チョッパーに治療して貰いながら、それぞれが感動の再会を果たしているのを眺める。チョッパーは泣きそうな顔で私を見て、とりあえず風呂入って来たらいいと思うとか言うからどうしたのかと思って首を傾げると、チョッパーが抱きついて来て耳元でコソコソと言葉を告げて来た。
「ナミから、知らない匂いがする。ルフィに虐められる前に、洗い流しといた方がいいと思うぞ」
チョッパーの、知らない匂い……?
そこでハッとする。接近と言うか接触したのは、エネルとシャンクスとミホークで……違和感がないって事は、多分シャンクスの事だわ。慌てて立ち上がった私はチョッパーにお礼を告げてコートを抱いてメリーに戻り、コートを部屋に片付けてからお風呂場に駆け込むと、その場で座り込む。
……冗談でしたとか、言ってくれないかな。
私にとってシャンクスは師匠で、優しい兄で、保護者で、手のかかる……大切な仲間で……。なのに、恋愛感情で好きとか……そんなの、どうしたらいいのかわからない。
ミホークはこの際どうでもいい。シャンクスのお友達だから、ゾロを鍛えてくれる人だから、そんな理由で勝手に警戒心持たなかったから襲われただけで……そう、思ってたのにな。
なのに、実際は私を好きとか……でも、好きだと言うならどうして、言葉ではなく先に体なのよと思わなくも無くて、でも聞いても答えなんて貰えない気がした。もしくは疲れる答えしか。
サンジ君も、シャンクスも、ミホークも、嫌いなる事さえ出来ない。どうしたってサンジ君とシャンクスは大切な人で、ミホークの事だって〝いい人〟だって何処かで思ってる。
誰も傷付けたくなんてないけど、私はそれでもルフィじゃないと嫌で……どうしたらいいのか分からなくなる。私がルフィを求める事で、傷付ける事になる人も沢山居るのだとは分かっていても、私はルフィがいいと想ってしまうの。
いつまでもこうしていても仕方ないと、私はシャワーを浴びる事にする。お湯を被った時、確かにシャンクスの匂いと麝香の香りを感じて、危なかったと痛感する。
でも冷静になればシャンクスのコートずっと着てた訳だし、ある意味で手遅れな気もする。でも、ほんのり漂う麝香の匂いも含めてこれで消せたと思うから、とりあえずは良いのかなと思い直す。
悪い事はして無いけど、なんでかなルフィに抱き潰される所だったようなそんな身の危険を感じてしまったのよね。首を傾げて目の前にある鏡を見れば、相変わらずの美少女が写っていて……この見た目に皆騙されてるのよ、中身は私よとゲンナリする。
シャワーを終えて、いつものような服装に着替えてから表に出ると、チョッパーが手招きするので近付く。チョッパーの傍に座れば治療をやり直してくれて、その間にも宴の準備は着々と進められている。
「ナミはさ、これ……痛くなかったのか?」
「大した事ないわ。この程度なら、慣れてるもの」
「……聞いていいかわからねェから、答えたくなかったから無理に言わなくていいけど、ナミはどうやって生きてきたんだ?そんな怪我に慣れてて、薬もあんまり効かなくて……そんな風にされながら、どうやって?」
チョッパーの気遣いが痛い。素直で優しいチョッパーだから、嘘はつきたくないけど、どう言えば良いのかわからない。
「……魚人と言われる人達にね、私の故郷は占領されて奴隷にされたの。その時私が〝天才〟だと判断した魚人に、村人を殺されたくなければ、村を返して欲しければ、従えと、逆らうなと言われてね。死なないギリギリまで薬を使われたり、暴行を受けたりしたのよ」
「……ナミだけ、暴行されたのか?村人達は何もされなかったのか?」
「そうね……皆は、肉体的には何もされなかった筈よ。それが契約だったから。私はそれで良かったのよ。皆が無事に生きていてくれるなら、それだけで他には何も望まなかった」
