どうしたら良いのか分からなくなる程に、私の発言でローちゃんを傷付けてしまった。それが悲しくて、苦しい。
ドフィも、生い立ちや堕ちて行く過程が近いからこそ……自らの片腕としようと決めていたのだろうと分かる。老いて死に行くのを拒み、力のない己を憎み、搾取する世界を呪い、救いの無い現実を破壊しようと決めたのだ。
それでも、ローちゃんは愛を受けてそこから抜け出して、ロシー寄りの生き方と考え方を得た。それにより、敬愛し尊敬する父親と近い思想を持てるまでになったのだから、すでに全く違うと言って良い筈なのに……。
私は、ドフィのつらさがわかる気がしてるからか、どうしても、責められない。それに……ドフィは不死になれば余計に苦しむと分かるから、責められる筈が無いのよ。
ドフィは寂しがり屋で、独りが耐えられない。そんな子が、自分だけ時を止めて、周りに居る大切な人達が老いて、死に行くのを見続ける事を耐えられる筈もないのだから。
自分もやられたのだからと、己を傷つけてもいない相手を攻撃するのは、理解はできないけど良くある事。いじめの被害者の方が、加害者になった時容赦なくえげつない事をやるのと理屈は同じ。
辞めろと止められた時、そんな人達が返す言葉に、止めようとした筈が何も言い返せなくなる人が多いのもまた、事実。なら何故、私の時は助けなかったのか、止めてくれなかったのか……被害を受けたのだから、やり返して何が悪い。
幼い時の経験であればある程、やられた事をやり返そうとする事は多く、心の傷と闇は深い。無垢であればある程に、堕ちやすいのだ。
茶色の衣服に泥や土の汚れがついても目立たないけれど、白の服なら汚れがクッキリと浮かび、落ちにくくなるのとそれは近い。……似て、非なる存在となった二人は、結局根本的に白から黒に堕ちて、その後色抜きに成功したのか、どっぷり浸かったままになったのかの違いでしかないのだろう。
「ローちゃん、ごめんなさい」
そっと頭を抱えるようにして抱き締めれば、ローちゃんは静かに目を伏せた。それは、許してくれるという返事だと、何故か分かってしまって、共に過した過去が言葉なんて無くても分かるようにしてくれたのだと気付く。
頭を撫でながら、思い出す。マセてて、素直になれなくて、でも、優しかった少年のローちゃんを。
「ナミ……聞いてもいいか」
「なに?」
「なんで、あの時……俺達を庇った?ズタボロで、普通に戦っても勝てない状態だったのに、俺達を庇う為にワザと煽って……自ら追い込まれたろ」
雪の中、戦いの途中で見付けた二人の姿。助けようとしてくれてるのが分かり、だからこそ巻き込めないと思ったの。
私が来るなと制した時、絶望を宿したその瞳。悲しげに歪んだその表情は……脳裏に焼き付いている。
傷付けたくなんて無かった。ただ、生きて欲しかっただけなのよ。
「……生きて、欲しかったの」
「なに、言って……」
「ローちゃんはともかく、ロシーは見付かれば殺されてたわ。私は、ローちゃんに二度と独りになって欲しくなかったの。……私なら、一人なら隙を見て逃げ出せるって思ったのもあるのよ」
幾度この運命を繰り返すのだとしても、きっと私は同じ選択をする。傷つけたくはないけど、それよりもずっと……喪いたくないから。
優先順位を決めてしまった。私は、私の意志を曲げられない。
そう思ってそっとローちゃんの顔を胸から離す。視線を合わせて微笑めば、小刻みに震えたローちゃんがカッと怒りを顕にした。
「ドフラミンゴから逃げられる訳ねェだろうがっ!!」
「ローちゃん、大丈夫。逃げられたから、私は今ここにいる。……ちゃんと、帰って来たわ」
「馬鹿ナミ」
そう言いながら、ローちゃんの頭が胸に戻って来る。その頭を撫でながら、変わらない髪質に少し笑いそうになってしまう。
そう言えば、寝る時やお風呂上がりは帽子外すように教えないと。蒸れて禿げやすくなっちゃうわ。
でも今はそんな事言ってるより先に、伝え無いと後悔するとわかってる事がある。だから、言葉に想いを乗せて音にした。
「うん。心配かけて、ごめんね。ローちゃんの事も、ロシーの事も、本当に愛しいの。生きててくれて、大人になってくれて、ありがとう」
「……馬鹿、ナミ……」
その後は、会話をする事はないままに時が過ぎる。仲間達が集まり出すその時まで、ただローちゃんを胸に抱いて、頭を撫で続けていた。
