独特な足音が、本来ならばその足元からする筈。だと言うのに、僅かに浮いた状態にあるから、その足音が響く事は無い。
本来ならば、カシャンとか、ガシャンなんて音がするはずのこの男は、僅かに浮いたままだ。ただし、浮いてるのは身体だけで、頭とか心がどっか行っちゃってる訳じゃないから、下手な事はできない相手でもある。
背後で、だえー……とか言っていた声が遠ざかり、静寂がその場を支配する。そうなって漸く、男は口を開いた。
「元気そうで何よりだな、ベィビーちゃん」
「お陰様で。……本当に、あの時は助けられたわ。ありがとう」
心からの謝意を込めて笑う。そんな私に少しだけ眉を動かして、分かりやすく溜息をついた。
何が気に入らないのだろう。どこか疲れたような、困ったような顔で、言葉を落とされた。
「何度も言うようだが、俺はベィビーちゃんに惚れてるからな。……それで、なんだってこんな所に?」
「ここを抜けて、行かなきゃいけない場所があるのよ。考えはあるから、気にしないで」
そう言って去ろうとした私の腕を掴んで、簡単に私の動きを止める。砕く気になれば、私の腕など簡単に砕けるだけの力を、この男が有しているのは分かりきった事実。
それでも、この男は私を傷付けない。何故と問われたら答えられないけど、そんな気がした。
「ベィビーちゃん……俺が無意味に挨拶だけしてると思うのか」
低く声が響き、仲間達が臨戦態勢に入る。でも、ここで戦う気はなさそうなシキにふっと笑ってしまった。
それに対して、怪訝そうな顔をする。怒りの断片さえ見せないから、私の考えは間違っていないのだろう。
「ベィビーちゃん?」
「シキ……戦う気がないなら、無駄に挑発しないで」
「……本当に、イイオンナになったな。着いてこい、小僧共」
そう言って私を抱き上げたシキは、有無を言わさずに歩き出す。そうなれば嫌でも皆も来るしか無くて、そうして到着したのは一つの扉。
そこで当然のようにシキに抱き上げられたまま中に入れば、無駄にご立派な居室がある。そこでソファに落とされた私は、何がしたいのかとシキを見るけど、皆が到着するまでシキは何も言わずに立ち尽くしていた。
そうして警戒心剥き出しの皆が到着するとドアを閉めるように言ってから、奥にある扉を開いた。そこには目に痛いような衣装が並んでいて、小道具や装飾品も大量にある。
それは明らかに小さな物まで各種多様過ぎる品数に、何事かと思ったのは私だけでは無い筈。でも、シキはにんまりと笑うばかり。
「何が……目的なの?」
「ここのショーの仕組みは知っている。俺はここでもてなされながら、色々楽しませて貰っていた。……だがな、俺は気に入らねェと感じたんだよ」
「気に入らない?」
「……小僧のやり方が、気に入らねェ。ベィビーちゃんに手を出すのが余計にな」
そう言って私を見ると、部屋の物を好きに使えと言ってくれる。それはつまり、私のやりたかった事がわかっていたと言う事だろう。
それはつまり、敵にもバレてる可能性が高いと言う事に繋がる。だからこそ、映像電伝虫が確実に存在しない空間と言うのは、正直有難い。
「……ありがとう。何を見たのかは聞かないけど、この衣装は助かるわ」
「そんな事言って、俺が繋がってるとは思わねェのか?」
「シキは、案外わかりやすいのよ。少なくとも今は、私を騙してないわ」
瞳を見れば、その醸し出す空気もあって、案外わかる。過去の事を思い出したあの時から、確かに知らない事だらけの未来に入ったけど、それでも今回は私に危険は無い。
今の所、嫌な予感がないのよね。前みたいに、知らない事がイコールで危険じゃなくなったのもあるけど。
シキに対して、初めて会った時のような不快感や、攫われてからの悪意等を感じない。馬鹿にしきった嘲りも今は感じ無いもの。
だからって、私達を一人前の海賊として認めてくれた……というのとも、また違う気がするんだけどね。シキが優しい人でも善人でも無いのは、よく分かってる。
それでも、戦争の時も助けてくれたし……。自分の中でちゃんと筋を通してるのも分かるからこそ、断言できる事もあるのよ。
「シキは、私を陥れない」
「信用に足る男……では無くてか?」
「騙したり、突き落としたりする男を信用出来る訳無いでしょ。それに……私が嫌いな男によく似てるのよ、そのやり口」
溜息混じりに言えば、シキは首を傾げて東の海組は納得した様子を見せた。そんな皆を見ながら、支度を進めるように指示を飛ばせばシキは面白そうに皆の様子を眺めていると気付く。
つまりは、ルフィが<ruby><rb>海賊王</rb><rp>(</rp><rt>ゴール・D・ロジャー</rt><rp>)</rp></ruby>と似ていて気に入らないだけで、ルフィの仲間達はシキにとってみれば魅力的なのだろう。そうして衣装を変えながら、作戦を伝えればウソップは怯えを見せたけど、どうあっても時間までにゾロの元に到着しておく必要があるのだから仕方ないじゃない。
