チョッパーの元へと3人で到着するのとほぼ同時に、ルフィ達の声が聞こえてきた。そちらに視線を向けると元気そうな様子で手を振っていて、命に関わりそうな怪我は見受けられない為に安堵の息が自然と溢れる。
良かった……全員無事だった。誰も、死んで無い。
メリーは散々たる状態に陥っていて、マストがそもそも無いような状態では船と呼んでいいのかさえ分からない。それでも、原型を残してくれている。
チョッパーが生きていてくれて、メリーも形を残してくれている。まだ、何とか私達でも直せるかもしれないと思える程度に原型があるのは、チョッパーの努力の賜物だろうと思う。
「チョッパー、ありがとう」
「ナミ?」
「頑張って戦ってくれて、ありがとう。チョッパーがいたから、頑張ってくれたから、まだメリーを何とか直して先に進めるわ」
言ってチョッパーと視線を合わせるために膝をつけば、チョッパーが悔しそうな顔で泣き出した。そんなチョッパーに手を広げれば、可愛い足音をたてながら飛び付いてきてくれて、それを受け止めながらその背に腕を回して、頭を撫でる。
「ありがとう、生きててくれて。チョッパーもメリーも、生きててくれた。それだけで充分よ」
「……っ!ナミ、俺っ!」
「チョッパーは、やれるだけの事をしてくれたわ。大丈夫よ、ありがとう」
それからチョッパーは声を上げて泣き出した。怖くて、悔しくて、情けなくて、何よりも自分が許せなかったのだと泣くチョッパーを、私は無言で抱き締める。
素直に泣ける事もまた強さなのだと、きっとチョッパーは知らないのだろう。だけど、泣けるならまだまだ強くなれるし、立ち上がれるから、だから大丈夫なのよと思うけど、それを私は上手く伝える手段が無くて……。
「……チョッパーが帰る場所を守ってくれてたから、私達はここに、メリーに帰れたのよ。自信持って、ね?チョッパーは頑張ったわ。偉かったね」
チョッパーが泣き止むまで、私はずっとチョッパーの頭の撫で続けていた。私には他に何も、出来ないから。
この時、誰1人としてチョッパーを責めるような言葉は無かった。チョッパーが泣いていたからとか、そんな理由ではなくて、きっと誰も初めからチョッパーを責める気なんて無かったのだろうと思う。
そんな暖かい人達の視線は、チョッパーが泣き止んでからポツリポツリと説明してくれた事により1人の人物に向けられた。それは船内に寝かされている1人の老人、空の騎士とその相棒たるピエール。
笛1つ、それも無償のそれにより呼び出されただけの筈である彼が、チョッパーとメリーを実質的には守ってくれた。それも、こんな大怪我をしてまで。
どうしてそれに感謝しない事が出来るだろうか。本当に、言葉には言い表せない程の感謝の心でその姿を見つめる。
私達は空の騎士を治療する為に、私の傍を離れたチョッパーを見送りつつキャンプの準備を進める。チョッパーはもう、立ち直った様子でそれにホッと胸を撫で下ろす。
この状態のメリーの中で休む事は、中々に難しい。それでもメリーを修理しなくてはならない為、メリーの側でキャンプの準備を進めて行く。
「……もう、大丈夫そうか?」
「えぇ、チョッパーは強いわね。もう大丈夫の筈よ」
「こんな時いつも思うんだ。結局皆を支えてるのはナミなんだなって」
ルフィの言葉に驚いて視線を向けると、小さくいつも頼ってばかりだよななんて……少し落ち込んだ様子を見せるから、ルフィをそっと抱き締める。汚れてはいるけど、元気そうな様子だからって放置してごめんと思いながら。
「ルフィ、大好きよ。私はね、なんにも出来ないの。それが悔しくて情けなくて、だからチョッパーが苦しんでる事に気付けただけ。私なら、悔しくてつらいだろうなって思ったから」
「ナミが何も出来てねェなら、俺はどうなるんだよ。ばっかだなァナミは!」
「え?今ってそんな事言われるような流れの会話だった!?」
焦る私の声に、皆が笑う。ルフィはその笑いの中心で楽しそうににししっと笑ってから、私にそっと唇を合わせた。
「俺は……いっそナミが本当に何も出来なくて、俺だけ頼ってくれてたら、それも嬉しかった」
そう言ってルフィは私から離れて行く。ルフィが離れたそれに反応出来ずに、私はただ顔を赤く染める事しか出来なかった。
