無意識の内にルフィを求めて腕を伸ばして、ルフィを呼んで……けれどもそれを何か勘違いしたらしいドフラミンゴに掴まれる。触らないでと言いたくても、中で蠢くモノが邪魔をして上手く言葉にならない。
「ナミ、俺はお前を」
ドフラミンゴが切なそうな声で何かを言い始めた時、衝撃音が響いた。それを聞いて、ルフィだと何故か素直に思えた直後、自然と力が抜けて笑みが浮かぶ。
そんな私を1瞥したドフラミンゴは、眉間に皺を寄せつつ私の中から無言で己を抜き去ると、舌打ちを1つ落とした。その衝撃に体は反応するけど、やっと終わったと思えば気が抜けそうになる。
「……まだまだこれからって時に、お迎えか」
「仲間に、手を……」
ドフラミンゴの言葉にハッとして、痛みと怠さ、そして薬による疼きのある体を無理に動かす。体に少し力を入れただけで、痙攣する。
でも、ルフィに手は出させない。必死に体を動かして武器に指先が触れた時、ドフラミンゴが私の武器を糸で1纏めにして手元に移動させてきた。
それを無意識に掴み抱きしめるようにすると、武器を纏めていた糸が解かれる。どうやら、見兼ねて渡してくれたらしい。
「俺は何もしねェよ。ナミが選んだ〝仲間〟相手にベラミーが勝てるとも思えねェ……俺は、ベラミーが負けた後の処理をするだけだ」
「……かわいい、部下なんじゃ、なかったの?」
「あいつは、自ら望んで堕ちて来た。負けるまでと言う事で、俺のマークを貸してやってるだけだ。ファミリーじゃねェんだよ」
「あんなに、慕ってるのに、酷い男ね」
呼吸がつらくて、言葉が少し辿々しい。そんな私の言葉に、ドフラミンゴは暗い笑みで小さく笑う。
それと同時に、私に毛布を投げ付けてから視線を向けて来た。その表情はサングラス越しなのに、何処か苦しそうで……。
「ナミは、愛してるから抱かせろと言う男全員に、その体を好きにさせるのか?違うなら、黙ってろ」
望んでも得られなかった幸せな平穏を、自ら捨てて来た男が恨めしい程なのだろうと言う事が伝わる。絶望して、憎んで、恨んで、呪って、それにより全ての破壊を目論んでいる男……。
「……可哀想な、人ね」
可哀想で、哀しくて、孤独な人。だからきっと自らの手で殺す事で失った筈のそれを、それでも求めて……〝大好きだった父親〟のように、そして〝大嫌いだった父親〟が出来なかった〝家族を守る〟事に執着してる。
「ナミは、何を知っているンだ?ロー達の事も、本当は知っているんだろう?」
「ロー?……あぁ、手配書が出てたわね。確か〝死の外科医〟だったかしら?」
互いに静かに見つめ合う。表からは破壊音が聞こえていて、恐らく街は大きく抉れているだろうとわかる。
近くにルフィが居るのが、わかる。それだけで、私は前を向ける。
ドフラミンゴは呆れたように溜息を落として、突然抱き締めてくる。なんだと思ったけど、その腕が妙に優しくて、同時に震えていて……振り払えなくなる。
涙を流さずに泣いているのだと、何故か思えてしまったから。……明らかに強姦魔でしか無いのに、どうして見捨てられないのだろう。
どうして、この世界の人達は哀しい人が多いのだろう。そっと、その背に片腕を回して軽い調子で叩く。
幼い子供を寝かし付けるように、泣いている子供をあやすように、優しく1定のリズムで。それに1瞬反応したドフラミンゴは、けれども特に何かを言う事は無い。