最初に戻って来たのはモモちゃんで、薪を両手に抱えてる姿は本気で在りし日の弟達を思い起こさせる。ルフィ、サボ、エース、ドフィ、ロシー、ローちゃん。
皆、私の愛しい弟達だった。今は、一人も残さず、全員が私よりも大きくなっている。
それでも、可愛いのよ。可能な限り、守りたい。
きっとこの想いは変わらない。息子に身長を越えられたからって、可愛い子供である事が変わらないのと理屈は同じよ。
「おナミ!帰っておったのたのだな!」
「うん、ただいま、モモちゃん」
視線を合わせる為にローちゃんから離れて、しゃがんで話せばモモちゃんが嬉しそうに笑う。ローちゃんはそんな私に一瞥もせず、手荷物から取り出した本を読み始めるからモモちゃんから薪を少し受け取りサンジ君の元へと向かった。
料理を進めていたサンジ君が薪を見て置く場所を指示してくれるから、それに従いながら手伝える事を聞けばモモちゃんもそれに倣う。そんな私にサンジ君は遠慮して来たけど、私何もしてないのよね。
「働かざる者食うべからずよ。私も、ご飯食べたいわ」
「……まいりました。なら、テーブルのセッティングをお願いします」
「了解」
そういう事ならと、サニーへと戻りテーブルセットや食器を運んで行く。それに着いてきてくれたモモちゃんには、今回テーブルクロスを運んで貰っている。
荷物運びが終わると、野菜を洗ったりするのをサンジ君から任されたモモちゃんは真面目に取り組んでいて、お武家様だろうにと思えば微笑ましい。もっと、やって貰って当然という考えで暴れてもおかしくは無いのに。
……勿論、そんな事をしたらサンジ君を筆頭に叱り飛ばす事になるだろうけど。……ん?
ウタの時は甘やかしてた?いいのよ、ウタは女の子だもの。
周りにやってくれる大人の男がいるなら、甘えるのが女の子の仕事よ。だから、可愛いウタは何もしなくても許されるの。
そんな事を考えながらテーブルのセッティングを終えると、サンジ君の方もそろそろ仕上げらしい。配膳だけでも手伝おうかと思ったら、いつの間にか戻っていた侍二人組がそれを手伝っていて私にはやれる事が無かった。
そうかと思っていたら、テーブルにセッティングされてる向き等が違っていて、それをそっと直す。和食だと左手にご飯が来て、右手に汁物が来ると決まってるように洋食やその他の国々の料理にも色々な決まりはあるのだ。
だけど、鎖国してる国の人にそれを正確にと言うのは無理があると分かるから、指摘するのではなく直してしまう。それに気付いたらしいサンジ君も特に何も言わないので、その意図は理解して貰えたらしいとわかる。
そのままほぼ初対面の絵師、カン十郎から一番遠い席に腰を下ろす。明るく楽しげな様子の彼に、錦えもんとモモちゃんは嬉しそうに絡んで行く。
結果的にモモちゃんと錦えもんに挟まれる形で座ってるカン十郎の目の前の席にはチョッパーが座った。チョッパーの左右に私とブルックが座り、私の前がモモちゃん。
モモちゃんと私の間にある、お誕生日席にサンジ君が座る予定となっている。逆のお誕生日席にはローちゃんが座り、その背後で寝かされているロシーに意識を向けているのが分かれば、ブルックと位置を交代してもらおうかなと逡巡してしまう。
そんな私の葛藤を知らず、過去にあった失敗談や、絵師なのに絵が下手だと笑う錦えもんが本当に嬉しそうで、ここでモモちゃんだけ預かって行きたいとは、少し言い難い。そんな訳で落ち込む私の肩を優しく叩いたのは、チョッパーだった。
「俺もいる。トラ男もちゃんと見てる。だから今はナミも少し気楽にしててくれよ」
「チョッパー……」
「赤髪海賊団に、この島の使用許可貰ったり、この島まで送り届けてもらったりするのに必要な話し合い、ナミが一人でやったって聞いたぞ」
その言葉で、ベックが上手く誤魔化したと言ったのはこれかと思う。シャンクスと消えていても、交渉なら確かにとなるもの。
心の中でベックに感謝フィーバーを起こしながらも、表面上はそれを隠して笑う。その結果暗い表情のままになっていたらしく、チョッパーに余計心配されてしまった。
「ナミさん、今夜は魚介の寄席鍋にしましたが、とりあえず完成までこれを食べて待っていて貰えますか?」
そう言って差し出されたのは、蜜柑ゼリーと紅茶。それにありがとうと笑うと、他の男性陣が俺も俺もと騒ぎ出して、サンジ君が先に飯だ!と叱っている。
