私が視線を向ければ、見張り室にはチョッパーが向かってくれる。そこから船内に放送する形で近付く船について教えてくれるから、やはり聞き間違いでは無いらしいと気付く。
正直色々と準備不足。なんだってこんなに早く来てしまったのかと少し恨めしくは思うけど、仕方ないかと溜息を飲み込んで顔を上げる。
ロブルッチと会うのは、正直いつも、心臓に悪い。それでも、避けては通れないのだからと気を引き締めた。
想像していたのよりは小さな船が、サニーに横付けされる。それでも、明らかにサニーよりは大きなその船には大量の人が乗ってると分かるのに、目的の人物は姿を見せない。
……正直、それが怖い。手練だらけの海軍……いいえ、世界政府の犬集団。
「……酷い言われようだな」
「声には出てないつもりよ?」
突然背後に現れたソレらに対して、平常心を装って笑う。強気に、傲慢に、けれども品を失う事無く。
冷たく、けれども余裕を持って微笑む。意識してそうした時、自分でも分かる程に身体から何かが出て、横付けされた船の中で何かが倒れる音を聞いた。
「……覇王色の覇気……か。悪かった、勝手に乗り込んだりして。謝罪をするから、抑えて貰えると助かる」
「分かればいいわ。……約束の物は?」
「ある。想定外に楽しませて貰ったから、素直に渡してやろう。……ついでだ、これも持ってろ。何かあれば、力になってやってもいい。連絡を寄越せ」
そう言って渡された箱に挟み込まれたのは、明らかなビブルカード。電伝虫の番号だけが書かれたそれは、でもロブルッチの物だと確信が持てる。
そのビブルカードを胸元に押し込んで、少し怯えた様子でロブルッチを見てるチョッパーに受け取った箱を差し出す。それを見てチョッパーが中身を確認してくれるから、少し安心できた。
チョッパーが中身を確認して、ローちゃんの希望していた物だと確認してくれた事で、私は漸くロブルッチに視線を向ける。すると何故か殺していい強敵を目の前にしたかのように楽しげに笑い出すから、背筋に冷たい物が走り後退りそうになってしまう。
「ナミさん!……大丈夫、お守り致します」
ブルックがそっと背中に手を添えて、横に立ってくれる。ブルックは、ロブルッチと初対面の筈で……なのに、震えそうになる私をフォローしてくれるから素直にありがたい。
サンジ君もいつでも戦えるように煙草に手をかけたまま睨んでいて、その様子にロブルッチは低く呟く。それは、恐らく本気なのだろう。
「面白い……今は戦い殺す事が許されないのが、実に……残念だ」
「快楽殺人鬼……」
「その快楽が、正義だ」
殺人が快楽だから、殺人が正義として正当化されるから海軍側にいるだけの癖に。……そうか、否定される事が怖いんだわ。
快楽を満たしつつ、誰にも否定されない事を望んでる。それなら、相容れないのも仕方ないのかも。
それでも、私は言葉を飲み込めない。正義の概念が、そもそも違い過ぎるのよ。
「正義はね、勝ったから正義なだけよ。正義は必ず勝つんじゃない。勝ったから正義となるだけ……暗殺者でしかないアンタには、正義を名乗る資格なんてない」
「綺麗事だけで生きて行けると思うな。……今までお前が無事に生きているのは、お前を庇う存在がそれなりに力を有しているからだ」
「それもまた、私の力よ」
強い人に守られるには、守られるだけの理由がある。守ってあげたいと思われる何かを、私がしていると言う事だもの。
姉として守って来た恩返しだったり、兄弟を守ってもらった恩だったり、惚れてる女だからとか、弟子だからとか、理由は様々だけど……一時の事でなく常に護ろうと動いてくれるのは、その相手との関係性があるから。だからそれも含めて、全てが私の力だわ。
「……名だたる海賊を手玉に取るのは、確かに女海賊の力と言えるだろうがな」
