用意されたカクテルは甘味を抑えられていて、どうやら蜜柑の他には甘味を使わずに作ったらしいと気付く。細かい所まで気遣いが感じられて、サンジ君がこの二年で本気で料理を学んだのだと痛感させられる。
医食同源とはよく言ったもので、栄養学をキチンと理解してる栄養士さんと、調理師免許持ってるのってなかなか同居しないんだよね。たまにいるけど、その場合も栄養学を優先すると、味がどうしても落ちやすいからどちらかに大きく振られてしまうので、無駄になりやすいからかも知れないけど。
「サンジ君は……凄いね」
「え?」
「味を落とさないどころか、味を良くして……更に栄養バランスまで考えられるようになった。本当に、コックとしての実力を上げてきたんだなって思って……。余計なお世話かも知れないけど、今度チョッパーと話してみたらいいと思うわ」
「チョッパーと?」
「うん。蜂蜜は元々薬だったし、調味料も歴史を辿れば漢方薬に含まれてる物が多いの。チョッパーとその辺り離したら考える幅が広がるんじゃないかなと思って」
サンジ君は私を見て、少し動きを止めてから、優しく笑う。それから少し困ったような顔をするから、やっぱり不愉快だったかなと考えるけど、サンジ君は予想外な言葉を口にした。
「それなら、その話をする時はナミさんと、ロビンちゃんにも同席して欲しいです。二人の知識は俺は勿論チョッパーの役にも立つと思いますし、二人も俺やチョッパーから話を聞けば多少は勉強になる事があると思うんです」
その言葉には確かにと納得させられる。ロビンの知識量は尋常じゃないし、私も医学書を編纂していて多少は知識もあるわ。
何より昔取った杵柄で、学生時代に栄養学はある程度習ってる。サンジ君の勉強したのとは世界が違うんだから、当然基礎知識が違う訳だもの、双方多少は役立つ知識もあるかもしれないわよね。
「そうね……近々時間作って四人で話してみましょう」
「では、ナミさんとロビンちゃんがティータイムする頃、チョッパーを伴ってお邪魔します」
「そうして貰えると助かるわ」
そんな話をしてる間に、サンジ君はバスケットに食べ物を用意し終えている。バスケットなのは、冷めにくくするのと、多少何かあっても中身が崩れにくいかららしい。
……お盆でも普通に、戦ったり届けたりできる素晴らしいバランス感覚だと思うんだけどな。まさか、あの集中力は私とロビンに持って行く物に限ってなのかしら?
そうでなければ、何故バスケットに入れてるのか分からないわ。あ、できるのと楽なのは違うから……かも。
手もみでも洗濯できるけど、洗濯機使う方が早いし楽だとかそういう事かな。ここの移動は梯子とかが異様に多いから……でも、確信が持てないのよね。
少し考えたけど答えは出そうにないので、ルフィの所に持って行くならと思ってそのバスケットを受け取る。サンジ君は驚いた顔してるけど、とりあえず明日の仕込みやる時間に当てて欲しい。
手間とかそのものの時間は大した事なくても、一度手を止めて移動して、また戻って作業するのロスタイムでしかない。……あ、今はもうその表現使わないんだっけ?
無駄な時間って意味でロスタイムって言うのはある程度の年齢の人達で、今はアディショナルタイムって言うとか聞いたわ。実際サッカー等で使われる用語が変更になった事で、若い人には通じない言葉になったとか聞いた事があるわね。
若者への認知度としては、ビフテキ、トンテキ、シルバーシートなんかが同じ位の認知率って聞いたけど……つまり、私はもう元の世界でもおばちゃんだったのね。そんな事を考えて落ち込みつつ、届けてから寝るわねと声をかけて見張り室へと向かった。
ちなみに、ビフテキはビーフステーキで、トンテキは豚肉のステーキ。シルバーシートは優先席または、譲り合いシートの事。
シルバーシートは年寄りの為の席って認識をされやすく、体調の悪い人や怪我してる人も使える筈なのに攻撃されるから呼び名が変わりました。元々は、優先席だと見た目にも分かりやすくする為に、座席の色を変えようとしたんだけど、その時に余っていた灰色の布を被せた事からシルバーシートって名前になったのであって、年寄り専用席では無いです。
さて、そんな雑学を脳内で呟いてる間に到着した見張り室……なんだけど、何故かルフィじゃ無くてゾロが居る。その様子にあれれ?と首を傾げてしまった。
「ん?ナミ?どうした?」
「いや、こっちの台詞よ。ルフィは?」
「ああ、俺が見張りやる事にしたんだよ。固められてたから、身体が鈍っちまったからな。見張りしながらトレーニングしたいって話したんだよ」
「なるほど……そうよね、ルフィならお酒いらないし軽食にしてもこれだと量が少ないもんね」
そう言ってバスケットを見せれば、ゾロは嬉しそうにそれを受け取った。届けたから任務は完了ねと思いながら、それならルフィはもう寝たのかなと足を下に下ろした形で入口に座ったまま考える。
せめてそれなら、ルフィの事もお風呂に入れてあげれば良かった。あれ?
