少しでは無い不安を押し殺すように深呼吸してから、1応ルフィに確認したくて声を掛ける。だって、宴で歌うにはどうかなと思う歌だから。
「ルフィ、少しじゃなく気分が下がるかも知れないけど、歌っても構わない?」
「ナミが歌うなら、何でもいい!俺は聞く度に違う感じになるナミの歌、好きだぞ」
「あ、りがとう……」
どうしてこう、サラッと好きとか言えるのかしら、ルフィって。顔が赤くなるのを感じて、鉄扇で少し扇いで涼んでから気持ちを引き締める。
ある意味で三刀流だもの。……ゾロじゃあるまいに、やれるの?
そう思いながらも、やるしかないかと心を決める。だって私は、ロビンを喪いたくないから。
「題名は〝命に嫌われている〟」
ハープに指先が触れる。音を鳴らせば視線が集まるのが分かった。
これもボカロ系の曲で、でも初めて聞いたのは人が歌ってる物だったからボカロ曲だとは気付かなかった。そして聞いた時ロビンの為にあるような歌だと思ったのを良く覚えている。
「ーーー」
出だしの歌詞で、全くもってその通りだと思って、同時に切なくなったのを覚えてる。その言葉を口にする人が、どんな心情なのか考えれば、そんな軽い言葉を使える筈ないって思ったから。
「ーーー」
私もロビンも多分本気でそう思ってる。ただ……心から嫌だと思って、でも……その為に差し出せる代償が他に思いつかないだけなのよ。
「ーーー」
自分にとって大切な人の他は本当は世界だってどうでも良くて、誰かを嫌うなんてそんな生易しい感情は既に単なるイミテーションでしか無い。言葉が表面だけを通り過ぎて、本当に口先だけのその言葉達に対して、素敵ねと鼻で笑いたくなる。
「ーーー」
昔の私が画面越しに見ていたそれは、今は現実となって私に降り掛かる。それでもそれを不幸だとは思わないし、思えない程に……愛されてる事を私は実感出来ている。
「ーーー」
この空島の人達は、アラバスタでもそうだったけど、それよりもずっと長い間戦い続けていた。誰1人望むことの無い、悲しい戦いを、続けて来た。
大切なモノを守る為に。取り戻す為に。
「ーーー」
この世界では画面なんて珍しいから、あえて歌詞を紙面になおして……わざと歌詞を変えて歌う。この歌は傷ついた人達には強く響くと分かっているから、盛り上げる事にはならないと言い切ったのだけど、それでもより伝わりやすいようにと改良してあるのだから、救えない。
「ーーー」
思う事は人それぞれ違うだろうと思う。だって皆が違う人だから……そして、違う傷を抱えているから。
間奏に入りハープとドラムで演奏だけ続けつつ周りに視線を向ければ、驚いたような顔をしている人達が多く居るのが分かる。私は歌う事や演奏する事が好きだけど、そんなに歌が得意な訳では無いと自分で分かっているから、これだけ注目されると少し緊張したりもする。
でも、ソレを表に出すつもりは無いし、稼ぐ為なら何かを失う訳でもないので便利だったのだから仕方ないと思う。この歌は激しく歌うべきなのだろうけれど、私は可能な限り静かに歌うようにしている。
「ーーー」
長すぎる戦いの中で、失ったものは数えるのも嫌になる程にあったと思う。その中で何か1つでも、得るものはあったのだろうか。
ただ、平和を愛する歌では届かない想いもある。伝わらないそれこそが、本当に伝わるべきものなのではないかと思うの。
「ーーー」
だからこの歌を歌いたいと思ったのよ。生きる意味を見失い、寂しいなんて言葉では表現出来ない感情を、少しでも昇華したくて。
「ーーー」
どれ程残酷で不平等に思えても、時の流れだけは平等だから。ただ、その中でどう生きるかが違うだけ。
「ーーー」
これから先、もしも目的も何も無い無益な戦いが起きそうになったならば、思い出して欲しい。矛盾だらけで、でも強いこの想いを。
「ーーー」
歌は普通の言葉よりも自然に、強く残ってしまうから。ただの言葉は忘れ去られても、リズムに乗った言葉は何故か残ってしまう事が多いから。
「ーーー」
残るから伝わる。伝わるから残る。
心にも、記憶にも、そして知識としても。この歌でロビンの悲しい決断を止める事が、変える事が出来たりはしないかな?
