テゾーロの高笑いを聞きながら、私は呼吸を整えていく。その間も、ルフィの視線はテゾーロから動かない。
きっと、ルフィは仲間達を心配なんてして無いとわかる。だって、その信頼が無ければ、共にここまで来る事はできなかった。
どうでも良いから見ないんじゃない。大切で信じられる相手だから、視線を向けないんだと分かるの。
そんな私達に、テゾーロは言う。それは、本当に分かり合えないと思わされる発言。
「分かるか……麦わらァ……!!俺こそが、この世界の全て!お前らはただ、支配されるだけのゴミ……これが、神の姿だ!!」
前にも、自分を神と名乗る男がいた。金色は神の色だとでも思ってるのだろうか。
私の知る神とやらは、金色ではなくただひたすらに眩しいだけの光源体だったけど。……どの世界の神も、迷惑しか人にかけないところはソックリだわ。
高笑いを続ける神モドキ……いや、自称神かな。そんなテゾーロに、ルフィは怒りを向けた。
「支配なんかされねェって!!言ってんだろうがァ!!」
そうして戦い始めたそれは、ある意味異次元のもの。それでも、怖いとは思わない。
そんな時、真横でゾロが戦い始める。この数日で鬱憤が溜まっていたのだろうと分かる戦いは、見ていてなんとも安心感があるもので……フラストレーションの発散にはちょうど良い相手だろうと考えて、手を出すのを控えた。
ただ、ルフィを見詰めて無事を願う。無事は願うけど、負ける姿は想像もできない現実。
……不思議よね。ルフィは、いつも何度も負けて、負けて……そうして奇跡のように最後の最後に漸く勝つのがいつもなのに、どうして負けが想像できないんだろう。
そんな私の背後で、サンジ君とロビンが戦いを開始した。そして、ウソップ、チョッパー、ブルックもまた残る女幹部との戦いを始める。
それを全て聞きながら、ただルフィを見つめていた時、ルフィが力負けして吹き飛ばされた。それに続くように、皆も追い詰められていく。
そこへテゾーロが追い討ちをかける。金が欲しいだろうと、声を掛けて人を集め出したのだ。
皆が目の前の敵と戦う中、ルフィの消えた今手の空いたテゾーロが当然の事として私やフランキーを狙う。大き過ぎる体故に、攻撃は遅いけど当たれば終わる。
だからこそ逃げ回るけど、カリーナは反応がやはり少し遅くて……悲鳴をあげているのが特徴的。皆が追い詰められて、スレスレで避けるしかできない状態で、カリーナの心が追い詰められてしまう。
恐怖に震え、動けなくなっているカリーナに巨大な足が迫る。それを見てるだけなんて、私に出来る筈も無い。
「カリーナ!!」
抱き着くように体当たりしてしてその場を移動したけど、それは成功した。ただ、カリーナは驚きの声を出していたけど。
結構ギリギリだったし、擦り傷位はできるかもと思ったけど、それも無さそう。良かったわ。
「なんで……?いつも、私の為に……」
「カリーナは、私の妹分でしょう」
「えっ……?」
「それなのに、あの日……私は守りきれなかった。今度こそ、守りたいの」
「……ナミ……」
いつまでも座っては居られない。カリーナを、今度こそちゃんと守らなきゃ。
この子は戦いなんて慣れてない。私とは、違うのよ。
分かってる筈だったのに、この子は普通の女の子だって。なのに、守れなかった私に全ての責任があるわ。
でも今は、怯えて動けないだろうと分かるから自戒の念に囚われている場合でもない。自力で、立ってもらわないと……。
「カリーナ……あんた……私達と組んだんでしょ。だったら信じて!あいつらは……絶対……負けない!!」
ルフィが負ける筈が無いのだと確信できる。物語の主人公なのに、強敵に何度も負けて、その度に酷い目にあってきた。