着替えてる所を狙われたり、映像が流されないだけマシと考えるべきだわ。……シキのしてくれてる事は素直に助かるのに、その言動や思考回路が時折アーロンを思い起こさせるから、中々素直にお礼を伝えられないのが残念。
「そ、そんな事して……バレたらっ!」
「やるしか無いじゃない。他の案があるの?」
「でも、口調はどうするつもり?」
「今から、指導するわ。それ程難しくないから……カリーナ、ウソップ、私が天竜人に化ければ何とかなる!!」
怯えるウソップに答えれば、ロビンが問い掛けてきたのでそれにも答える。そうして、役割分担をしていく。
これは賢さが理由では無くて、戦えない人間メンバーが天竜人と言うだけの事。ロビンとサンジ君には戦って貰いたいから、傍に控えて貰って、チョッパーには獣の形になってもらわないと簡単にバレるから天竜人の乗り物をやって貰いたい。
この時困るのは唯一、骨であるブルックの事。さて、彼をどうするか。
「ロビンとサンジ君には戦えるように、役柄を考えてる。ロビンは付き人で、サンジ君は護衛兵」
「天竜人って……どんな……」
「ウソップはカマエル聖、私とカリーナはその夫人よ。チョッパーはウソップを乗せて歩いて欲しいの。乗り物役」
「分かった!」
「ブルックは……奴隷役で何か返送して貰える?骨だって分かると不味いから……上手く隠す感じで」
「それはそうですね!分かりました!!」
骨であるとさえ分からなければ何でもいい。そう思っての発言だけど、それぞれが私の言葉に合わせて支度を開始してくれた。
部屋にある物を迷い無く、遠慮も無くふんだんに用いて行く私達をシキは愉しげに見ている。その視線が気になって衣装を手に振り向けば、突然皆との間に入って皆からの視線を遮るから何事かと思い身構えてしまう。
けれどもその程度では何の役にも立たず、太い腕が腰に回された直後に抱き上げられた。それに驚いている間に重ねられる唇。
抵抗しようにも、力で適う相手ではなくて、後頭部に添えられた手が簡単に私の動きを阻害してしまう。……嫌だ……と、思う、のに、何もできない現実。
キスの途中ではルール違反だと分かってるけど、望んでもいない事だからと思わず目を開いて縋るような視線を向けたら、唇を重ねたままシキが動きを止めた。そのままゆっくりと唇を離すと、深々と溜息を落とす。
「本当に、ベイビーちゃんには適わねェな」
「シキ……?」
「……今のじゃ足りねェが、負けといてやる。……海賊なら、奪われたまま泣き寝入りするなんて、情けない事にはなるんじゃねェぞ」
「うん、ありがとう」
気遣いつつも発破をかけてくれるそれに笑えば、シキは私を解放しつつ何故か天井を仰ぎ見る。目元を押さえているから、何か気になる物があるとかでは無さそうだけど。
目が痛いのかな。歳だし……。
「……小僧共……苦労、してんだな」
「「「そうなんだ(です)よ」」」
ウソップ、チョッパー、ブルックが声を揃え頷く中で、サンジ君が呆れたように笑った。その顔が、眼差しが、私を貫き……愛しいと伝えて来るから、困る。
メロリンってされたなら、呆れたり怒ったりできるのに。慈しむような顔で見詰められると、どうしたらいいのかわからなくなってしまうの。
「ナミさんは、この船のお母さんですよ」
「いや、それは、サンジ君でしょ」
ご飯の支度から、男性陣の躾までしっかりとこなしてくれてるもの。そう思ったら少し切ない。
ロビンはお母さんってよりも、甘やかす伯母とかって立ち位置に思えて来た。元気で良いわねとなんでも受け入れちゃうのが、母親像から外れる理由かも知れないわね。
そんな事を考えている間にそっと腕から解放されて、そっと背中を押された。どうやら着替えを進めろとの事らしいとは分かるけど、本当に扱いにくい相手だとしか思えなくて溜息が落ちる。
そのまま皆と共に支度を整えて、口調や設定の確認をして……謎の物体と化したブルックには最後尾に着いて貰う事になった。最初にコレが歩いていたら、それだけで捕まってしまうだろう事は容易に想像できるもの。
そんな事を考えながら、身支度を私達が進めていた丁度その時。ゾロの元に向かう男が一人。
「感謝するよ。ロロノア・ゾロ」
言葉を紡ぎながら、足音をカツカツと響かせつつ動きを封じた男がその目の前まで歩む。どちらも素直さからは掛け離れた、悪役面の男であるのもあり空気は重く暗い印象を与えそうである。
……無論、この状況を見ている人物がいたのならば、だが。それでも運良くこの空間には、この二人しかこの時には存在していない。
