私が航海日誌をつけたり、過去の所をチェックしたりしてる間に、ロビンは小説を読んで過ごしている。いつの間にか姿を消していたチョッパーは、どうやら早速図書室で資料を広げているらしい事を、サンジ君に教えて貰った。
ハットリには申し訳無いけど、クーちゃんが戻るかバルトロメオ君の海賊団と合流するまではここに残って貰うしかない。その事を伝えれば、理解してくれたらしくて頷いてくれる。
ハットリにはオヤツとして豆を用意して貰って共に過ごしていたけど、背後からつい最近描いたばかりの曲が聞こえてくれば振り向いてしまったのは当然の事だと思う。それはボカロPのユリイ・カノンがメインコンポーザーとなり、複数のクリエイターやデザイナーによって構成される、プロジェクト・月詠みが歌う六曲目のデジタルシングル。
これは心臓シリーズと呼ばれる作品のひとつで、こんな命がなければから連なるストーリー曲。一曲思い出したら、勢いに乗って一気にシリーズの作品を書き上げた物だ。
でも、今気になるのはそこじゃない。曲の元についてじゃなくて、まだ発売前で図書室にも製本されて無いから並んでない筈なのに……。
「なんで知ってるの!?」
思わず声を出したのは、まだクーちゃんに預けたばかりで発売さてないからだ。でもブルックは顔を私に向けて、小首を傾げるばかり。
だって、まだ……。最初の確認段階で私の手元にさえ譜面無いのに、どうして演奏できるの!?
「ナミさんは歌ったり、音を鳴らしたりしながら曲を作られてますから……机に置かれていた物を一度拝見すれば演奏するのは難しくありませんヨホホホホホ」
その言葉に、そうだった、この人天才だったと思い至る。でもそれなら……。
他の曲ならともかく、最近思い出したばかりのこの曲を聞けたら嬉しい。リクエストは、いつでもしていいと言われては居るけど……基本的にした事無かったのよね。
「なら、ブルックに弾き語りライブして貰いたいわ」
「おや、珍しい。ナミさんからの貴重なリクエストですね。喜んで」
本来この曲は連続曲だけど、単曲で聞いても素敵な曲だと思う。だからこそ、ブルックに歌って貰いたかったのかもしれない。
その思いに応えるように、ブルックはヴァイオリンを構える。最近はギターの方がお気に入りなのに、ヴァイオリンで演奏してくれるのは、元々それが一番得意な楽器だったからなのかも知れない。
肩と首とで挟む形で演奏するから、歌うのは難しい筈なのに……。と、そこまで考えてから、だからギターに楽器を変えたのだと気付く。
元々が当然のように演奏しながら歌っていた為に気づかなかっただけで、本来は難しい事をしていたのだ。こうしてみると改めて……ブルックは、凄い人だわ。
「それでは、ナミさんのリクエストにより、歌わせて頂きま「待って。私もドラム叩くわ」」
この曲は、音の始まりと歌い出しが重なる。それと、ドラムが結構仕事する曲の筈だわ。
そう思って言い出せば、ブルックが小さく頷いてくれた。それからヴァイオリンを片付けると、ゾロにピアノを運んできて欲しいと頼む。
それによりピアノに変更したと分かり、小さく笑みが浮かんだ。その様子にチョッパーが慌てて寝ていたルフィを叩き起すと、サンジ君が飲み物を用意して配り始める。
その様子を横目に私がドラムを運ぼうとしたら、フランキーが請け負ってくれた。甲板にフランキーと戻った時にはロビンが私の机から原本……とは言え修正メモ付きの方の譜面を持って来て、ブルックに渡してくれている。
私はつい最近描いたばかりなのもあって、覚えてるから問題ない。この曲も、音楽を愛する人達の手にそう遠くない未来に届く。
それを胸に笑顔で頷く事で大丈夫だと伝えれば、ブルックには過たず伝わったらしい。私がドラムセットの前に座ると、ブルックが言う。
「準備はできましたね。では、始めましょうか。……『生きるよすが』」
本当はこの曲ならピアノよりも、シンセサイザーが欲しい所だけど、笛で音の確認しながら描いたから譜面の他は笛の音色しか知らないブルックにそれは鬼畜すぎる。だから、ピアノをお願いしたけど、ピアノだって鬼みたいな指の動きを必要とする場所があるのは間違いない。
