そんな騒ぎの中、ローちゃんが意識を朦朧とさせているロシーにお小言を言い終えて降りるのを待ち、私達は出航した。ロシーはチョッパーの部屋で寝かされているので、島に残る人達に手を振る事は無かったし、私達はサニーを動かすのに必死で別れを惜しむ暇は無い。
唯一モモちゃんだけが、必死に船縁から手を振っていたけど……そればかりは仕方の無い事だと思う。幼いのに、多くを抱えさせられた哀れな少年は、それでも前へと進む事を選んだ。
泣き虫で、高い所が怖くて、戦闘能力も無い。それでも、人の為にと己を律する事が出来る少年なのだと思えば、愛しくもなる。
この世界の人間が全員強い訳では無いし、素晴らしい訳でもない事は理解している。クズもカスも沢山いるわ。
だからこそ、武力的な強さが無いのに前へと進もうとするその心が尊いと思う。恐らくは、私がモモちゃんの年齢の時よりも、実力は足りてないだろうと思えてしまうからこそ余計に。
覚悟を決めかねてるのだと分かるのに、その責任と重圧から逃げない潔さが少し悲しい。……そう言えば、ゾロって東の海出身なのにワノ国要素強いわよね、何か関わりとかあるのかしら?
教えて貰えるとは思えないけど、巫女様に聞いてみようかな。ベガパンクについても、私は作品としては名前しか知らないのに、巫女様は知ってる様子だった。
最終巻まで読んだと豪語してたから、知ってはいるのだろう。なら聞きたい事を書き出して、後で文章に直して送ろうか……と、そう思ってペンを取り出そうとしたら海坂が現れてそれどころではなくなり、指揮を執る。
「船体を保って!行先と海坂の方向は同じだから逆らわないで!……1時の方向に舵を切って!!」
家具は基本的にフランキーに頼んで全て完全固定して貰ってあるか、ゴムバンドである程度しか動かないようにして貰ってある。椅子なんかがそれ。
だから、船内にいる人が怪我をするなんてリスクは無い。それに、船自体も傷つかないから良い事尽くし。
これは、献血車なんかでやってある対策と近い。揺れる車内で動いたら困るけど、使いたい時に動かないとどうにもならない物の対策に使われてる。
それを思い出してフランキーに相談した時の顔は、是非とも尾田っちに描いて欲しいと願いたくなるようなギャグ顔だったわ。でも、同時に理解してからはプロの顔で瞳だけは少年のようにキラキラと輝いていたのは鮮明に記憶に残ってるのだ。
でも、そんな事を考えてボーッとしてる余裕はないの。だから、フッと笑いそうになる気持ちを引き締めて声を出す。
「チョッパー!」
「任せろっ!」
前から飛んで来る魚。それを見てチョッパーを呼べばゴールキーパーがボールを抱えて押さえるように魚を抱え、その後甲板に投げる。
それを見てブルックが凍らせてくれるから、後でそれでサンジ君にカルパッチョでも作って貰えるかしらと思う。凍った魚をモモちゃんが船内に運び込んで、後はちゃんと振り落とされないように掴まってくれてるのを横目に見ながら指示を飛ばし続ければ、それ程時を待たずに難所は越えられた。
航海してるだけで食料補給できるのは、本当にありがたい。でも、消費してくれるルフィがいないので、少し扱い方を工夫しないとよね。
「お疲れ様です。……今は暑いかと思って、ハニーオレンジをお持ちしました」
「至れり尽くせりね」
優しく笑いながらサンジ君が出してくれた飲み物を手にして、そのまま皆のところに向かうサンジ君を見送る。これが今いるメンバーなのよねと、心強くもあり、寂しくもある人数に苦笑してしまう。
ログポースでは残りの距離は分からないけど、今はビッグマムにも追われていて、世界政府にも狙われてるから夜は下手に動かない方が良いと判断して、日が傾き始めたのを見て停泊を指示する。そんな私にチョッパーは素直に従うけど、ブルックとサンジ君が従ってくれる理由が分からないのよね。
「二人は良いの?私の指示に完全に従ってて」
「航海士の意見を聞かないとか、海の上では自殺行為ですよ、ナミさん。私はまだ生きなければなりませんからね。……あ!私、もう死んでました!!ヨホホホホ!」
「俺は代理的な意味だけでの船長やってるだけです。本来なら海賊歴を考えればブルックが、一味の在歴期間を考えればナミさんが正当ですからね。……何より、航海士でもあり、この船のブレーンであるナミさんに逆らって生きられるような海では無いでしょう」
