※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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白夜

 暗い気持ちで選曲していたからか、手に取ったのはウタを思い起こしてしまうのに、やけに暗い歌。それでもきっと皆は〝私らしい〟と言って許してくれる。

 それが分かるから、私はこの曲を選んだのだろうなと自嘲してしまうのは辞められない。仲間達には、意味が分からないかも知れないけどね。

 

 「決まったのか?」

 「ええ、宴が始まったらちゃんと演奏するわ」

 「俺達も演奏サポートするから、決まったんならそれの楽譜寄越せ」

 

 そう言って私が手にしていた譜面を奪うように持って行ったのはスネイクで、音楽家メンバーに渡すのかと思ったら何でか口遊み始めるから自分の役職をなんと心得ると思って睨む。するとそれに気付いたのか、唇を動かして音もなく〝ブーメランだろ〟なんて言ってくるからキー!とモンスターのように騒いでおく。

 そうして騒いでる間にも、音楽家の皆が調律を始めたりするから私も演奏曲を確認していく。するとどうやら誰かがメインで歌うと次は『ビンクスの酒』を演奏して、また誰かが歌って『ビンクスの酒』をと繰り返される予定らしいと知る。

 それを受けて一人何曲ずつにするのか確認してみれば、最低二曲とか言われて頭を抱えた。いつも同じ曲になるのもあれだけど、新曲もそんなに多くは無いから。

 皆で軽く演奏を合わせてみたりするのもあり、私は早急に二曲目を決める必要が出た。それにより咄嗟に口にした曲名に皆が固まったのは……やはり、あの日以来誰も歌う事は勿論演奏もしなくなっていたからだろう。

 ウタが初めて作った曲。……今も、歌っているのかな。

 奇跡的なタイミングで、私がアーロンから解放されたのと同じ頃にウタもまた神曲と呼ばれる『新世界』を創り出して人気を爆発的に伸ばし始めた。その後に発表されて行く曲を聞くと、独り残された孤独を強く感じる歌詞に何度泣きそうになった事か。

 時折聞く事のできるウタの歌声に、私の選んだこの曲が含まれていない。独りになってから、歌うのを辞めてしまったのかも知れないわね。

 ふっと笑った時、無言で色々問い掛けてくる視線が五月蝿くてつい睨んでしまった。それにビクッとしてるからつい、低い声で威嚇してしまう。

 

 「なによ、問題でもある?」

 「「「「「「「「ありませんっ!!」」」」」」」」

 

 不特定多数の声が重なり否定する。その様子に、首を傾げるブルックとチョッパーが妙に可愛い。

 今回はチョッパーも歌えそうな物を選んで歌うんだと楽しそうにしてるから、嬉しいわと笑ったけど何を歌うつもりなのかなと少しに気になる。でも、どうやらビンクスの酒の合唱に加わる的なものらしいと分かれ、ば少しだけ残念になってしまったのも当然。

 皆が私の選曲に色々聞きたいのは、幹部達の気持ちを考えての事だと理解はできる。でも、変更するつもりは無いのよ。

 そうして皆がそれぞれ準備を進めていけば、時は瞬く間に過ぎて行く。日が陰りを見せ始めた頃になって、甲板には美味しそうな食料が並び、得意げな様子のサンジ君とルーの様子が何だか似ていて笑ってしまった。

 そんな状況下で、シャンクスが現れれば皆の視線が集まった。そうして告げられる歓迎の言葉と宴開始を告げる声が、船内に響き渡る。

 それが合図となり、皆がグラスやジョッキを掲げた。理由は何でもいいから宴をやりたいだけの駄目な大人達は、すぐ様自由に騒ぎ出す。

 この宴は、貴族の喜ぶような優雅なものでは無い。格式もルールもある理由が無い、ただガサツで、乱暴で、けれども楽しい時間。

 コック達が自慢気に、料理を運びどうだと胸を張る。音楽隊が曲を奏て、それに合わせて予定された人達が交代で歌う。

 私もそれに合わせて演奏すれば、途中で音楽家の人達が誘拐されて食事や水分補給をさせられてしまい、残されたメンバーがそれを補う。騒がしくて、落ち着かなくて、でも……優しい宴。

