背を向けていたゾロが私に向き直ると、少しバツの悪そうな顔をしてる事に気付く。悪戯した事を今更反省したのかしらね?
「伝えるつもりは本来無かったんだから、このままで構わねェか」
ゾロはそう言ってから、地面に力なく座ってる私に視線を合わせる為に膝を着いた。そして、真剣な顔で私を見据えて来る。
「ナミ、ルフィには頼れ。頼むから……」
ゾロがどうして突然そんな事を言うのか、私には分からない。分からない事だらけだけど、適当に応える事だけは許されないという事だけは分かる。
だから、私の肩を掴んで俯いて声と体を震わせるゾロに、私は静かに言葉を返す。ゾロ……ごめんね、私はルフィを頼れない。
「ゾロ……ごめんね。でも、私はルフィを頼れないの。……少なくとも、今はまだ」
ゾロが私の肩を強く握る。地味に痛いけど、体力消耗し過ぎてて覇気を纏う事も出来ない。
……これで私が怪我したとか言ったら、ゾロはまた気にするのよね、きっと。先程の暴走が何だったのかは今もって不明だけど……普段から優し過ぎる程に優しいゾロだから、それくらいは分かる。
「……今回私を襲った相手は〝今のルフィ〟では〝勝てない〟相手なのよ。だから、言えない」
「なんで、勝てないって……」
「ゾロが今ミホークさんに勝てないのと同じよ。覇気を使えない今のルフィには、勝てない」
私の言葉にゾロは言葉を失い、そして……静かにその手を私の肩から離した。ゾロの心の中で何が起きていたのかは分からないけど、何か理由はあったんだと思うから、だから……今回の事は忘れようと思う。
「ナミ、俺が今襲った件だけどな」
今正に忘れてあげようと言う時に、掘り起こすの!?
「……本来なら耐えた俺を褒めて欲しい程だ。だがな、ナミは嫌だったんだろ?」
「あたり、まえで……」
「なら〝今回は〟もう何もしねェ。だけどな、次にナミが誰にも頼らずに抱え込んでいたら、多分俺はもう止まれねェ。だから、ルフィにちゃんと頼れるようになれ」
「ゾロ……?」
溜まってるなら今度人のいる島に行った時にでも、抜いてしまった方がいいと思うのよ。とは、流石に口に出せないけれど。
「俺はナミを……。いや、ルフィに言えない事なら俺が聞くぐらいしてやるから、溜め込むな。強がるなよ。ナミは〝村娘A〟なんだろ」
「……ゾロ、どうして……?」
「あ?」
ゾロが泣いてるように見えた。胸を押さえて苦しんでるように見えてしまった。
実際はそんな事ないのに、何でかな?
ゾロがさっき私にした事は、許したらいけない行為であると本当は分かってる。でも、気にしてたら男所帯でやっていくのも難しくなるのは分かってるから……。
皆若いからある程度は仕方ないと思うし、今回だって何か私が気付かないで煽ったとかなんだろうから……。もしくは薬のせいで、妙に色気があるとかって可能性もあるわよね。
だから、全て忘れてあげるから……ゾロこそそんなに苦しまないで。抱えきれないものがあるから、妙な事したんだろうってそれくらいは分かるつもりよ。
ゾロの頬を挟むように両手で包む。それにゾロはピクリと小さく反応して、けれども振り払う事はしない。
「ゾロこそ、何を抱えてるの?男だから、剣士だから、そんな理由で溜め込んでる癖に、私に偉そうな事言わないのよ。ゾロこそ、溜め込み過ぎなのよ」
アラバスタの時と、逆になった気がした。ゾロの首に腕を回して抱き寄せると、そのままその頭を撫でる。
短毛の犬みたいな触り心地かもなんて、頭を撫でながら思う。そんな状態で、ゾロは特に動きを見せないから、撫でながら言葉を紡ぐ。
「……私は、そんなに簡単に壊れたりしないわ。皆も、ゾロも私に頼れとか甘えろって言うけど、私はね、充分甘えてるし頼ってるわ。ゾロの事も、可愛くてしょうがないのよ。だからね……ゾロ、そんなに心配しないで。私も、ゾロの事、大好きだから」