当然のように告げられた二人の言葉に息が詰まる。私は、ナミちゃんのようなカリスマ性を持ち合わせてはいないのに……と思うから、余計に。
でも、そんな私の心を見透かすように名を呼んだのはチョッパーで、それに振り向くと悲しそうな顔をされていると気付く。……チョッパーはそっと動揺してる私の手をとると、泣きそうな顔で笑った。
「ナミは、皆の支えなんだ。頼むから……一人で抱えないでくれよ」
「チョッパー?」
「俺達いつも支えてもらってばかりだけど、守りたいんだ。支えてもらってる分、ナミの身体だけじゃなくて、心も守りたい。……俺達の為にって声出してくれてるのに、ごめん、不安にさせて」
今は人数が少ない。それにより役割分担が大きく変わったのに、これまで通りでやろうとしてしまっていたとチョッパーは俯く。
全員が今までと同じ事しかしないのであれば、いない人達がやっていた事が穴となる。それを無意識で私に頼っていたと言うその姿は、物理的な意味では無く小さい。
そんな顔させたくなかった。どうしたら、チョッパーの悲しみを昇華できるだろう。
「大丈夫よ、負担には思ってないわ」
「だから、心配なんだよ!」
仲間が増える度に減って行った私の仕事。つまり、減った時はそれを私が補えると言う事よね。
満足はさせられなくても、不自由もさせないわ。なのに、それではダメなんだと皆は言う。
その結果、皆は集まり戦闘の指揮はサンジ君がとり、航海日誌はブルックがサポートして、船の修理をチョッパーが対応すると言う。私が無意識で行っていた戦闘指揮も、ロビンの分も私が対応して、簡易的な事ならできるからとフランキーの仕事もとやろうとしていた私を、彼等は許さなかった。
それは、私が信頼されてないからじゃない。皆が私を心配してるだけ。
それは、邪魔にされてる訳でもない。心から大切にされてるだけ。
想われているのだ。私が、想うのと同じくらい。
人は人を映す鏡だから、陰口を言う人の周りには言う人が集まる。温かな人には、温かな人が集うのよ。
だから、ルフィの周りにいる人達は、皆何かに秀でていて、同時に優しい。優しさの形は違っても、それぞれが優しいの。
転んだ人を助け起こす優しさと、手を貸す優しさ、そしてただ見守る優しさと、少し先で立ち止まり待つ優しさがあるように、必ずしも優しさは同じでは無い。転んだ人が自力で立てない老人なのか、幼い子供なのか、元気な若者なのか、それによって答えが変わるように……皆が違う優しさを持ってるだけ。
だから、自然と笑顔になる。皆といられるなら、きっと私は、ずっと笑っていられるわ。
「わかったわ。仕事、奪われて悲しいとか、言わない」
「この、ワーカーホリックッ!」
「そんな事無いわ。ただ、やれる事はなんでもやりたいだけよ」
なんと言う風評被害か。名誉毀損で訴えちゃうぞ!
海賊だから、法律に守っては貰えないけど。それにこの世界では、名誉毀損はたぶん犯罪じゃないけどね。
そんな事を考えていたら、まさかの追撃。絶対的な味方だと思っていたからダメージも大きい。
「チョッパー、必要なら縛って良いぞ」
「そんな、サンジ君の裏切り者っ!」
「ヨホホ、眠り歌でも奏でましょうか」
「ブルックまで、酷い!」
誤魔化されないわよ!そう思ってついブルックを睨んでしまう。
そんな時にそっと服の裾を掴まれる。何が……と見ればモモちゃんが見上げていた。
「おナミ、共に過ごそうぞ。この文の意味がわからぬのだ」
「ああ、これね。わかったわ、説明するわね」
こうして全員に退路を絶たれる勢いで仕事を奪われてしまったけど、楽しいのは間違いない。モモちゃんやチョッパーと読書をしたり、ブルックと楽器の調律をしたり、サンジ君と今ある食材について話し合ったりする他はいつもの仕事をするだけ。
常に働かないと、私の価値がない……なんて、今はもう言わないわ。そんな人間をルフィは仲間にしないもの。
皆から自然な形で与えられた信頼が、私を包む。優しく、暖かく、そうして私の心を護ってくれる。
信頼が自信に繋がり、経験が信頼を育む。私は、皆と共に先に進むのだと、離れていても仲間なのだと今は断言出来るわ。
「ブルック、今夜は航海日誌任せても大丈夫かしら?」
食後のデザートを食べながら確認すると、ブルックは嬉しそうに笑い頷いてくれた。そんな彼に最低限航海士として記載すべき所を記載した航海日誌を託せば、暫し硬直してから何故か無言で頭を撫でられてしまう。