「あら……?それは勿論、自分自身も手玉に取られた男って事を自覚しての発言……よね?」
小首を傾げて小馬鹿にするように問い掛けると、ロブルッチは笑みを深めた。それは狂気を見せ付けられるものでもあるけど、私もただやられるつもりは無い。
守るべき仲間がいて、信頼できる仲間達が戦ってくれてる。今この場で私が気後れなんてして、大切な弟達を……ルフィの友人達を喪うつもりなんてどこにも無いのよ。
「……そうだな。俺も、同じ穴の狢か。……良い女過ぎて、怖い程だ」
「快楽に任せて殺人して回る男に、とやかく言われる謂れは無いわ」
「本当に……殺したくなる程に、良い女だ。……また会おう、ナミ」
突然そう言って去るロブルッチにチョッパーはヒトガタになって私の横に並び、ブルックは杖に手を置く。サンジ君は僅かに腰を落として、いつでも戦えるように自然な形で構えた。
このまま帰られては堪らない。私は、火のついた時限爆弾になるつもりは無いのよ。
「……巫山戯てるのかしら?そろそろ私のビブルカード、返して貰おうかしらね」
「断ったら?」
「仲間の邪魔は出来ないから……私を愛する男達に連絡するわ。『ストーカーされていて、怖いの……!』って」
殺気立つ仲間達と、微笑む私。溜息を落として肩から力を抜いたロブルッチがそっと何かを投げ寄越す。
それがハットリに託した物だと分かり私がホッとして素の笑みをこぼした瞬間、私の前にサンジ君が立ちはだかりチョッパーに背後から抱き締められた。ブルックはヨホホと笑いながらロブルッチを真っ直ぐに見据えたかと思うと、そんな皆を見やって、楽しげに高笑いしたロブルッチは自らの船へと戻る。
すると、中で倒れていたらしい人を殴るか蹴るかして叩き起したらしく、骨の折れるような音や、壁が軋む音が聞こえて来た。そんな音を聞きながら、船が去るのを見送る。
それと同時に指示を出して動き出せば、後はこの約束していた薬を渡すだけ。薬を投与したり、経過を見たりするだろう事を考えれば、ローちゃん達を残して行くのは正しい選択。
だけど……会う前から即座に別れる事が約束されてるのは少しばかり寂しい。そもそも、現状が把握できないのは痛過ぎるわね。
「ロシー……大丈夫よね」
「現状維持はしとくってトラ男が言ってたんだから、大丈夫だよ!ナミ、それより進路はこれで間違いないのか?」
「ええ、今は念の為大回りに移動してるけど、後二時間もすればシャンクス達の縄張り海域に入るもの。問題ないわ」
チョッパーの問いに頭を撫でながら答えれば、サンジ君が少しだけ嫌そうな顔で声を掛けてきた。それは、チョッパーの頭を撫でていたからではないと思う。
私が動物や仲間を甘やかす事を否定はしないもの。そうなると、この不愉快そうな原因は何かしら。
「ナミさんは、何を考えていますか?」
「何って……チョッパー可愛い、とか?」
「そうではなく!……ビブルカードが、どれ程危険な物か等を考えていましたか?」
確かに本人であるかを確認するのに使う事も無く、ただの道標としての役割を果たして貰ってしまった。返して貰えていなければ、この先皆を危険に晒してしまった可能性だってある。
俯いて強く拳を握れば、サンジ君も黙ってしまう。……分かってる、サンジ君は私を心配してくれてるんだって。
私も、サンジ君に不満がある訳じゃない。私が怒ってるのは自分に対して。
けれども、怒りよりも悲しみが勝るの。皆にリスクを背負わせてしまった現実に。
「ごめんなさい」
「ナミさん……俺も、言いすぎました。何も、起きなかったのに」
「ううん、私が軽率だったわ。……ありがとう、気付かせてくれて」
顔を上げて感謝の気持ちを告げれば、何故か息を飲んで今度はサンジ君が俯く。今は受け入れにくいのかもしれないと、そっと傍を離れて意識を海に向ける。
