる仲間に預けるとかすれば良かったのにと思うけど、それでも彼女は〝偉大なる研究者〟だったとは思う。
偉大なる科学者が良い父親では無い事が多いのと、それは同じ。恐らくは両立なんて出来やしない。
仕事か家庭のどちらかしか、人間である限り選ぶ事なんて出来はしないのだろうと思う。この先の未来で、ロビンが親になったならば、きっと両方を選びとるんだろうとは思うけど、それは誰でも出来る事じゃないと思っている。
私はきっと、そうなった時航海士や測量士である事を辞める。私は仕事より家庭を選ぶタイプだろうと、自分でわかってる。
だからと言って、仕事を選んだオルビアさんがおかしいと言うつもりは無い。彼女が研究者として最高の人で無ければ、この世界の知識は大きく失われていた事だけは間違いないのだから。
報せる為に故郷に帰ったから、仲間と共に命懸けで知識を守ったから、今これだけ衰退する事もなく知識が正しく世界中で受け継がれている。壊すのは簡単で、受け継ぐのは難しいと言うのに……。
三国志の時にあった文明が全て滅ぼされた為に、後の時代の話である筈の水滸伝は文明が退化している。当然戦闘方法等も含めて……それを思えば、オルビアさんがどれ程の偉業を成し遂げたのか分かろうと言うもの。
そんな中でも、オルビアさんは最期に母親として娘を生かす努力をした。勿論オハラ最後の知識人を、考古学者である存在を、オハラを残す為だったとも言えるかも知れないけど……私は彼女の生き方を否定出来ない。
選んだものがたった1人の子供か、世界規模の知識かの違いだから。きっとそれは、どちらを選び、どちらを捨てる選択をしても、間違いでは無い。
「オハラは、何も悪くないわ。だから当然、ロビンにも何1つ罪なんて無いと思ってる。だからね、調べて分かった事を精査して、命が狙われないギリギリまで話を変えて本にしたの。勝手な事をしないでと怒る権利は、ロビンにはある。寧ろロビンにしか無いわ。だからロビンがそれを許せな「会って、話をしてみたかったのよ。〝宝玉〟とは、どんな人なのか、はじめてこの本を見た時から、話してみたかったの」」
許せないと言われる事も、憎い怨めしい言われる事も、罵られる事だって、覚悟してた。クラッチとかやられるのは少し怖かったけど……他はロビンの気の済むようにして貰うつもりでいたのに。
ロビンは涙こそ無いけど、震える瞳で真っ直ぐに私を見て来る。その表情には、何故か微笑みが浮かんでいるから私は戸惑いを隠す事さえ出来ない。
「〝宝玉〟は、私達を、オハラを否定しない人だろうと思ってたわ。だからこそ、クローバー博士の知古なんじゃないかって……母の事を何か知ってるんじゃないかって、思ってたのよ」
「ごめんなさい。私は、知識でしか知らないけど……元、ロジャー海賊団の人達は多分、クローバー博士と知古だと思うわ。今ロジャー海賊団で生存が確認出来ているのは、船医だったクロッカスさん、元副船長のレイリーさんとその妻シャッキーさん、当時見習いだった現在の四皇赤髪のシャンクスと、道化のバギーね」
「シャンクスって、海賊王のクルーだったのか!?」
ルフィが会話に入ってくると、その場の空気が変わった。何か、どう表現したら良いのかもわからないくらいに。
「そうよ。バギーとシャンクスは同じ見習いだったの。聞いてないの?あんなに仲良かったのに」
まぁ、私もシャンクス本人から聞いては居ないんだけどね。でも、シャンクスが海賊王の元で見習いしてたのは、この世界でも有名な話なのに。
バギーは確かに知られてなかったけど、自分でそのシャンクスと同じ船にいた事をルフィに話してたし、ルフィが知っていて何もおかしな話ではない筈なのよね。でも、父親を知らないと言い切るルフィだから、それはそれで仕方無いのかも。
「クロッカスさんって……あの、ラブーンの所にいた?」
サンジ君が動揺を隠さずに言うから、私は頷く。あの時サンジ君近くに居なかったっけ?
「そうよ。シャンクスの知人だって事で、医学書譲って貰って……ルフィがラブーンを助けたお礼にって販売許可貰ったの。だから、私の出してる医学書は私の祖父と海賊王の船医の知識を纏めた物って訳よ。だから、私は何も凄くないの」
何処かが少し違うけど、概ね間違ってない。だから、私が凄いんじゃない事を強調しながら、必要以上に期待したり持ち上げないでと心から願う。
「この医学書は綺麗に纏められてて、使い易いんだ。これが広まれば助かる命は多いと思うぞ」
「ドクターもクロッカスさんも喜ぶわね。良かったわ」
とりあえず2人の名に泥を塗るような事にならなくて、本当に良かった。そう思っていたら、ロビンが晴れやかな笑顔を向けてくれた。
「逢えて良かったわ。これから、よろしくね宝玉さん」
「お願い、その名で呼ばないで。……宝玉は、世界から狙われてるらしいのよ」
「……そうね、出してる物に問題があるものね」
クスクスと笑ったロビンは、それからそっと地図を1枚差し出して来た。地図はどうやらこの島の物のようで、とある1箇所にバツが付けられているのを確認した。
ロビンに視線を向ければ、小さく頷いてから説明してくれる。頭のいい人が増えると色々楽だわ。
地図はいつの間にかルフィに奪われていたけど、さっき島の中を歩いたし、今地図を見たからだいたいわかってるのでそこは問題無い。本当に、この肉体の頭は出来が良いわ。
ロビンはその地図がこの島の物であり、バツ印が付いている所に〝はみだし者〟と呼ばれるモンブラン・クリケットが居るのだと教えてくれた。その人物ならば空島に関する事を知っているかもと言う話になり、それならばその人に会いに行こうとメリーを動かし始める。
けれどもメリーが動き始めてそう経たない内に、見た事のある船と良く似た船が近付いてきた。それはルフィとのやり取りの後、突然歌い出してその歌のせいでメリーは壊れそうになる。
歌ってのは、人を癒す為に、想いを伝える為にあるものであって、人や物を攻撃する為のものじゃないわっ!