だから、本当の意味で一度も負けた事が無いヒーローとは違う。そんな事は分かってる。
でもね……皆が揃ってる今、負けるなんて考えられないの。それにね……戦えない私を信じられなくても、目の前で戦ってるルフィ達なら、カリーナも信じられるんじゃないかなって思うのよ。
不意打ちでもなく、戦うと決めて戦い始めた時。それぞれがこの敵を倒すと決めた時、私達が負けた事は無い。
誰かが死にかけないと本気になれない私とは、皆は違うの。罪も無い無辜の民が苦しむ時、海賊に有るまじき事かもだけど……負ける事は無いのよ。
……英雄になんて、なりたくもない。国の広場に絵や銅像が飾られても、嬉しくなんてないもの。
そんな事になったら……仲間達は、それを壊しそうだし。似てないとか喋らないとか、そんな無理な事を言って。
「私達は、チームでしょ!」
「ええ!!」
カリーナが返事をしてすぐ、巨大な手に私とカリーナが遮られる。カリーナを狙っていると思っていたそれが、私を掴んで持ち上げた時になって……囚われた事を自覚した。
カリーナが無事で良かった。そう思う余裕さえ無い程の早業。
「ぐっ……ああっ……」
思わず出る呻き声。その時、テゾーロの背中に砲弾がぶつかり出した。
何が起きているの?
「ちっ……海軍ごときが……。神に逆らうとどうなるか……教えてやる!!」
その瞳から放たれるビームが、軍船を燃え上がらせて沈めて行く。ナウシ……いや、ラピュ……?有名なアニメ映画に、大量の巨神兵が出てきたと思うけど、題名がなんだかイマイチ思い出せない。
そんな作品に出て来た巨神兵……。テゾーロはそれの金色版に思えて来た。
残念ながら滅びの言葉を唱えても、この男は止まりそうにないけど。それでも、何故だろう……ただ癇癪を起こしてる子供みたいに思えてしまうのは。
「テゾーロ……?」
「……っ……ステ……「テゾーロォォ!!ゴムゴムのォオ~!!
砲撃とテゾーロの攻撃が重なり、ルフィはまたもや少し弾かれてしまう。爆発の中、辺りは瓦礫へと変貌して行く。
テゾーロが何を言いかけたのか、それを私は知らない。確認する術さえ持たないのだ。
「チームだと言ったな?そんなもの信じてなんになる!!絶望しろ!!ひざまづけ!!それでショーは終わりだ!!」
「……それでも……私は信じる!!」
「あァ!?」
「テゾーロォ!!!!その手を……離せェ!!」
「あ!?」
テゾーロの足元で、ルフィが吠える。真っ直ぐに、私を掴むその手を睨み……テゾーロの顔に視線を動かす。
そんなルフィにテゾーロは苛立ちを隠さず、私を握る手に力が増した。それは、身体中の骨を軋ませるに充分で……武装色を身に纏って居なければ砕かれているだろう威力。
「笑えよ……麦わら……」
握る手が、更に力を増す。囚われたのが、武装色を使えない人間なら……下手すれば死んでいた事だろう。
私見る心配そうな視線。それよりも多いのは、テゾーロを睨み憎み怯える多くの人達からの眼差し。
彼は、憎んでいた側の筈だったのに。今やそれが逆転している。
虐められていた子供が、その鬱憤をはらす為にイジメのリーダーとなるように。テゾーロもまた、奪われた苦しみを奪う事で……。
でも、それは間違ってる。そんな事をしても、人は痛みを乗り越える事も何もできはしない。
正直、自分を攻撃した奴にやり返すならまだしも、他の相手にそれをやってしまえば……それは、誰かを怨む権利すら奪われる行為だと思う。つまり、テゾーロは過去の怨みや憎しみを誰かにぶつける権利を、自ら放棄した加害者でしか無いという事になる。
「テゾーロ……!」
思わずナミがその名を呼んだその時、海軍側では動揺とざわめきが満ちていた。民間人への被害をなんとも思わず、ただ天竜人を守ると言う任務に全てを捧げる男がいた為である。
