翌朝、蜜柑と戯れてる私の耳に波を掻き分ける音が届く。それと同時に、見張りをしていたらしいゾロの声が響いた。
それに合わせて視線を向ければ、ルフィが乗ってそうな船が見えて来た。間違いなくあれだと思うけど、何だろうこの恥ずかしさ。
「来たぞ!野郎共、荷物まとめろ!」
……うん、間違ってないけどね。でもその前に何が来たのか言おうか。
そんな事をゾロに対して心で強く思いながらも、出迎えの為にサンジ君に飲み物の用意を頼む。そうして私はルフィ達の取り扱い説明書を、簡単に書いておく。
『うちのクルー、取り扱い説明書。
ルフィについて。
困ったら肉を与えれば大抵なんとかなる。無ければお腹にたまるものを適当に与えてね。好き嫌いは基本無いわよ。放置するとすぐ宴にしようとするから気を付けてね。
ゾロについて。
座って寄りかかれる場所を与えれば、適当に寝てるから大丈夫よ。機嫌が悪くなったら酒を与えておけば何とかなるわ。これは安酒で良し!
ウソップについて。
唯一の常識人。困ったら頼って。魚が好きで、キノコは嫌いだから気を付けてね。
ロビンについて。
うちの頭脳。大切に扱え。壊れ物注意!何かあれば、フランキーと私の手がつけられなくなるんだからっ!そうそう……美しいからと言って、間違っても手を出さないように!!
フランキーについて。
変態サイボーグ。変態って言うと喜ぶので、変態兄貴とでも呼んどいて。』
書いた物を読み直し、こんなもんよねと思う。そうして二枚目にちゃんと書いていく。
これが重要。先のはまぁ、半分ギャグだけど、これだけ抑えとけばなんとでもなるような内容の筈よ。
『前略。面倒な挨拶は省くわね。今回はルフィ達を最終的にゾウまで連れて行って欲しいの。それまでにやって欲しい事を書くわ。
まず、この場で待機してると海軍が襲って来るから、それと三日戦ってから離脱して欲しいの。その後はロビンに持たせたビブルカードでローちゃん達を拾って、ゾウに向かってね。
ローちゃんがゾウまでのビブルカード持ってるから、その先はローちゃんの指示に従ってちょうだい。航海士が居ないって聞いてるから、フランキーとロビンの指示があったら素直に聞いて、ゾロの言う方向には死んでも進まないように!
皆の事、お願いね。何かあったらルフィ達に言って、私に連絡して』
番号を書こうかとも思ったけど、それはまずいと辞める。ルフィとサンジ君が絶対五月蝿くなるわ。
そうしてそれを封筒に入れて、追加で蜜柑の花で作った押花のカードを一枚入れる。大したお礼にはならないかもだけど、少しは喜ばれるかな。
髪をひとつに束ねて、眼鏡をかけるとこの海域で気を付けるべき事を書き出して行く。これは航海士がいないならロビンとフランキーに託して、何かの時対応するヒントにして貰いたい。
そうして文字を書き始めてしまえば、手は無意識に海図や地図を描き始めてしまう。ローちゃん達の待つ島の地図を描き上げてこの辺りの海図を描き終えた所で、手首を掴む感覚に驚かされて視線を動かす。
そこにいたのは呆れを隠さないウソップで、首を傾げたら何故か殴られてしまった。酷い……と心から思うけど、どうやらバルトロメオ達を待たせてしまっていたらしい。
「それなら、普通に教えてよ!」
「馬鹿かっ!?何回呼んだと思ってんだよ!」
「知らないわ」
素直に答える。だって、気付いた時にはウソップが私の腕を掴んでたもの。
そんな私に、ウソップは怒るのを辞めた。脱力感を滲ませながら、ため息混じりに言葉を吐き出す。
「だろうな。……フランキーとロビンは褒めたり見惚れたりで役に立たねェし、ブルックはナミさんの創作を邪魔してはいけませんとか言うしよ……。ルフィ達はこの間怒られたばっかりだから止められねェし、チョッパーはバルトロメオに捕まってサインしたりしててよ、なんか、俺だけ疲れた」
「……お可哀想に……」
「馬鹿にしてんのか!?」
「ウソップが馬鹿なのだとして、それはウソップ自身の問題よ。私には他人を馬鹿にするなんて技術は無いもの。母親じゃあるまいし、馬鹿にした責任なんてある訳無いじゃない。皆が、勝手にお馬鹿なのよ」
「ナミ……お前……」
「口で私に勝とうなんて、百年早いのよーだ」
クスクスと笑えば脱力したウソップが悔しそうに睨んできたけど、間違った事は言ってないもの。そんな訳でウソップとじゃれながら向かった甲板は、魑魅魍魎が跋扈していた。
この世界の人達が濃いとは言っても、革命軍顔負けの濃さに流石に腰が引けそうだわ。でも、まぁ、仕方ないわよねと覚悟を決めて、意識して深呼吸を繰り返した後で声を掛ける。
「はじめまして、バルトロメオ君!それと、そのお仲間さん達!」
何故か声がピタリとやんで……泣き崩れる人達。何が起きたのか、私には理解できない。
え、何コレ?今何が起きてるのかな?