ルフィはゾロとお風呂入ってたっけ。ならとりあえず、今夜はハットリを部屋に連れて行ってロビンと愛でながら……って、無理かな。
ロビンから見たら自分を誘拐し、搾取し、いたぶりながら殺そうとした相手の象徴だもの。でも、ハットリは悪くないし……。
「ナミ」
ハットリはただの鳩だし、今は夜で何も見えない。それを考えたらカモメのクーちゃんを受けて入れてくれたロビンなら、きっと受け入れてくれるわ!
クーちゃんのお泊まり籠があるから、それで休んでもらいましょう。ご飯もクーちゃんと同じで良いのかな?
あ、でも、そうするとクーちゃんが嫌がるかな。……何か別な布用意しなきゃ。
「おい、ナミ……!」
突然肩を掴まれたような衝撃に驚いていたら、そのまま引っ張られて転ぶのではないかと思ったけど、実際は転ぶ前に背後に弾力のある何かを感じて助かった。何が起きたのかと視線を動かせば、ゾロが呆れたような顔をしているのが見える。
「糸梯子の穴に足落として座ってんなよ。落ちたらどうすんだ」
「落ちたら、月歩使って減速して、着地するわよ?」
「……可愛くねェ」
「え?……ゾロ、アンタ頭おかしくなった?私の顔、こんなに可愛いじゃない。頭じゃないなら、目が悪いわ。この顔はね、世界一可愛いのよ」
「ああそうかよ!良かったな!」
何故か怒り出すゾロに、私が小首を傾げたのは当然だと思う。だって、これ、ナミちゃんの身体なのよ。
世界一の美女であるハンコックなんて、年齢を上げてお姉さん化させた上で、ナミちゃんのお人好しな性格を変えただけで後はほぼナミちゃんなんだもの。気の強い、女王気質なナミちゃんが
それに負けずとも劣らないと言われる人魚姫は、ナミちゃんを気弱にして、世間知らずにしたものって聞いてるわ。つまり、この顔が美しくも可愛くも見えないなら、美的センスが狂ってるか、目が悪いか、頭が悪いのよ。
「……可哀想な男ね」
「てめェ……」
呆れと憐れみを隠さずに声にしただけなのに、即座にゾロが殺気立つから、ニンマリと笑ってみせる。そうなってしまえば、自然とゾロは刀に手を伸ばす。
それを見れば私も謝るなんて癪だから、クリマタクトに手を伸ばしてしまうのだ。同時に抜き、同時に床を蹴る。
ゾロは攻撃の為に。私は、回避の為に。
逃げながらクリマタクトを回せば、突然視界を奪われて小さくない舌打ちを落とすゾロ。でも、ゾロは見聞色の覇気も使えるから……油断はできない。
だけどね……見聞色の覇気を使えるのはゾロだけじゃない。幻を大量に生み出して、気配を殺す。
見聞色の覇気だけなら、ゾロよりは精度が良い筈だから見聞色の覇気だけの対決なら負けない。……問題は、ゾロも無意識で時々覇王色の覇気使って来る所と、私も自分のそれを上手く扱いきれないところ。
何より、武装色に限れば私は足元にも及ばないのだから油断なんてできないのよ。戦う時はどれ程格下相手でも油断してはいけないと教えられたし、実際ゾロは私より強い。
それでも、ゾロの動きが読める。動きが読めれば、攻撃を当てられる事はないわ。
「チッ……ちょこまかと……!」
「ふふんっ!逃げ足だけは私とウソップとチョッパーは揃って誇れるのよ!」
「……情けなくなる事言ってんじゃねェよ」
呆れを隠さないゾロの声。それを聞きながら雨を降らせれば、やりにくい……と呟くゾロに情けない……と返しておく。
元々この見張り室兼トレーニングルームは、汗の問題もあり全面防水となっている。トレーニングの後で、男達が綺麗に拭き取るとか無理だし、ならば念入りに掃除するかと言われたらNOとしか言えない現実。
ならば対策となる答えはひとつしかない。最初から防水で作って、ホースで水撒いて終わりにしちまえって事である。
このトレーニングルームは、半分ゾロの部屋みたいになってるけど、実際は私やロビンもよく使ってる。二人でヨガやストレッチしたり、私が測量してる間見張りしつつ寛ぐロビンなんてのもよくある話。
ここら展望室も兼ねてるから、案外星見たりするのに使うのだ。だから当然、展望設備も防水仕様。
ロビン曰く、ロビンが私から離れないのは護衛なのだそうで……。なんで仲間しかいない船で護衛が必要なのかは理解してないけど、二人で居るとサンジ君は楽しそうにお茶を運んでくれるからそれはそれでいいのかも。
「室内で雨が降ってたまるか!」
「今、降ってるじゃない。目が見えるとか以前に感覚でわかるでしょ。……やっぱり、馬鹿だから分からないの?」
「女だからって、許してやると思うなよ……?」
「そういう事は、勝ってから言いなさいよ」
幻も含めて全員で一斉に、べーってやってみればゾロのコメカミに青筋が立つ。それにより覇気を纏って攻撃して来るから、内心で舌打ちしながらそれを躱す。
受け止めるだけが脳じゃないのよ。二度と、剣で力対決なんかするもんか。
「ほお……これも躱すか。流石だな」
「ミホークと同等に戦い続けてた人に、何年もかけて戦い方を習ったのよ。躱すだけならできるわ」
「…………色々おかしいだろ。それなら、アイツと同等の剣士になってるのが普通じゃねェのかよ」
何それ。習ったら、誰でも完璧に覚えたりやれるようになったりするとでも言いたいの?
