※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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癒しの時間

 意識が回復すると身体は清められているのが分かり、同時に誰も居ない事に気付く。そのまま深く考え込んでしまったのは、身体が重だるく動きにくいからと言うのが大きいのかも知れない。

 色々言い訳してみても、結局のところ他人に排除される事に怯えるのは、認められたいから。認めて貰えない事が、愛して貰えない事が苦しくて、求めるが故に拒絶して来た。

 傷付くのが嫌だけど、でも、いい思いがしたい。批判や比喩や中傷や、耳に痛い言葉は聞きたくないの。

 だから、製図室に籠って、星と海を見詰めて、結果だけ出して……時に心を慰める音楽を奏でていたい。それに対する、心地好い褒め言葉だけを聞こうとしていた。

 そう、創作者は総じてEGOISTなのだ。他人を排除しながら他人を求めてる。

 誰か……私を見て。私を認めて。

 人並みの事さえ出来ないのに、人を不幸にするだけの存在なのに、ここにいる私を〝それでもいい〟と認めて、抱きしめて欲しい。たった一言でいいから、必要なのだと認めて欲しいの。

 抱かれたい訳じゃない。ただ、褒めて貰えたら、認めて貰えたら、傍に居させてくれるなら、必要なのだと言われるなら……それだけでいいのに。

 心が、本当に空っぽになるような気がした。頭がふらついて、今は居ないシャンクスへと向ける事さえ出来ない恨みに震える。

 でも、分かる事もある。何一つ分かり合えない気がしても、何か一つは人間だから伝わり分かり合える事があるのだ。

 寂しいから、切ないから、肌が冷たいから。だからこそ求め合い、抱き合うのだと。

 どうやっても人は、孤独を抱えて生きていく運命なのに、それが嫌だと我儘を思うから。二人なら温かく、二人なら気持ちが良いから……。

 胸を割っても、心の全ては見せ合えなくて。そこにあるのは内臓とか骨とかで、飛び出して来るのは血液でしかない事を知ってるのに望んでしまう。

 言葉は結構不器用で、想いを伝えるには足りなくて、形にしようとすればする程、虚しく散っていくばかり。伝え切れない大切なものを身体で補うしか、選択肢を持たいのかも知れないけれど、それを認めてはいけないと思うのよ。

 

 「ナミ、大丈夫か?」

 「……ベック?」

 

 シャンクスのベッドで潰れてる私に、優しく声を掛けてきたのは優しい兄の代表。いつ部屋に入って来たのかと少しだけ思うけど、賢すぎるこの兄にそんな事聞くだけ無駄。

 そもそも論でシャンクスとベックに、不可能は無い。これだけは変わらない真実だもの。

 

 「他の誰かに見えるなら、不味いな」

 「ベック……」

 

 甘えるように名を呼ぶ。前に甘えていいって言ってたから。

 甘やかして欲しい。今は、難しい事を考えたくないの。

 

 「お頭に虐められて弱ってるな。……少し幼くなってる感じがするが、宴に戻りたいんだろ?」

 「なんで……」

 「お頭がその為に手加減したとほざいてたからな」

 「シャンクスの、ばか……。あ!」

 

 呟いた一言を正しく理解して答えてくれたベックに、シャンクスへの苦情を吐露したら思い出した。そう言えば変な事言ってたわ。

 言語として可笑しい。矛盾しかない会話。

 

 「ん?」

 「シャンクスに連れ込まれる前に、宴の時に変な会話したのよね」

 「お頭と?」

 「ううん。私がこの船に乗る事になったきっかけの彼と」

 

 少しおっちょこちょいな所があるから、酔ってただけかもとも思うけど。それでもやはり気になるのだ。

 そんな事を考えながら答えたら、ベックが少し考えるような仕草をする。なるほど、何か思い当たる事があるらしい。

 

 「……ああ。何言ってた?」

 「ん……。ウタの歌は特別な時にしかかけないって言ってたのに、ウタの歌は毎日聞いてるって」

 「ああ。間違ってねェな」

 