それは今でも多分にそう思う。でもね、私は今そんな皆よりも大切だと想える更に大切な人達に囲まれてるの。
それを口に出す事はできそうにないけど、愛しい大切な仲間達の為なら何を失ったとしても私は後悔をしないのだろう。けど、そうなればきっと皆が悲しむから、今までのような守り方は許されないのだと知ってしまった。
「……10歳のあの日から、ルフィに助けられるまでずっと、そうして生きてきたわ。でもね、後悔してないし、やり直せてもきっと私は同じ事を選択する」
「何でだよ!?ナミだけが犠牲になるなんて、そんなの駄目だ!」
チョッパーは私の治療を終えたらしく、包帯の先を切ってから怒り出す。その瞳には涙が滲んでいて、チョッパーの声で視線が集まるのが分かる。
「……私はね、あの時ああしていれば良かったなんて、そんな事を思うような生き方はして来なかったの。常に全力だから、常に最善と言える事をして来たから、後悔なんて無いし、同じ道しか選べない」
「でも!」
そっとチョッパーを抱きしめて、私は言葉を続ける。優しくて可愛い船医さんを、苦しめるつもりは無いのよ。
「私は、誰にも死んで欲しくなかったの。生きていてくれるなら、その為に必要なら、何でもしようって、決めて生きてきたの」
「いつから、それ、決めてたんだ?」
「3歳かな?絶対に守るって決めたのは」
チョッパーは私の腕の中で小さく、なら仕方ねェかなんて言ってから塗り薬を差し出して来た。それをほぼ無意識で反射的に受け取ると、チョッパーは少し俯いた状態で喋る。
「今回は俺がやったから良いけど、風呂から出たら毎回塗ってくれよ。それ使えば跡も残らないから。それと、怪我を隠さないでくれてありがとう。俺も、もっと頼れるような男になるから、1人で抱えるなよな!」
「ありがとう、チョッパー」
「俺は!ナミの事、大好きなんだ!もし、姉ちゃんってのがいるなら、ナミみたいな感じかなって、思ってて……」
声を詰まらせて、言葉を揺らして、チョッパーは私にそう言ってくれる。だから私もそれに素直に言葉を返す。
「私もチョッパーを息子とか弟みたいに想ってるわ。でも私は、チョッパーのご両親みたいに立派な人じゃないから、お姉ちゃんでいたいかな」
「俺の、両親?」
不思議そうに首を傾げるチョッパーに、私は笑いかける。だって、ね。
ドクトリーヌはお母さんで、ヒルルクさんはお父さんでしょうと囁くように言えば、チョッパーが大粒の涙を零して、頷いた。2人とも、チョッパーを息子って呼んでたから、息子って名乗って大丈夫よなんて……そんな事を言いながらチョッパーが泣き止むまで抱き締めていた。
そこにルフィがひょこりと顔をだして、突然私の髪を絞り始める。チョッパーを抱いてるとか、そんなのはルフィには関係ないらしい。
「ルフィ!?」
「背中、ぐっしょり濡れてたぞ。ナミ弱っちィんだから、ちゃんと拭けって!」
言いながら髪を拭いてくるルフィに、ありがとうと言えば溜息を落とされる。それでも、その直後には笑ってくれるルフィを見て幸せだなと思う。
でも、髪を拭いた直後にルフィが流れるように自然な動作で私から上着を奪うから、それに慌てて手を伸ばすとべしっと別な上着を顔に投げ付けられた。それが地味に痛かったりする。
「何するのよ」
「濡れたの着てたら意味無いだろ。っとに、ナミは妙なとこでアホだよな」
「アホですって!?ルフィにだけは言われたくないわよ!」
「アホじゃ無けりゃ……何で、こんな怪我してんだ」
言葉が返せない。真剣な眼差しで、低い声で言われると抵抗出来なくなる。
そんな時に準備出来たぞなんて声が聞こえて来て、ルフィは少年の顔に戻ると宴だァと叫んで輪の中に突入して行く。本当に、心臓に悪い。
……分かってて、使い分けてるとか無いわよね?