それでも、気付いてしまう。サンジ君の拳が、身体が、小刻みに震えている事に。
「諦める事も、できない……!」
サンジ君の声が聞こえた気がして振り向くと、チョッパーがそっとその肩に手を置いていた。そのまま二人で困ったような、泣きそうな顔で何かを言っているから、男同士の話なのだろうとそっと視線を反らせて海へと意識を向け直す。
慟哭のような声が、胸に刺さる。私はまた、傷付けてしまったのかな。
「サンジ……」
「苦しめるだけだと、分かってんのにな……」
苦しそうな様子は伺えるけど、それを気にしてばかりもいられない。この先はどうやら、海坂になってるみたいだもの。
気持ちと頭を切り替える。今は、航海士としての役割を果たす時。
「総員!配置について!海坂よっ!!」
私の言葉に従い、サンジ君とチョッパーは動き出し、ブルックも協力を開始してくれる。そうして私は声を張り上げながら、海を見詰めて先を目指す為に力を尽くす。
皆もまた、力や技術で支えてくれていて、サニーは前へと進んで行く。そうして海坂を超えれば、一気に海は穏やかになり……思考が止まった。
だって、抜けた先で待機してたのは……見慣れ過ぎた巨大な船。そこから笑顔で手を振る見慣れた人達。
「ナミー!」
「なんで、こんな所にいるのー?」
「ここは、俺達の縄張りだからな!」
笑顔が可愛いとか、ルフィと似てるとか、そんな事を思ったのは許して欲しい。だって、トレードマークの赤い髪が風で揺らされて、その横で呆れたような顔をしてその人を見るベックがいたから。
「ベックー……」
「ナミ、悪い。止められなかった」
「ルー……」
「ベックに止められねェなら、他の誰も無理だ」
それはその通りだろう。シャンクスの暴走を止められるのも、その後始末をするのも、いつもベックだったから。
でも、それもそうねと認めたくない。そんな思いを込めて、半泣きで言葉を口にした。
「シャンクスが阿呆だよー……」
「「「「「「「「知ってる」」」」」」」」
「待てお前ら!船長に、何たる言い草だ!」
異口同音に重なる幹部達の声。それにシャンクスは怒るけど、本気じゃないのもじゃれあいなのも分かるからそんなのは無視だ。
そんな事より、私が突然知らない人達と楽しげにしてたら、対応に困るわよね。そう思って小さく息を吐き出す。
「さて、冗談はさておき……挨拶する?」
皆に視線を向けると、ベック以外とは初顔合わせな皆が当然だと頷いた。それにはそうよねと思うので、私も素直に頷いてから船を近付ける事にしたのだ。
例えばここでシャンクス達を無視して進めば、やる気になれば簡単に
そうしてシャンクスを筆頭に幹部達の紹介をした時、幹部に知らない人がいる事に気付く。……誰、この人。
タラコ唇だから……。タラくん?
「……ごめんなさい。はじめまして、よね?私はナミ。あの、失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「ああ、俺は二年程前に赤髪海賊団に吸収されて、今は幹部として扱われてるんだ。知らなくても……無理は無い。それでもそれなりに、名前、知られてると思ってたんだがな……」
「あの、なんか、ごめんなさい」
どうしよう。赤髪に入る前から、ある程度は有名人だったのかな?
二年前って言葉に、知識奪われてないところかもと思い出そうとする。そして……思い出す。
「戦争前に、白髭さんに手紙届けに行った人?」
「待てナミ、寧ろなんでそんな事知ってんだ」
シャンクスの問い掛けを無視して、私は原作の記憶を辿る。そうだ、染めたのか生まれつきかは知らないけど、シャンクスと同じ髪色のシャンクス大好きな人。
このタラコ唇。思い出せる筈よ、頑張れ私!
