黒髭の声が聞こえたと言う事は……と思い空を見上げれば、突然の夜が訪れた。だから私は唇を引き結ぶ。
今皆の命は、私が握っているのだから。こんな所で、心を揺らされている場合じゃ無い。
猿達は私達の為に動いてくれて、私達もまたその指示に従い船を動かす。ルフィは人と運に恵まれている、本当に心からそう思う。
ルフィは人を惹き付ける。そして、その時限りであっても全力でルフィを助けてくれる人達が沢山いるのだ。
船から振り落とされないように柵にしがみつきながらも、声を出して指示を飛ばす。波は高くなり、荒くなる。
「航海士さん、針路は!?」
「大丈夫、問題ないわ!〝雲〟を指してる!」
……来たわね。ここからが、私の役目よ。
皆を絶対に、死なせはしない。深く、深呼吸して大波に乗りながら、それぞれが驚いたり喜んだりしているのを眺める。
目の前で断末魔の悲鳴をあげつつ渦に飲まれた海王類を見てしまい、ウソップとチョッパーは怯えを隠しもしない。そんな所が本当に愛しいと思う。
ここの航海は、確かナミちゃんでさえ必死だった。それなのに私に操縦の指示が出せるのか。
出来るのか、出来ないのか?……いいえ、出来なければ皆の命を私が奪ってしまうのだから、出来ないなんて死んだって言わないわよ。
ここに居る世界の太陽と、信頼出来る大切な仲間を死なせる事だけは許されないから。私は渦を睨み付けるように見て、気持ちを強く引き締める。
渦に乗ってメリーが動き出すと、猿達は元気に手を振ってくれる。それに対してルフィが明るく返事をして、ウソップとチョッパーは、この世の終わりであるかのように泣き叫ぶ。
そんな状況にあるからか、ウソップが無謀にもルフィに説得を試みる。けれどもルフィはキラキラとした様子を見せるから、ウソップは私に1瞬視線を向けて、諦めたような溜息をついた。
「ナミはルフィが言えば、世界でも滅ぼしそうだから、言うだけ無駄だよな」
「滅ぼせるか!」
思わず怒鳴ってから海面に意識を集中する。その時、渦が消えた。
……となれば、これは突き上げられる前兆。息を大きく吸い込んで、最大限の声で叫ぶ。
「皆!振り落とされないようにメリーに掴まって!!」
そんな私の声に続いて、先程小さく聞こえてきたのより随分近くなった黒髭の声に、自然と肩が揺れる。まだ起きても居ない事で怨むのは間違ってるけど、私の愛しくも可愛い弟を、ルフィの大切な兄を殺す切っ掛けでしかない男をつい、睨み付ける。
その手にはルフィとゾロの手配書があって、その金額を大声で伝えて来る。それを見聞きしたルフィとゾロは喜ぶけど、サンジ君は自分のは無いのかと叫ぶけど、そんな場合じゃない。
覚悟しろと叫びながら近付く黒髭をも射程に巻き込みながら、ノックアップストリームは起きる。初めはゆっくりと、それから1気に突き上げるように、海が持ち上がり始める。
「急いで掴まれ!」
サンジ君がそれに気付き叫ぶのと、メリーが空に吹き飛ばされたのはほぼ同時だった。その時、ふと風を感じる。
それはこれが、本来ならば有り得ないようなこの世界特有の現象に思えても、これが自然現象である証拠。即ち、海流と上昇気流である証。
「帆を張って!今すぐ!」
私のその言葉を横目に、先に海に飲まれていた海王類が落ちて行く。その上更に多くの物が、メリーの側を通過しながら落下して行く。
それに慌てながらも、私の言葉に反応してくれるメンバーに不敵に笑ってみせる。私が不安を見せれば、皆はもっと不安になるから、私がそれを見せる事なんて出来やしない。
「これは海と風!ならば航海してみせる。……この船の航海士は誰!?」
それに対して声が揃った。それが嬉しくて、前へ進む力になる。
「「「「「ナミだ!!」」」」」
それから細々とした指示も含めて出して行けば、船は海面から離れて浮き上がる。それから先、安定して登って行くようになれば、自然と体から力が抜けた。
それをロビンが支えてくれて、礼を言えば少しはにかんだように笑ってくれる。こんな些細なやり取りさえ、ロビンには殆ど経験が無いのだ。
驚きと怯えと、他にも多くの感情で混乱しているチョッパーに気付けば、宥めなければとその体を抱き寄せる。そのまま頭を撫でれば、嬉しそうにしてくれるからそれに癒される。
「ナミ!これで空島に行けるのか!?」
「えぇ、船長!」
ルフィは嬉しそうに空を見上げて笑うから、私も先を見据える。そして、言葉を口にする。
「あの雲の上にある筈よ。だから雲海の記述を考えたら……雲を抜ける時呼吸は出来ない。覚悟して!突っ込むわよっ!!」
言い終えるのと同時に、私は大きく息を吸い込んだ。それが今は1番必要な事だから。
ノックアップストリームのそれに乗り、勢いそのままに雲で出来た海へと突入する。腕の中でチョッパーの体に力が入らなくなってるのを確認して、飛ばされてしまわないようにと、流されてしまわないようにと、強く抱き締めながら視線を巡らせる。
ロビンの事はサンジ君が、ルフィの事はゾロが支えていて、ウソップは自力で頑張ってるのが見える。とりあえず全員無事の様子に、心が緩みかけるけど体は正直で、後少しだと言うのに酸素をくれと訴える体に対して、もう少し耐えろと言い聞かせる。
呼吸の出来ない場所を超えて、私達は海流の影響で超えても更に少し突き上げられた所で突然放り出される。雲海の中で突き上げが止まるよりは断然良いけど、なんとも言い難い気分になる。
恐らくは雲海の上と思われる所に不時着したメリーの上で、私は呼吸を整えながらチョッパーを解放する。後は自由にさせてあげた方が回復も早いはず。
そう言えばチョッパーって、ゾオン系なのかな?ゾオン系だと体力多くなって、回復も早まるって聞いた事ある気がするんだけど……ヒトヒトって、超人なの?ゾオンなの?