このカオス状態、巫女様なら分かるのかな?それとも私何か悪い事言った?
「ねぇ、ウソップ。何が起きたの?」
「あー……奴ら、ルフィの大ファンで、ルフィの仲間ってだけで神のような存在に思えてるらしいんだよ」
「そういう事、先に教えてくれる!?」
知識を奪われる前なら知ってたのかもしれないけど、今は知識皆無なのだからやめて欲しい。そして、女神は実在したとか言ってる人達に溜息を隠せないまま、そっとそのリーダーらしき人物に近付く。
手配書で見た事あるから、バルトロメオに間違いないとは思うんだけど……。どうなのかしら?
「……バルトロメオ、で、良いのよね?」
「ぬァっ!?ナミ先輩が、お、オラの名前を……!!」
「合ってるみたいね。それじゃ今後について話しておきたいの。忘れたり勘違いするといけないから、メモも書いておいたわ。わかんなくなったら確認しして」
そう言って差し出した封筒を、両膝をついて両手で受け取るバルトロメオ。……本気で神だと思ってる系?
扱いに少し困りながらも、大半はスルーして話を進めるだけ。でも、そんな淡々とした様子が余計に女神感を出すのか、また泣き出されてしまう。
それでも闘いになる事を伝えた筈なのだけど、ルフィ達と共に戦えるなら死んでも悔いは無いとか言ってて本気で扱いが難しい。でもまぁ、噂と違って悪い子じゃ無さそうで良かったわ。
ただ、先に渡したメモも家宝にしますとか言っていて、既にと言うか、正にカオス。この子……巫女様と気が合いそうかも……。
そんな事を思いつつも視線をルフィに移す。暫く、離れ離れだものね。
「ルフィ、忘れ物は無い?」
「ナミが見てないなら大丈夫だと思うぞ」
「今、サンジ君がお弁当作ってくれてるから、食べて戦いに備えてね」
そう言って頭を撫でたら、ルフィが何か思い出したのか、あっ!と言って固まる。どうしたのかなと首を傾げたら抱き寄せられて、そっと重なる唇。
そのまま深くなるそれに、私も応えてしまう。だって、私だってルフィと離れるのは寂しい。
「ナミ……」
「んっ……る、ふぃ……」
名を呼び合う隙さえほぼ無いまま、重なり合い続ける唇。角度を変えて、深さを変えて、幾度も繰り返されるそれは別れを嫌がり駄々を捏ねてるだけなのかも知れない。
寂しい……と、ルフィに唇で伝えれば、不安だと伝え返される。離れるのはほんの数日なのに、どうしてこんなにも寂しいのかな。
唇が離れると、互いの口から細く銀糸が繋がる。荒い呼吸が、互いに聞こえて、それからルフィが笑った。
「忘れ物、あったろ?」
「持って行けないわよ。今回は置いて行きなさい」
「ケチだな」
宥めるように言った筈が、少しではなく説教臭い。だからなのか、ルフィがいじけたような顔をする。
分かってるのだ。互いに、離れるしかない事を。
「でも……」
「ん?」
「私も、ルフィが足りないから、もう少し……くれる?」
「当たり前だ」
そうして再び唇を重ねると、背後からバシンとルフィが頭を叩かれてしまう。それにより周りを見れば、全員が揃っていて……。
当然甲板でこんな事してるから目立っていて……つまり。真っ赤になった私が、ルフィに抱き着くという事になる。
「ほんと、ナミって可愛いよな」
「ルフィぃー……」
「……サンジ、チョッパー、ブルック、ナミを頼んだ。海の上ではナミが命綱だけど、陸に着いたらそうじゃねェ」
「「「おう!!」」」
そんな男らしい事を言ってるルフィから恥ずかしさもあって離れられないでいたら、何故かバルトロメオを筆頭にした面々は真っ赤になって倒れていたし、ロビンは微笑ましそうに見詰めてくる。でも、だって、ルフィがぁぁぁ!
