意識が浮上した時、私は誰かの温もりを感じていた。目を開ければどうやら脱衣所にいるとわかり、温もりはロビンのものであると目の前にロビンがいた事で知る。
誰であるか予想を立てていた訳では無いけれど、何となく私がいくら泣いても許してくれなかったルフィだと、何処かで思っていた為に驚いてしまう。なので声を出しながら必死で体を動かそうとしたけど、上手く力が入らない。
「ロビン!?」
「大丈夫よ、ルフィの事は叱っておいたから。ナミも拒んでいいのよ。3夜連続でしょう。……体が持たないわ」
「……なっ……なっ……!」
「七武海に襲われた直後だから、昨夜は見逃したけど……今日もだなんて、正気の沙汰じゃないわ」
そう言ってロビンは、口をパクパクと動かすしか出来ない私の事をタオルに包んだかと思うと、軽々と抱き上げてくれて……もう少し寝てなさいなんて言われる。戦いとか色々あって忘れてたけど、私、そう言えば確かに連日だったわ。
空島に来て、まだ2晩目なのよね。でも……ルフィならいいかなとか、ルフィが求めてくれるなら良いかなって思っちゃうんだもの。
確かにもう無理と何度泣いても、縋っても許してくれなかったのはつらかったけど……。でも、ルフィだし。
あれ?でもそうなるとルフィの体力ってどうなってるの?
首を傾げる私の頭をロビンはそっと撫でて、まだ暫くは宴をしてると思うから寝てていいわよなんて甘やかしてくる。でも、宴そんなに長くやるもの?
「ロビン、宴……」
「今夜までは続くと思うから、今日は1日寝てなさい。ルフィがね、蛇が元気だからもう少し続けるって言ってたのよ」
「嗚呼、成程。それなら納得だわ」
「……それで納得出来るナミって凄いと思うわ」
そう言って私の頭を困ったような顔で撫でるロビンに、ありがとうと言って私は素直にもう1度眠りに落ちた。私を運んでくれる優しい手が、何故だか本当に私を安心させてくれた。
ロビンが脱衣所で私の体を拭いていたのだから、ロビンがお風呂に私を入れていたという事。それは即ち処理を全てロビンがやってくれたのだと言う事実に気付けたのは次に目覚めた時だった。
それにより私が、声にならない悲鳴を上げたのは言うまでもない。その時夕方なのは日の傾きで分かっていたので、私は少しふらつく足で皆の所へと戻った。
そんな私に気が付いて心配そうにサンジ君とチョッパーが駆け寄ってきてくれたので、大丈夫よと笑ってからチョッパーに少しお願いをする。叶うならば、ノラと会話をしたかったのだ。
お願いしてみるとチョッパーは快く通訳を受け入れてくれて、私はノラに近づいて行く。ルフィはそいつに食われたクセにとか言ってるけど、服を溶かされたルフィにとやかく言われたくない。
「ノラ……」
声をかければ雷に打たれる前にも話しかけていたからか、即座に反応してくれて、甘えるようにその顔を近付けてくる。その大きな頭に手を伸ばしてそっと触れると、ノラは懐かしそうにその瞳を細め、潤ませる。
「寂しかったよね。ノラは、カルガラ達と仲が良かったのに、皆いなくなってしまったんだものね」
「つらかったって……誰もいなくなったんだって、でも、帰って来られたからって言ってる」
「ここにいる人達の半分くらいはね、もしかしたらそれ以上かも知れないけど、カルガラ達の子孫よ。上手くしたらまた、皆と1緒に過ごせるようになるわ」
「本当に?って聞いてる」
「えぇ、本当よ。これからここに帰ってこられるのかを皆話し合うと思うから、その後にはなると思うけれど……もう、ノラは独りじゃなくなる」
その瞬間、ノラは泣き出して、それからご機嫌に歌い出した。それを見て、歌とは本来こういうものよねと思う。
思いを昇華したりする為に、長く伝える為に、想いを吐き出す為に歌はあるのだと。……唐突に何かを、歌いたいと思った。
けれども昨日の今日では不味いかと気付いて、小さく笑った時サンジ君が暖かいスープを持って来てくれて私はそれに小さく笑う。その心が、温かくて……少し泣きそうになる。
私、最近泣いてばかりな気がするわ。強くならなきゃいけないのに。
火の側でスープを飲んでいたらゾロが寄ってきて、どうしたのかなと思ったら短剣を差し出された。思わず両手でそれを受け取ろうとしたら、スープを落としそうになり、それを即座にゾロが押さえてくれる。
「危なっかしい奴だな。火傷とかしてねェか?」
「ごめん、大丈夫よ」
「役立てられなくて悪かったな。返す」
「ありがとう」