「ーーー」
口にしては、言葉にしては、伝えられないような秘めた想いまで、歌は音に乗せて心に直接伝えてしまう。だから、人は神事の時にさえ歌い踊るのかもしれない。
祈りや願いを込めて。感謝や敬意を込めて。
「ーーー」
ねぇロビン……私は貴女にそんな悲しい決断をして欲しくはないのよ。側にいて、ロビン。
遠くへ行かないで。必ず貴女を守る為に、私達は最善を尽すから……。
「ーーー」
だから選ばないで、その悲しい選択肢を。どうか生きる事に疲れたなんて、絶望したなんて言わないで、共に……生きて欲しい。
歌が終わり、演奏もその後に続くように終わる。歌いながら1つ演奏するだけでも難しいのに、初挑戦の楽器に加えて、ドラム付きだったから、疲労困憊です。
でも、そんなのは関係無いと言わんばかりにその場は静まり返っていて、でもこうなる事は分かっていたから、私は何も気付いてないフリをしてその場を立つと近くにいたウソップに、お酒取ってくるわなんて声をかける。私がその場を離れるのと同時に、何人かの嗚咽が聞こえて来て、やっぱり選曲が不味かったかなと少し思う。
そこまで盛り下げるつもりは無かったんだけどな。それよりも……本当に届いて欲しかったロビンに、少しでも伝わったかな。
今はとりあえず、この場にいるのも気を使わせそうだし、宴は充分だからメリーに帰ろう。メリーの為に何か演奏するのもいいかもしれないわね、丁度新しい楽器も貰えたことだし。
そう思ってメリーに戻った私は、寝巻きに着替えてハープを手に思いついた曲を演奏して行く。音は出しても、歌うつもりは無い。
空が綺麗に晴れているから、星からイメージ出来る曲をただ奏でて行く。それだけの事。
「メリー……どうしたい?貴方の声が聞けたら良いのに、ごめんね……分かってあげられなくて」
演奏の途中で船首に触れて声をかける。ルフィの特等席でもあるここに、命が宿ってるのかな。
宴の方に視線を向ければ、皆が盛り上がっているようで良かったと思う。泣き出す人が出るのは予想外で、そんな対応はこれ迄に1度もした事が無いのでどうする事が正しかったのか、私にはわからない。
もう少し何か演奏しようかとハープに指を添えた時、誰かの足音が聞こえて、直後にルフィだと気付く。それによりハープを下ろすと振り向かずに声をかける。
「ルフィ、どうしたの?」
私の問い掛けにルフィは何も言わず隣に並んだ。そして私と同じように宴を遠巻きに見つめて、溜息を落としてから私に視線を向けて来る。
「ナミ、何があった?」
ルフィの顔は真剣で、何を言いたいのか全くもって理解できない。特に、何も無いけど……?
メリーに触れられる位置、即ち船縁にいる訳だから、ルフィに両腕で挟まれる形になれば当然の如く身動きが取れなくなる。でも、ルフィがそんな事をする理由がそもそも分からなくて……どうしたら良いのかと思う。
「泣いた顔だった。……俺を轢いた時さ、ナミの顔が泣いた直後の顔だった」
シャンクスに泣き付いて、その直後だったから……って、え?
待ってよ?
なんでルフィが泣いた直後の顔とか……え??
「混乱してるところ悪いけどな、惚れてる相手の事位分かる。特にナミは、顔に出るからな」
「そう、なの?」
「俺達の前では、偉大なる航路に入ってからは何もかも筒抜けだと思っていいぞ」
やだそれ、なんか怖い。そんなに、わかりやすいのか、私って。
そんな私の顔にルフィの顔が近付いてくる。そして、耳元で囁く。
「それで、何があった?」
「シャンクスに、会ったの」
「……はァ!?」
ルフィの素っ頓狂な声が耳元で聞こえて、少し耳が痛い。ルフィって地声が大きいのよね。
少しボイトレしたら絶対歌い手として成功すると思う。……声もいいし、笑顔は可愛いし、真剣な時カッコいいもの。
……違う!惚気けてる場合じゃない!
