深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、声や瞳を震わせないように意識して笑顔を作る。別れが避けられないものならば、せめて優しい別れになる事を祈って……。
「まずは船の……メリーの修理が必要だと思うのよ。皆の意見はどう?」
それから皆の意見がメリーの修理や改造の方向で纏まったので、宝の山分けはそれの後でねと言って笑う。それは自然に笑えていたと思うけど、何となく心苦しくて宝を片付ける名目でその場を急いで離れる。
宝が片付けばその代わりと言わんばかりに、サンジ君が作ったサンドイッチが並び、飲み物が提供される。それに有難く手を伸ばしつつ、やり場のない感情をどうにか霧散したくて細く息を吐き出す。
皆もそれぞれサンドイッチと飲み物を楽しみつつ、メリーへの労いを口にする中で、ルフィが船大工と音楽家を入れたいと盛り上がる。まぁね、ルフィが船大工求めてくれたのは嬉しいと喜ぶべきなのは分かってるけどね、そもそもここ迄船大工が居なかった事に、大いなる問題があるのよ?
私が1人で旅をしていた時には、船を大切にするなんてそんな余裕は無くて、基本的にはベルメールさんとシャンクスとベックに貰った武器の他は、武器だって全て使い捨てだった位で……。だからこそ、船の修理とか全然出来なかったんだから文句を言う権利なんて、ないのかも知れないけどね。
船そのものに対する知識は航海士や測量士、そして何より操舵手としてある程度必要だから持ってたけど、ウソップと修理について相談する時に口を出せる程度のそれでは、実技になった時には何の役にも立てなかった。
大きな破損を確かに何度かは回避出来たと思うけど、結局はこのザマで……。謝る事さえ許されはしないような気がするのよ、私は多少と言えども〝知っていて〟回避出来なかったのだから。
甲板に出て、私は白髭海賊団や赤髪海賊団、ベルメールさん達への手紙を新たな譜面や小説、医学書と共にクーちゃんに託す。その代わりにと差し出された新聞を読めば、アラバスタが順調に復興している事が伺えて自然と笑みが零れる。
私でもこれだけ嬉しいのだから、仲間意識の高い皆はもっと喜ぶだろうと新聞片手に皆にそれを伝えれば、歓声が上がった。それを見て私は、優しさに包まれている幸福を噛み締める。
その時嫌なそれを感じて視線を向ければまたもやシーモンキーの姿が見えて、私は皆に指示を出す。穏やかな海域でも、シーモンキーがいれば穏やかではなくなる。
「シーモンキーよ!帆を畳んで、逃げて!」
そう叫んだ直後、久々に来た頭痛に低く呻くとグラつく体を支えきれなくて、その場に崩れ落ちる。それをサッと支えてくれたのはゾロで、無言のままに私をサマーベッドに運ぶとシーモンキー対策で去って行った。
大丈夫かと聞く事もなく、ただ運んだだけのゾロが私を心配しているのはよく分かっている。だからその無言の優しさに、私は何を返せるだろうかと痛む頭の奥で考える。
けれどもそんな考え事をする余裕はあまり無くて、私は流れ込んでくる知識の奔流に翻弄される。頭痛に加えて吐き気までして来たわね。
その情報に寄れば、この先で到着するのはウォーターセブンではないらしいとわかる。記憶に無かったけど、ウォーターセブンの前にどこかヘ行くらしいとそれにより知る。
本当に20年近く前の記憶だからなのか、曖昧過ぎて役立たないわねと小さく笑う。実際ウォーターセブンの内容だって、ロビンが1味を守ろうと敵の元へ向かう事と、津波が来る事、そしてメリーと別れが有りウソップとルフィが喧嘩か何かするのだと言う事しか覚えてないのよね。
それより今はこれから到着する島の事よねと、意識を集中すれば割れ頭の海賊が喧嘩を吹っ掛けてきて、ルフィがそれを受けてしまう事と、それに伴いチョッパーが奪われる事が見えた。……奪われてなるものか!
割れ頭にどうして奪われるのかは分からないけど、そのゲーム自体は実際過去海賊時代に流行したと言われてる物と、名前は違うけど同じような物だから知識はある。それなら、本来なら麦藁の1味が負ける筈も無い。
……何かあるわね。だとしたら、脳裏にいるこの割れ頭に何かあると考えるのが妥当。
悪魔の実の能力者で横から手を出してくるならば、能力の種類を知りたいと頭なんか割れても良いからとの思いでその知識を探る。チョッパーを、奪われる訳にはいかないのよ!
