チョッパーは、医者の顔で語った。病人こそ、お風呂に入るべきなのだと。
勿論例外として、意識を保てないとか、高熱が出ている真っ最中とかは辞めた方がいい事を付け加えた上で。それに驚く私に向けられたのは、汗を流してウイルスを追い出すのと、次の汗をかく為の穴を復活させる意味合いがあるらしいと言う話。
ならなんでダメだと信じられてるのかと思ったら、頭を洗った後かわかす前に冷えてしまうとか、湯冷めしてしまう事で熱をぶり返すからと言う。確かにそれなら冬島の気候でも無ければ、外をそれ程移動する訳でも無い船旅の今は、お風呂に入るのは有効な回復手段かもしれないわね。
「勉強になるわ」
「うんうん、ナミの語り出すと止まらない気持ちがなんかわかった気がするよ。ちゃんと聞いてくれる相手がいるのって、嬉しいもんだな」
言われてから考えれば、チョッパーのこういう話を真面目に聞くのは私の他はロビン位なものだと気付く。ルフィ達にこんな話するだけ無駄だし。
そう思ったら何だか走馬灯のように、子供の頃から現在までほぼ変わらずに生きてるルフィと言う存在に、溜息が出てしまった。だけど、それに思い悩む事がないのは、ルフィはルフィと言う生き物だと思っているから。
同時に時々本気でルフィって、私の息子だったかなと思い、同時にまた他のメンバーも子供にしか思えなくなる。よく、男は永遠の子供……もとい、少年なんて言うけど、それはそもそもの生態が全く異なるから何だろうなぁ。
女に男がわからないように、男もまた女の事がわからないのだから。こう考えると、更に年齢まで大きく異なる息子の子育てをする母親達の偉大さを痛感する。
「……チョッパーは、いい子ね」
「ナミ!?どうした!?」
「だってチョッパーは、突然オシッコを遠くに飛ばす対決とか始めないし、鞄やポケットから青虫だとかダンゴ虫だとか、カブト虫だとか出て来ないし、水溜まり見つける度に無駄に飛び込まないもの……」
幼い頃のルフィとエース、サボを思い出せば無意識で顔を覆ってしまう。泣きたくなる程悲しくなった私の肩を、チョッパーが背伸びしながら優しく叩く。
そのまま少し無言でいたのに、チョッパーは背伸びを辞めると言葉を選ぶようにして言う。それが何だか、余計に切なさを募らせる。
「……ナミ、なんか、ごめんな?」
「棒を見つけるととりあえず振り回すのは、男の子の共通なんだと思ってるんだけどね……」
チョッパーは困ったような顔で私を見上げて、ポツポツと言葉を落とす。それは、同じ男だから言えるのかもしれない。
チョッパーも男の子だものね。……小さくて可愛いけど、あの頃のルフィよりは年齢も上だけど、やはり男の子なのだ。
「あのな、男ってのは、特に海賊は……ナミ達とは違う種族の生き物なんだよ」
「人間じゃ、ないの?」
「人間だけど、生態が異なりすぎるんだよ。何か好きな物は何でもすぐ後先考えないで集めちゃうし、目に見えない何かと常に戦ってるんだ。だから、武器になりそうな物を常に持つ。そして、自分で自分を分かってないから、弱くても戦おうとするんだよ」
人間じゃないのかと聞いたのは、半分冗談だったんだけど、真面目に答えて貰っちゃった。と、感心しながら聞いていたら続いた言葉に素直に驚かされる。
だって、普通に考えて……大人の山賊とか海賊に、勝てる訳が無いじゃない。近くにいたシャンクス達がどれほど強いのかだって、あの頃は見た事ない筈よ。
「え?……強がってるんじゃなくて、分かってないの?負けず嫌いなんじゃなくて?」
「うん。分かってないんだ。だから、怒られても、何で怒られてるのか理解してないから改善されないんだよ」
その言葉に絶望して崩れ落ちると、サンジ君の声が降って来た。妙に硬い声であるのが妙に印象的。
と言うか、いつから聞いてたんだろうだろ。最初からいたのに私気付かなかったのかな?