タラコ唇……。アナゴさ……ゲフンゲフン、じゃないわよね、そうよ、確か……。
「ロックスター……?」
名前というか……と、思ったのを思い出せば自然と名前が出てくる。そんな私に、ロックスターと思われる人は頷いてくれた。
でも、続く言葉に私は大混乱。なんで、その言葉が飛び出したのか理解できない。
「そうだ。初めまして、そして、お帰り」
「……ん?」
「今は別な船で経験詰んでるだけで、古株の幹部と聞いてます」
「……シャンクス?」
思わず低く問掛けると、シャンクスがケラケラと笑う。悪びれの無いそれに、困った人ねと思いつつも溜息を落とすしか道は無い。
そのままサニーをレッドに繋がれて、私達は揃ってお邪魔する事になった。そっと船首に視線を向ければ、変わらない奇跡に凄いなと素直に思わされてしまう。
何度か最近もお世話になったけど、こんなにじっくりみる余裕は無かったから。そうなると、懐かしくなるのも仕方ないのかも知れないわね。
「久しぶりだわ」
「……ああ、ウタ抱えて船首に追い詰められた事あったな。慌てて助けようとしたらそこから海賊達の頭上を飛び越えて、ルーにウタ押し付けて戦い出したのは、流石にビビったが」
「シャンクス、そんな事よく覚えてたわね。……クリマタクト貰ってすぐだったし、嬉しかったのよ」
ウタを守らなきゃと必死だったし、武器があるから戦えるという自信もあった。だからこそ守り抜けたのよ。
でも、そんな思い出に浸る時間は貰えない。喉の奥で笑うベックが私を現実に引き戻すから。
「全員感電させたの見たら、誰でも忘れられねェだろうよ」
「ベックまでー……」
「ウタがあれからナミの傍を離れなくなったんだよな。……髪もナミにやって貰うって言うしよ」
「ホンゴウ、そこはウタに直接言ってよ」
元々ウタの髪をセットしてたのはホンゴウとベックだったみたいだけど、ホンゴウはそれを楽しみにしてたらしく、こうして思い出してはいじけて来るのだから困ってしまう。でも、何だかんだとウタがよく甘えてたのは……ガブだと思うけど。
不器用な所が可愛いって言ってたわ。……こうして思い返せば、ウタって本当にマセてたわよね。
「……可愛いは正義って、ウタの為にある言葉よね」
「親馬鹿な所は変わらないな」
「ウタのが、歳上ですけど?」
肩を震わせるスネイクに膨れてみせると、サンジ君が驚いた様子で私を見てるのに気付く。なので、簡単にウタの事を説明する事にした。
その背後で、母親宣言してたし娘として可愛がってただろうとか聞こえて来る。当然それは黙殺させて貰おう。
……まぁ、可愛い娘として見てるけど。ウチの子世界一ですけど!
「ウタは、赤髪海賊団の娘なのよ。……この船の古参メンバーから見たら、全員が親みたいなところがあるの。ウタはね、可愛くて、歌が上手で、天才で、優しくて、少しおマセな子で「ナミ新曲最近出すの減ったな」」
言葉を遮ったのはパンチで、その肩でモンスターが楽しそうに飛び跳ねる。その様子に思わず手を伸ばして、モンスターに笑いかければ即刻胸に飛び込んで来てくれた。
相変わらず甘えてくれる様子に、本当に可愛いとその頭を撫でれば頬が自然と緩む。するとチョッパーがモンスターに声を掛けて、そのまま仲良く会話を始めたので、そっと離れてルーに視線を向ける。
「どうした?」
「うちのサンジ君、コックなの。キッチンにお邪魔させて貰っていい?」
「ああ、ナミの所のなら良いぞ。来るか?」
「いいのか!?ありがとう!ナミさん、行ってくる!」
嬉しそうに瞳を輝かせるサンジ君に笑いながら手を振り、次にブルックと視線が合うからパンチとモンスターが音楽家だと伝えれば、何故かパンチを伴ってブルックがサニーへと行ってしまった。どうやら、私の発売した譜面が網羅されてるのを見に行ったらしい。
チョッパーを興味深そうに見てるホンゴウには、うちの船医よと笑いかけたけど、その瞬間チョッパーとホンゴウは仲良くなってしまうのだから男の子って分からない。ふと視線を感じて視線を動かせば、ライムジュースが手を振ってる。
「久しぶりに、手合わせでもする?」
「いいな、お互い電撃はどうする?」
「ベック判断で」
「だから、そこは本来俺だろ」
シャンクスがいじけた声を出すけど、ライムジュースは気にせず頷くと同時にベックへと確認を開始した。その様子に不貞腐れるシャンクスは、やはり四皇の一人には思えない程に心は自由な少年のまま。
……でも、あのルフィが海賊王になるのだから、シャンクスはこれでいいのかも。そんな事を思いながら、小さく笑えばGOサインが出されてクリマタクトに手を伸ばす。
貰った頃は組み立て式だったクリマタクトは、今では伸縮自在の物へと変貌を遂げた。つまり、この先はそれだけ危険を伴うという事。
「少し、変わったか、それ」
「ええ、少しだけ……ね?」
空島で手に入れたエッグもある。だから、威力は増したけど……それさえ彼等には些細な事の筈。
私とライムジュースの戦い方は似ている。だからこそ、互いの癖や変化には敏感なのよ。
互いに見つめ合い、薄く笑う。電撃有りの戦いは、久しぶりだわ。