門に到着すると、天国の門と書かれている事に気がついた。不吉なその名前を見て、私はチョッパーを連れて船内に入る事にする。
「ルフィ、多分門で外にいる人数を聞かれると思うから、間違ってなかったら頷いておいて」
私の知識が正しいならば、恐らくはお金を払っても何かと言い掛かりを付けられて同じ事になる。結局罪人にされるのならば、お金など支払わなくても良いと思うのよね。
そして、今は色々な意味で戦えない私と、戦えるように見えないだろうチョッパーの存在だけでも隠しておきたい。サポートメンバーは、顔を知られてない方が便利だもの。
必ずしも、それで何かが変わるとは思わない。変わった結果がいい方向に向かうとも限らない。
それでも……何もしなければ、後悔として残る事も多い。ならば今は、隠れていようと思う。
「分かった。ナミはどうすんだ?」
「チョッパーに診て貰っておきたいのよ。これから上陸でしょ?」
「……そうだよな。分かった。チョッパー、ナミの事任せたぞ!」
「おォ!任されたぞ!」
ルフィの言葉を受けて、嬉しそうに頷いたチョッパーと共に船内に入れば、チョッパーが何か問題があるのかと心配そうに聞いてきた。普段私は体調が悪くても何も言わないのに、自分から突然こんなふうに連れて来られたら、確かに不安にもなるかと今更気付く。
「……媚薬の効果を打ち消す、または抑える薬ってある?」
「ナミ、お前何使われたんだ?種類とか分かるか?」
真剣な顔をしたチョッパーに、流石にいつ切れるとも分からない効果のこれに苛まれ続けながらの冒険はキツくて、アーロンの所で使われた薬の名前1覧から今回の物を探す。その1覧表を見たチョッパーの顔色が青ざめて行き、なんだその表はなんて震えた声で呟く。
「……これ?10年の間に私に使われた媚薬の1覧。あっそうだ!効かなくなってる毒の1覧必要なら渡しておくけど、どうする?」
「ナミの事だから、知ってるとは思うけどさ、毒ってのは薬なんだよ。効かないぐらいに使われた物があるなら、すぐに見せろ!」
怒り心頭な様子のチョッパーに小さく笑いながらハイハイとそっちの1覧を差し出せば、チョッパーが魂の抜け殻みたいになってしまった。どうしたのかな?
心配になり媚薬の1覧を捲る手を止めれば、チョッパーがフルフルとその体を震わせてから私に飛び付いてきた。よく分からないままにそれを抱き留めて、あやす様にその背中を撫でれば泣きそうなその視線が私を貫く。
「俺、聞いてたのに、ナミが、酷い目に合ってたって、聞いてたのに……分かってなかった。なんにも、分かってなかった……!」
「チョッパー……?」
震えながら言葉を紡ぐ、優し過ぎるうちの優秀な船医をこれ以上落ち込ませない為に、私はチョッパーの頭を撫でながら笑いかける。大丈夫、私はまだ笑えてる。
「今は、チョッパーと言う心強いお医者様が1緒にいてくれてるわ。それに、守ってくれる仲間もいる。大丈夫よ。……ロビンも、そんなに心配しないで」
部屋の中に不自然な手が2本、片方には目が、もう片方には耳がついているのは確認済。皆が優し過ぎて、苦しくなる。
その時船が大きく動いた。私はチョッパーから薬の1覧を返してもらって、表に出るよう促す。
きっと、これを見なければ後悔する。そんな光景が広がっている事だけは、間違いないから。
『全能なる〝神〟及び神官各位
神の国スカイピアへの
不法入国者5名
〝天の裁き〟にかけられたし』
大きく揺れたのは初めだけで、その後すぐに揺れ自体は収まったのでチョッパーと甲板に飛び出す。皆も視線は目の前の風景に釘付けで、私やチョッパーが出てきた事にも気付かない。
到着したその場所は、白々海・神の国・スカイピア。空島に正式に到着したと言えるのは、この瞬間だっただろうと思う。
その後何だかんだで逃がし損ねていた鳥さんに怒られ、ゴメンと謝りながら解放すると鳥さんは暫く私を見てから、何故か呆れたような反応を見せる。何故だ、ほぼ初対面なのに、何故鳥にそんな反応されねばならぬ!?
それから飛び立つ鳥さんを見送り、チョッパーが寄ってきたので後で確認して欲しいと薬の1覧と、私が今回ドフラミンゴに使われた薬の名前を託す。それを見たチョッパーにすぐに治療しようと言われたけど、それはキラキラと周りを見ていた事を知る私には頷けるものでは無い。
「錨を下ろすのだけ手伝ってくれたら、遊んできていいわよ。皆遊び始めてるんだから、お仕事は後で、ね?」
「でも……」
「私も少しゆっくり楽しみたいから、後にして欲しいのよ」
「分かった、ありがとう!」
うん、チョッパーは相変わらず、ブレる事なく可愛い。私を気遣って躊躇っていたけど、ルフィを見れば既に大はしゃぎで空島を堪能し始めているのだから、そんな我慢はさせたくない。
チョッパーはまだ15歳なのよ?そんな風に思いながらロビンに視線を向ければ、何処か情景の念でも抱いているかのような顔でルフィ達を見ている事が分かる。
その気持ちは分かるけど、そんな顔させたくない。私はそっとロビンの元へと歩み寄る。
その間に錨はゾロとチョッパーが刺してくれていて、サンジ君を含めて皆が遊びに飛び出した。だから私は、いつまでも船を降りようとしないロビンの手を引いて、共に船を降りると足元が濡れるその場所でロビンに笑いかける。
ロビンはそんな私をじっと見つめて、突然抱きしめてきた。それにあわあわする私を、ロビンはそれでも離そうとしない。
「……ロビン?」
「航海士さんは、警戒心というものを何処に落としてきたの?」
「へ?」
「……薬の名前、私も確認したけど、そんな経験して何故貴方は……そんなにも綺麗なままでいられるの?」
ロビンは私を強く抱き締めたまま離そうとしないから、だから……。人と触れ合う経験の乏しいロビンを、ただ強く抱きしめ返す。
私は絶対に、ロビンをもう独りにはしたくないのだと、強く想うから。……優しくて、綺麗なのはロビンの方だと、私は思ってる。
「ロビンの方が美人だし、ロビンの方が……心根が綺麗よ。私はね、傲慢で欲張りなの!」
私の言葉にロビンが驚いたような顔でこちらを見た。その表情が少し幼くて、何とも可愛い。
「航海士さんが、傲慢?貴方、傲慢ってどんな言葉か知らないの?」
いや、可愛い顔して何言ってるのかな?