 素直に意味がわからなくてベックを恨めしく見れば、可笑しそうに笑ってから頭を撫で回される。その手が優しいから、何かあれば血に染る事を厭わない残酷なその指が、優しく髪を弄ぶのを許してしまう。

 ずっと、こうして甘やかされていたいと、願ってしまいそうになるの。勿論、そんな事出来ないのは分かってるけど。

 

 「俺達幹部が聞きたくなると交代で、各自の部屋に持ち込んで流していたりするんだ。だから、毎日聞いている。……だが、正式に宴の時に流されるのは、誰かの誕生日だとかって時だけだから……特別な時の曲ってのも正解な訳だ」

 「……皆にも、貸したらいいのに」

 「この船も大所帯になったから、リスクがデカすぎて貸し出しは難しい。万が一にも壊されでもしたら、幹部のショックがデカすぎて適わねェよ」

 

 なら、日常的に流したら……とは、言えない。きっと気持ちの余裕がある時にしか、ウタの声を聞けないから。

 ウタの曲は、置いて行かれた事に対する怒りと悲しみが詰まっている。寂しさと孤独が渦巻いているから……そんな歌を作らせた自分達と、その歌声に涙が出そうになる事も分かるもの。

 

 「あの時、私がもう少し冷静になれていたら……結果は誓ったのかな」

 「いや、無理だったと思うぞ。……俺達も、余裕が無かった。ナミが冷静に行動してたら……ウタを勝手に抱いて船に乗せてただろうから、もっと酷い別れ方になっただろうと思う」

 「こんな私のどこが、ママなんだろう。私、役立たずだわ」

 

 幼いウタが、ママと呼んでくれた事を思い出す。そう呼ぶ時は、甘えてる時で、お母さんと呼ぶ時は困ってる時で、普段はナミだったけど……。

 私もベルメールさんを名前で呼んでるし、ウタはシャンクスをパパとは呼ばないから私の方が格上ねなんて……そんな事を言っては、シャンクスを凹ませて笑っていたわね。ウタは、歳の近い私をどうして母として慕ってくれたんだろう。

 その答えも分からない。だから余計に不安になるのかな。

 

 「守る為にと突き飛ばしたり、無理に引き寄せたりして、本人の意思を無視した形を取るのが男のサガだ。ナミは女だから、身を呈してでも相手の望む形で進ませてやろうとしちまう。こればかりは、平行線だ」

 

 そんな言葉に少しだけムッとしつつも、確かにと頷いて終わるしかない。男と女では、根本的な思考回路が違うのだ。

 それは、女は言葉を望んで男は行動で示そうとする所に強くそれが現れてる。でも……女達は、素直に言葉に全てをしてるのかな。

 もしくは、言葉が多過ぎてはいないかな。ありがとうと伝えても、その後にでもと繋げて何か文句言ってないかな?

 ありがとうを言わずに文句だけ言ってないかな。そうやって考えると、きっと正解なんてない。

 それをベックは言いたかったんだろうと判断して一人で頷けば、ベックに突然抱き上げられた。それに驚いて顔を凝視したら、バスタオルが頭の上から落とされる。

 これは風呂に入れという合図。それは……つまり……。

 

 「……くさい?」

 「そうだな。お頭くさい」

 

 嫌そうな声が降ってくる。私の不安なんて、簡単に蹴り飛ばす勢いで。

 でも、そんな辛辣な言葉にふと思う。これ、シャンクスが聞いちゃうと大変じゃないかなって。

 

 「……それ、シャンクス泣かない?」

 「それは困るな」

 「困るの?」

 「可愛くない上に、五月蝿ェからな」

 

 一瞬呆けて、それから笑ってしまった。距離が近い存在だからこそ言える軽口。

 信頼と尊敬があるからこそ、こんな事を言えるのだろう。そう思って微笑ましく思っていたら、浴室に連れて来て貰えたらしくそっと降ろされた。

 頭に被せられたままだったタオルを退けてベックを見上げれば、優しく笑って顎でお風呂場を示されるから小さく頷いてお風呂場に向かう。ちょうどいい事に、何も着てないから問題は起きない。

