目覚めると、部屋には私しか居なかった。時間は午前五時。
皆に起きるようにと伝えた時間よりも少し早くて、更に言えばいつも私が起床している時間よりも一時間早く目覚めてしまった。緊張、しているのかも知れない。
二晩で、計画を立て終えて完璧に仕上げて助け出さなくてはならないのだから。変装にかかる費用については、今回ここのカジノで得た物で賄える。
今回カリーナが提案してくれた方法を用いれば、薬の支払いをしても赤字にはならないし、テゾーロをある意味では喜ばせる事が可能になる筈だわ。出し抜く事や嵌める事が好きならば、逆をされても文句はない筈だもの。
皆には変装の為の衣装等を買うようにとメモ書きとそれの費用を残して、表に出る。気持ちの切り替えをする為にも、まず今日は午前中の内に泥棒家業に精を出そうと決めたから、万が一に備えて私が居なくても困らないようにして来た。
これで得た物は宝玉としての私のお金では無いから、問題も無い筈だもの。……正直、カモは多いのだから得られるだけ得て、薬の代金も含めて問題無い状態を作っておきたい。
そうして表に出れば、寒いと言える程度には冷えていて、まだ過ごしやすい海域には来てないらしいと気付く。吐き出す息が白くて、ちゃんと着込んで来るべきだったと少しだけ後悔した。
時間の問題もあり、人は殆どいない上に開いてる店もほぼ無い。それでも、この静けさが妙に心地好くて深呼吸をしてから軽く走る。
町の構造を知っておく事は、案外大切なのだ。最近は船に居たからサボりがちだったジョギングを兼ねて、町の中を記憶していく。
市街戦となった時、何かあって逃げる時、どちらでも有効に作用するのだから良い事と言える。皆がいると中々できないこういった散策も、一人だと地図を脳内に描きつつ楽しめるのだから面白い。
皆と過ごす時間は大切だし、ずっと傍にいたいけどそれだけではイザと言う時私は役立たずになってしまう。少しでも、情報は多いに越した事はないのは確実。
「ナミ」
突然聞き馴染みのある声に名を呼ばれて足を止めれば、鷹のような鋭い目つきと、整った口髭、羽飾りのついた帽子等という騎士風の風貌をした特徴的過ぎる男がいた。軽く汗を腕で拭い、何故彼がここにいるのかと暫し考えてしまう。
考えながらも、一応は声をかけるべきかと思ったのは間違いない。けど、それより先に怪訝そうな眼差しと声が降って来た。
「……まさかとは思うが、一人でロロノアを助け出すつもりか」
「まさか。ただ、ジョギングしてただけよ」
「玄人の眼差しで町を見ながら、か?」
「それは、職業病ね」
クスクスと笑えば、ミホークもその剣呑な空気を落ち着かせた。どうやら、私が一人で乗り込もうとしてると勘違いして心配してくれたらしい。
栓がされたままの酒を投げ渡されて、それを手に取る。見ればどうやら日本酒系の物で、見るからにデザインは女ウケしそうな上に、可愛らしい柄が瓶に描かれていた。
とりあえず開けて口にしてみれば、フルーツのような甘い香りと、余韻の長い深い味わいは感動を呼ぶ程。でも、これ、辛口だわ。
「辛口でフルーティーなのって珍しいわよね……」
「梵超吟と言う名の酒だ。海軍に呼ばれて行った際に、口にしたらナミが好みそうだと思い少し拝借して来た」
つまり、がめて来たらしい。でも、素直に美味しいので多めに見ようと思う。
恐らくその名前が正しければ、珠玉の銘酒。特A地区産の山田錦を使い、マイナス8℃でなんと5年間も熟成され丁寧につくられた拘りの1本である筈。
これ、新世界に入ってから見てなかったのよね。やっぱり珍しいお酒なのかしら?