受け取った短剣を、いつもの様に足に付けると何だか少し気持ちが落ち着いたような気がした。その時ルフィが私に声をかけてきた。
「ナミ、何か歌うだろ?」
「昨日盛り下げたでしょうに。……ビンクスの酒でもいいかしら?」
「……それもだけど、何か違うのも聞きてェ。ナミは色々知ってるから、聞いてみたいんだ、色々な歌をさ」
そう言われて、少し考える時間が欲しいと言った私は多分おかしくないと思う。とりあえずビンクスの酒を弾き語りのように歌いながら、何がいいかなと考える。
ビンクスの酒を奏でて歌ってとやっていれば、空の騎士も懐かしそうにしていたし、皆直ぐに盛り上がってくれてこの歌は凄いなと思わされる。それから真面目に考えた私は少し嫌味にも取れるかもしれないけど、この際仕方ないかとある歌を選択した。
ある意味で私の心情とも合致してるし、昨日程は盛り下がったりもしないだろうと言うのが理由。伴奏無しで突然入る感じだった気がするから、小さく深呼吸してから歌と演奏を開始する。
「〝君の神様になりたい〟です」
きっと歌う事が好きな人は、大切な人がいる人はある程度はこれに共感すると思う。本来はボカロだしミクちゃんのだけど、歌詞的な意味で低めの声で歌う事を決める。
「ーーー」
初めだけは穏やかに、でもある意味本気で思った言葉をリズムに、音に乗せて発する。そう、少しでも誰かに響いたら嬉しいと思ってしまうから。
「ーーー」
でも実際どうなんだろう。結局綺麗事並べてるだけで、私はどうしたって常人の域を出ない。
「ーーー」
苦しくて、悲しくて、それでもきっと生きたくて足掻いてた。それを昇華する為だけに、私は歌い続けて来たのだと思う。
「ーーー」
誰の事も、自分のこ事も、エゴの塊でしかない私には救えない気がする。だけどそれでも、少しでも誰かに、何かを感じてもらいたかったの。
「ーーー」
ねぇノラ……こんな歌で貴方の孤独を、傷を癒せないのは分かってるけど、少しは役に立てたりしないかな。私に貴方のこの先を知る機会は無いかもしれないけど、私は貴方にも幸せになって欲しい。
「ーーー」
でも、本当は分かってる。歌っても叫んでも、スッキリするのは私だけで、誰にも何も影響なんて出せない事を。
本当は知ってるのよ。自分が如何に無力な存在なのかを。
間奏に入って、周りの人達が私を凝視してるのが分かるけど、今更辞める事も出来ない。やっぱり選曲が不味いのかな。
「ーーー」
傷だらけの体と心を持て余して、何処まで堕ちればいいのか分からない程に堕ちていく自分を感じながら、それを必死に抱えて生きてきたから……話してみたかったの。それを乗り越えて輝いてる貴方に。
ビビ、ロビン……そして、ブルックと、話をしてみたかったのよ。私はずっと、会ってみたかったの。
「ーーー」
どれ程救われた事に感謝しても、それを受け止めてはくれないだろう愛しい人が脳裏で笑う。きっとルフィは、こう言うだろうなって思えるの。
「ーーー」
きっと、私とロビンは本当にそう思ってたと思う。もしくは大人になんかなれなるとも思わずに、ただ生きる事にのみ必死だったのかも知れないけど。
「ーーー」
それでも私は歌い続けて、ロビンは歴史を求め続けた。真実を求めるロビンと、大切な人が生きる世界を望む私は、どこか似ている。
「ーーー」
私が歌う事で笑ってくれる家族がいた。だから私は何度だって歌い続けて、少しでも2人の心を救いたかった。
「ーーー」
でも、本当は分かってるの。どれ程皆を抱き締めても、叫んでもその痛みを癒す事なんて出来やしないって。
「ーーー」
本当は理解してる。私には何も出来やしないって。
「ーーー」
自分の無力さが呪わしくて、憎くて、悔しい。でも……そんな私を大切だと言ってくれる人達がそばにいる。
「ーーー」
所詮身代わりと思いながらも、きっと何処かで生きた証を求めていた。なんの価値もない命だと分かっているのに、自分に価値を求めていた。
「ーーー」
だからこそ救いたかった。だからこそ守りたかった。
「ーーー」
でも、そんなのは無理な話。だって皆は自分の足で歩いている。
「ーーー」
自力で何度だって立ち上がって行けるのだろうと分かっているのに、抱き締めずには居られないの。皆の苦しみも痛みも全て、私が引き受ける事が出来たらいいのに。
「ーーー」
強がりでなく強いのならばそれで良い。でも、どうしても辛い時は、どうか力にならせて欲しい。
「ーーー」