私は深呼吸して気持ちを切り替えると、ルフィに説明する為に口を開く。駄目だわ、なんか最近ルフィが妙にカッコよく見える。
「ルフィが舟から落ちて、ウソップとエネルから逃げ回って、サンジ君に助けて貰って、私だけ舟から逃げられたの。ここまではいい?」
「あァ」
「落下した所で舟見上げてたら、後ろからシャンクスが歩いて来て、それで少し会話したんだけど……懐かしくて泣いちゃって」
「なんで俺に会わなかったんだろうな。て言うか、ならあの見覚えの有りすぎるコート、シャンクスのかよ!?」
少し不満気に言うのは、シャンクスが憧れの人で、大恩人だからだろう。だから私は少しいじけた様子のルフィを抱き締める。
「今回はミホークも1緒でね、少し遊びに来ただけで時間無かったのよ。だから、ルフィに宜しくって言ってたわよ?」
「……なら、なんですぐに話さなかったんだ?てか、コートの方はスルーか?」
「忘れてたのよ。その後バタバタしてたから。それに、私その時ビキニ姿だったから、大人としてある意味当然の行動だったんじゃないかなと思うんだけど?」
「ナミ、お前……」
そう言ってからルフィは、なら良いかと言って笑う。それから、また何か隠してるのかと思ったと言って寂しそうに笑うからどうしてそんな事を思ったのかと首を傾げてしまう。
「さっきの歌、あれが意味深でさ。……誰に向けて歌ったんだ?」
私の事を解放して、私からそっと離れたルフィが問い掛けてくる。それに対して素直にロビンよと答えれば、成程と笑った。
ルフィは時々妙に大人だったりする。少年と青年の狭間に居るからだろうけど、突然成長されると私の心が持たないかもしれない。
「ん?ナミ、どうした?」
「私、不治の病かも」
突然俯いた私を心配するルフィに、私は溜息混じりに声を出す。それにルフィは即座に慌てた様子を見せてくれて、愛されてるなぁと思う。
「は!?チョッパー呼ぶか!?」
「治せないわよ。……恋の病だから」
私の言葉にルフィは動きを止めて、ジワジワとその顔を赤く染める。あ、良かったまだ可愛いルフィだわ。
そんなルフィに抱き着いて、その頬にキスを1つ。それから離れるとルフィに笑いかける。
「ルフィがね、助けに来てくれた時……あんなに緊迫してた状況だったのに、私ルフィに見惚れちゃったのよ。これ迄恋なんてしてる暇無かったから、ずっと逃げてたから、どうしたらいいかわからないのよ。ルフィにどんどん溺れていってるの」
「ナミ……」
「あんまり急いで大人にならないで。私、このままだとルフィしか見えなくなるわ」
それだけ言って逃げるようにメリーから降りようとしたら、ルフィの腕が文字通り伸びて来て私の腰に絡んだ。その勢いのままに抱き寄せられれば、逃げるなんて出来る筈もない。
愛しい温もりが、いつもより少し高い体温でその気持ちを伝えて来るから。そして、掠れた声でルフィが言葉を口にするから。
「ナミ、お前、殺し文句の言い逃げは、流石に狡ィだろ」
「だって本心だもん。私……少し怖いのよ。何も出来なくなりそうで」
「何も出来なくなっても、守ってやるから……傍にいろよ」
「……ルフィがそう、望むなら」
そうして私とルフィの唇は互いに引き寄せられるようにして、触れ合った。互いに互いを強く求めるように、影は自然と重なり合う。
苦手だと思っていた行為が、ルフィとならば想いを伝え合う為にもしたい行為に変わっているような、そんな気持ちになる。気恥しいし、理性も何もかもが溶けるような感覚が、どうしても、まだ少し怖いけれど……。