 でもどうしてここに、ルフィがいないのだろう。何よりも、誰よりもルフィが会いたいと願ってやまない筈なのに、この場にいない。

 なんでこの場に、ウソップがいないんだろう。何よりも、誰よりも、再会を望んでる筈の二人が、親子の対面を果たせずにいる現実に気持ちは自ずと沈む。

 

 「ナミも呑め!」

 「だめよ、次は私が歌うから」

 

 笑って断れば、昔私に斧を振り降ろした青年がいい感じのオッサンになっていると気付かされる。……髭、生やしたのね。

 似合うような、似合わないような、微妙な髭。でも、口元の髭が少し無い場所があって……怪我をしたのだとわかる。

 大きな傷は、その場所から毛が生えてこなくなるから。あの頃からずっとこの船にいるのだから、怪我をする事位、当然と言えば当然なのだろうけど。

 

 「ナミの歌は久々だな。ウタのは何だかんだ毎日聞いてるけどよ」

 「毎日?」

 「闇市場では電伝虫からの音楽を録音して、いつでも聞けるようにできる機械があるんだよ。んで、お頭達がそれを手に入れたって訳だ」

 「なら、折角の宴なんだし、ウタのそれを流したら良いじゃない」

 

 音楽家達もそうしたら、何を着にする必要も問題無く食事を楽しめるのに。そう思ったけど、音楽家達が頷かないのも分かってる。

 それに……ウタの出してる曲は、全体的に私達には、痛い。罪悪感に押し潰されそうになるの。

 孤独にしてしまった。ひとりぼっちは嫌だと、寂しくて、悲しくて、だから怒りがあるのだと歌うから……。

 

 「俺達にはウタの曲は大切過ぎて、どれを流しても悲しくなるから、何か大切な日にだけ聞いてるんだ。だから、許してくれよ」

 「仕方ないわね。なら、私の歌声聞いて我慢してなさい」

 

 お互い、分かってる。聞けない理由も、聞くと悲しくなる現実も。

 だから、笑い飛ばす。そんな誤魔化し方しか、できないのだ。

 これが大人になったと言う事なら、なんと悲しい事なのか。それならば、大人になれない少年の心を忘れられない海賊達はどれ程尊い存在なのだろう。

 そんな事を考えて苦笑していたら、ちょうど曲が終わるところで……つまり、私が歌う番が来たと言う事。だから私は、音楽家の皆に視線を向けて笑う。

 すると皆も頷いてくれるし、ブルックは久々にギターを手にしてソウルキングとして存在している。この宴が、演奏を失敗して妙な気分になると言う事だけは有り得ないなと、豪華過ぎる面々に少したまけ頬が緩んだ。

 

 「お次はナミだァ!!曲は『白夜』!!」

 

 パンチの言葉に皆が私へと視線を向ける。これは昔から変わらない。

 私やウタが歌ったりする時は、それまでどれほど騒いでいても黙って聞いてくれる。それだけ私達は、甘やかされて大切にされて来たのだ。

 そんな思い出に浸る間もなく、曲が始まる為の合図が見えた。だから私も慌ててピアノに心と身体を向ける。

 この曲は、歌い出しと曲の始まりが同時なのだ。悠長にしていられない。

 

 「ーーー」

 

 藍色の空が炎に焼かれ、絶望に染まった。どうしてもう少し早く、気付く事ができなかったのかと己を幾度責めたのか分からない程。

 目を覚ましたい……と、これがただの夢ならば……と幾度も願った。私は、ウタを守れなかったのだ。

 

 「ーーー」

 

 今も思い出す度に頬を伝う雫に、理由はあるのにその理由が特定できないの。だって、共に過ごした喜びなのか、別れるしか無かった哀しみなのか、離れても変わらない愛しさなのかが分からないから。

 ねぇウタ、私は自分の感情も分からないよ。ウタは素直に〝さみしい〟と〝ひとりぼっちは嫌〟だと歌えるのにね。

 