 先にシャワーを浴びて、頭を洗ってトリートメントをしてしまう。その後顔と身体をササッと流してから、用意されていた湯船に浸かれば身体から力が抜けて行く。

 心地よく感じた理由がお湯の上に浮かんでいる蜜柑の皮だと気付けば、どこまで甘やかせば気が済むのだろうかと思ってしまう。すぐに襲いかかってくるケダモノのシャンクスを除けば、信頼できる優しい兄達なのだ。

 ちゃんと磨きあげるのは後でいいだろうと、中身は食べたか使ったらしい皮を眺めながら思う。ウタと入る事が多かった湯舟に一人で入ると何だか違和感があるのは、どうにもならないと思うのよね。

 能力者であるからと一人ではお風呂に入れなかったウタは、それまでは父親であるシャンクスか船医のホンゴウが一緒に入ってたらしいけど、私が乗ってからは私に任せるようになった。これは、女の子だからと言う配慮だけど、最初はウタの方が皆に嫌われたのかって戸惑ったり落ち込んだりしてたのを思い出せば微笑ましい。

 ……そんな子だから、あの歌の数々が生まれたのだろう。新世界はウタの目指す夢。

 逆光は、ウタの怒り。ウタカタララバイは、ウタの悲しみ。

 流れてくる度に、それを聞く度に、胸が痛む。ごめんね……と思うのに、解決策が見つからないの。

 ウタの所に赤髪海賊団は向かわないだろう。それが、ウタの為だと信じて疑ってないから……。

 

 「ルフィに言えば……会いに行ってくれるかな……?」

 

 二年前に私だけウタと会ったけど……それでさえ二年前。話せばきっとルフィは、それを認めてくれる。

 でも、それでいいの?

 ……答えが出ない問に行き詰まり、そっと身体を抱くようにして丸くなると触れた肌ががさ付いてるのに気付く。小さく舌打ちして、ホカホカにはなったしと浴槽から出ると顔と身体を洗いつつムダ毛処理を行う。

 そうして頭のトリートメントと身体の泡等を流して、再び髪を纏めると化粧水を顔と身体につけて、その上から保湿クリームを塗っていく。そうして身体と顔に馴染ませつつ脱衣所に向かえば、用意されていたのは前に買い物した時に買っていただろう服と下着代わりの水着。

 ムダ毛処理をして無ければ、全身マッサージをそれ用のクリームつけてからやる事で埋もれ毛防止と、既になってるそれの対処ができたのだけど……。

 そんな事を考えながら着替えて、まとめてあった髪の毛を下ろせば水がザバッと落ちた。絞るの忘れて纏めた事を思い出せば、肩や背中が濡れてるのをてへぺろ的な気持ちで見て、とりあえず髪を絞り始める。

 頑張って絞ってから櫛で整えて、肩にタオルをかければ背中と肩の濡れてるのは誤魔化せるかなと考えて頷く。髪を下ろしたままたしておけば、勝手に渇くだろうと脱衣所を出れば待ち構えてたベックが私を見て困ったように笑う。

 

 「ナミは、いつになったら髪を拭けるようになるんだろうな?」

 「拭いてきたわよ?」

 「おいで、ちゃんとやってやるから」

 「拭いたのに……」

 「俺の趣味を奪わない為に、下手なままって事にしておいてやる」

 

 少し落ち込みながらも素直に従えば、甘い声で変な事を言いつつ綺麗に乾かしてくれるし、髪も整えてくれる。手馴れたコレが、あちこちで浮き名を流して来た名残だと知らない人は赤髪海賊団には居ないだろう。

 そのうち、刺されるんだから。……って言いたいのに、刺される前に普通に相手を捕らえて腰砕けにしてしまうだろう姿が思い浮かんで何も言えなくなる。

 

 「お、ナミ。いないと思ったら風呂だったのか。ルーが新作の料理出したのにナミが居ないってしょげてたぞー!」

 