それを弾ききれるのかな。いくら天才でも、初見に近いのに……と思ったら確かにブルックは頷くから、私もスティックを握る手に力を込めた。
「ーーー」
暗闇の中、誰にも見えないような花が咲いているような情景が浮かぶ。その花が、私にとっても、ブルックにとっても、生きるよすがだったのだろう。
あの頃皆を守ろうとついた嘘で傷付いて、痛みに喘いだ。その日々も含めて、私が本当に書いた訳でも無いのに、私の人生全てが詩になっているように思える。
「ーーー」
夢を描く事も、愛を書く事も許されない日々。もしも描いたとしても、何も救えない。
それが分かっていて、歌う事を辞めたの。憂う空を染める光となれたら、この生命にも価値があったと思えたのかな。
僅かな間奏。その間にも私とブルックは、休む事が許されはしない。
そんな私達を皆が呆然と魅入っているのが分かるの。ブルックの歌唱力に、この歌が持つ力に……惹き込まれているのだろう。
「ーーー」
この世にはきっと、様々な幸福の形が溢れてる。でも、それは私やブルックの求めるものでは無い。
私達はただ、生きる場所と、共に居ていいと言ってくれる存在が欲しかったの。そして、そう言って受け入れてくれた人達が幸福であるなら、それだけでいいのよ。
「ーーー」
嘘つきよね、私達。生きてるなんて、平然と言い切るんだから。
ブルックは死んで甦ったし、私だって似たようなもの。その上心さえ一度は死んで、機械みたいになってる。
私には何もできなくて、正解なんて分からなくて、足掻いても現実は変わらない。そんな私が生み出す言葉は、無価値なものと化す。
いくら歌っても相手がいないのならば、誰の心にも届かない。だから、どれ程歌っても満たされる事はないの。
「ーーー」
夜の昏い世界で、生きるよすがと言える光を見付けたから、私達は進んで行ける。間違いも、今も、未来も、全てが詩になるの。
奏でた声が、音楽になる。今聴こえている詩は、愚かな私の心の叫び。
「ーーー」
どうか……どうか……無価値どころか罪悪でしかない私に、明日を生きる理由をください。どうか……どうか……表面にある本来の彼女では無く、中にいる罪深い私を見てと願うばかり。
本来いるべきでは無い存在ではあるけど、慥かに私は居るのだから。真昼に月が見えなくとも、存在しているのと同じように。
間奏に入ると、表情の読めないブルックと視線が絡んだ。ブルックの歌声に、悲痛なそれに私の思考までもが引っ張られていくのを確かに感じながら、心の弱さを痛感させられる。
「ーーー」
いくつもの言葉を飲み込んだ筈の喉が疼く。胸に痞えるこれは、どんな感情なのだろう。
「ーーー」
心を呑み込んで、逃がさない闇がある。その闇の中から、射し込む光に手を伸ばした事は罪ですか。
「ーーー」
全てがそりゃ、報われる筈も無い。時間も、お金も、平穏も、取り戻すなんてできないだろう。
今の私だって、一秒後には過去となり消えて行く。それでも私が歌うのは、この世界に生きているという証のようだと思うの。
「ーーー」
正しい答えや行動だけでは、救えない事がある。泣かない事が強さだと信じていたけど、今は違うと知っているわ。
「ーーー」
夜の闇を切り裂き薙ぎ払い、生きるよすがに手を伸ばす。彼等が笑ってくれるなら、幾らでも詩を紡ごう。
この詩さえも、私の物ではないと分かっている。それでも、他にやり方が見つからないの。
「ーーー」
私には、分からない事が多過ぎる。才能は本来の彼女のもので、今の私は存在自体が嘘偽りの権化。
それでも、生きたい。生まれた理由なんて無くていいから、この世界を私として生きてみたいの。
「ーーー」
死にゆく様を美と呼ぶこの世界で、私はそれを否定する。散る為に咲く花なんて無いのに、散る姿を求めないで。
散り際が美しい花なのだとしても、散る為に咲いた訳じゃない。だから、散り際は自分で決めさせてよ。
「ーーー」
醜いとしか思えない死に様を、美しいとたたえないで。死に行く彼等で欠けた心を、大切な仲間達が埋めてくれる。
喪いたくなかった。喪わせたくなかった、のに……どちらも私は叶えられない。
「ーーー」
どんな歌なら、どんな言葉なら、皆のよすがになれるの?