「ありがとう。本当に美味しいわ」
「時間があるなら、どうだ。宿にまだあるが」
「お邪魔しまーす」
少なくともこの辺りでは珍しい上に高いお酒なので、特に何も考えずに後に続いた。それに多分、ゾロの事を気にして声をかけてくれたんだと思うし。
何だかんだと、ミホークはゾロを本気で可愛がっている。そんな師弟関係が少しだけ羨ましい。
私の師匠は最近、性的な事に貪欲すぎるのが困りものである。私が師事したいのはソレではなく、剣とかの扱いなのに……。
と言うか、そっちの師匠ばかりいらないわ。シャンクスのばーか!
内心で悪態をつきつつ、はぁ……と、溜息を落としたらミホークが小首を傾げた。いい歳のオッサンが小首を傾げて、それが絵になるとか怖い世界だと思う。
「どうした」
「シャンクスと私の関係性と、ミホークとゾロの関係性の格差問題を考えていたの」
「……アレと同等に扱うな。俺は変態だが、奴は変質者だ」
その返答に、どこから突っ込めばいいのか分からずに、そっか……とだけ返したのは不可抗力だと思う。そんな疲れる会話をしながら到着した部屋は、それなりの広さがあり、稼いでるのねーと呑気に思いながら部屋の中を見渡す。
比較的高級な室内だと分かるけど、最高級では無い。金銭的に支払えないとかではなくて、金ピカな内装が気に入らなかったのだろう。
「……景色は良いのね」
「それなりだな。だが……見えるだろう」
言われて視線を向けるけど、何も見えない。いや、ゾロのいるHOTELは見えるけど、壁しか見えないのだから、それではないのかも知れないと視線を動かす。
「どこを見ている。この距離なら、見聞色の覇気を使えばロロノアが見える筈だ」
「あ……そっか……」
「ナミの見聞色の覇気は回避に特化しているが、他も精度はそれなりにある。自信を持て」
「ありがとう。……ねぇ、ミホーク」
「ん?」
私の呼び掛けに素直に応じてくれるミホークは、相当に心が広いと思う。真っ直ぐに見詰める私に、ミホークは酒を差し出すから受け取るけど、そうじゃない。
いや、呑むけど。貰うけども!
「ありがとう。……それで、私を呼んだ理由は何?」
ただお酒を呑みたいなんて、そんな理由では無いのは分かってる。だから問う。
それにミホークは可笑しそうに笑うと、自分の分はワインを取り出して呑む。ただ、グラスを用意するのが面倒なのか、そのまま呑むから珍しいと少し思いつつも特に気にする必要も無いかと一人で納得した。
「……赤髪がナミを探していると聞き、イザとなればかっ攫うつもりで来てみればロロノアの件が分かった。放置すればナミはロロノアを一人で取り戻しに行きかねんと思い、止めようとした迄」
「えっと……なら、手伝ってくれるの?」
ゾロが可愛い弟子だから助けたいと言うなら、納得はできる。そう思って見詰めたら瓶を逆さにする勢いで飲み干してから、ニヤリ感情の読めない眼差しを向けて来た。
それから逃れるように酒を呑めば、やはり美味しい。これ、クーちゃんにお願いしたらこの辺りにいる間も手に入らないかしら。
「何故、助ける必要がある」
「ほぇ?」
「ロロノアがもし、殺されたならばそれはロロノアの力不足。生き残れるのであれば、まだ見込みはあると言える。それだけの事だろう」
「助けないの!?弟子なのに!?」
思わず身を乗り出して声を荒らげた。それくらいには、衝撃的な返答である。
けれどもミホークはそれを軽く流した。いや、流してないかな、返事してくれてるし。
「何故、俺を倒そうとする者を助けてまで育てねばならん。俺は赤髪達とは違い、望んで弟子にした訳では無い」
「あれ?」
「ん?」
「シャンクスには、私が
私の言葉を受けて、ミホークは呆然と私を見詰める。まさか、本気でシャンクスが私を拾ったと思ってたのかな?
