※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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見張り要員

 夕方になる頃、私は誰かが肩に触れた感触で目を覚ました。視線を向けるとそこに居たのはウソップで、ルフィに起こしに行くように頼まれたのだと言う。

 だとしたら、当人たるルフィはサンジ君辺りに何かして叱られてるのかと当たりを付ければその通りだったようで、小さく笑いながら体を起こす。

 

 「わざわざありがとう。なら、そろそろ夕ご飯かしら?」

 「おゥ!そういう事だ」

 

 ウソップの明るい声にホッとするのは、それだけ信頼しているからだろう。僅かな時間の筈だけど、寝た事で頭もスッキリした気がして立ち上がるとウソップが小さく頷いた。

 

 「顔色良くなったな。良かった」

 「ウソップまでそんな事言って……」

 「ばァか、ナミの顔色が悪いのに気付いてなかったのは、ビビの他は本人たるお前だけだ!無理すんなよな、この船にはナミが必要なんだからよ」

 

 こんな時、ウソップって凄いなと思う。こんなにも的確に人の心を掴めるのは、もはや立派な才能だと思う。

 クスクスと笑ってしまうのは、嬉しいからと気恥しいからなのに、ウソップは信じてねェななんて言って呆れたような顔をする。そんなウソップを呼び止めて、私はクリマタクトを手渡す。

 

 「ウソップ、それの改良って出来ると思う?」

 「……構造を確認してからじゃねェと、何とも言えねェけど、なんでだ?」

 「ビビをこれからアラバスタまで連れて行くにあたって、敵は此方の進路を把握して攻めてくるのは分かりきってるでしょう。そんな時、私は足手纏いになりたくないの。ビビを……守りたいのよ」

 

 言葉を1度切ってから、私は言葉を続ける。それをウソップも待っていてくれる。

 

 「そうなるとクリマタクトの改良が1番確実で、クリマタクトを改良出来るとしたら、ウソップしかいないもの。お願い、ウソップだけが頼りなのよ」

 

 私の言葉にウソップは小さく頷いてから、今夜はこれ借りとくぞなんて言って立ち去る。その後姿を見れば、耳が赤い事から照れているらしいと分かり少しホッとする。

 嫌がられたりした訳じゃないんだと認識出来たから。元々クリマタクトはウソップの発明品である筈で、それを無理言ってシャンクスに用意してもらっただけだから、冗談抜きでシャンクスに再会するかウソップに改良してもらうかしか、改良する方法が無いのよね。

 食事をする為に移動した先にはルフィが正座させられている他は変わった事もなく、それぞれが過ごしている。ビビも楽しそうに笑っていて良かったと思って肩から力が抜けるのを感じた。

 その時ルフィの視線が私に向いて、ホッとしたような顔で笑われるから心配かけてたんだなと思う。

 

 「ルフィ、心配かけてごめん。もう、大丈夫よ」

 「それで今夜寝てなかったらシバキ倒すぞ」

 「……ンな事したら、俺がてめェを蹴り倒して飯抜きにするぞ」

 

 私とルフィの会話に当然のように横槍を入れてきたのはサンジ君で、その言葉に私は笑いルフィは文句を言う。こんな騒がしくて、温かくて、優しい光景が日常となり、その中に自分が加われるなんて思ってもみなかった。

 独りで生きて行くんだと叫んでいた頃の幼い私が、心を凍らせて漸く息をしていた私が、胸の奥で泣いている気がした。……まだ何処か馴染めないような、擽ったいような気持ちになる事も多いけど、幸せだなと感じる。

 

 「今日の飯は何だ?」

 「毎日新鮮な魚が手に入るから、魚料理はあるから安心しろ」

 「それ、喜ぶのウソップがメインだろ」

 

 ウソップの問い掛けにサンジ君が答えれば、ゾロが呆れたように、けれども楽しげに言葉を向ける。それからゾロが何かに気付いた様子でウソップの元へ向かうと、その手元を覗き込んだ。

 

 「それ、どうしたんだ?」

 「あァ、ナミから預かったんだよ」

 

 そんな2人の会話の途中で、ルフィが驚愕にその瞳が落ちるのではないかと言う程に見開いた。天変地異でも起きるかのようなルフィの反応に、何とも言えない気持ちになる。

 

 「……嘘だろ?ナミ、それ他の奴には絶対触らせねェのに」

 「そんな事ないわよ。シャンクスとベックにも渡した事はあるし、ベルメールさんとノジコにも触らせた事あるもの。でも、ルフィはダメ。絶対何かやらかすから。クリマタクトは扱いが難しいのよ。……ゾロもダメね。サンジ君なら大丈夫だと思うけど」