「だから、何度言っても摘み食いや盗み食いが治らないんだな?」
「うっ……!」
チョッパーが青い顔で固まると、聞こえていたのか私の様子を見る為にドアを開けたウソップまで固まってしまった。そんな様子にロビンが笑う。
いつの間に部屋に戻って来たんだろう。そんな事を思うけど、当然不快感は無い。
「そうよ。男の子はね、目の前に存在してるものだけが唯一絶対のものなの。だから〝後で〟とか〝我慢〟とか〝計画〟とかができないのよ。……大人になって、少しはできるようになる人もいるけど、そもそもその能力が備わってないからルフィ達は海賊になってるのよ」
こうなると、そこからは男の子を育てる母親談義の始まり。一応性別は男である筈のサンジ君とチョッパーもこれには加わり、医者と保育士のような状態で話が進んで行く。
ルフィ、ゾロ、ウソップ、フランキー、ブルックはそれを聞いている訳もなく、今後の対策や対応策に着いて話し合うばかり。そうして私が軽く咳き込むと、サンジ君がココアを差し出してきて、ロビンがショールをかけてくれて、チョッパーが診察を開始する事で会話が止まる。
被る事の無い、瞬間的な判断力。連携プレーの素晴らしさに声も出ない。
そのままチョッパーに今日は休むようにと言われる頃には、ココアも飲み終わっていた。なので片付けようと身体を動かしたらサンジ君の手が伸びて来て、当然のようにカップを奪い取られてしまう。
それに驚いていたら、チョッパーが私を横抱きに抱き上げて歩き出すから混乱は最高潮となった。慌てつつも、チョッパーの負担を減らす為に首に腕は回したけど。
「チョッパー!?」
「トイレ行くだろ?でも、一人で行かせるとついでだからって他の事もやり始めるだろうから、移動は俺がさせるよ」
「チョッパー……」
「ちゃんと、手を洗うのは分かってるから安心していいぞ」
そうだけど、そうじゃない。いくらそう言ってもチョッパーは許してくれなくて、小さくなって運ばれるしかない現実。
その後は本当に、測量室やトレーニングルームは勿論、蜜柑畑さえ寄って貰えず連れ戻されて、待ち構えてたロビンに引き渡される形で寝かされてしまった。そうして迎えた翌朝、部屋から出ると三人が土下座した状態で待っていたので気付かずに蹴りそうになってしまう。
「……何、してるの?」
踏まなくて良かったわ。今日、ヒールなのよね。
言ってはなんだが、サンジ君を除けば、私の起きる時間は皆より大分早い。なのに、こんな時間に何してんの?
「もう、しないなんて言えねェけど……」
そう言って始まった三人の話を要約すると、反省したので許してくださいという物。とりあえずドアの前であり廊下でこれをやられては心底邪魔なので、それを伝えて避けて貰う。
縋るような視線を向けて来るサンジ君と、泣きそうな顔をするルフィ、そして困り果てた顔で見てくるゾロに絆されない筈は無い。結局、私には皆、可愛いのだ。
「……ゾロとサンジ君は、ルフィとの決着をつけてね。その後で私と話し合いましょう。ルフィは……私の体力とか、精神面を少しは配慮して」
「おう……ごめんなさい。できるだけ、気を付ける」
ルフィはそれが限界よねと思って頷く。すると二人の声が重なった。
それに心底呆れる。でも、彼等は本気なのだろう。
「「ルフィやコイツを斬り(蹴り)倒してから、ナミと話せば良いんだな」ですね」
「……ルフィが、私に手を出していいと言うなら、考えるわ。だから、自分達が生命をかけられる程の男を裏切るような事はしないで」
違うでしょ!?と、叫びたくなったけど、コイツらはそれしか話し合いの手段を持たないのだ。
これだから男ってわかんないのよ。穏便に、穏やかに、言葉で解決なんて手段を持ち合わせてないんだから。
深い溜息を飲み込んで口にした言葉は、震えさせない事で精一杯。こんな事を言ってしまって、もしもルフィが、私を好きにしていいって言ったら……どうしよう。
「……そうだな。俺、ずっと言ってきたんだ。ナミの嫌がる事はするなって……でも聞かねェんだから、一度やり合っとくか」
「「望むところだ!!」」
低く言葉を発したルフィに、二人が応える。その様子から、ルフィが私を譲るなんて言う筈が無いと理解したら少しだけ心が軽くなった気がした。
そうして甲板へ向かう三人を見送り、フランキーに報告する。間違いなく、サニーが一番の被害者になるから。
フランキーに声を掛ければ、寝ていたのが嘘では無いかと言う勢いで飛び出して行き、その音で目覚めたブルックが戦いの歌でもと演奏しに行く。そうなれば五月蝿くなるのは間違いないけど、私はやる事があるからとそれ等を無視して蜜柑畑へと向かいお世話を開始する。
水をあげつつ、まずは樹の幹を軽く叩いたりして異変を探る。カミキリムシと呼ばれる蜜柑の樹にある柔らかい皮から侵入して、樹の内側から食い荒らす奴が居るのだ。