半泣きでロビンに移動したら、ルフィが捨てられた子犬みたいな顔で私を見るから、それもまた心に来てつい戻ろうとしたらチョッパーにパスされてしまった。チョッパーは私を抱き締めたまま、皆に手を振り私がルフィやロビンのところに行けないようにしてしまう。
そうして半ば本気で泣きながら別れた私達は、即座に頭を切り替えてローちゃん達の待つ島へと向かって移動を開始する。背後では手を振るルフィの声がするけど、今は指揮をとらないといけないので返事ができない。
漸く軌道に乗った所で、電伝虫を取り出して電話を入れるとルフィが出た。……おかしいな、私、バルトロメオ君の船に電話したのに。
「[もしもし、俺はルフィ!!海賊王になる男だ!!]」
「ハイハイ。私はその航海士のナミよ」
「[なんだナミか。どうした?]」
電伝虫が小首を傾げる。なんだろ、妙に可愛い。
駄目よ、そうじゃない。気を引き締めて現状問題がない事とこの先は連絡が取りにくくなる事を伝えれば、大丈夫とルフィは笑ってくれる。
この、大丈夫って言葉を私は聞きたかったのかもしれない。そんな事を思いつつ、ルフィへと言葉を紡ぐ。
「この先はもう、次に会うまで連絡つかないと思うけど……我慢してね。私も、我慢するから」
「[おうっ!必ず会おうな!でもよ、海軍来るまで暇だなー!!]」
「すぐ来るわよ。……ルフィ、大好き」
「[……こっから腕伸ばしたら、ナミを抱き締められねェかな]」
「[作戦に支障が出そうだから切るぞ]」
ルフィの言葉に返事をするより早く、割り込んで来たフランキーの声で会話は途切れた。突然寝てしまった電伝虫に、少し寂しいと思いつつも胸元に片付けておく。
そんな訳で最低限のやり取りと、ルフィ補給を果たした私達は予定地へと船を進めて行った。チョッパーは指示を出す私の傍で体調を気遣い、サンジ君は言われるままに動き、ブルックもその細身で精一杯動いてくれる。
最初から居て、居るのが当たり前だったルフィとゾロが居ないと力的な意味で不便な事があるのだと、この航海で初めて認識した気がするわ。サニーになってからは初めて、こんなに少ない人数で載ってるというのも理由かも知れないけど。
フランキーという船についてはエキスパートな存在が居ないのも、苦労してる要因かも知れない。それでも、一人で船を使い買い出しに行っていたサンジ君や、船長経験のあるブルック、そんな二人をサポートしてくれるチョッパーという存在がいるから……随分スムーズでもある。
私がメリーを盗んで一人で飛び出した時に比べたら、随分楽よ。本当に。
「サニー……頑張ってね」
「ナミー……それ、俺達に言ってくれよ……」
「チョッパーは自分の意思で自由に動けるでしょ?波に揉まれて、必死に前に進んでくれてるサニーに敬意を払うべきだと思わないの?」
物質と張り合わないで欲しい。動物である限り、自分の意思で基本的には身動き取れるんだから。
もちろん、病気や怪我、睡眠の時は別としてね。チョッパーは可愛いけど、サニーと張り合うのは駄目よ。
「ナミって、時々フランキーと似てるよな」
「ナミさんの何処が、あの変態サイボーグと似てるんだ!このクソだぬき!!」
「ヨホホ……!喧嘩はいけませんよ」
チョッパーの言葉にサンジ君が怒り出す。それを受けてブルックが笑いながら宥める。
騒がしい船内。けれども、少しいつもと違う現実。
クーちゃんとハットリは戻らない。次に会う時は、ハットリは敵側で、クーちゃんは次の用件の為に来るという事になる。
だからこそ、気を引き締めるしかないのだ。楽しいだけの時間も、穏やかな時間ももう終わったのだから。
もう既に男達を許すとか、許さないとかそんな次元の話をする暇もないわ。次に会う時は、無事を素直に喜び合うつもりだし、サンジ君とは仲間としてまた時を共に過ごすだけ。
「怒るのって……難しいわ」
「ヨホホ……そんなナミさんだから、皆で守りたいと思うのですよ」
「ブルックは、私に甘いわ」
呆れてしまう。歳上だからってだけで、こんなにも甘やかされてはかなわない。
どうやって返したらいいのかな。深過ぎる、優しさに対して返し方が分からないの。
「大切な人には、誰しも甘くなるものです」
「なるほど、だから私も、皆に甘いのね」
納得して頷けば、ブルックとチョッパーが変な顔をした。そして、首を振るのだから何だかバカにされてるような気持ちになる。
「……なによ」
「ナミは、誰にでも甘いぞ」
「チョッパーにだけは言われたくないんだけど!?」
ムッキー!と怒った私に、サンジ君が笑う。
珍しく味方をしてくれなくて、それどころか援護射撃に見せかけた攻撃をされる。なんだろう、この優しいフリして意地悪な感じ。
「安心してください。ウチの一味は全体的に甘い奴の集まりで、その中で特に甘いのかチョッパーとナミさんってだけです。……マリモも甘い所はあるけどな」
「ウソップさんとロビンさんは、優しい止まりですよね。ヨホホ」
ヨホホと笑えば済むと思うなよー!と、頬を抓りたくてもできない現実に、けれども蹴り飛ばしては骨が折れてしまうかもと悩み……殴っておいた。
そんな私にチョッパーが、骨が砕けたらどうするんだー!って怒るけど、これは自己防衛であると主張させて頂こう。
そんな騒がしいメンバーで到着した、何も無いようにしか思えない海上。ある程度の頭が無ければ待ち合わせの場所を理解できないし到着できないけど、ルッチなら問題無く来るだろう事も分かってる。
後は、彼の到着を待つばかりである。そうなれば、警戒しても仕方ないと皆に声をかけようとしたところで、微かな音が聞こえて休憩する暇は無いらしいと苦笑してしまった。