普段の可愛い姿と、真剣な時の姿は既に別人の領域だと思う。どっちも好きだけど……。
ルフィの声と共に始まった宴は、つい先程まで争っていたとは思えない程に仲良く、楽しそうに皆が1体となり騒ぎ出している。食べる者、呑む者、語る者。
肩を組み、酒を酌み交わし、この時この場所ではただの1人も、争いを望んで等いない。楽しそうなその宴の中で、空の騎士の姿を見付けて近付くと、優しく笑いかけてくれた。
「娘、どうした?」
「……お願いが、あってきました」
「なんだ?世話になったからな。可能な限り応えよう」
「この国の長に、なって下さい。部外者である私から見ても、貴方がトップに立つことが、最善であると見受けられます」
「それは……」
言葉に詰まった様子の空の騎士に、私は言葉を続ける。だってね、もしもこれ迄にずっと関係改善をはかろうと空の騎士が努力していなければ、いくらエネルという共通の敵が居たとしても……今この瞬間の戦いを望まない宴は成立しなかったと断言できるから。
共通の敵が居なくなったからこそ、また敵に戻り戦いが泥沼化するリスクだってあったのに、それを防いだのはこれ迄に努力を続けて来た空の騎士の功績。それを空の騎士に伝えれば、困った様子で俯かれてしまった。
「私も……貴方に救われました。少しずつでも、仲間達を頼って行こうと思います」
「娘……」
「ありがとう〝神様〟」
そう言ってから傍を離れると、後はこの国の問題だからと踏み込むのは辞めておく。……充分口を出したとは思うけど、少しでも関わったからには、この先も幸せであって欲しいと願ってしまったのだから仕方ない。
言わなければきっと後悔してしまうから。その時ルフィが私を呼んだ。
「ナミー!」
その先に続く言葉は分かってるので、ハイハイと答えてけれども楽器が無いわと言えばウソップがドラムセットを示して笑った。なんて事をしてくれるのか。
ドラムだと主旋律が取れないじゃない!
そう思って睨むと、傍でコニスがハープを手にしてるのが見えた。仕方ないかとコニスに貸してくれないかと声をかければ快く貸してくれて、少し音を鳴らせば、演奏出来そうだと分かる。
そんな私の様子にコニスは楽しそうに笑うと、差し上げますなんて言う。でも、そんなのは流石に悪い。
そう思って口を開こうとしたら、コニスが笑った。朗らかに、笑った。
「私達は皆さんにエネルから解放して貰いました。でも、そのお礼をするどころか、こうしてまた、心まで救われてる。それに……お友達に何かあげたいと思う事は、おかしいですか?」
私はその言葉に何も返せなくなり、そして……ならばと少し待っていてもらって1冊の本を手にしてコニスの元に戻る。うそつきノーランドの、私が書いた方の話だ。
「なら、私からはコニスにこれを」
「まァ!良いのですか?」
「えぇ、ハープとは比べ物にならないくらい、価値が低いと思うけど……貰って」
コニスは本を嬉しそうに受け取ると、大切そうに胸に抱いた。空島では青海の物は貴重だと聞いてはいたけど、そこまでとは思わなかったわ。
喜んで貰えたなら、本当に良かった。そう思って私は笑うと騒ぎ出したルフィに導かれるようにドラムセットの前に座る。
足はドラムで、手はハープと言う何とも奇妙な演奏をしてやろうじゃないのと、内心で決意して……何を歌おうかしらと首を傾げる。そんな私にロビンが微笑みかけるから、私は歌う物を決めた。
ロビンに、歌いたい。少しでも、私の想いが伝わるように。
悲しい決断をしないで貰う為に。どうか、これからも共にいて欲しいとの願いを込めて。