そうして知ったのは、ノロノロビームなるもの。それは反射出来るらしいと分かれば、対策は立てられる。
いつそれが起きるとも分からないけど、私はチョッパーを奪わせない為にやれるだけの事をやろうと心に誓う。チョッパーを欲しがる気持ちは分かるけど、絶対に渡さないわ!
決意を新たに、頭痛が落ち着いたタイミングで立ち上がり手伝おうとしたら、何故か真横を無気力な海賊船が漂っているのを見付けた。シーモンキーがいる今、そんな様子では沈められてしまうと思いどうしようかと思ったけど、無気力なだけでなく統率も取れて居らず……仕方ない助けるべきかしらねと判断しかけた時に、此方へ攻撃してこようとさえした為に、手を貸してあげたり助けてあげようと思っていた気持ちが霧散する。
でも恐らく、あれがゲームに負けた側の末路。……1人でも、失うつもりは無いわ。
真横でその船がシーモンキーに沈められるのを見て、体が震えるのを抑えきれずにいると突然ルフィが抱き着いてきた。驚いて視線を向けると、ルフィが甘やかすように頭を撫でて来る。
「ナミは、海賊が嫌いなんだろ。そんなに心配すんなって」
「……1歩間違えたら、メリーもああなってたのかと思ったら怖くなっちゃったの。ごめんね」
「能力者も多いから、不安にもなりますよね。ナミさんの気持ちはよく分かります。……さて、飲み物をどうぞ。マドモアゼル」
ルフィに抱きしめられていてそれを受け取れずにいたら、ルフィが代わりに受取り……それを1気に飲み干した。それを見て私が驚いていたら、サンジ君が怒り狂いルフィを蹴った事でルフィが私から離れて行く。
「痛ェな!何すんだよ!」
「痛くねェのは知ってる!そうじゃねェよ、ナミさんが頭痛だったみたいだからって用意した飲み物、奪ってんじゃねェ!」
「もう大丈夫だぞ。ナミは倒れないように、頭痛が治ってからいつも動いてるからな。立ってたんだから頭痛は治ってる」
「それでも消耗はしてんだよ。少しは気遣え!か弱いレディを労る事を覚えろ!」
サンジ君が言ってくれた、か弱いレディの単語が少し擽ったい。でもこのままだと大喧嘩になりそうだからと2人の間に入って、喧嘩を辞めさせる為にルフィに言う。
「ルフィ、人の物は取らないのよ。サンジ君は言えばいつも用意してくれるんだから」
「……わかった。そうだよな。サンジ、ごめん!」
ルフィは私の言葉に素直に頷いてくれて、謝罪した。それを受ければサンジ君も許すので解決となる。
でもそこで珍しく、サンジ君がルフィに揶揄うように言葉を向けた事で、空気が変わった。多分ルフィも気にしてる事だからだとは思うけど。
「それにしてもナミさんとルフィは、姉と弟か母と息子にしか見えないよな」
「……ナミは、俺の女だぞ」
「なら、もっと頼れる男になれよ。てめェがガキのままだったら、ナミさんが頼れねェだろうが」
その時シャンクスの言葉が蘇える。〝仲間達に縋って泣ける程じゃねェだろ〟と言われたその声が、耳元で聞こえたような、そんな気がした。
それに合わせたかのように、シャンクスからのキスまで鮮明に思い出してしまって、顔が自然と赤くなる。そんな私を見て、ルフィはスっとその瞳を細めると何故か私の腰を強く抱いて唇を合わせてきた。
「ルッ!?……ん、ァ……」
抵抗するつもりは無いけど、でもサンジ君いるし、恥ずかしいし、辞めて欲しい。そう思ってルフィを呼ぼうとするけど、そんな隙さえルフィは与えてくれない。
「おい、ルフィ!」
サンジ君がルフィの肩を掴むと、ルフィは私の唇から己の唇をそっと離して、私に暗く笑い掛けてきた。何故かそれにゾクリとしてしまった私を見て、ルフィが耳元に唇を寄せて囁くように言う。
「シャンクスに、キスでもされたか?」
私の体はそれに素直に反応して揺れる。それによりサンジ君が不思議そうに私を見た。
「シャンクス?って……ルフィの恩人の?」
「あァ、シャンクスが空島に遊びに来てたのに、俺に会わないで帰ったらしいんだ。酷ェよなァ……。会いたかったのによ」