仕方なくて、私はシャンクスに出会ったきっかけの事故と、その詫びとして私が求めたのが師事だった事を伝えれば、怪訝そうな顔をされてしまう。何かおかしい事を言っただろうか。
「……何故、赤髪に師事しよう等と頓狂な事を考えた。アレは、基本的にはただの呑んだくれで、戦う姿でも見なければ強いとは分からぬだろう。特に子供にそれを判断せよと言うのは無理がある」
「歩き方とか、そう言うので……何となく。教えるのが上手いかは兎も角として、森での事があったから強いと判断したの。それに……」
まさか原作知識で覇気を使えると知ってましたとは言えないから、それらしく聞こえるように答えていく。ただ、私にはいいアイテムがある。
「それに?」
「私は、時々未来が見えたの。夢で見たり、頭痛と同時に見えたりしたんだけど」
「ああ、聞いた事がある」
「それでね、シャンクスが戦ってるの見たのよ。何より、私が戦ってたのを見た時の反応でただの馬鹿じゃないってわかったし」
私の返事を受けて少し考えるような仕草をする。ミホークって、良くも悪くも素直なのよね。
腹芸かできるのにしないというか。まぁ、変わった人よね。
「……あの幹部達の誰が一番強いと思った?」
「強さは分からないけど……ベックが怖かったわ。絶対勝てないって思ったから、即座に降参したんだもの」
実際は殺せと言った気がするし、生意気に食ってかかった気もしなくもないが、そこは割愛する。自分に不利益となる情報は与える必要など無いのだ。
それに、人間の記憶など曖昧なもの。だから人は紙にそれを残しておくのだから。
「人を見る目は確かなようだな。……だが、それにしては随分と俺には無防備だったが?」
「だって……シャンクスのお友達だと思ったんだもの」
「海賊に友達等おらん」
「ルフィは、お友達沢山よ?」
「戦場で敵をも味方にする怪物と同枠で見てくれるな」
呆れを隠さないミホークは、けれども仕方ないとでも言わんばかりに次のボトルに手を伸ばしつつ、窓から見えるHOTELを睨む。何だかんだとゾロが心配なんだと分かれば、少し微笑ましくて貰ったお酒を飲み干してから立ち上がった。
それにきっと、ミホークに協力して貰うのは筋違い。なら、早く帰って準備をしなくては。
「お酒ありがとう。じゃぁ、帰るからまたね」
「愚かな」
「へ?」
言葉と同時に腕を掴まれて、ブンッと振られる。それにより遠心力で飛ばされて落ちたのはベッド。
そんなつもりは無いからと起き上がろうとするのより早く、ミホークは私に覆い被さると首筋に食い付いてきた。頸動脈を狙うように歯を立てられては、下手に動けなくて咄嗟に習った覇気をミホークに向けてみる。
けれどもそれを受けて少し動きを止めただけで、ミホークは寧ろ好戦的な笑みを浮かべた。そこで私は、己のミスを痛感させられてしまう。
……そうだ、この人、これで案外好戦的な生き物だった。つまり、戦える相手と分かれば手加減しないのである。
これは不味い。このままだと食われると判断して、でも今更無かった事にはできないからと思考を巡らす。
「ミホーク、私汗かいてるの」
「走っていたからな。大丈夫だ。ナミのそれは蜜のように甘い」
「馬鹿言わないで。シャワー位、浴びさせてよ」
逃げる隙欲しさに甘えてみる。けれども、ミホークの返事は素っ気ない。
「不要だ」
「私は浴びたいの」
「ならば……俺が洗ってやろうか」
その言葉に本気の空気を感じて内心で舌打ちする。この男、なんで突然盛ってんのよ。
その思いから手の甲を抓ってやれば、ニヤニヤと笑う底意地の悪さ。それでも手は当然のように伸びて来るから、最低だと睨み付けてしまったのは当然の事。