首を傾げたら、しっかりと頷いたブルックに寝てくださいと言われてリビングから追い出されてしまえば、逆らうのは得策じゃない。案外、怒ると怖いのよね、ブルックって。
年の功なのか、それとも普段怒らないからなのか、ブルックが怒った時って素直に怖い。……まぁそれでも、基本的に私を怒る事はないけどね。
蜜柑の様子を見ながらシャワーを浴びに向かえば、下から良い香りがして来る。皆の為にサンジ君が飲み物かスープを作ってるのだと分かるから、それだけで心が暖かくなるのを自覚した。
シャワーを浴びて、少し深く深呼吸をする。シャンプー、コンディショナー、ボディーソープ、洗顔フォーム、化粧水、乳液、クリーム、その全てがベルメールさんの蜜柑から作られてるので、何を使っても懐かしくも良い香りがするのだ。
これを完成させたのは、赤髪海賊団にいた頃。基礎はできていたけど、完成形にできたのはウタと別れてから。
あの時は、何かをしていなければ、皆も私も壊れてしまいそうだったのだ。それくらい、私達はウタを愛していたし、愛されていた。
そして恐らくは、今も愛しているし、愛されている。時折ラジオのような形で聞こえて来る歌声は、あの頃のまま。
なのに、その歌詞が……その歌い方が、孤独と切なさ、愛を求める悲痛さを伝える。愛しい、私の娘。
最後にした約束は違えて無いけれど、ずっと歌を聴いているけれど、それだけ。ウタが寂しいと、ひとりぼっちは嫌だと歌う度に胸が痛くなって、泣きそうになるの。
そんな事を考えていたら、ドアをノックする音が聞こえて来た。振り向き誰何すれば帰って来たのは可愛い声。
「おナミ、拙者も汗を流したいが……良いか?」
「俺も俺も!」
「勿論よ!二人とも入って来て」
モモちゃんとチョッパーを笑顔で迎え入れて、今日はシャワーだけの予定だと伝えつつも二人を同時に洗っていく。腕が二本あるから二人までなら案外余裕なのよね。
三兄弟を洗っていた頃に比べればずっと楽だし、ウタとルフィをセットで洗っていた時も似たようなものだったわ。本当に、懐かしい。
全員綺麗に洗い終えて、チョッパーはトリートメントでフワフワのサラサラに仕上げ、モモちゃんには化粧水と乳液、クリームも使ってお肌のケアをする。二人が脱衣場でじゃれながら支度をするのを確認しつつ、私も己を仕上げてから脱衣場に向かい、全ての布を洗濯機に押し込んでしまう。
三人分の衣類と、使用したタオル、それだけでも結構いっぱいになるものである。それでもまだ僅かに隙間があるので、艦内放送をしておくのも忘れない。
「洗濯機の中が、半分を超えました。洗いたい物があれば入れておいてね。明日の天気次第で洗って干すわよー!」
入りきらない分は近くに山積みにされるので、2、3回洗うのはいつもの事。人数を考えたら、それでも少ないくらいだと思う。
毎日はお風呂に入らないどころか、週に一度とか言うのもいるのだからある意味当然かもだけど……着替えくらいはマメにして欲しいわ。海水って案外ベタつくし、バッチィのよ。
だけども、こいつらには言うだけ無駄と諦めたのはいつからだったかな。そんな事を思いながら、一方通行な連絡を終えて部屋に移動する。
過去に書いた作品をパラパラと捲り、その中から芋ずる式に思い出す曲をメモしてから机に向かう。例えばキャベツを見てコールスローとホイコーローを思い出して、ロールキャベツとポトフを思い出し、そこからカレーとシチューを連想するようなもの。
パソコンと違い、書いた曲目を自動的に五十音順にする事ができないので、過去に書いた一覧を見ても重複するリスクはある程度ある。もちろんそれを送れば、あちらで誰かが気付いて反応してくれるので、今のところ重複出版にはなってないけどね。
有名アーティストの名前を書き出して、その中で聞いた事のある曲名を書くと、大概サビはすぐに思い出せる。そこから少しずつ思い出して、音を確認しながら譜面に落とし込むだけ。
ピアノだけの優しい曲もあれば、ドラム等を用いる激しい曲もある。そのどれであれ、鉄笛でまずは音を確認して脳内で歌詞を思い出して行けば、途中変な繰り返しをしてる所を見付けて首を傾げたりしつつ直していく。
その作業が案外楽しくて、歌詞を完璧に書き上げた所で肩を叩かれた私はまだ海図描いてないのよと潤んだ眼差しを向けようとして、息を飲む。だってそこには、想定外の人物が立っていたから。