それは、赤犬の掲げる正義と似ている。似てはいるが、同じでは無い為に彼等は相容れないのだが。
それでも、そんな男を止める存在がある。それはそれで、ある意味当然の事。
「……フン……いったい何の用だ?革命軍……!」
「これを見過ごせってのか?無駄な犠牲を増やすな……!!CP0!!」
炎を纏い、姿を見せたのは一人の青年。その青年に、肩に鳩を乗せた男は視線を定める。
互いに視線をそらすことは無く、ただ互いを敵として認識して向かい合う。どちらも、その存在そのものが気に入らないのは間違いようのない事実。
「テゾーロの手の中にいるのは……俺の、姉だ」
「それは、知っている」
「世界政府が、生け捕りにしろと命じたんだろう」
「俺も気に入ってはいる。……だからこそ、標的を始末する方が早い」
化け猫が発したその言葉に、炎を纏う青年は怒りを顕にする。それは素直で、その炎の能力に良く似合う。
前の持ち主もそうだった。この青年達は、本当に良く似ていると言えるだろう。
「ナミは、普通の人間だっ!!」
「普通の人間が、これ程の男達を本気にさせられると思うのか?」
その言葉が、数を意味するのか。それとも立場や影響力、器を意味するのかは、聴く者により異なる答えを導き出す事だろう。
それもあって、暫しの間、互いに睨み合う。表面的には、穏やかに、優しく。
けれども海上を見ても、火の海ではそれは寒々しく映るばかり。そんな中、不敵に笑ったサボが言う。
「それに……これは弟のケンカだ……!ジャマしないで貰おうか……」
「これが……貴様の正義か……?」
「いいや……自由だ!!」
「……話に、ならんな……」
男……化け猫……いや、ルッチが人から半獣へと姿を変えた時、炎の青年……サボとルッチは同時に床を蹴り……空中戦が開始された。これが、突然海軍からの攻撃が止んだ理由である。
そんな事とは知らないナミ達は、それぞれがそれぞれの相手と戦いを続けていた。傷だらけになったルフィが、ナミを取り戻そうと声を荒らげては、テゾーロがそれを嘲笑う。
「お前達は……俺とのギャンブルに負けたクズ……!!お前らの命は……俺に買われたんだ!!この船にいる敗北者達……全てが俺の……所有物なんだよ!!」
「お前は……俺の……大嫌いな奴らに……そっくりだ……。その手を離せ!!」
「ううっ……ルフィ……」
「ナミっ!!」
手を伸ばす事さえできないままに、ルフィを呼ぶ。ルフィもまた私を見ている。直後に、ルフィはテゾーロを睨んだけど……その時、何故かテゾーロの手が僅かに力を無くした。
けれどもそれは一瞬。即座に掴むその手の力が増してしまう。
「フン……笑えと言ったら笑え!!俺の物をどうしようと!!自由だ!!」
「ナミ!!」
テゾーロが言葉と共に腕を大きく動かす。焦った声でカリーナが私を呼び、手を伸ばしてくれたのが見える。
それと同時にルフィが駆け出した。私はただ、突然のそれに翻弄されるばかり。
「そうだろ!!カリーナ!!」
ブンッと風を切る音が聞こえて、風圧を感じながら投げ落とされた事に気付く。勢いが強くて、体勢を整える事すら出来ずに落下して行く身体。
何とか身体の向きを変えて、動こうと試みるけど間に合うかどうか。そんな私に、カリーナは大声で名を呼び手を伸ばす。
その瞳に涙が滲んでる事が分かれば、なんとしなければと思わされたのも当然の事。そんな時、突然温かい何かが身体に巻き付く。
力強く引っ張られて、その正体がルフィだと気付く。私だけでなく、カリーナの事も掴んでいたルフィが腕を大きく動かした。
「ロビーン!!」
「〝