 「ーーー」

 

 あの頃、ウタに語った未来の夢が嘘になってしまった気がする。私はまだ、ウタに母親だと名乗る資格があるのかな。

 ウタは心に傷を負ってしまって、私は身体に傷を負ってしまって、その傷が跡になっただろう今も触れると痛むの。ウタには、優しさも温もりも言葉も届かないけど、それはウタが欲しい相手からじゃないのが理由だよね。

 

 「ーーー」

 

 生きる理由がいつの間にか形を変えて、ウタの幸福を優先しようとした私への罰だったなら、どうかウタにその不幸を与えないで。私は、結局誰も守れはしなかった。

 変えられない過去が心に切っ先を突き付けて、私に幸福になる権利等ないと伝えて来る。私にできる事なんて、何も無いのかも知れない。

 

 「ーーー」

 

 死ぬ理由はないと、生き抜いて守ると誓ったのに……現実が私を追い詰める。傷付けてばかりで、苦しめてばかりで、大切な家族を、私は誰一人守れはしない。

 何もかもが崩れていく。掌の横から、指の隙間からこぼれ落ちるように、大切なものを失うばかり。

 足掻いてもどうにもならないなら……。早く……殺して……と。

 そう思っていたのは間違いじゃないし、嘘でもない。でも、それを望む資格もないからと、生きて来ただけなのよ。

 間奏に入り、皆の視線が突き刺さる気がした。私の感情や思考が分かる訳もないのに、どうしてだろう。

 少し長めの間奏を終えて、呼吸を整える。間奏とは言えども、歌うのが止まるだけで指は演奏を続けて居るのだけど。

 

 「ーーー」

 

 ウタやノジコと共に口遊んだ旋律も、指で触れた鍵盤や風穴も、皆と共に踏み鳴らした靴音も、風を切る音も、脈を刻む音さえ……見えないけどそこにある。確かにある筈なのに、触れられないよ。

 届かない。聞こえないの。

 世界は色をなくしていく。音を……奪われる。

 

 「ーーー」

 

 誰もが生きるべき世界に産まれて、その世界で命を落とすだけなのに。どうしてこんなにも悲しいのかな。

 やはり本来、ここは私が生まれるべきでは無い世界だったと言う事なのか。でもだとするなら、その咎は光源体にのみある筈の業だと思うのよ。

 

 「ーーー」

 

 この世界が本当に物語なら、ピンチになれば奇跡が起きたりしても良い筈でしょう。どうして、ここは物語の世界だった筈なのに奇跡が起きないの。

 どうして奪うの、私から、家族を。私はただ、幸せな明日に向かいたいだけなのに。

 歌声は風に乗って波間の向こうへと消えて行く。間奏に入って、苦しそうに痛そうに顔を歪める人達が居るのには気付けたけど、どうにもならない。

 間奏を終えて唇を動かす。皆は静かにそれを、聞き入ってくれていた。

 

 「ーーー」

 

 生きる理由がいつの間にか形を変えた。家族の為だったそれが、ルフィの為に、仲間の為にと変わり、今では自分自身の為に。

 光源体が責めるように切っ先を心に突き付けて来ても、もう迷わない。私は大切なものを諦めないと決めたの。

 

 「ーーー」

 

 言葉が宙に舞い、想いだけが地に残るなら、沈んでも灯り続ける白夜にもなれるだろうか?

 失うものばかり数えてしまうけど、痛みばかり思い出してしまうけど、幸福を感じる瞬間が確かにあるから……私は今を生きている。愛されていると、自信を持って言えるから。

 

 「ーーー」

 

 ルフィが海賊王になったなら、その先を生きる理由は無いと言える世界だけど、生きた意味はあると言える筈よ。だからそれまでは、その意味を、役割りを果たす為に進もう。

 

 「ーーー」

 