背中を指先で撫でられ、身体がビクリと反応する。そんな私を逃げられないように腕で押さえ込んで、結局抱き締められてる形になれば、もう逃げ場は無い。
「やめっ……!」
咄嗟にその首筋に手をやれば、笑い声が耳朶を掠める。その美声と吐息で耳が完全なる性感帯と化して、私を翻弄しようとするのを必死で耐えた。
「ナミの細腕では、首を折る等できまい。……そもそも、ナミに殺人等できよう筈もなかろう。お人好し故にな」
首筋に手を伸ばしたのは、折る為では無い。ただ、小さくても確実な反撃をと思って抓る。
軽く捻りも入れて抓るそれは、どうやら確実に痛みを与えたらしい。首筋に赤い跡を残してもくれるこれは、反撃に相応しいと思う。
「ナミ、痛いのだが、なんなのだ?」
「反撃よ、反撃!!」
「……可愛らしいものだな」
そう言ってミホークは私の首筋に、今度は吸い付いて来た。僅かな痛みを残して、恐らく跡も残されただろう。
辞めて欲しい。この身体に何かをしていいのは、ルフィだけなのだから。
「……やめなさい」
「自在に覇気を操れるようになったか。ますます、女に磨きがかかったな」
「褒めてくれたのは感謝するけど、私に触れる事は許さないわ」
「ならば……逃げて見せろ。純粋な腕力では敵わず、近しい者を傷付けられぬナミが、俺から逃げられるとは思わないがな」
ミホークの言葉は、飾らない分攻撃力が高い。真実が人を傷付けると知っていて、言い放つのだからタチが悪いと思う。
間違いなく真実だから、それを否定は出来なくて。だから、悲しくなる。
「……私は、ミホークの事も好きよ。だから、嫌いにさせないで」
「嫌いになどなれぬだろう。一度懐に入れた者には、どこまでも甘いその性格ではな」
そうして、簡単に衣服を破り捨てたミホークは私の肩を掴んで押し倒す。その時に私の足の間に身体を捩じ込ませようとしたのを利用して膝の回し蹴りを入れれば、ミホークはそれを腕で押さえて見せる。
……正直、実力差があり過ぎるのよね。七武海の中で唯一、四皇と並ぶ実力を持つ男。
その証拠にあれだけ強いドフィも、カイドウやビッグマムと戦う事は良しとしなかった。そのドフィよりも弱い七武海は何人もいて、ドフィとほぼ同等だったのがクロコダイル。
そう考えたら、恐ろしい筈なのに……。何故かしら、怖いとは思えないのよ。
「ミホーク、いい加減にして」
「素直に抱かれろ。心まで支配しようとは思わぬ。だが、身体くらいは好きにさせて貰わねば……誤って、殺してしまいそうだ」
「なに、言って……」
「俺はナミに、
私は声を失い、その美し過ぎる瞳を凝視する。そんな私にふっと笑みの形に変えた唇が、言葉を落とす。
本気なのだと、その瞳を見ればわかる。人は、瞳だけはその心を偽れないから。
「本来ならば……連れ帰り、監禁したい所だが……ナミの自由を奪えば、俺の愛した女は消える。故に、今は身体だけで許す。……感謝するんだな」
その言葉と同時に、ミホークは私の両手首を一纏めにして片手で抑え込むと、身体を足の間に入れて胸を揉み始めた。誰が感謝なんてするものかと睨むけど、揉む途中で乳首に刺激を与えられては身体が勝手に反応してしまう。
覇気は使えるようになったけど、それは私よりも本質的な所で弱い相手にしか役に立たない。今回はそれがわかっただけでも、儲けなのかも。
……いや、だからって、支払額がおかしい。どうにか逃げてやる!
そんな事を考えているのが筒抜けであるかのように、ミホークは私を見て苦笑した。その顔が何だかベックと重なって見えたのは、どうしてなんだろう。