鍋を食べられるか分からない私に、野菜ジュースで作ったゼリーに、蜜柑の果実を埋め込んだ物を用意してくれたらしい。これなら、最悪最低限の栄養は取れると考えてくれたサンジ君にも、感謝して当然。
「ありがとう。あまり食欲なかったから、助かるわ」
「それでも各種、一口ずつは食べてくださいね?」
「はーい」
「鍋でござるか!叶うならば、おでんが良かったものだが……」
「いかにも!」
「うむ、拙者もそう思うぞ、さん五郎!」
私が返事をした直後、錦えもんから始まり、カン十郎、モモちゃんと続くその言葉にサンジ君が笑う。ここで怒らないのが、ファンの間で優しさの権化と言われる所以かも知れないわね。
今度ルフィ達も全員いる時にやろうと返すサンジ君に、侍三人組は頷いて笑う。好きな具材は異なっても、皆おでんが好きなのだと言うそれは、何となくわかる。
地域により入れる物が違うのも、おでんの面白さ。サツマイモを大根のように輪切りにして入れる地域や、小さなジャガイモを切らずに入れる地域なんかもある。
サツマイモは薩摩、ジャガイモは江戸の風習から来てる他、いくつかの地域……特に農産地でジャガイモを入れるらしい。その他にも色々あるのよね。
まず、北海道ではふきや蕨等の山菜、つぶ貝や帆立等の貝類が入るのが特徴。おでん専門店の中にはホッケのつみれや、タラのしらこを提供する店もあるわ。
昆布の風味豊かな
店舗によっては、名産のジャガイモも提供される。お店で入ると言う事は、その地域の家庭料理でも使われる事が多いと言う意味でもあるわ。
青森では、筍や帆立貝等が入った山海の幸のバランスが良いおでんが有名。
仙台風だと、根曲がり竹や秋刀魚団子等の
秋田風は、焼き干し鰯、昆布、干し椎茸の出汁に、甘めの
次に関東エリアで見てみると、代表的な種ものとして、練り物の、はんぺん、すじ、つみれ。小麦粉に塩と水を加えこね棒状にした、ちくわぶなどがある。
昔ながらの〝関東風〟と、透明な汁が特徴の〝関西風〟が混在するエリア。その中からもいくつか上げてみたいけど、混在し過ぎて難しいので、今回は東京だけ紹介したい。
東京は、濃口醤油と鰹節をきかせた昔ながらのおでん。醤油で炊いた
地域が変わって金沢になると、昆布がきいた澄んだ汁でばい貝、車麩、銀杏、赤巻、
飯田風になると、たっぷりの長ねぎと削り節を加えた風味の良いねぎしょうゆだれをかけてはんぺんやつみれ、焼き豆腐等を食す。長野県飯田市がねぎの産地だった事もこのたれが誕生した一因だそう。
静岡のは、最近コンビニでも見かける事の増えた牛すじや豚もつは勿論、黒はんぺんやラーメンでお馴染みのなると巻などの串にさした種ものをコク深い黒い汁で煮込むおでん。だし粉……鰯や鰹の粉と青のりをかけて食べるのが静岡流。
岡崎と阿蘇高森では、田楽味噌を使う煮込まないおでんが有名。位置は離れてるのに……と思うと面白いと思う。
名古屋では、八丁味噌、三温糖等で作る甘辛い汁が、豚もつ、牛すじ、大根、角麩等にしみこんだ独特の味わいと香りが特徴。見た目も黒く他の地域とは随分違って見えるので、これもまた個性的。
すぐ近くなのに、京風になるとまた随分と変わって来て、昆布と淡口醤油の汁で、豆腐、ひろうず、湯葉等の豆腐類、聖護院大根、海老芋、里芋等の京野菜をほんのりとした味付けに仕あげた、淡い色合いが特徴のおでん。そうなると、本当におでんは奥が深いと思う。
大阪は種ものには牛すじ、たこが欠かせないし、出汁は鶏ガラと言う近い地域とは思えない程の違いがこの区域の地域に根強い。大阪といえば、クジラのコロ、サエズリが定番の種ものだったが、価格が高騰したため、牛すじや鶏肉を入れコクを出すご家庭もある。
その他には、ごぼう巻・牛すじ等を煮込んだおでんを、生姜醤油を付けて食すのが姫路風。松江風の物は、干しあごと鶏手羽先でとった出汁で、名産のバイ貝やあごちくわを煮込んだ、海の幸豊かなおでんで彩りに春菊やセリをあしらう。
「ナミさん、そろそろ帰って来てください」
「ほぇ?」
「おでんの種類を、ずっとブツブツ言ってましたよ。俺も勉強にはなりましたが、そろそろ目の前の鍋を思い出してあげてください」
サンジ君の言葉に視線をさ迷わせれば、錦えもんが笑い出す。仲間達が皆おでんの好きな具材が違って喧嘩になった事に、今後は出汁の種類について喧嘩が起きそうだと言えば、カン十郎もそれに頷いた。