その他にも、蜜柑から見た沢山害虫はいる。ルフィは喜ぶけど、見つけたら即刻駆除対象なのはアゲハ蝶。
これの幼虫が大きくなると、樹を簡単に枯らしてしまう勢いで葉を食べてしまうのだ。その他には当然、アブラムシなんかも存在する事がある。
アブラムシは、説明なんていらないでしょって位有名な害虫。なので、ウソップに話してテントウムシを大量に放ってあるので、ウソップ農園と、ロビンの花壇、私の蜜柑畑はアブラムシからは守られてたりするのよね。
ミカンハモグリカとカイガラムシも強敵。カイガラムシは黒い胡麻みたいなカビを呼んだりするし、蜜柑にいらない模様をつけてくれちゃうし、当然実を食べられてしまう。
ミカンハモグリカはその名の通り、蜜柑の葉っぱに潜ってるやな奴。……憎いわ、本当に。
それ等を探し出しては駆除するのを繰り返すのは、ウソップ考案の殺虫剤や虫除けだけでは対応しきれない可能性を考えてのもの。最近はなので、比較的虫の被害は無いのだ。
「良かった、今日も元気ね」
蜜柑からの返事はある筈が無いけど、満足。そうしていると私がこの区域担当のクーちゃんを伝書鳩の代わりにしてしまった関係で、違うクーちゃんが飛んで来た。
新聞を届けに来てくれたついでに、簡単なチェックをするべき書類も届く。それに目を通してサインしてから返せば、甘えて来るのでつい撫で回してから送り出す。
どのクーちゃんも可愛くて愛しいわ。なんで動物ってこんなに可愛いのかしら。
少しそうして朝の癒しタイムを満喫してから、蜜柑の見える範囲に座って新聞に目を通す。柵にベンチつけて貰えないか、今度フランキーに聞いてみようかしら。
ロビンも花の手入れしてる時に、休憩したくなるかもしれないもの。そう思いつつ、変わった情報が無いかを一通りチェックしておく。
その間に天候などの様子を確認して、それを図書室に置いてある航海日誌に記載してから梯子を降りれば、いつもならある朝食が無い。どうやらまだ、サンジ君を巻き込んで三人仲良く喧嘩してるらしいわね。
冷蔵庫の
この海域なら、夜はイカが大漁だった筈と思い生簀を覗けば案の定で、ならばイカで簡単に作ろうとピーマン、人参、牛蒡を取り出す。表からは三人のドタバタしてる音が聞こえて来るけど、ガン無視である。
イカのワタを取り、胴を輪切りにして、足から吸盤をこそげて二本ずつに切り分ける。これを足だけ違う切り方にした物を用意して行く。
実はこれで三品作るつもりなのだ。輪切りの胴体と、二本ずつに切り分けた方をピーマンとセットで炒める。
これは香り付けにニンニクを用いて、味付けはバターとポン酢醤油。その名もいかピー炒め!
イカの胴体をパセリとニンニクの微塵切りを混ぜた小麦粉と卵の合わせドロにつけて揚げた、手抜きな揚げ物にしておく。最後の足は人参と牛蒡と唐辛子を使って、きんぴらにしてしまう。
きんぴらと炒め物を作りつつ、油を熱して、それと同時に生簀の中にいた鯖を取り出して炊き込みご飯にしてしまう。そうして残る鯖のアラを使って粗汁を作れば、汁物も完成。
残るはサラダだからと冷蔵庫を漁れば、昨日の残りなのかサーモンの切り身を見付けたのでそれを使った簡単なサラダを用意。仕上げにイカを揚げれば、その匂いにつられて喧嘩の音が静まる。
「美味そ~な匂い~!!」
「今朝は魚づくしよ。手と顔を洗ってちょうだい」
扉を壊す勢いで入って来たルフィに告げれば、その直後に苛立ちを隠さないゾロが続き、その後にプロの顔で入った後私を見てメロリンし始めるサンジ君。私の手料理だと喜ぶ彼等に、簡単な物で申し訳ないと思いつつも笑顔で配膳の手伝いをして貰う。
チョッパーが、病み上がりどころか病み中なんだぞ!と、昔私が作った新語を放ちつつ手を洗う。それをロビンが手伝うと、疲れ果てた顔でフランキーが入って来た。
「お前ら……ナミは許しても、俺様は許さねェからな!」
「同罪みたいに言うなよ。あれは、マリモが悪いだろ」
「そうだそうだ!刀でマスト割ったのはゾロだ!」
「踵落としで甲板の床を砕いたのも、拳で船縁を砕いたのもお前らだろ」
「三人とも、同罪だ!!」
「芝生は俺様が後で直してやるから、甲板その物の修理は任せたぞー」
言い逃れしようとするサンジ君とルフィ。それにゾロが言い返したらフランキーが怒り狂い、ウソップが宥めるように言う。
そんな賑やかな様子の中で、ブルックは明るい曲でもと演奏を開始するから私とロビンは顔を見合わせて笑ってしまう。チョッパーはサンジ君の作るのとは異なる種類の料理に目を輝かせて、早く食べようと言うので皆は喧嘩をしつつも席に着くのだ。
賑やかで楽しい時間は、瞬く間に過ぎていく。私の怒りは波に攫われるように消えて、残ったのはいつものやり取り。
この翌日、本当にマッハで飛んで来た人物によりのんびりした時間は過ぎるのだけど……それはそれで仕方の無い話。今日も皆は、欠ける事なく元気に過ごしている。