 仲間達が、家族が、愛しい人達が歌を唱えば……。それだけで、幸福な気持ちになれるのだと知ってるの。

 歌う事は、私の中で幸福な記憶と合致する。ウタと共に、ノジコと共に歌って来て……最近はブルックやチョッパー、ウソップやルフィとも歌う。

 幸福な時間は、いつも歌と共にある。悲しみを、苦しさを昇華する為にも、歌うしか私達には無かったのかも知れないけど。

 

 「ーーー」

 

 夜の月が尊いと思うのは、その光が夜という時間の中で一際大きく輝くから。時には、その光しか存在しないからでしょう。

 そうして歌い終えた後、数音だけ鳴らすように指を踊らせた後で、そっと指を離せば曲が終わる。私は立ち上がり一礼すると、ドラムの前に移動して腰を下ろすと同時にスティックを握り頷く。

 この次はビンクスの酒だ。そうして演奏を始めれば、皆の歌声が響き始めた。

 

 「ウタを想って作られたのかもな」

 

 ウイスキーをストレートで呑むベックが、瓶を眺めながら呟くように言う。あえてなのか、無意識なのか、こういう時だけベックはナミを見ない。

 ピアノの音と同時に始まったナミの演奏と歌は、確かにウタを想ってのものに聞こえた。あの日、島に置いて行く事を決めた俺達に食って掛かり、泣き崩れたのは忘れられない記憶としてこびり付いている。

 その直後に、お頭がナミの事を殴って気絶させたのも、不可抗力だっただろう。それでも、あの騒動の中、ナミが守った小さな命の存在はきっといつか大きな救いとなると信じて待つ。

 歌詞の冒頭にあったように、ただの夢ならと何度願っただろう。幼い子供にあの現実は酷過ぎる。それでも、何も告げずに偽りに彩ったまま消えた俺達は本当に正しかったのだろうか。

 喜びとも悲しみとも違うこれは、後悔なのか。ウタの望んだ〝俺達の音楽家〟として生きる夢は、俺達が嘘にしてしまった。

 今更、俺達なりの優しさだったんだと言って抱き締めても、許されはしないだろう。だから今更と言い訳して、会いに行こうと言い出せない俺達は臆病者だ。

 俺達の娘と呼んで可愛がってきた。愛している事実は変わらないのに、どうして上手くいかないのか。

 間奏に入り、涙を零さないようにするのが俺は精一杯だった。演奏を共にしているナミの仲間であるホネと、パンチはどんな気持ちでナミを見ているのだろう。

 そっとルーが差し出して来たグラスを受取り一気に飲み干すと、小声で言われる。それは、核心に迫る一言。

 

 「ホンゴウは、父親ってより兄貴枠だから余計に苦しかったろ。心の傷も、本当は治療したいよな」

 「……泣かせたいのかよ」

 「泣いても、今なら酒のせいにできるぞ」

 

 そう言って去って行くルーを見送りつつ、この程度で酔えてたまるかと恨めしく見た時、ナミの歌声が聞こえて来た。続きが始まったらしい。

 目に見えなくても、そこにある筈の物が感じられない程の絶望を俺達は幾度超えてきたのだろう。誰もが生まれて、死にゆく当然の世界なのに、なぜそれがいちいち悲しいのだろうか。

 物語ならば奇跡が起きて助かる筈の状態で、現実はそうならない。だからこそ、大切なものを守る為に、強さを手に入れるしかないのだ。

 生きる理由は定期的に形を変えて、その度に心のどこかが欠けていく。言葉が宙に舞い、思いだけが誰かの元に残る。

 生きる理由だけは見失えないが、それを見失うようなナミだから、俺達は守り支えたいと思う。だからこそ、ナミやウタが歌う限り、俺達はそれを大切にして行きたいんだ。

 夜に唯一輝く月のように、ただ一つの光と呼べる存在だから。俺達の救いであり、希望である娘達。

 ……そんな事を、歌を聞きながら考えていた。少なくとも、俺は。




書き直した時のイメージで、他の人の描写入れたのを少し書いてみました。
本年最後の投稿です。本年は大変お世話になりました。皆様に取りまして、きたる年が良い一年でありますように。
来年も宜しくお願いします。
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