 突然の声に顔を上げれば、そこに居たのはだいぶ出来上がってるヤソップで、その言葉にに了解と返事をしていると、それに重ねるようにベックが終わったら行かせると返事をするからか、納得した様子で去って行く。でも、そうなると、皆は私がシャンクスに連れ込まれてた事を知らないのだろうか。

 ……ベックは別として。この人は騙せないし誤魔化せないからいいのよ、別に。

 

 「……心配するな。ナミを辱めたりしねェから」

 「え?」

 「お頭が話したのは俺にだけだし、他のメンバーには上手く誤魔化しておいた。……この程度しかできないが、船医達以外は誤魔化せる筈だ」

 「船医は駄目?」

 「ああ、無理だな。歩き方とかで気付かれる。……今のナミを見るに、体力的な問題から誤魔化すのは無理がある。それに、跡があるからな……隠せそうな服を選んだつもりだが……やはり多少は見える」

 

 対応が完璧過ぎる。これが世に言うスパダリか。

 それとも、単なるスケコマシなのかな。……カサノバとドン・ファンのどちらがベックと同種かしらね。

 

 「ベックって、本当に……慣れてるわよね」

 「この歳で枯れてたまるか」

 

 そう言いつつ優しく髪を弄る手は、慈しみに満ちている。声も穏やかで優しい。

 心が凪いでいくのを感じて、守られてるのだと実感する。宴の会場からは、チョッパーの歌声とサンジ君の楽しそうな料理解説が聞こえて来るし、今演奏家の中にブルックがいるのはわかるので、小さく笑みが溢れた。

 

 「髪はこれでいい。そろそろルーを宥めに行くか?」

 「うん。ルーの新作気になるし……叶うなら、まだ残ってたら良いな」

 「蜜柑のパイだったぞ」

 「え!?本当に!?」

 

 新作の蜜柑パイ!?過去のそれを改良したって事!?

 やだ何それ、美味しそう。食べたい!

 残ってるかな。もしくは少しだけでも作って貰えないかなぁ?

 

 「ナミの為にって頑張ってたから、残してるだろ」

 「わーい!嬉しい!早く行きましょ!」

 

 ルンルン気分でベックの手を掴んで引っ張れば、頷いてついてきてくれる。そうしてルーのいるだろう場所を考えていたら、笑いながら案内されていつの間にか先を歩く人間が交代していた。

 それに不満は無いのでついて行けば、調理場にて巨大な中華鍋を振り回すルーが見えてきた。どうやらこの香りから察するに、キムチ炒飯を作ってるらしい。

 

 「ルー?今平気?」

 「おー!ナミ!待ってたぞ!」

 

 鍋を火の上に放置してこちらに来るから、焦げるわよ?と言いながらも抱き着く。それを受けてルーはどうせお頭のだから丸焦げでもいいなんて酷い事を言うから、ベックに視線を向けてからルーに甘えてみた。

 そんな私の意思を受けて、火を止めてから困ったように笑うベックは本当に苦労性だと思う。ルーは本当に炒飯を放置して、私に奥から取り出したパイを見せる。

 

 「ミルクティーも用意してやるから、食べてけ」

 「食べるのは、宴の席じゃなくていいの?」

 「持って行ったらナミの分も食い尽くされる。野郎共にやる為に作ったんじゃねェ。甘い物は基本的にいつも、ナミとウタの為だけに作ってんだ」

 「……ありがとう」

 

 きっとこのパイも、ウタが見たら瞳を輝かせて食べたのだろう。そう思ったら少しだけ切なくなるけど、とりあえず食べる事にする。

 サクサクで、甘くて、なのにしっとりしてて……。美味しい。

 アップルパイの蜜柑バージョン。蜜柑じゃない甘味はカスタードかな。

 

 「幸せー!」

 

 追加で用意されたミルクティーも飲みながら、幸せに浸る。そんな私をベックとルーが笑いながら見ていて、そんな所に酒の追加を貰いに来たホンゴウと、炒飯できたかと聞きに来たシャンクスが現れては大騒ぎになったのも当然と言えるのかも知れない。

 優しい癒しの時間は、こうして終わり。私は皆と共に宴の席へと連行されていったのであった。

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