何も出来ない私だけど、それでもそばに居させて欲しい。無力で愚かな私を、それでも大切だと言ってくれる皆を、少しでも……。
歌を終えた時、私は小さく自嘲する。ブルックみたいに、私も歌が上手ければ良かったのになぁって思ったから。
余りにも盛り下げてしまったから、私は慌ててワンピースの主題歌メドレーに挑戦したり、ビンクスの酒をエンドレスで演奏したりして場を盛り上げる。そうしていたら……いつの間にか、皆が笑っていた。
平和で楽しい時は瞬く間に過ぎて、それでもノラも含めて疲れ果てて眠るまで……夢のような宴の時間は続いていた。そう、スカイピア400年の戦いが終結し、国をあげての喜びの宴は疲れ果てて倒れる者が出るまで続けられたのだった。
そんなある日の深夜、宴の会場で眠っていた私をルフィが揺り起こす。その時私とルフィの会話でウソップが目覚めて、その衝撃の余波でチョッパーがダメージを受ける。
そんな可哀想なチョッパーを庇うように抱き締めれば、何かを勘違いしたロビンが私を庇うように抱き締めてきて、私はサンドイッチの具材のような状態になる。そんな私とロビンを見て何故か禁断の!と騒ぐサンジ君を見て、チョッパーにどうにかならないかと聞いたら、今度薬作ってみると言われた。
本当にうちの船医は可愛いだけでなく、優秀である。そうして大騒ぎになった私達だけど、空島の人達は私達がまだ宴を楽しんでると解釈して、すぐに寝てしまった。
それから私達は作戦会議を行う。ダイアルを欲しいウソップと、歴史に興味を持つロビンは別行動で、他はメリーを出航できるようにだけしてから財宝を取りに行こうとの話で決まった。
空島の人達はその日黄金の鐘を拾おうと努力していて、その間に私が袋や布等物を入れられそうな物を大量に手にしてルフィと共にノラの中へと突入する。荷物は背負うだけでなく、前にもリュックが来るようにする事で倍の量を持たせられる。
ルフィ、サンジ君、ゾロ、チョッパーにそれを行い、それぞれに両手に持てるだけ持たせて、そうしてノラの中の財宝は1つ残らず回収する事が出来た。途中で合流したウソップに幾つか宝を持たせて、ロビンが帰るまでの間に出航するだけにしておく必要がある。
ロビンがそんな私達を追い掛けて走って来るのを見ながら、船を出す為に指示を飛ばす。ロビンが船に乗ると、追いかけて来る人達に手を振って、コニスの先導のもと帰る為の門を目指す。
甲板には文字通り宝の山が出来ていて、これならメリーを魔改造する事も出来たりしないだろうかと詮無い事を考えてしまう。そろそろ本棚増やして欲しいなと、素直に思いつつ先に鍵付き冷蔵庫かしらねと笑う。
現金に直してから山分けねと言えば皆嬉しそうに、楽しそうにして、船内に宝が持ち込まれる。皆の主張を軽く聞き流して、コニスの呼びかけに振り向く。
それから示された方向を見れば、出口が見えている。だから私達は別れの挨拶を交わして、また来られるかも分からない空島に思いを馳せながら、コニスの指示に従い帆を畳む。
そこにサウスバードが飛んで来て、お帰りと声を掛ければサウスバードは1度高い声で鳴いた。ルフィはそれを受けて青海へ帰ると宣言して、皆は盛り上がる。
「皆さん、落下中お気を付けて!」
コニスの言葉に、全員がへ?っとなった直後、メリーは文字通り落下する。この時もしも誰かに余裕がありメリーの顔を見る事が出来ていたならば、メリーも生きているのだと認識できた事だろう。
けれど誰にもそんな余裕は無くて、にこやかなコニスが出会った時と同じように〝ヘソ〟と挨拶して来るのを見てる余裕も無く、上空1万メートルから青海へと落下し続ける。その途中でタコバルーンに助けられ、減速したので命は助かった。
ルフィはそれを素直に楽しみ笑うけど、本当に心臓が幾つあっても足りない感じがする。そんな時、空島から音が聴こえてきた。
黄金の鐘が鳴らされる。空島での冒険は終わったのだと、それにより改めて認識して、感慨深く思いながらもそれぞれが甲板で地上に到着するのを待つ。
ふと見上げると目に映る空。
夢か現か雲の上神の国。
遥か上空1万m。
耳を澄ますと聞こえる鐘の音。
今日も鳴る。明日もまた鳴る。
空高々に鳴る鐘の音が、彷徨う大地を……誇り、歌う。
空島編ー完
長らくのお付き合いありがとうございました。これにて、空島編は完結となります。次回からはロングリングロングランド編に入りますので、お時間等の都合がつきますようでしたら、是非引き続きお楽しみください。