 「ナミさん、その基準って何なんですか?」

 

 ビビが不思議そうに聞いてくるけど、見ていればわかると思うのよ。本当に。

 

 「まぁ、もう少し1緒にいれば嫌でも理解できるわよ」

 

 私が笑えばサンジ君とウソップは確かにと言って笑い出して、ゾロとルフィは不満気にしている。こんな日常を守りたいと、私は心から思った。

 食事を終えて、それぞれが部屋へと向かうかと言う時にゾロが全員を呼び止めた。それに足を止めれば頭をかきながら、何故か躊躇うように言葉を口にする。

 

 「見張りの事だが……」

 「Mr.ブシドー、私も参加するのは理解してますし問題は……」

 「そうじゃねェよ。コックとナミの事だ」

 「私?」「俺?」

 

 私とサンジ君の声が重なり2重音声みたいに聞こえた時、ゾロが呆れたように私とサンジ君を見た。それから僅かな怒りを含んだ視線をルフィに向けると、口を開く。

 

 「これは本来ルフィが気付いて言うべきだ。そこんとこは理解しとけ!」

 「え?何の話だよ!?」

 

 ルフィが驚きの声を出すのに、ゾロはそれを無視して言葉を続ける。ゾロが苛立ってるように見えて、少し心配になるけど、今は黙って話を聞く方が良さそうね。

 

 「コックは夜中まで片付けや仕込みをしてるし、早朝から準備とかしてるだろ。だからって昼間寝ていられる筈もねェ。そうなりゃ睡眠時間が足りねェのはわかりきってんだから、見張りまでやらせる訳に行くか。コックを見張り要員から外す事を提案してェ」

 「……それはそうよね。サンジ君は少し働き過ぎだわ」

 

 私が同意を示せば、何故かゾロに睨まれた。何故同意を示して、睨まれなくてはならないのか。

 心の底から理不尽だと思う。でも、サンジ君も黙ってゾロの言葉の続きを待つから、私も余計な事は言わずに大人しくしている。

 

 「それと、ナミも見張り要員から外せ。これは要請や要望じゃねェ、決定だ。異議も異論も認めねェ」

 「……そうだな。俺は、どっちも外すべきだと思ってるぜ。枠としちゃ俺も含めて残りの男3人は〝戦闘員〟枠だ。戦いのねェ時は役立たずな訳だから、その判断は正しいと思う。まァ、俺は弱いから戦闘員枠って言いきれねェけどさ」

 

 ウソップの言葉に少し驚きつつ、私は口を開く。私まで免除してもらう理由がない。

 

 「……ウソップは戦闘員としては、まだ経験不足な分弱いけど、その代わりにメリーを直したりしてくれてるから、問題無いと思うのよ。でも、私まで見張り「ナミさん、今回はマリモが正しい。ナミさんが見張りをするのは俺も反対だ」」

 

 私の言葉を遮ってサンジ君がそんな事を言う。それにビビまでもが頷いて同意を示すから、ならばとルフィに視線を向けるとルフィは私を見て分かってるとでも言いたげな様子で大きく頷いた。

 

 「なら、ナミとサンジは見張り無しだな。順番決め直そう!」

 「……今夜は俺で良い。言い出したのは俺だ」

 

 ルフィの言葉にゾロはそう言って早々に甲板へと出て行ってしまうけど、それ以前に全然分かってくれてなかった!と内心絶望する。去って行くゾロの背を見送りながら、私はどうしたらいいのだろうと考える。

 そんな私にサンジ君が小さく笑って、お茶を差し出して来た。その香りを嗅いだ瞬間、ラベンダーだと気付く。

 でもこれ、ラベンダーと何か混ぜてあるわね。ラベンダーだけだったら飲める筈のないシロモノになってる筈だもの。

 元々香りの強いラベンダーは、ラベンダーだけでお茶にしようとすると香りが強過ぎて暖めた香水を飲むような感覚に陥る事となる。だから必ず何かとブレンドされるのだけれど、それが中々に難しいのよ。

 元の香りが強すぎるから、他の茶葉の良さをラベンダーが殺してしまったり、逆に他の茶葉がラベンダーの良さを殺してしまう事もある。場合によっては、悪いところだけを主張し合う結果が待っている。