そんな明らかにどうでもいい事に思考を奪われているのは、直ぐには動けそうに無いからだろう。本来ならば、高山病とかになるべき所で、それにならないだけでも奇跡に近い。
登山経験もこの体は無いし、宇宙飛行士の特殊訓練だって受けてない。重力も酸素濃度も明らかに異なるこの場所で、少しの問題も無く動き回れたらそれは既に人間では無いと思われる。
いや、飛べる系の悪魔の実食べてるとかなら別よ?鳥の属性を受け継いでるだろうから。
でも、私は何の悪魔の実も食べてない、普通のか弱い美少女航海士なのよ。美少女航海士なのは私の功績ではなく、明らかにナミちゃんの肉体恩恵だけど、そこはまぁとりあえず置いとくとして……。
今は兎に角深呼吸して、薄い酸素に身体を慣らしておかなければ、確かすぐに危険が迫ってくるんだった筈と、微かな知識によって分かってる未来に備える。ルフィ達も上手く動けないタイミングだったからと、危険な状態に陥った筈。
……皆の事を、守らなきゃ。
クリマタクトを握ると、迷わず雲を作り出す。雷落とした程度じゃ無意味かも知れないけど、何も準備しなければ負けるしかない。
そんな中でゾロが全員の無事を確認してくれようとするが、ルフィは辺りを見て即座にはしゃぎ出していて、既にそれどころではない様子だったりする。この場所が空の海……雲海だと言う事だけは分かっているから、とりあえずログポースを確認して見る。
……まだ、上を指してるって事は、ここより更に上に島があるのね。
「航海士さん、もう動けるの?」
「何とかね。ロビン、戦いに備えていて。多分侵入者だから狙われるわ」
「あら、怖い」
思っても居ない事を平然と口にするロビンに、少し笑みが浮かぶ。それからロビンとログポースの事で話をしていれば、可愛い足音を立てながらチョッパーが近付いてくる。
それにより3人で真面目な話を続けているけど、その間にもゾロとサンジ君は喧嘩したり、ルフィとウソップが戯れたりしていて、至って平和な様子が視界に映る。メリーも良くこの無茶な航海に耐えてくれたと、思わず撫でていればロビンが優しげな顔で笑った。
「航海士さんは、この船が好きなのね」
「メリーはね、ある意味特別なのよ。私達の家であり、仲間であるのに、治してあげられる人が居ないんだもの」
「そうだよな。俺、人とか動物の治療は出来るけど、メリーの事は治療出来ねェもん。こんなに頑張ってくれてるのにさ」
チョッパーがそう言ってから、私達3人の視線は無理難題を平然と押し付けて笑っているルフィに向けられる。それで居て、間違ってなかったりするからタチが悪い。
ふと気付けばウソップが海に入ろうとしていて、つい声をかける。
「今、ノックアップストリームを使って、メリーと抜けて来たんだから分かると思うけど、海底なんて無いから、抜けたら1万m下にあるいつもの海か何処かの島まで落下して、死ぬ事になるからね」
「……浅瀬、だけ。確認して来る」
「そうして。気を付けてね」
ウソップはぎこちない動きで海に飛び込んで行き、その姿はすぐに見えなくなった。となればそろそろ来るわね。
「ルフィ、ゾロ、サンジ君。いつでも動けるように軽く体慣らしといて。今は動きにくくなってると思うから」
私の言葉に反応して3人は同時に身体を少し動かしてみると、少し苦しそうな顔をした。……良かった、3人とも人間辞めてなかった。
それから少しすると慣れてきたとか言うので、即座に前言撤回したくなったけど、でもまだ、多分人間の領域の筈……よね?
それにしても、どのタイミングで襲ってくるんだろう。知識が曖昧過ぎて、少し怖い。
エースは、どうしてるかな。無事に……白髭さんの所に居てくれてるかな?
そんな事を考えながら、でもこの空気の薄さに慣れてきたかと思えた頃、ルフィが急に顔を覗き込んできた。驚いて下がろうとした私を、ルフィが抱き締めるから身動きが取れなくなる。
「ルフィ、どうしたの?」
こんな展開あっただろうかとルフィを見ながら記憶を掘り起こすけど、該当しそうなものは思い出せない。ルフィはそんな状態でにししっと笑う。
「ナミは他の奴とは違う感じで服着てるよな。昔から、そんな感じの服装だったけど、ナミ以外で見た事ねェよ」
それはある種の衝撃となり私を襲う。そんなに変な姿だろうか?と。
でも同時にルフィの体温が高くて、何だかホッとするななんて……そんな事を考えながら、ルフィを眺めるのだった。