それならどうして、同じ学校に通ってて、それぞれ成績が異なるのよ。塾も同じ所に行ってるなんてケース、珍しくも無いはずなのに。
「一応教えるけど、私は、ルフィに料理も治療も、航海術も、文字の読み書きや剣術も教えたわよ。……で、ルフィ、どれができる?」
「悪かった」
「体術も教えたけど、基礎を覚えたかって程度で後は自己流だし……困った子よ」
幼い頃、四人か皆で過ごした日々を思い出す。私がエース達と四人で過ごす時頃には、ウタが一人になってしまったのが気掛かりだったけど……。
だからこそ、エース達は、ウタを知らない。そう言えば、ルフィはウタの事を覚えているのかな?
【ナミ、この歌だとどうかな!?】
【厳しい意見と、優しい意見どっちがいい?】
【……厳しい方】
【宜しい。これだと歌の主人公も背景も感情も何も伝わらない。妄想を文字にしただけでは、誰にも伝わらないわよ】
【そんなの、どうしたら……】
見るからに落ち込むウタの頭をそっと撫でる。それでも顔を上げないし、髪の毛は下がったまま。
そもそも……元来ウタはバラードが得意なのに、どうして急にラップなんで作ろうとしてるのかな。まぁ、作りたいなら協力はするけど。
【突然シャンクスから電話が来て、この歌詞を突然言われたとして、意味が伝わる?】
【え?……無理だと思う】
【歌は誰が聞くの?不特定多数が聞いて、意味が伝わらなければ、それは共感も感動も生まれないのよ】
【あ……】
【歌詞を突然読み上げられて、意味が伝わるような歌詞を書くようにしてみて。まずはそこから。曲を作るセンスは完璧なんだから】
【でも、私は主人公とか考えてないよ!】
心のままに歌って、あのクオリティなのか……と、ビンクスの酒よりも多く歌ってる曲を思う。優しくも物悲しいあれは、ウタの心の叫びや寂しさから来るものなのかも。
なんと言ってあげればいいのか分からなくて、唇を噛む。その時ウタが笑顔で顔を上げた。
【ナミは厳しいなあ!でも、シャンクスと同じ位ナミの事も好きだよ!】
【ありがとう、いつも戦いになる度に船内に閉じ込めたり、島でお留守番させて……ごめんね】
意識が過去に飛んでいる間に、ゾロに距離を詰められていたらしく、無意識でゾロの攻撃を受け止めてしまった。当然私の身体は吹き飛ぶ。
慌てて体勢を整えたけど、ゾロの動きの方が明らかに早い。ゾロ相手で思考を飛ばした私が悪いけど……!
「……戦いの時位、俺だけを見てろよ」
声が耳朶に直接響く。その刀は、私の首に押し当てられたまま固定されてるから、決して色気のある状況でも無いけど。
でも、ゾクッとする視線で射抜かれてる。その熱は、戦いのせいだけだと……本当に言えるのかな。
だけど、この船には今ルフィがいる。だから、……大丈夫よ。
「……私の、負けね」
「ああ、敗戦の将はどう扱われても……文句は言えねェ」
「何言って……」
言葉は、ゾロの唇に飲まれた。重なったその場所が、妙に冷たく感じて……泣きたくなったのは私の弱さかな。
でも、泣いてる場合じゃない。問答無用で股間を蹴り上げて、その腕から抜け出す。
けれども容赦ない覇気が襲って来て、私も反射的に覇気で対抗してしまう。それによりゾロは驚いたような顔で私を見て……笑い出した。
「覇王色……ナミも、持ってたか」
「ええ、最近自覚したばかりだけど」
私の言葉に納得した様子を見せるゾロは、けれどもその隙を逃さない。簡単にその腕に捕らえられて、力だけ見れば逃げ道なんて無い。
それでも、ゾロは本気で襲ったりしないと信じている。だって、今はルフィが同じ船に居るから。
「ルフィのいる、ルフィの船で……私を襲うつもり?」
「ああ……そのつもりだ」
その言葉に驚いている間に、水の溜まっているその床に私を押し倒した。頬を伝い流れる水は、部屋にあった水なのか、汗か、それとも……どちらかの心が流した涙だろうか。