「ルフィがまだ立派な海賊になってないから、会わなかったんだと思うけど?」
ルフィが軽くしてくれた空気に乗るようにして口を開けば、ルフィは小さく首を傾げて私の顔を覗き込む。そして、苦しい程に強く抱き締めてくる。
「ナミは、シャンクスの方が良いのか?」
「シャンクスは師匠よ」
「師匠が弟子にキスするかよ」
「……シャンクスのそれは、挨拶よ。8歳で別れた時も別れ際にキスされたもの」
そうよ、シャンクスのそれは、挨拶なの。ルフィが悲しむなら、私はもうシャンクスの想いを感じ取るような事はしないわ。
ごめんね、シャンクス。私は、シャンクスも大切だけどルフィの方がもっと大切で……愛しい男なの。
「……シャンクスの気持ちを、分かってるくせによく言う。告白されたって言ってたんだから、今更逃げるな」
「は?ナミさんが男の気持ちに気付いてる!?」
「あァ、気付いてねェ時は、キスならナミに罪悪感なんかねェからな。罪悪感があるのは、ナミが想いに気付いてて、その上で相手を拒めないくらい大切に想ってる証拠だ。……ナミ、違うか?」
違わないけど、どうしてそれを……。それにどうしてルフィは逃げるななんて……。
「ナミは、今俺の為にって無かった事にしようとしたみたいだけどな、駄目なんだよ」
「ダメって、どういう?」
「ナミが無かった事にしても、シャンクスは想いを募らせたとしても失わねェ。そんな男にそれを無かった事にして、無防備に近付かれる方が困る。だから、無かった事にするな」
「ルフィ……」
なら、私はどうしたらいいの?
苦しいと嘆くルフィのその慟哭に何を返したら良いの?
「ナミは、シャンクスを男として見てるか?」
「……兄とか、師匠としてしか、想えないわ」
言葉にして、でも、シャンクスの想いが、ミホークの想いが、サンジ君の想いが、私を縛るような気がする。いくらナミちゃんの体が魅惑的でも、ナミちゃんの顔が可愛くても、中身は所詮私でしかないのに……どうして……。
「私、シャンクスを男として認識してなかったのよ。だからずっと……同じベッドで寝てたし、何かあるといつもあの腕に守られて来たの。今更……どうしたら良いか、分からない」
思わず零れる弱音としか思えない本音に、けれどもルフィは戸惑ったような声を出すから、どうしたのかと思ってその顔を見つめる。
「……ナミ、ずっと同じベッドって?」
「ルフィもそうだったでしょ?陸ではルフィが、船ではシャンクスが1緒に寝てたのよ」
「…………そっか、わかった。色々わかった。ナミ……いじめて悪かった。ナミは、俺だけを男として認識してる。それだけで今はいい」
「ルフィッ!」
ルフィから怒りが霧散したのが分かり、ホッとして思わず抱き着くとルフィは私の頭を押さえるように抱きしめ返すから、周りが見えなくなる。それからルフィは僅かに動いたようで、それに合わせてサンジ君が息を詰まらせるような音を聞いた気がした。
それからサンジ君は小さく舌打ちすると、泣かせるなよと言ってそばを離れて行った。その後にルフィは私の髪を軽く引っ張るから頭を動かしてルフィの顔を見た瞬間、もう1度ルフィの唇が私の唇と重なる。
先程のだけでは足りないと言うかのように、ルフィは私の口内を蹂躙して来る。慣れてしまったその唇の感触に、その手の温もりに、私の心は歓喜してもっとその熱が欲しいと訴える。
でも、少し冷静な自分が羞恥と居心地の悪さを感じて、ルフィの胸を軽く押す。それに合わせて離れた唇は、低く言葉を紡ぐ。
「……傍から、離れんな。離れるとすぐに他の男が手ェ出すから、俺は気が気じゃねェよ」
「ルフィ?」
「分かってんだ。ナミは悪くねェって。でも、相手がシャンクスなのは、少しキツい」
「ルフィ……」
「俺だけ、見ててくれ。傍に、いてくれ。そしたら、必ず守るからよ」
「えぇ、極力ね。ルフィ」
不安そうなルフィを私が抱き締める。いつも離れて行くのはルフィなのに、そんなに悲しまないでと切に願いながら、見えない影に怯える様子を見せるルフィを、ただ強く抱き締めた。