そんな怒りもあって私は声を荒らげる。メリーを壊す事も、歌を武器にする事も、私には許せそうにない。
「全速前進!この声の届かない所まで!!」
逃げて行く中で、私は歌ってる阿呆に雷を落として、フンッと仁王立ちしたけど、その様子を見ていたウソップが小さくアイツだけは怒らせないようにしようと言ってるのは聞こえていた。そうして逃げ出した私達が到着した先には、大半がベニヤ板……正式な言い方だと合板と言うのだけど、ベニヤの方が1般的だからそっちで……造られたハリボテの家があった。
それを見れば自然と、溜息の1つ位出ようと言うもの。船を岸に止めて、それぞれが陸に降りて行動を起こす。
その時切り株作りのテーブルの上に置かれている絵本を見付けて、手に取っていた。先程話題に上った本の原作でもあり、私が勝手に作り出した本の本来の姿。
「『嘘つきノーランド』か」
つい言葉に出してしまえば、ロビンとウソップ、そしてサンジ君が反応する。それから内容を読み上げたり懐かしそうにしてるサンジ君と話をしたりしつつ、ロビンに言われるままに本来過去編として語られていた話を、色々調べた結果を元に書いた創作だと言う事にして話す。
それによりこの話の母国は怒り狂ってるらしいけど、そんな事はどうでもいいのよと最後に付け加えて。
「『いつか再び〝約束の鐘〟が響いた時、2人の友人は空の彼方で酒を酌み交わし笑い合えるのだろう。その鐘を誰かが鳴らしてくれる事を、筆者は祈り続ける』って終えたのは、今も何処かで生きる子孫の人達への優しさからかしら?」
ロビンは私の書いた方のラストを読み上げてそんな事を言うから、顔が赤くなる。だって確か、ルフィがどういう流れかは忘れたけど、鐘を鳴らして子孫の人達の心を救ったと記憶してるから……。
だから、そうやって締めただけだもの。言い訳するように、永遠に続く〝友情〟があったって良いじゃないと、小さく呟けばロビンが可笑しそうに笑った。
その顔が本当に楽しそうで、それにホッとする。ロビンが笑ってくれるなら、少しでも安らいでくれるなら嬉しいと思えるから。
そんな会話をしている内に、ルフィが海に引きずり込まれ、突然襲って来たオジサンにサンジ君が即座に対応する。参戦しようとした私に、危ないから下がってるようにと言うサンジ君の言葉に足を止めた直後、戦いは予想もしなかった形で終わりを告げた。
そのオジサンが倒れて、治療の為にと家に運び込む事になったからだ。そう考えると、この麦藁の1味ってお人好しの集まりよねと少し思う。
チョッパーがそれからすぐにそのオジサンの診察と治療を行い、それがどんな病なのかを丁寧に説明してくれた。それを聞きながら、襲い来る頭痛の中で私はこのオジサンが誰なのかを思い出す。
彼が……ノーランドの子孫。ルフィが、鐘を鳴らすと決めた理由の人。
ならば彼は善人なのだろう。ルフィが悪人の為に何かをやる事は無いのだから。
私が口に出さなくても、頭痛が起きてる事に気付いたらしいチョッパーに座って休むように言われてしまえば、逆らう事も出来ずに大人しくそれに従う。可愛くて優しくて、それなりに戦える船医に色々な意味で癒される。
そこに先程海で遭遇したお騒がせな2人が、揃ってノーランドの子孫であるオジサンを心配してその姿を見せた。騒ぎながら詰め寄る2人に戦いになるかと思ったけど、ルフィが簡単に状況を話せばすんなりと解決してしまった。
こういう所が、ルフィの凄さよね。そんな事を考えながら私はルフィも外に飛び出して騒ぎ始めるのを、見るともなしに眺める。
まるで久々に再会した友と過ごしているかのように、ルフィは楽しそうにしているから私も自然と笑みが盛れる。そんな私にロビンが笑いかけて来る。
「そんなに船長さんの事、好き?」
「ロビン?な、何を、言って……」
「あら、耳まで真っ赤ね」
そう言って私の耳に自然と触れてくるロビンに、逃げる事も出来なくてオロオロしていたら何故かサンジ君が秘密の花園!と喜び始めた。……サンジ君、大丈夫かしら?
ロビンはサンジ君の言葉にクスリと笑うと、航海士さんとなら、構わないわよ?なんて謎の言語を話す。既に2人の会話が理解不能過ぎて、そして明らかに揶揄ってるだけの様子であるロビンに、まぁ楽しそうで良かったわと思う。
それからノーランドの遺した航海日誌を見せて貰える事になり、私は食い入る様にそれを読む。無言で読み進める私に、ルフィ達が内容を教えろと言うけど、少し待ちなさい!貴重な資料なのよ!?
楽しそうな乗り物に、美味しそうな魚、わかり易い記述で記されたそれにほぅっと息がもれる。この航海日誌を書いた人は賢い人だと伝わり、読んでいて楽しくなる。
それからすぐに静かになったのたけど、それは私がしっかりと読み込んでいた為に、どうやら無意識で音を私が遮断してただけらしい。その間にルフィ達は、ノーランドが正直者だったなんて話を聞いていたらしいと言う事を、私は遅れて知ったのだった。