「……私はね、何も喪いたくないの。1度触れたら、1度手にしたら、それを絶対に喪いたくないし、ルフィが悲しむ未来なんて何もいらないの」
「それは……?」
「なのにね、私はもう何も差し出せないのよ。……少し前までは、自分の命を担保にしてなんでもやって来たのに。何だって差し出せたのに、今は……髪の毛の1本だって差し出せない」
ルフィの声が耳元で聞こえた気がした。髪の毛まで守ってやると、だから切るなとか言ってたその言葉が。
きっとルフィは分かってない。私は、結構重いタイプなんだって事を。
ルフィに嫌われる位なら生きていたくない。ルフィが悲しむ未来なんて存在させたくない。
ルフィが望むなら、ウソップじゃないけど、きっとなんでも叶えようとするって分かってるのよ。そして、ルフィに何かあれば……私はその時だけはこの命を迷わず捨てるだろうって事は、変わらない真実。
だって……ルフィが死んでしまえば、私もすぐに追い掛けるから、結局同じだもの。ならばルフィには先に進んで、少しでも楽しく生きて欲しい。
その為にもルフィが〝仲間〟だと決めた人は、全員大切で、ルフィが〝友達〟だと言った人は全員守護対象なのよ。勿論仲間に関しては、私としても大切だけど……根底にはルフィがいるの。
「何かを得るには何かを代償とする。これが自然の摂理なのだと分かっていても、私はもう、何も差し出せなくて……でも、何も喪いたくないの」
そもそもこの世界に存在する全ての中で唯1、存在自体が罪になるのは私だけなのだから……そんな私が幸福を願う時点で、どれ程の傲慢な事か。そんな事は考えるまでもない。
「ロビンが1緒に居てくれて、私は嬉しいのよ。やっぱり女1人だと何かと不便だし!」
「……航海士さんがそう言ってくれるだけで、救われた気持ちになるわ」
「ねぇ、ロビン?」
「なァに?」
「もう、ナミって呼んでくれないの?」
「え?」
あれ?もしかして自覚してなかったのかな?
不思議そうな顔をするロビンに、名を呼んでくれた時の事を口にする。心の距離がある証拠となるその呼び方が、私には寂しいから。
「お風呂に着いてきてくれた時、私の事を名前で呼んでくれたじゃない」
確信を持って言えば、ロビンがその顔を赤く染めた。どうやら、自覚してなかったらしい。
どうしよう。ロビンが可愛い。
どうしてロビンって、こんなにも背が高いのかな。頭撫で回したいのに、届かない。
「……っ!ごめんなさい、不愉快な思いさせて」
「逆よ、ロビン。私だけ呼び捨てなんておかしいじゃない。ロビンの方が歳上なのに。だから……ね?名前を、呼んで」
顔を覗き込んでそう言うとロビンは耳まで赤くして、小さく小悪魔と呟いた。なんの事かと首を傾げたら、ロビンが負けたわと言ってから私の名を呼んだ。
「ナミ。今度から、そう呼ぶわね」
「えぇ、そうして。私、今の名前気に入ってるの。……ベルメールさんが、育ての親が私にくれた最初の贈物だから」
その言葉にロビンが少しばかりの引っ掛かりを覚えた事にも、私がその時小さな失言をしていた事にも、私は全く気付いては居なかった。ただ、とりあえず今は少し引いていたロビンと共に、この空島を堪能しようと皆の元へ向かう。
暗い部屋の中で、独り膝を抱えている必要なんて、もう私達には無いのだと示してくれる光が居るから。歩きだそう、暗い所にいつまでも座っていないで、明るいその場所を目指して。
それから空島らしく、明らかに天使に見える少女と知り合い飲み物を提供してもらいつつ空島についていくつかの質問をしたりする。いつまでも飲み物に手を出さずにいたら、ルフィが先に1口目の前で飲んで、私の頭を軽く撫でてからまた駆け出して行ったけど……あれは、何?
まさか……ルフィ、気付いてるの?
それで毒味を……?
でも、てか、ルフィが毒味とか……ほぼ無意味よね?
だって、ルフィって確か小さい時から毒キノコとか食べまくってて、免疫力高過ぎな筈で……。残されてる飲み物を見て、それでも気遣ってくれた事は分かるのに、私は笑いを抑える事さえ出来ずに、肩を震わせてお腹を抱える事になった。
私はきっと、誰よりも幸せだと笑い過ぎて零れる涙を拭いながら思う。それを天使は不思議そうに眺めていた。