ゾロからの返事は無かった。ただ、私の胸元でゾロは困ったような呆れたような顔をした。
そのまま頭が重かったのか、胸に頭を預けてくるからそれを抱き締めるようにして支える。その時のゾロの表情は見えなかったし、小さくゾロが呻くように何かを言ったそれは聞き取れなかったけれど。
「お前悪魔かよ。この泥沼から……1生抜け出せる気がしねェ……。諦めさせても、くれねェのかよ……」
小さく体を震わせるゾロの体に、そっと腕を回す。本当に……どうして、この世界の人達はこう哀しい人が多いのかな。
我慢ばかりして、苦しんでばかりで……。壊れそうな人達ばかり。
「……あら、お邪魔かしら?」
ガサリと言う音と共に降ってきた声に視線を向ければそれはロビンで、ゾロはロビンに視線を向けると何事も無かったかのように平然と私から離れる。躊躇いも動揺も無いその動きに、ゾロって凄いなと少し思う。
ほんの数秒前まで壊れそうな雰囲気だったのに、それさえ霧散して今はいつものゾロに戻ってる。そして、平然とロビンに言葉を返すのだ。
「ナミが弱ってたから、心臓が動いてるか確認してただけだ」
「……立ちくらみしただけよ。信じなかったのは、ゾロの勝手じゃない」
無意識でゾロの言葉に合わせれば、ロビンは少し心配そうに私を見た。それからゾロにまるで当然のように、帰りは運んであげてねなんて平然と言う。
それにゾロは頭をかきながら了解するから、何だか姉と弟か、母と息子かと言う雰囲気に見える。微笑ましくて自然と顔が緩むけど、そんなのんびりもしていられない。
私はよいしょと立ち上がると、2人にこの場に残ってもらって木に攀じ登る。もしこの辺りで確認出来れば、探索は終えてチョッパーの元に帰れる筈だから。
そして……見付けた。地上とこの場を繋ぐ、1つの建物を。
1人は友を案じて、約束の鐘を鳴らし続けようとして、そして……大切な仲間と共に散っていった。もう1人は、友を案じて、無事を願いながら〝嘘吐き〟として処刑された。
彼等は今も、互いを案じて探し回っているのだろうか。その子孫の傍に想いを残して……。
さぁ……壮大な浪漫を伝えに行こう。ここがもう1つの、失われた土地だと伝えに行こう。
「ゾロ、ロビン、2人共着いてきて。見てもらった方が早いものを見付けたの」
2人ならば、問題無く着いてきてくれると信じて私は1直線にその場所を目指す。海岸に当たるその場所を目指して、木々の間を縫うようにしながら移動する。
少し程度の隙間なら剃で飛び越えて、邪魔な蔦や草を切り落としながら先へと進む。そんな中で木が途切れて、突然目の前が開ける。
その場で足を止めると、深呼吸を1つ。それから振り向くとゾロとロビンが肩で息をしながら追い付いてきてくれていた。
「……本当に、足早いな」
「絶対に村娘じゃないわよ、その動き……」
2人は口々にそう言うけど、それよりも私は目の前にある物を見て欲しくて体を少し動かす。海岸線にある物を、確認して欲しい。
「アレを、見て欲しかったの」
「あの位置から何が見えた……の?」
ロビンの言葉が不自然に途切れて、それが何であるのか理解したのだと気付く。それに間違いがない事を、私はロビンに調べてもらいたい。
「ゾロも、これに見覚えがあるでしょ」
ゾロとロビン、そして私はその建物にゆっくりと足を進める。それぞれが思う言葉を口にして、ゾロも決して馬鹿ではないから、もう本当は説明なんて要らないんだろうけど。
寧ろ、暗号とかそう言うのが苦手で、謎解きとか苦手なだけで、それ以外に関しては頭のいい人なのよね。戦いに関しても、本能に従ってって言うよりちゃんと考えてる事も多いみたいだしとか考えながら、言葉を紡ぎだす。