キャンプの準備がある程度整うとゾロとチョッパーが食料を探しに向かい、その際ルフィにチョッパーが空の騎士を見ていてくれと頼んで行く。目覚めたら飲ませたい薬があるらしい。
勿論ただルフィにそれだけをさせるのもアレなので、サンジ君の指示で水を作るのも並行して行われている。ロビンの姿は見当たらないけど、無駄な事はしない人だから何か食料でも探しに行ったのだろう。
サンジ君が食材を刻んだり火を起こしたりしている間に、私は地図を繋ぎ合わせる。クリケットさんが読ませてくれた航海日誌にあった髑髏の左目に関わる謎は、これでとけた。
ニンニク、アロエ、バナナ等を見つけて来たチョッパーと、鼠と蛙を捕まえて来たゾロ。それを見て夏島なのねと思いながら、なら近くに瓜系の植物もあるのでは無いかと少し期待する。
キュウリ、ナス、トマト等の夏野菜の苗が入手出来ると有難い。ロビンにも相談しておきたい所ね。
その時サンジ君が手に入れてきた食材全てを鍋に入れろと言ってるのを聞いて、慌ててそれを止める。他のどれを入れるのも良いけど、鼠は処理を適正に行ってもらわないと病原菌のリスクがあるから。
そんな話の中で、それを食べて病気にならない男達が首を傾げるから、ヤダわこいつらと少し思う。でも、だからこそこんな無謀な航海が可能なのだと言うのもわかる。
そこに岩塩と野菜の苗を持ったロビンが帰って来てくれて胸がトキメク。野菜の苗とか、誰にも話してないのにと思ったら、ロビンが微笑んだ。
「野菜の花は可愛いし、ハーブと野菜の話を空島に着いてすぐにしたでしょ。だからと思って。1緒に育てましょうね」
「ロビン……愛してるわ!」
「ナミ……私もよ」
感動してロビンに抱き着いた私をロビンが優しく抱き締めてくれて、2人で見つめ合っていたらルフィの腕が伸びて来て私の体がロビンから引き離された。それにふぇ!?とか言いながら移動させられて、ルフィの胸の所に到着したと思ったら何故か怒ってるルフィがいる。
「ナミが愛してるのは、俺だろ」
「……!?っっ!……ルフィ……」
何を言われたのか1瞬分からなくて、直後に理解して顔が赤くなる。そりゃ、愛してるのはルフィだけど!
そして、遅れて気付く。ルフィはロビンに妬いてるらしいと。
それが嬉しくて、恥ずかしくて、何よりも皆の視線がいたたまれなくて……。顔を隠したくてルフィに抱きつけば、満足そうなルフィに強く抱きしめ返された。
「ルフィ……」
「……ナミ、俺以外に愛してるなんて言うなよな」
「ごめんね、不安にさせて。でも、ルフィへの愛とロビンへの愛は違うのよ?」
首を傾げれば、知ってるけど嫌だと言われる。それから少しだけつらそうに、まだ俺はナミの家族に勝てる気がしねェってのに、これ以上ヘンなライバル増やされてたまるかとかなんとか言われる。
意味が分からなくて首を傾げた私に、サンジ君とゾロが何故か納得気に頷いてルフィに同意するから私の混乱は深まる。ウソップは1人、頑張ってメリーを直し続けてくれている。
シチューが出来た頃ルフィの腕から抜け出して、私はウソップを呼んできてとルフィに言うと地図を手に皆の元へ向かう。全員が揃った所でシチューが配られて、それを食べながら皆にここ迄のおさらいをする。
それによりルフィとウソップはそういう事かと理解してくれて、サンジ君とゾロは納得した様子で頷く。ロビンとチョッパーはおかしい所は無いと笑ってくれて、それにより今回分かった情報について話を開始する。
それに対して皆海賊であるからか、それとも人の性なのか、宝の話にウズウズしてるのが伝わって来る。明日の行動は2手に別れる必要があると話して、ウソップにメリーは動かせそうかと確認すれば、大きく頷かれた。
それでも中から直しながら移動したいとウソップは言うので、メリー修理担当としてウソップ、航海士として私、怪我人の空の騎士と、それらの護衛にサンジ君が残る事で決まる。チョッパーは今回残って怖い思いをしたのもあり、次は冒険したいと言ったので、治療に必要な事はメモして行ってと言えば、チョッパーが嬉しそうに頷いた。
ルフィとゾロは考えるまでもなく冒険組だし、ロビンはこの空島に眠る歴史に興味津々だ。これにより明日の組み合わせも決まって、私はロビンと共に使った火を消そうとして……何故か抗議される。