……きっと、ベラミーと戦ったルフィは、ベラミーがドフラミンゴに殺されたと知れば悲しむか怒るかするだろう。それが分かるから、私は自嘲的な笑みを浮かべつつ静かな声で言葉を紡ぐ。
「……仲間に手を出さない他に、ベラミーを殺さないと約束してくれるのならば、1つ答えるわ」
「良いだろう。どれに答えてくれるんだ?」
ドフラミンゴが私から体を離す。その表情や雰囲気は既に泣いて等居ない。
それに内心で良かったと思いつつ、武器を強く握り締めて震えないようにする。そうしなければ、叫びそうな程に心が疲弊している自覚はあるから。
「私が〝宝玉〟で間違いないわよ。国王様」
「ナミは、甘いナ。だが……約束だ、お前の物に手は出さねェし、ベラミーも生かしといてやる」
その言葉にホッとして、体から力が抜けそうになる。それなら良かったと……ルフィが悲しむ事も無く、無事で居てくれると思ったから。
「……それにしても〝仲間〟か」
「何よ?」
「仲間なんか居ない。そう言っていたナミが、変われば変わるものだな」
「……そうかも、知れないわね。……本当に仲間に手を出さないなら、戦闘を避ける為に姿を消して。私は、動けそうもないから迎えを待つわ」
私の言葉にドフラミンゴはクッと笑い、小さく手強いなと呟いた。それから窓を割って飛び出して行くのを見送り……細く息を吐き出す。
それと同時に身体は大きく震えて、激しい嘔吐感に苛まれる。……怖かった、つらかった、なのに……まだ身体は熱を持って、何かを求めるように疼く。
ルフィに知られたくない。ルフィを傷付けたくない。ルフィに嫌われたくない。誰か、助けて……。
叫びたくなるような衝動を抑えて、シャワーを浴びたくて、全て洗い流したくて、ベッドから転がり落ちるようにして床に移動する。そこから這うように、床をゆっくりと移動し始めた時ドアが開かれた。
それに視線を向ければ、黄金を背負いながら肩で息をしてるルフィがいた。ルフィは切なそうにその瞳を揺らしてから、私を無言で抱き締めて……それから耳元で少し掠れた声を震わせて、言葉を口にする。
「……ごめんな、守れなくて」
「違っ!ルフィは、何もっ!」
「ナミが……ひし形のオッサン達と、メリーを守ったんだって……聞いた。……残さなければ、良かったのかと思ったんだけどよ、そうしたら、オッサン達もメリーも、ダメにされてたかも知れなかったんだよな……」
「ルフィ……」
違うのよルフィ。私がもっと強ければ、私がもっとしっかりとした知識を持っていたら……そうしたらこんな事にならなかったのよ。
だから、ルフィは何も……。悪いのは、全て弱くて情けないばかりの私なのに……。
そう思うのに、ルフィの温もりに包まれた私は、体を無様に震わせながら泣く事しか出来ない。声を出して泣く事なんてもう出来なくて、だからこそ泣きながら言葉を伝えるなんて事は出来なくて……。
「ナミ……帰ろう。皆、待ってる。ナミが帰るのを待ってるから……な?」
ルフィの言葉に無言で頷くと、ルフィは私の体に毛布と私の武器を巻き付けて左手に抱える。それから額にキスをして太陽みたいに笑った。
「今は無理すんな!こんなに弱ってるナミに、何かする気はねェからさ」
「何かって……?」
「……ん?ナミに何かあったら、俺はナミを抱くって言ってただろ。でも、今は無理させられねェから我慢してやる」
「なっ……!?」
言葉が上手く出て来ない。他の男に抱かれたんだって分かるだろうに、怒らないどころかなんでそうなるの!?
それに、どうして我慢する俺は偉いみたいな発言なのよ!?