 これはアッサムでも、ダージリンでも無い。セイロンでも……無いわ。

 お礼を言いつつ紅茶を口にすると、余計に分からなくなる。美味しいけど、何かしらこれ。

 ウバでも無い。アールグレイでも無いし……ラベンダーで茶葉その物の香りが分からないから、余計に不思議になる。

 味も喧嘩してないし、ラベンダーの強過ぎる香りを相殺してかつ、殺しすぎずに上品に仕上げられてる。ニルギリの独特さも無い。

 勿論それぞれの中に更に細かく分類されてるのは分かってるし、それのどれかで私の知らない茶葉だと言う可能性も無くはないけど、味的に考えて有名どころのどれも該当しそうに無い。……降参だわ。

 

 「サンジ君、私の負けよ。何とブレンドしたの?」

 「キームンですよ、ナミさん」

 

 ……天才か!天才だったわ、そう言えば。

 

 「……成程ね、よく手に入ったわね。それも、これからは燻したような独特性を感じないところから見て……相当珍しい物を使ったでしょ」

 「それをわかる人だから、このブレンドにしました」

 

 にっこりと微笑まれては、何も言い返せない。けれどそんな私ははたと気付く。

 見張りの件、私とサンジ君の除外を反論する隙を奪われて、既にタイミングを逃してる事に。……やられた。

 少し恨みがましい視線を向けると、サンジ君は悪戯に笑ってからビビにもラベンダーティーを差し出す。それを見ていた2人にもサンジ君は仕方ねェと言いながら同じお茶を用意したけど、ルフィはなんか臭ェと言って嫌がるのだから本当に嗜好品とは難しい。

 

 「キームンね……。考えなかったわ。そんな怖い決断できないわよ。失敗してから嘆くには、高級過ぎるもの」

 「ダージリン辺りで、試したりしました?」

 「よく分かるわね。ダージリンで3種類試したけど全滅。悪いところだけ主張すると言うか……混ざりすぎて不思議なものに変貌したと言うか」

 「……俺もやりました」

 

 そうか、サンジ君は仲間だったのか。そんな事を思っていたら、ウソップに呆れたような視線を向けられた。

 

 「既に2人の会話が呪文に聞こえるぞ、俺は」

 「ウソップ馬鹿だなァ、初めから分かるわけねェんだからサンジとナミのムヅカシイ会話は、聞き流すしかねェんだよ」

 

 ルフィ、それは船長としてどうなのよ。確かに今のは知らなくても困らない会話だったけど。

 そんな事を思いながら、押し切られる形でサンジ君はともかく私までもが見張りの免除をされる事が決まった。そして、驚く程に美味しいラベンダーティーと出逢えた私はそれだけでとりあえず充分かなと、今夜は早めに寝ようと決める。

 

 「ジャスミンと悩んだんですけどね、ナミさんならこちらの方が寝やすくなると思いますよ」

 

 そんな言葉に驚いて視線を向けると、慈しむように微笑まれてしまう。それにより、このままだと1生勝てそうにないなと思いながら、そっとサンジ君に笑みを返して部屋へと戻った。

 その日の夜中、誰かが部屋の中を歩き回る気配を感じて枕を投げ付けたのは、ある種の防衛本能。まさかそれが、夜目があまり良くないビビがトイレからベッドに戻れなくなっていただけだとは、寝惚けている私には分かりようもなかった。

 翌朝になり、朝食を食べ終わると私は蜜柑の様子を見に行ったりしながら、いつものようにやる事を進めてクーちゃんに渡すものを渡して、受け取るものを受け取ってとそれなりに動いていた。代わり映えのしない船上は、けれどもしっかりと前へと進んでいる。

 そしてその日の昼間。甲板にいるルフィが雪降らないかなとソワソワしだしたのに対して、ビビがわかりやすく説明している途中で、他に気を取られて騒ぎ出すルフィとカルーを見てビビが叫ぶという平和な時を過ごす。

 怒り狂うビビに、つい今し方サンジ君が持って来てくれた飲み物を飲みながら、もう片方をビビに差し出す。

 

 「はいこれ、ビビの分」

 「ありがとう」

 

 文字通り飲み物で気の昂りをクールダウンさせたビビを見て、小さく笑う。背負うものが多すぎるビビが、今この瞬間だけでも肩の力を抜けたらいいと思いつつ、私は目の前に広がる海を眺める。

 海にはイルカがいて、可愛いなぁなんて思っていたら、それは驚く程に巨大で、ルフィが笑いながら逃げろと指示するのを皆も笑いながら従う。イルカから逃げ切り落ち着いた頃、目的地にあたる次の島が見えてきた。

 そう、リトルガーデンである。今朝から昼に掛けて読んでいた本に書かれていたリトルガーデンに、今まさに到着してしまったのだった。

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