「おかしな家だとは思ってたのよ。あの家には2階があるのに、階段が無かったから。あんな絶壁に家を建てる理由もないわ」
階段のある建物に、私はそっと触れる。子孫じゃなくて申し訳無いけど、真実に近付いたその証拠に、その割れている所に……。
「あの海岸は、島の裂け目。ここは引き裂かれた島の片割れ、この島はジャヤなのよ」
黄金の都市シャンディア。引き裂かれた大地と友情の地。
後はこれを皆に伝えて、黄金を手に入れれば良い。約束の鐘は、歴史的に見ても価値があるだろうから、ロビンもきっと喜んでくれる。
メリーが何とか持てば治したいし、無理なら少しでもメリーを活かして共に進んで貰いたい。その為にも、どうしたってお金は必要で、鍵付き冷蔵庫だって無かったらこの先ルフィにより皆が餓死させられてしまう。
魚をこの先もずっと定期的に入手出来る保証はないし、野菜を育てる事にしたけどそれだって何処まで効果があるかは分からない。鶏と羊でも育てたくなってくるけど、それこそ場所とかチョッパーの事とかそんな色々な意味で無理があるからと諦めの溜息を落とす。
「情報も手に入ったし、1度メリーに戻りましょ」
「そうね、船医さんだけ残しておくのも悪いものね」
「なら、あっちか」
「違う、こっちよ。さ、急いで帰りましょ」
そう、メリーは私達の〝帰る〟べき場所だから。来る時と違って普通に移動していたら、ロビンに先程の動きについて聞かれて、それに答えて行く。
途中で見付けた食べられる植物はロビンと仲良く採取して進み、帰ったらプランターで育てましょうと言って笑う。ゾロが何処か変な所へ進みそうになると、ロビンがその道を塞いで、私がそんなゾロの手を掴んで連れ戻す。
そうやって私達がメリーに帰りついた時、1瞬言葉を失った。羽根が無いとか、そんなのは良いのよ。
でも、明らかに戦闘により破壊されたと分かるそれに、血の気が引いていくのが分かる。そんな状態で叫ぶ。
「チョッパーどこ!?チョッパー!何があったの!?」
無事なの?
チョッパーは無事なの!?
そんな私の横で妙に冷静な2人が、平然と妙な事を言い始める。
「メリー号のマストがねェぞ。どんな奇抜な改造を施したんだ、あいつ」
「そんな訳ないでしょ!襲撃を受けたのよ!!」
恐らく私には今ツノだとかキバだとかが生えているだろう。うがー!って叫びたい気分になっていたら、今度はロビンだ。
「八つ裂きにされたのかしら?」
「怖い想像やめてよ!」
ツノはその瞬間萎れた耳に変わった気がした。いや、人間辞めてないからどっちも生えてないけどね。
私達がそうして騒いでいたら、チョッパーが顔を覗かせた。それにより無事に生きてる事がわかり、ホッとする。
泣いてるし、強がる事さえ出来てないけど、動けないような大怪我をしている風でもない。何よりも、五体満足で生きていてくれた。
その瞬間何故かゾロに頭を撫でられ、驚いて視線を向ければ妙に優しい色を宿した瞳とかち合う。その笑顔は多分見慣れない人には悪人面に見えるだろうけど、多分優しく笑ってるつもりだと言うのも分かる。
「……顔色戻ったな。怯えたり戸惑ってるよりは、怒ってる方が良いだろ」
……わざと怒らせたの?
なら、ロビンも?
そう思ってロビンに視線を向けたら、ロビンはそんなつもりは無くて単純に思った事を口にしただけだったと分かる。なんだろう、この妙な気分は。
そんな事を思いながらも、とりあえずチョッパーと合流する為に歩き出す。チョッパーとの合流が叶えば、後はルフィの到着を待って、今後について話し合いをしたい所ねと1人笑うしか、出来る事は無さそうだ。
とりあえずの所、生贄の祭壇にて生贄となったのはメリーだったようだと、痛々しい姿を晒すメリーに泣きたくなるのを堪えて空を見上げる。空島にいるのに、まだ空がある不思議さに、私は常識を捨てなければと強く認識したのだった。