混乱を極めて、何を言えば良いのかも分からない。
真っ赤になって、他に顔を隠す手段も無くて、私は仕方なく……そう、仕方なく!ルフィの肩に顔を埋めてそれを隠す。そうよ、甘えてる訳じゃ、無いんだから……。
ルフィの温もりが愛しくて、ルフィの優しさが嬉しくて、だからこそ痛くて……。ルフィの肩が、私の涙で湿っていくのに、それを抑える事さえ出来なかった。
そんな私に気を使わせない為なのか、単純にルフィとはそういう生き物なのか、それは不明だけどルフィは森へ突入して行き空いている手で嬉しそうに虫を手にして、無邪気にはしゃぐ。虫について何やら言われてるけど、それって、触覚が硬くなってるだけで結局ゴキブリなんじゃないの!?と悲鳴をあげそうになるのを耐える。
クワガタもカブトムシも、ゴキブリも、私には全て同じに思える。鳴くゴキブリが蝉だと、私は信じている位なのだから区別なんてつく筈もない。
お陰様でぐったりしながらルフィに抱かれてメリーに戻る事となり、ロビンとチョッパーに気遣われながら船内に入る事となった。お風呂にはロビンが着いてきてくれると言ってくれて、チョッパーはその後で診察だからなと心配そうにしてる。
ゾロ、ウソップ、サンジ君はルフィと共にクリケットさんの話を聞いたり、虫を捕まえて来たルフィを叱ったりしてくれてるようだ。その様子に、帰ってきたのだと思い、安心感から体の力が抜けると、それにより崩れるように倒れかけた私をロビンが軽々と支えてくれた。
……どうやらロビンは、案外力持ちらしい。
「ナミは、ここの人達に守られてるだけのお姫様だと思っていたけど……違ったのね?」
「お姫様じゃないけど、いつも守って貰ってるわ。私、か弱いもの」
私の言葉にロビンは静かに首を横に振る。それからシャワーで私の頭を濡らしながら、優しい声で語り掛けてくれる。
「……貴女は、お猿さん達も、この船も、この船の宝も、何もかもを守り抜いたわ。それに、ただのか弱い女の子は……七武海と対峙して生き残るなんて出来ないわよ」
「ロビン!?」
「動かないで」
咄嗟に振り向いた私をロビンは取り押さえて平然としてるけど、なんで七武海って……。そう思ったのが伝わったのだろう。
ロビンは私の頭を洗いながら、優しく説明を始めてくれた。ロビンの話を纏めるとこうだ。
鳥を捕まえて戻ると、クリケットさん達が息も絶え絶えの状態で倒れていて、ルフィ達の姿を見ると申し訳ないと動ける筈もない体を動かして涙を流した。そこで私が拐われたこと、それはクリケットさん達と船を守る為であった事を聞かされる。
その時クリケットさん達の宝が奪われているのに気付いたロビンがそれを伝えると、男達が総出で戦いに行こうとしたけどそれをルフィが抑えて、1人で良いと言って飛び出した。必ず、ひし形のオッサンの黄金とナミを取り戻して来ると言って。
残されたロビン達はクリケットさん達から話を聞き、そこで特徴とマークから私を連れ去ったのがドフラミンゴだとロビンには知られてしまったらしい。
「……体格差がありすぎると思うのだけど、身体は大丈夫?……心も、私にはどうにも出来ないけれど」
「私は大丈夫、平気よ。……ルフィ達には、言わないでね?ドフラミンゴに犯られたのは、初めてじゃないの。だから、身体も、心だって大丈夫。慣れてる、もの」
私の言葉を聞いたロビンは、私の頭に無言でお湯をかけて来る。泡を洗い流しながら、ロビンは優しく言う。
「全てお湯よ。だから、誰にも分からないわ」
だから、泣いていいのだと、強がらなくて良いのだとロビンは言葉にする事無く伝えて来る。その優しさに、涙が溢れて止まりそうに無かった。
私の体が震えなくなるまで、ロビンばずっとお湯をかけ続けてくれた。それが落ち着いて体を洗う頃には、ロビンは先に出てるわと言って去って行ってくれて、気を使わせちゃったなと思う。
色々と後処理をしてから出れば、誰かから話を聞いていたらしいロビンがタオルを構えて待っていてくれていた。でも航海士としてそんな事に構う時間は無いと甲板に出れば、気を抜きながらの航海だとか言ってるルフィ達がいて、どうやら間に合ったらしいと知る。
そんな私にサンジ君が自然な動作で椅子を差し出して来て、座ると同時にチョッパーが診察を始める。するとロビンがその背後に回り込み、私の頭を拭き始めた。
何が私に起きてるのかと思って笑いそうになっていたら、ゾロが布を1枚投げ付けて来てジェスチャーで首に巻いとけと言う。それにゾクリとしたものを感じて、手鏡で見てみれば案の定ドフラミンゴに付けられた跡が残っている。
布を慌てて巻き付けながら、ルフィはどんな想いでこれを見たのだろうと思うと、呼吸の仕方さえ分からなくなりそうになり……そこに水の入ったグラスが差し出された。視線を向ければウソップで、それにお礼を言って受け取ると同時に1口それを口にする。
ウソップは私に何かを言いかけては辞めて、そして苦しそうに私とメリーを交互に見て、強く拳を握り締める。結局ウソップは何も言わずにルフィ達の元へ戻り、私は渡された水でチョッパーに処方された薬を飲む事にした。
考えなければ行けない事もあるし、ふとした瞬間に叫びそうにもなる。けれども聞こえてきた声が、物思いに耽る事を許してはくれない。
何故ならば微かに聞こえてくるその声は……黒髭の物だったから。