皆の心に少しでもいい、娯楽や救いを、価値ある詩にしたいと願ってるの。
「ーーー」
ああ、神様に願うのは、ただ一つだけ。……二度と、私に関わらないで。
歌が終わり僅か数秒で曲も終わる。原曲が女性の声で歌われていたから、ブルックが歌うのは違和感があるかと思っていたのに、良い意味で裏切られたような気がして少し笑ってしまう。
肩で息をする私に対して、歌いながら演奏していた筈のブルックは涼し気にしているのが実力差。遠く及ばないと痛感させられるのに、清々しい。
皆が少し遅れて拍手をくれる。それにより私は漸く、今生きているこの場所に帰ってこられたような感覚に陥っていた。
「ナミが口遊んでたのは聞いてたけどよ、ちゃんと聞くとこんな曲だったんだな!」
興奮したようにウソップが言えば、皆も笑って頷いた。ただそれだけの事が、物凄く嬉しくて……。
その流れで演奏会が始まるのを気恥しいような、嬉しいような複雑な気持ちで参加する。歌い手が交代したり、聞いてみたい曲や懐かしい曲をリクエストしたりされたりしながら過ごすこの時間が、本当に尊いと痛感させられながら過ごしていく。
この時はまさか、今いるこのメンバーで旅をする事は二度とないなんて……そんな事は夢にも思っていなかった。勿論それは、たった今しかいないハットリを省いて見ての話。
今居るメンバー全員を含む仲間達が再び集まれる迄でさえ、この先随分と遠くなるなんて……この時は誰にも予想はできていなかった。〝当たり前〟も〝変わらない〟もこの海には有り得ないという現実に、私達はこの先翻弄されて行く事になるのだ。
それでも、今の私達はそれを知らない。だから、穏やかに楽しむばかり。
「さて……そろそろ切り上げて飯にするぞ!」
サンジ君の言葉で、日が既に沈んでるのだと気付かされる。それにより皆が片付けを開始すると、ウソップが指折り何かを数え始めた。
「……ってことは……次は……」
「ん?どうした?」
ウソップの様子にチョッパーが首を傾げると、ウソップが一人で頷いてから答えた。それは私とサンジ君を仲間外れにしてると言う由々しき問題に関わる話題であると示すもの。
「今夜の見張りは誰だったかなと思ってよ。陸にいた場合は、交代で見張る事になってたけど、今回は船だったし……全員空けてただろ。そうなるとって考えてたんだ」
「私やる!」
ウソップの言葉に間髪入れず、挙手しながら言葉を告げる。なのにそれをフランキーが無視して、言葉を告げた。
「そんなモン、困った時は船長からだろ。スーパー問題ねェ!」
「私、見張り、やる!」
「俺!?今夜はナミと話したい事もあったのによ……」
フランキーの言葉に私は再び挙手したけど、落ち込んでるルフィはそれを聴き逃したのか何もそれについては触れないまま。なので、もう一度、今度は分かりやすく言葉を口にしてみた。
「私は、見張りを、やりたいです!」
「ルフィ……それはナミの体力を奪って寝込ませたいって事で良いのかしら?」
私の言葉を、今度はロビンまで無視する。その事実に少しむくれてしまったのは、当然だと思う。
皆酷い。流石にこれは偶然じゃ無いわよね!?
「ちょっと、皆聞いてよ!」
「「「「「「「「却下!!」」」」」」」」
「酷い……」
私以外の全員が声を揃えるそれに、少しいじけてしまう。赤髪の皆も、私に見張りをやらせてはくれなかったわ。
だからと思って習い始めたばかりの見聞色の覇気で勝手に見張りしてたら、シャンクスにバレて翌日からその体力が残らないように扱かれたのは憎らしい。……でも、そのおかげで私は随分と強くなれたんじゃないかと思ってる。
漫画の世界でしか無かった筈のこの世界で、漫画の主人公のようにはいかなかった日々。転生チートと呼ばれるような、特殊な能力も無くて、修行したらそれが即座に反映されるような優しい世界でもなかった。
日々の努力が少しずつ実を結ぶと言う、ある意味当たり前で真っ当な世界。一人で旅をするようになってからは、夜の見張りなんてしてたら体力が持たなくて、結局……見張りという経験はほぼした事がなかった。
「私も、やってみたいのに……」
「俺が見張りだから、一緒にいるか?」
「ホント!?」
ルフィの言葉に顔を上げたら、フランキーに呆れたような顔をされた。そして落とされる爆弾。
「見張り室兼トレーニングルームで、ルフィにあんあん鳴かされるだけだろ。通信用の蓋が開いてたら、船全体に拡張されて伝わるぞ」
「なっ!?」
「あっ!フランキー!!余計な事言うなよな!!」
「ルフィ!?」
どうやらそのつもりだったらしいルフィを怒鳴るけど、ルフィは悪びれも無くにししっと笑うばかり。もう知らないとばかりに食堂へと向かえば、ルフィが可笑しそうに笑った。
食堂に入れば、キッチンスペースから楽しそうなサンジ君の鼻歌が聞こえて来る。それと同時に香るのは、美味しそうな食べ物のそれ。
今夜は何だろうと期待する気持ちを抑えられずに、皆が続々と席に着く中で、私とロビンの手が手伝おうとサンジ君の近くに現れる。そんな私達に困ったような照れたような顔で笑うサンジ君は、けれども何かしらの仕事を与えてから、後は休んでてと言うのだから優し過ぎると思うのよ。
大好きで、大切な仲間達。暖かな空間。
こんな幸福がずっと続く事を私達は信じて疑わない。だって、私達はこれを得て、守る為にここに集っているのだから。