キャンプファイヤーをやるのだと盛り上がる男達に仕方ないかとロビンと笑い合えば、そこからは楽しい宴の時間となる。ルフィはそうなると当然のように何か歌えと言い出すから、仕方ないわねとメリーから持ち出せそうな楽器を探す。
「……本当にナミはなんでも出来るわね」
突然かけられた声に驚いて振り向けば、ロビンが楽しそうに笑っていてそれにつられて私も笑う。何もかもが中途半端で、結局何も出来ないのと変わらないわなんて、そんな事を話しながら木琴に手を伸ばす。
これなら外に運び出せそうだもの。そんな私を見ていたロビンが運ぶわと言ってくれて、私はそれに素直に甘えて共に表に出る。
船の近くで楽しそうに笑う皆の姿に、私はふっと笑う。いつの間にか雲ウルフと呼ばれる生物まで、ルフィ達と共に宴を楽しんでいるのだから。
ルフィには、きっと1生かなわない。だから私は、そんなルフィへの想いを込めて、皆への想いを乗せて歌おうと、木琴の前に立って笑う。
「じゃぁ、歌わせてもらいましょうか。曲は〝Someone〟」
私の言葉に合わせて視線が集まる。期待するようなその視線に少し、手が震えそうになる。
どうしたって、恐怖は多少あるから。細く息を吐き出して、そっと音を鳴らす。
「ーーー」
本当に、大事なものは恐ろしく壊れやすい。そして、近過ぎると見失いやすい。
「ーーー」
暖かくて、優しくて、いつも、私の心を支えてくれる存在が……きっと仲間達なんだと思う。もし、皆が居なければ、私はすでに壊れているだろう。
「ーーー」
夢のような現実の中で、夢のような幸福に包まれている。仲間達がいて、存在する事を許されてるようなそんな気持ちになるから。
「ーーー」
自らを犠牲にする事に躊躇いを感じない私を、それは許さないと泣いてくれる仲間達がいる。それに何よりも、自分で自分を傷付けるのだって許さないと、ルフィが言うから。
「ーーー」
探せばいくらでもいる筈の航海士なのに、ルフィは私じゃ無ければ嫌だと言う。私を……求めてくれる。
仲間としても、女としても、ルフィは求めてくれる。だから、私は存在している自分を許せるような気がする時がある。
「ーーー」
いつも、救いは夢の中にいる時だけだった。今は、現実が幸せだからなのかな……?
夢が悪夢に変わり、1人では怖くて眠ることもできなくなった。それでも目覚めれば、悲しみを忘れられる。
「ーーー」
いつでも傍に居てくれる温もりがあるから。私は自然と笑う事が出来る。
「ーーー」
波が繰り返し揺れるように、必ず同じ所を濡らすように、1瞬離れたとしても皆また傍に戻って来てくれる。もう2度と独りにはしないと……言ってくれる。
「ーーー」
どうしたら伝えられるだろう。皆にこの想いを。
言葉をいくら紡いでも、伝えきれないこの想いを。
「ーーー」
いつでも呼びかければ振り向いてくれるから、そう信じられるから、私はもう独りじゃない。今はもう、孤独じゃ無い。
「ーーー」
夢の中でさえ、私を傷付ける事は許さないとルフィは言うだろう。だから、私が不安になると、その腕を伸ばしてくれるのだろう。
「ーーー」
だからこそ、私は優しく守っていたい。風が包むように、皆の事を……ルフィの事を。
「ーーー」
怯えてばかりの弱い私を、優しく起こしてくれる皆がいる。私を包んでくれる温もりを、私も全力で守りたい。
「ーーー」
どんな時も私の名を呼んでくれる、仲間がいる。……恋人がいる。
その幸福はきっと、何よりも尊く輝いている。だから、護りたいのよ、私は……皆を。
歌が終わるといつの間にか目覚めていた空の騎士が、驚いた様子で私を見ていた。その側にいるピエールもまた、似たような顔をしていて……1緒にいると似るものなのねと少し笑えて来た。
夜は更けて、ピエールを伴った空の騎士により語られる憧れ。それは、なんと表現したらいいのかさえ定かではなくて……でも、その憧れが今の空島の根本的な対立を産んでしまったのだと言う事だけは間違いない。
正しい道も、正しい答えも、きっと絶対なんて言えるものは存在しないから。だから迷い、苦しみ、そして……決断する。
選びとらなかった選択肢を捨てて、選びとったそれを手の中に握り締めて、前へと進むのだ。それ以外に生きる道など誰にも存在しないのだから。