これから移動するのだとゾロも分かっていて、男はゾロの反応を確かめに来たついでにあざ笑おうとしているのだろうと分かる。だが、簡単にその思惑に乗るような小物でもないゾロは、気分を聞かれても笑ってみせる余裕。
「あいつらに金は用意できない……!!仲間をまだ、信じているのか」
「……他に何を信じるってんだ」
ゾロの言葉を強がりと嘲笑う男に、ゾロは言い切る。信じるべきものは、ただ一つだと。
迷いも躊躇いもなく、それどころか笑みさえ浮かべて言いきられる。それを受けてなお、男は笑う。
「フフ……実に楽しみだ……。その希望が絶望に変わる瞬間がな……」
男はただ、己の勝利を確信していた。だからこその高笑いだが、ゾロはそれを折れる事の無い強い心と共に怒りを滲ませた瞳で眺めている。
ところ戻ってナミ達は、堂々と道の真ん中を突き進んでいた。それにより、警備をすべき者達が勝手に勘違いをしてくれる事態。
「聞いたぞえ~!!」
「カ!カマエル聖!!」
「いったいどういう事かえ~!!わしの金を狙って、賊が入ったと言うのは本当かえ~!!」
ウソップの迫真の演技に私も乗る。想定を上回るウソップの名演技を無駄にはできない。
勿論それにはカリーナも乗ってくれる。だからこそ、簡単に膝をついて頭を下げる警備の男達。
それを追い詰める発言に、動揺して怯える姿は少しばかり憐れ。でも、こっちも仲間の生命がかかってるのだ。
「口答えするとは……さてはお前達も賊の仲間アマスね!!」
「それともわちき達が間違っているとでも?」
カリーナの援護射撃に、首を横に振り怯えを見せた男達。それを見て、サンジ君とロビンが追い討ちをかける。
その流れのトドメは、まさかのブルック。確かにコレでは怯えるかも知れないと言う、謎過ぎる追い込み。
それでも今、そんな事を気にしてる暇は無い。一応は動けるように考えて着替えたけど、それでも走りにくい衣装で駆け抜けるしか道は無い。
この先はルフィがやり遂げてくれるまで、私達は騙されたフリをしていかなくてはならない。今回、ウソップとチョッパーには教えないつもりだったけど、これに着替える時にそっと伝えたやられたらやり返す作戦。
どこで私達の姿や声が拾われてるか分からないから、演技は続行。でも、この会話に嘘はない。
「こんな事しちまって……!!バレたら大事だぞ!!」
「そうね……!でもやるしかない!!ゾロの処刑まで、もう時間がない!!」
ルフィだって今ごろ頑張ってくれてる筈。私とウソップの会話の他は、皆ボロを出さない為にも会話無しで突き進む。
それでも、呼吸が乱れる。必死で駆け抜けて、でも皆を置いて行く訳には行かないので、速度は調整してるのに……気がはやるからか呼吸が乱れてしまう。
そんな状況の中で、到着した無駄に派手派手しい入り口。……ううん、出口と言うべきなのかも。
「着いた……!これが金庫のトビラ……」
私達が呼吸を整えている間に、カリーナが前に出る。この先へ進む為の、演技をする為に。
カリーナも、私達も、欲しい物を諦めない。奪われたまま泣き寝入りなんて……私達には似合わないじゃない?
「後はこの鍵で開ければ……。私達の……。勝ちよ……」
言葉と共に鍵を挿入するカリーナ。そして動かせば、煙を吐き出しながら仕掛けが動く。
擬音語で表すなら、スっ、ギリリ、ギギギ、プシュー、ゴォ、ゴゴゴ……って感じだと思う。そんな感じで煙のような物を出しながら、ゆっくりと開かれた扉。
その先には、明るく照らされた大舞台が待っている花火まで打ち上げながら。それには、流石に驚いてしまう。
そこにいたのは、明る過ぎる場所では素顔だったのに、暗いその場所でサングラスをつけている変な男。それの背後で、大きな打上花火が花開く。
明るく照らされたその場所には、動きを封じられてもなお私達を信じているのだとその眼差しで伝えて来る大切な仲間の姿。その前に立って、両手を広げて声を響かせる男の姿がある。
その男は、嫌っている筈のドフィを彷彿とさせる衣装で私達を出迎えた。明らかに意識しているのだと伝わるその姿に、僅かに憐憫の感情が芽生えそうになるのを自覚して気を引きしめるように息を飲む。
どんな過去や理由があろうとも、やっていい事といけない事の区別がつかないなら、それはただの子供。大人になって、それでもそのままであるなら……裁かれるべきなのだ。
大切な仲間を甚振り、ショーとして殺そうとする。そんな事を認める事はできよう筈も無いから、騙されたフリをしてルフィの到着を待つ。
この先は、基本的に私とカリーナの二人劇。皆は無言でやり取りを見守るだけでいい。
そうすればバレる事無く、私とカリーナの計画は成功する。それが互いに分かっているから、仮面を被るように意識してから言葉を音とする為に口を開いた。