ルフィの声に反応した、ロビンの声が響く。突然の浮遊感の後、私達が怪我をしないように支えてくれたのは、ロビンの大量に発生した腕。
その腕が消えた後、視線を動かせばルフィが対等以上にテゾーロと戦いを開始した。それは、ルフィの怒り。
その怒りの攻撃に呼応するように、皆の戦いも加熱する。ロビンは私達の無事を確認すると同時に敵との戦闘に本腰を入れていて、サポートする形を取った事によりサンジ君が敵を蹴り倒していた。
ゾロが武器も無いままに対峙して、珍しく三刀流では無いそれで敵を切り倒す。そして、チョッパーとブルックが時間を稼いでいる間に用意した謎の包みで、ウソップが逆転勝利を収める。
謎の袋の正体は、その内落ち着いたら聞いてみようと小さく笑う。それくらいに、見ていて余裕があるように思える戦闘風景だった。
そんな現実に、怯えたお金で動いていた敵達が逃げ出す。その事実に、ルフィにより倒されていたように見えたテゾーロが立ち上がる。
躊躇いなくその能力を使いながら。それは、マグマのように湧き出して、津波のように襲いかかって来た。
「これは!?」
「何!?」
カリーナの言葉と重なるように続く私の声。状況把握するより早く迫る金色の波。
折角の努力が水の泡なのは分かる。また海水を降らせるには、色々と足りないわ。
「ナミ!!うわっ!?」
「フランキー!!」
名を呼ばれて振り向いた瞬間、沈む巨体。名を呼んで見ても、金のそれから出てきてくれる事はない。
焦る間に私達も金に埋もれて行く。辺りを見れば絶望と呼ぶに相応しい光景が広がっていた。
逃げ惑う人々。助けに行こうとした私や、行動に戸惑うカリーナもまた、深く飲み込まれて動けなくなって行くばかり。
そんな時に頭上から響く声。それは、狂ったような笑い声。
「見ろォ……この黄金の……美しさを……」
確かに、黄金は美しいと言えるのかもしれない。
私も、今私達を包むこの金があの時にあったなら……アーロンに誰の生命も奪わせはしなかった。約束を……アーロンに守る気が無かったのだとしても、最初の段階で叩き付けられていたなら……それは違った事だろうと分かる。
でも……それでも、そんなに美しい物だとは、私には思えない。サンジ君じゃ無いけど……金は、食べられないし……今も人を縛ろうとしてるから。
お金は大切だし、あるなら多いにこした事はない。でも、人を、人生を狂わせるのもまた、お金なのだ。
突然の大金は、人を狂わせる。人は幸福をそのまま幸福のままにしておけない哀しい性を持っていると思う。
宝くじで高額当選を果たした人の大半が、人生を狂わせて……壊れる。過ぎたる幸福を持て余し、不幸に突き進む人間の悲しい性。
「俺は……全てを……溺れさせ……飲み込む!!俺は人を……幸せにする……」
人が、沈んでいく。背の低い人……子供や老人から先に。
そんな中でも、人は支え合う。崩れた瓦礫の上に立たせたり、肩や頭に乗せたりして守る。
こんな時に、人間はその本質を見せるのだ。本当に大切な者を、愛しい相手を、その心に従い守るから。
自分が一番の者は、人を沈めてでも助かろうとするし、助けてもらうのが当然という反応をするのだ。けれども、普段は喧嘩ばかりでも、大切な人であれば己のできる最大限の力で、生かそうとするのよね。
……あの店長は、本当に子供達が可愛いのだろう。そうでなければ、こんな洪水を思わせる状況で担ぎ上げたりはできないもの。
「俺故に人は喜び……とらわれ……苦しみ……引き裂かれ……絶望する……」
「テゾーロォォォォォォォ!!!」
「いいぞ!!怒れ!!麦わらァ!!」
ルフィが怒り狂う。そして、テゾーロがその怒りを嘲笑いながら煽り続けていた。
金の沼に沈みながら、私達はただそれを見守る。それしか、できなかった。